最恐辺境伯に拾われました、小鳥(=悪女?)です

奏 舞音

プロローグ 裏切りの断罪

プロローグ

 会場を照らすのはまばゆいシャンデリアの光。

 演奏者もなくひとりでに曲を奏でる楽器たち。

 天井には、きらめく星で描かれた神獣が生き生きと動いている。

 魔法による演出は、ずっと見ていても飽きない。


「卒業おめでとう。そして、これから国を支えていく皆に大事な話がある!」


 本日は、フォーレン貴族学院の卒業パーティー。

 祝いの言葉を述べているのは、フォーレン王国の王太子リチャードだ。

 彼は昨年学院を卒業したばかりだが、国王の代理としてパーティーに出席している。

 短い金茶色の髪と紫の瞳を持つリチャードは、その整った顔立ちで令嬢たちを魅了していた。

 そんな中、主役であるはずの卒業生シャロン・スドルクは、ぽつんと一人、会場の隅で佇み、ぼんやりと天井を見つめていた。


(わぁ、とてもきれい……でも、やっぱり私は場違いな気がするわ)


 せっかくの卒業の日であるが、きらびやかな空間に気後れし、シャロンはもはや壁と同化したくなった。

 冴えない自分は壁の花にもなれない。

 何を考えているのか分からないと言われる黒い瞳に、自分の価値に見合わない派手なローズレッドの髪。

 身分は伯爵令嬢だが、この場に相応しいドレスは持ち合わせておらず、サイズが合わない母の古着を着ている。

 みっともないと令嬢たちからヒソヒソと言われる中、ローズレッドの髪についている銀細工の髪飾りだけは輝きを放っていた。

 シャロンには、他の卒業生のように家族が出席することもなく、エスコートしてくれる婚約者もいない。

 だから本当は欠席するつもりだったけれど、親友のレオナに絶対に来てほしいと誘われたのだ。

 美しい銀細工の髪飾りを贈られ、親友の証に卒業パーティーにつけてきてと言われたら断り切れなかった。

 しかし、その親友の姿がまだ見えないまま、卒業パーティーは始まってしまった。

 ふと、音楽が鳴りやむ。

 シャロンは皆の注目が集まっている前方へ視線を向けた。

 そこには祝辞を贈っていたリチャードがいたはずだが、姿が見えない。

 ――と思っていたら、リチャードはある一人の令嬢をエスコートしてきた。

 それが誰だか分かり、シャロンは目を見開く。


「皆も知ってのとおり、僕の婚約者のレオナだ」


 美しい金色の髪を背に流し、ドレスは白地に金の刺繍が入ったシンプルながら洗練されたもので、すっと背筋を伸ばした立ち姿は王太子の隣に立つに相応しい。

 アーモンド形の大きな瞳はまっすぐにリチャードを見つめている。


「彼女の卒業を機に、僕たちは結婚することにした! どうか祝福してくれ」


 王族のおめでたい報せに、会場内は歓喜に沸いた。

 レオナも嬉しそうに胸に手を当てている。

 そんなレオナをリチャードが抱き寄せ、愛おしそうに見つめ合う様子に皆が祝福の声を上げた。


「リチャード殿下とレオナ様、なんてお似合いなのかしら」

「どうかお幸せに!」

「おめでとうございます!」


 皆の拍手でお祝いムードが高まる中、シャロンも親友の慶事に心を躍らせていた。


(レオナさん、おめでとう!)


 親友であるレオナの幸せは、自分のことのように嬉しい。

 卒業パーティーに出席してほしいと言っていたのは、この発表があるからだったのだ。

 シャロンも皆と一緒に拍手を送りながら、涙ぐむ。


「しかし、一つここで断罪しなければならないことがある」


 突然のリチャードの厳しい言葉に、会場内はざわつく。


「シャロン・スドルク!」

「え?」


 いきなり自分の名を呼ばれ、シャロンは固まった。

 あっという間に、近衛騎士たちに取り囲まれる。


「僕の愛しい婚約者を暗殺しようとした悪女め。この場でその罪を暴いてやる!」


 リチャードが宣言した瞬間、後ろ手に捻り上げられ両手首を縄で拘束された。


「痛っ!」


 引きずるようにして、リチャードとレオナの前まで連行される。


(一体、どういうこと? 暗殺? 悪女?)


 レオナは不安そうな表情を浮かべており、リチャードは険しい表情でシャロンを睨みつけている。

 何が起きているのか分からないうちに、頭が高いとばかりに近衛騎士に無理やり膝をつかされた。

 後ろ手に縛られているため、バランスをとれずにシャロンは床に倒れ込む。

 その様子を見て、レオナが声を上げた。


「お願い、乱暴はしないで。シャロンさんが可哀想よ……!」

「レオナさん……」

「シャロンさん、大丈夫?」


 今にも泣き出しそうな表情で、レオナはリチャードに訴えかける。

 その姿はまるで慈悲深い聖女のようだ。

 けれど、リチャードはそっとレオナの肩を抱き、首を横に振る。


「レオナ。君は優しすぎるよ」

「殿下、でも……」

「大丈夫だ。僕に任せてくれ」


 リチャードはレオナへ優しく諭すように言い、前に出た。

 そして、シャロンを冷たい表情で見下ろす。

 場はシンと静まり返り、皆がシャロンに注目している。

 そのせいでシャロンは余計に緊張し、口の中が渇いていく。


「シャロン・スドルク。貴様、よくもぬけぬけとこの卒業パーティーに顔を出せたな?」


 リチャードはこめかみに青筋を立て、怒りに震えている。


「貴様にどれだけレオナが苦しめられたと思っているんだ!」

「……え?」


 思わず声が漏れた。

 レオナはシャロンにとってたった一人の友人だ。

 家族にも見放され、どこにも居場所がないと諦めていた自分に初めてできた心の拠り所だった。

 出来損ないのシャロンに、「そのままでいい」と声をかけて優しくしてくれたレオナ。

 大好きなレオナを傷つけたり、苦しめたりしようと思ったことは一度もない。

 それでも、シャロンは他に友人もいないし、どう接するのが正解なのかは分からなかった。


(もしかして私、知らないうちにレオナさんを苦しめていたの……?)


 レオナを見上げると、彼女も悲痛の表情でシャロンを見ていた。


「学院ではレオナを妬み、嫌がらせをしていたそうだな? レオナの友人から聞いたぞ! 裏で彼女の悪口を言ったり、彼女の大切な物を盗んだり、彼女に無理やり魔法を使わせたり……レオナはそんなお前をずっと許してきたというのに命までをも奪おうとするとは!」

「な、何の……ことですか?」


 全く身に覚えがない。恐怖で、声が震える。

 レオナには、シャロンとは違い多くの友人がいる。

 公爵令嬢である彼女に憧れている者は多いのだ。

 そんな中でレオナの友人たちがシャロンの存在を疎ましく思っていたのは知っている。

 学院では何度も嫌がらせを受け、レオナに近づくなと忠告されていたから。

 けれど、シャロンからレオナや彼女の友人たちに何かしたことは一度もない。


「白を切るつもりか。卒業祝いに毒入りのケーキを贈ってきただろう! お前のせいで、レオナは死にかけたんだぞ!」


 毒や死という単語を聞いて、会場から悲鳴があがる。

 当のシャロンも、ひゅっと息をのんだ。


「証拠もある。そうだろう、レオナ?」


 リチャードに促され、レオナは言いにくそうに、けれど意を決したように口を開く。


「実は……私が食べて倒れたケーキの中から、ローズレッドの髪の毛が発見されたの」


 その発言で、会場の視線はシャロンのローズレッドの髪に集まった。


「私は、シャロンさんとは友人だと思っているから、信じたくないけれど……」


 レオナはまつげを震わせて俯く。

 シャロンは愕然とした。

 ローズレッドの髪色は珍しく、シャロン以外にはいない。

 毒入りケーキに関わっていると疑われてしまった理由は分かったが、本当に身に覚えはない。

 誰もがシャロンを疑う中、レオナは友人としてシャロンを信じようとしてくれている。

 だから、シャロンも勇気を出して口を開いた。


「レオナさん、信じて。私は毒入りケーキなんて贈っていません!」

「黙れ! この期に及んで自分の罪を認めないつもりか。ケーキの差出人も、ケーキに混入していたローズレッドの髪の持ち主も貴様だ!」


 リチャードの怒号を合図に、近衛騎士がシャロンの頭を鷲掴みにする。

 否定の言葉はかき消され、頭をがっと押さえつけられてシャロンは痛みにうめく。

 強く押さえつけられたせいで、数本の髪の毛が抜け落ち、銀細工の飾りが転がった。


「ん?」


 転がった髪飾りを目に留め、リチャードが声をあげる。

 そして、おもむろに拾い上げた。

 まじまじと髪飾りを眺めるうちに、リチャードの目が見開いていく。


「これは……レオナが失くしたと言っていた祖母の形見ではないか? なぜ貴様が持っている!」


 形見と言われ驚いたのはシャロンだ。

 まさか親友の証にそんな大事なものを贈ってくれたなんて。

 返さなくちゃと思い、シャロンは痛みに耐えながらも口を開く。


「そ、それはレオナさんからいただいたんです。ただ、お祖母様の形見だったとは知らなくて……」

「黙れ! 形見まで盗むとは見境のない……毒といい、盗みといい、魔法を使えないお前が考えそうな手段だ。恥を知れ!」


 痛いところを突かれ、シャロンの喉がつかえる。

 それは、シャロンが物心ついた時からずっと気にしていたことだ。

 自分のことが一番嫌いな理由であり、惨めで無力で、消えてしまいたいと思う原因――。

 だらりと力をなくし、床に押さえつけられるシャロンに追い打ちをかけるように、皆が非難を浴びせかける。


「最低……この人殺し!」

「レオナ様がお優しいからつけあがって……」

「『スドルク家の厄介者』のくせに。レオナ様に憧れているからって恥を知りなさいよ」


 ――『スドルク家の厄介者』。

 その言葉を聞く度にズキズキと心が痛む。


(どうして、私には魔力がないの……)


 この世界には、かつて神獣がいた。

 神の使いである彼らは地上の人間を守り、導いてきた。

 しかし、神獣はいつか神のもとへ帰らなければならない。

 そこで神獣は、地上を治める人間に加護を与えたと言い伝えられている。

 その加護が魔力であり、魔法だ。

 神獣の加護を受けた者は、後に国を治める王族や貴族となった。

 だからこそ高貴な立場の者は、生まれながらに魔力を持っている。

 そしてフォーレン王国では、魔力を有していることこそが貴族の証で、その魔法属性や魔力の強さによって評価される。

 それなのに、シャロンには魔力がなかった。

 伯爵令嬢でありながら魔法を使えないシャロンは、家でも学院でも、さらに言えばフォーレン王国においても価値などなかった。

 家族の誰の色でもないローズレッドの髪であることも、家族に忌み嫌われる理由の一つである。

 母は金茶色、父と兄は茶色の髪、祖父母も似た系統の髪色の中、シャロンだけがローズレッド。

 血のように禍々しく派手な髪色は気味悪がれ、父は母の不貞を疑い詰った。

 心当たりが全くない母は、シャロンのせいだと憎悪をぶつけた。

 だからシャロンは、『スドルク家の厄介者』なのである――。


『魔力がなくても、シャロンさんはとてもよく頑張っているわ』


 そんなシャロンに手を差し伸べ、友人になってくれたのがレオナだった。

 レオナは優しいだけではなく、魔法の才能にも恵まれていた。

 魔力には風や火、水などの属性があり、レオナは風属性の魔力を持っている。

 風属性の魔法は他の属性との相性も良く、汎用性が高い。日常生活に役立つ魔法も多く、活躍できる場が多いのも風魔法の特徴だ。

 シャロンも度々レオナの魔法に助けられていた。

 学院を歩いていて突然大量の水が降ってきてびしょびしょになった時も、教科書が高い木の上に置かれていた時も、馬車にひかれそうになった時も。

 レオナがいてくれなければ、シャロンの学院生活は悲惨なものだっただろう。

 公爵令嬢であるレオナと友人になれたことで、シャロンに関心のなかった両親にも学院に通わせた価値があると思ってもらえた。

 『スドルク家の厄介者』として、誰からも相手にされず、見下されてきたシャロンの人生にレオナという優しい光が差し込んだのだ。

 それなのにまさか、こんなことになるなんて――。

 シャロンが言葉を失っていると、レオナが皆に訴えかける。


「みんな、もうやめて。シャロンさんは可哀想な身の上でしょう? 仕方ないの。どうか分かってあげて。私がうまく気持ちを伝えられなかったのが悪いのよ。私がもっとシャロンさんの気持ちに寄り添えていたら、こんなことには……」

「レオナさん……」


 縋るように、シャロンはレオナを見上げた。

 こんな時でも、レオナはシャロンを救おうとして、自分のせいだと悔いてくれている。

 けれど周囲の同情はますますレオナに集まり、シャロンの立場は悪くなっていくばかりだ。

 リチャードは震えるレオナの肩を優しく抱き、そっと指で涙をぬぐう。


「レオナ、君は悪くないよ。君の友情を裏切ったこの女が悪い」


 リチャードの言葉に同調するように、皆がそうだそうだと声をあげる。


「レオナ様も厄介者のシャロンにまとわりつかれてお気の毒だな……」

「お優しいから振り払えなかったのよ」

「あげくレオナ様に毒を盛るなんて、恐ろしい女だ」

「そんな救いようのない『スドルク家の厄介者』にも寄り添おうとして……あぁ、慈悲深いレオナ様」

「まさに聖女だわ」


 レオナは自分を殺そうとした相手のことも庇い、信じようとしている。

 聖女のような言動に、レオナを崇拝する学友たちは感動している。

 王太子と結婚するレオナは、いつか王妃となる。

 この人こそ、王妃に相応しい心根の持ち主ではないか。

 皆のレオナへの評価がどんどん高まっていく。

 それに比べて、自分の罪を認めようとしないシャロンに誰もが怒りを覚えていた。


(私は、何もしていないのに……)


 否定したいのに、もう声が出なかった。

 言葉を重ねれば重ねるほど、言い訳に聞こえてしまうから。


「いいえ、きっと何かの間違いです。シャロンさんがそんなことするはずがないって私は信じているわ。そうよね、シャロンさん?」


 声を震わせて、レオナがシャロンに問いかける。

 いつもレオナだけが、シャロンを信じてくれる。

 シャロンはレオナの言葉に力強く頷いた。

 しかし、リチャードが何やらレオナの耳元でささやくと、彼女はわっと涙を流す。

 リチャードはレオナを抱きしめ、慰めるように声をかけ背中をさすると、後ろに控えていた侍女にレオナを引き渡した。


(え、何……? ちょっと、待って……)

 号泣するレオナの肩を支えるようにしながら侍女が控室へ下がっていく。

 そして、リチャードはまっすぐにシャロンを見据えた。


「シャロン・スドルク。お前は私の愛する婚約者を殺そうとした。彼女の優しさに漬け込んだ非道な行い、断じて許されることではない!」


 リチャードは会場中に響き渡るような大きな声で断言した。


「卑劣な悪女を国外追放の刑に処す!」


 この時、やはり自分の人生には希望などないのだとシャロンは思い知った。

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