三、
//SE 袋をごそごそ漁る音。ビニールがくしゃりと鳴る
「──じゃーん。実はさ、線香花火だけじゃなくて、他の花火も買ってたんだぁ。……準備いいなって?」
(ちょっといたずらっぽく笑って)
「だって、どうしても……あんたの楽しそうな顔、見たかったんだもん」
//SE シュッとマッチの音。シュボッと小さな火がつく
//SE ススキ花火に火が移る。シューッと明るく噴き出す音
「わぁっ、やっぱり明るいなぁ! ね、ね、見て! 火の粉が金色の雨みたいにぱーっと飛んでるべよ!」
(はしゃいで笑う)
「やっぱりあんたの楽しそうな顔ぉ、好ぎ──」
(焦った様子で)
「い、今のはノーカン! ノーカンだべさ! ……え? 聞ごえながっだ? ……えぇ!? もう一回言えって!?」
(真っ赤になって)
「む、むりだじゃ! さっきのは火花に気分持ってがれだだげ! ……って、あんた笑いすぎ! ほんと、ずるいなぁ!」
//SE 手元でパチパチ火花が散り、やがて小さくしゅんと沈む音
「……終わっちゃった。早いなぁ。あ、次はこれ! 吹き出し花火!」
//SE 箱を置く音。火をつけるマッチ。ゴォォッと噴き上がる音
//SE 色が次々と変わり、バチバチと爆ぜる音
「うわぁ、すごい! 噴水みたいだじゃ! 見て、見て、色が変わってぐ! 赤から緑、青……おぉっ、紫になっだ!」
(少し声のトーンを抑え)
「ねぇ、こういうの都会でも売ってる? ……やっぱ違う? なんか田舎の夜に似合うよなぁ。山も海も真っ暗だがら、余計に映えるんだべなぁ」
(嬉しそうに)
「ほら、見てよ! あんたの横顔、火に照らされて……なんかちょっと、大人っぽい?」
//SE 吹き出し花火が最後にパチンと弾けて消える
「……ふぅ。終わった。なんか、心臓がドキドキする」
//SE 袋をごそごそ探る音。
「次はね、へび花火。知ってる? 火をつけるとにょろにょろって伸びるやつ」
//SE マッチを擦る音。ジジジ……と黒い煙と共に灰がにょろにょろ伸びる音
「うわっ、気持ち悪っ! けど面白い! ほら、にょろにょろ動いてる! これ、小さい頃泣いたんだよね。……覚えてる?」
(苦笑しながら)
「なのに、また買ってきちゃった。……怖いのに、隣にいると、なんか笑えるから不思議だぁ」
//SE 灰がポロリと落ちて、しゅんと消える
「はぁ……こうやって順番にやってくと、終わりが近づいてく感じするね」
(少し声を落として)
「ちゃんと言うって決めだのに、なんだが怖ぐなっでまうじゃ。ん? ああ、ごめんごめん。こっぢの話だして、気にしねぇでけろ。次はもっかいこれ。ススキ花火」
//SE 袋から最後にススキ花火を取り出す音。マッチを擦るシュッという音
//SE シューッと銀色の火花が大きく噴き出す
「きゃっ! 眩しい! でもきれい! 雨みだいに散ってる!」
//SE ススキ花火がパチパチと大きな音を立て、やがて小さくなっていく
(小さく息を吐いて)
「はぁ……ちょっと遊びすぎで、手、火薬の匂いする。これも夏の匂いだなぁ」
//SE 虫の音の層が厚くなる。祭の音は静まり、遠くで花火がパパパと鳴る音
//SE 海からの風がひときわ涼しく吹き上げ、葉の面を渡る
「ね、最後に一本だけ、やってもいい? ……成功しても、失敗しても、もう、迷わねぇしてさ」
(自分に言い聞かせるように)
「これは、さっきの『前に進む』の、締めの一歩。……私の足で、ちゃんと着地する。言ってる意味、分かんねぇべ? でも、見てて」
//SE 袋から線香花火を取り出す音。一本だけ選び取り、まっすぐ伸ばす
//SE マッチ箱。指の腹で端を撫で、深呼吸
「──いくよ」
//SE シュッ。マッチの火が生まれる
//SE チ……チリ……と火が移り、蕾がふくらむ
「よし。……うん、大丈夫。角度、力、目。──手。落ち着いてる。音に、揺らされない」
(微笑して)
「私、さ。あんたがいなくなってから、毎晩、都会のニュース見てた。わからない横文字、いっぱい出てくるけど、止めなかった」
「知らないを減らすの、下手だけど、やりたかった。……それは、たぶんあんたの隣で、話を聞く準備みたいなもんで……」
//SE 火玉が静かに弾け、牡丹から松葉が出る
「松葉。うん、見えてる。──私、ここにいる。逃げない。たとえ言葉がつたなくても、ここで、息してる。踏み出した。二回も自分で踏み出せだ」
//SE 遠くで鳴る花火の音が、クライマックスに向けて速度を増す
「なんにも自分で出来なかったけど、今日は二回も自分で踏み出せた。私はもう、進んだの。大丈夫、もう、大丈夫」
(息をそっと整える)
「ねぇ、もし……もし、私がさ。ずっと不器用なままだったとしても。転びながら笑う私でも。……それでも──」
(すぐに首を振って)
「いや、今は質問しないんだった。私が、見せる番。言葉の前に、火玉で、言う」
//SE 柳の糸が長く、やわらかく垂れる音
「──綺麗だじゃぁ」
(かすかに笑い)
「ここまで来るの、何年かかったんだろ。たぶん、十何年」
(ふっと息を吐き)
「落ちない。──落ちない。私、落ちない」
//SE 火玉が小さな、しゅ、という音を立てて、微光のまま踏みとどまる
「散り菊! また散り菊まででぎだ!」
(震える息)
「今だ。──言うなら、今。言え、言え、私」
(言葉をすくうように、ゆっくり)
「……私、さ。ずっと、あんたのこどぉ……」
(散り菊を見ながら、静かに)
「……好ぎだったはんで」
//SE 遠くでドンッ、パパパと、最後の花火が鳴る
//SE 小さな沈黙。虫の声の層が、ふっと遠のく
(自分で言って、息を飲み、笑う)
「一回成功したら、言うつもりだったのになぁ。言うまで三回もやってまった。……ありがとなぁ。最後まで、見ててくれて」
「……返事はちょっと待ってでけろ。ちゃんと、ちゃんと受げ止める準備するして。どんな答えでも、受げ止める」
//SE 火玉が細い糸になり、ふっと消える。砂利に落ちる微かな音
「──終わった。最後まで。でも、踏み出したから、最後じゃない」
(体の力が抜け、笑い混じりの涙声で)
「……へへ。見た? 私、ほんとにやったよ。三回、三回も」
//SE 一歩、近づく足音
//SE 衣擦れが触れ合うほどの距離になる
(驚いて、小さく息を呑む)
「……そ、そんな近ぐで見ねぇでけろ……」
(照れたように笑って)
「ごめん、いま、顔、たぶん真っ赤だじゃ。見ないでほしいけど、見ででほしい。……矛盾、してるべさな」
//SE そっと何かが差し出される気配。手のひらに、温もりが触れる
「うん。……あったがい。──手、つないでくれんの、ずるいべよ。泣いでまうって」
(涙を笑いに変え)
「ね、なんかあんたから都会の匂いする。インクと、金属と、朝のパンと、知らない風の匂い。……こっちは、花火の火薬と、草と、潮だべ」
(小さな声で)
「手、ぎゅっとするね。──離したら、許さねぇしてな」
//SE ベンチに並んで腰を下ろす音。金属缶の中で、使い終えた花火がかさりと触れ合う
「ずっと、『ふさわしぐねぇ』って思ってたんだぁ。なんでもできるあんたの隣で、私は失敗ばかりで。……でも、今日、最後まで行けた」
「たぶん、私、やっと自分の足のほうを、ちょっとだけ信じられるようになったんだと思う」
(少し、いたずらっぽく)
「それで、質問。──さっき『今は質問しない』って言ったけど、聞く。ちゃんと、聞く」
(間をおいて)
「……私、こういう私でも、隣にいていいべか。来年も再来年も、線香花火、いっしょにしてくれるべか」
//SE 風がざっと強まり、吹き抜ける音
(震え声で)
「……うん、うん。──私も、一緒にいたい、です」
(照れて笑い)
「えへへ。綺麗に標準語、言えだ気がする」
(からかうように小声で)
「ねぇ、標準語と方言の私、どっちが好き? ……え? 中途半端な標準語の私がかわいいって? て、照れるはんでやめでけろじゃ」
//SE ふたり分の笑い声が重なって、すぐに虫の声に溶ける
「あ、そうだ。ポケットの中に……」
//SE 衣擦れ。ポケットをごそごそ探る音
「……これ。去年、一人で来たときに拾った火玉。黒くなってるけど、ずっと持ってたんだ」
「ほんとは、情けなくて捨てようかと思ったけど……なんか、あんたに見せたかった。失敗しても、私の一部だって」
(少し間をおいて)
「……でも、もういいや。だって、今日、ちゃんと最後までできたから」
「火玉は思い出のまま。来年はまた新しい一本で、ふたりで始めよ」
//SE 遠くで船の汽笛の音。
「……あのさ。もし、また都会に戻って、私の声が恋しくなったら、電話して」
「方言まじりでも、変な標準語でも、ちゃんと話すから。笑ってくれてもいい。……あんたと、繋がってるだけでいい」
(小声で)
「私、笑われるのは平気だけど、ほっとかれるのは、嫌だ……」
//SE 虫の声が重なり合い、夜が深まっていく
「ね、お願いがあるの。次の夏はさ……線香花火だけじゃなくて、打ち上げ花火、ふたりで見に行こう」
「上ばっかり見て首が痛くなるまで、一緒に、見上げたい」
(照れながら)
「うん。うん。じゃあ、来年も、またここで会お。……あ、でも私、東京の大学受けるからさ、あっちでも、よろしくお願いします」
//SE 海風がふっと優しく吹き抜ける。虫の声が続き、やがて静かにフェードアウト
「……大好きだはんでの」
線香花火 鋏池穏美 @tukaike
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