22話 ウナギリウム
「この電気ウナギ達は君が連れてきたんだろう。この上で戦闘をさせつつ、君の母校のパンドラ高校のプールに連れていきたかったようだが…それも失敗に終わったね」
こよりは身体中が切り刻まれたゑびの上で足を組んで座っていた。通報しようとしたスマホはゑびに折られてしまい使い物にならなかった。ラーメンタウンから出たウナギ達は街の荒廃した地上に全部落下した。巨大な魚市場のようになっていた。
「パンドラ高校のプールは電気ウナギの楽園都市に繋がる通路だったからね。あそこに連れ込めば強制的に格闘しないといけないし、負ければ人間や電気ウナギの玩具にされる。私はそんな所で時間を費やしたくないね」
こよりは中心温度計をゑびの頭のラムダ縫合に当てる。海老フライ人間であっても、必ずラムダ縫合は存在する。
「君は電気ウナギを街中に解き放った罪でクビにする。 最後に言い残すことはあるか?」
「また来世も君に逢えそうな気がする」
ゑびはオムレツにケチャップで絵を書いた子供のような無邪気な笑みを浮かべた。
「長尾君のそういうところは好きだよ」
こよりは中心温度計を高く上に振り上げた。しかしその瞬間、背後から腕を貫通された。腕を突き破ったのは、鋭く尖った傘の先──傘人間である釦の、そのものの身体だった。こよりはあまりの衝撃に声が出なかった。腕を貫通させるほど鋭利な傘、そのままの形で突き刺す決断、実の父を刺すことに一切の躊躇を見せなかった釦。すべてが想定外で、こよりは動けなかった。
「来世は無い」
釦は傘という形の身体を、こよりの腕からゆっくりと引き抜いた。貫通された右腕は痙攣し、一時的に機能を失った。傘の布地も傘骨も、すでにこよりの血液でどろどろに染まっていた。
「薄氷釦…!」
こよりは釦を掴む。ゑびはその隙に、こよりから距離を取る。二人の間を切り裂くようにミラーボールが突撃してきた。ミラーボール頭には鉄球のような重さが加味されており、千切られた電線で振り回していたのは、かつてミラーボール頭をしていた七彩だった。七彩はくるくる振り回しながら、こよりの頭にフルスイングする。
「自分の頭を武器に使うとは…」
こよりは避けきれず、額に切り傷を負うが、ハンカチを押し当てながらミラーボールを避けていく。ミラーボールには、360度に光線が拡散され、周囲の視覚を潰す効果がある。
「眩しいな」
こよりは、まだ残っていたゑびの一本の指と中心温度計を瞬時に加工し、光線を拡散させないための細いスパチュラに変える。両手で器用に振り回して、ミラーボールを跳ね返していく。商店街のアーケードの上を登る。
「七彩…!」
釦は完全に人間に戻った七彩を見て、感情が込み上げた。
「再生の感動は後でね」
七彩は釦に目配せをする。
「挟み撃ちにする?」
「了解」
釦と七彩はアーケードを突き破って、同時に接近する。釦の鋭利な突きと七彩のミラーボール攻撃を連携させる。こよりの逃げ道を埋めていく。二人の息が初めて合った瞬間だった。
こよりは綺麗にかわしていく。ゑびは、口から太いシリコンケーブルを吐き出した。そのまま、ケーブルを輪にして、こよりの首を絞めて動きを止める。
「粉砕して下さい」
ゑびの合図と共に七彩は走る。身体全体をスピンさせる。地面に火花が走る。その回転の勢いに合わせてこよりの頭部を狙う。頭部粉砕まであと少しというところに、巨大な電気ウナギが現れる。大きな口を開けた電気ウナギは四人を丸ごと飲み込んだ。
――ぷつりと音が切れたように、静寂が訪れる。
そのまま電気ウナギは、水面を裂き、地下の導水管へ滑るように潜っていく。体内には内臓と藍色の電極が複雑に絡み合い、どこを見ても出口はない。ゑびは未だこよりの首にシリコンケーブルを巻きつけたまま硬直し、釦は傘の先を動かぬ標的であるこよりへ静かに向けていた。奇妙なことに、電気ウナギの体内には無数の光の反射が乱舞し、オレンジ色の流星群が広がっていた。地獄の底で見た夢のように、美しく、そして残酷な静寂が四人を包んだ。
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