17話 感電

 長尾ちょうびは、趣味で母校のプールに電気ウナギを無断で放流していた。母校はパンドラ高校。人のいない深夜に、ひっそりとプールに忍び込む。放流した電気ウナギを眺めては、そっと職場の機密事項の書類を電気ウナギのエサにしてあげていた。電気ウナギの名前を「こより」にして可愛がっていた。


「今日のウナギは底に沈んだまま動かないな。どうしたんだろう」


 長尾は、ワイシャツの袖をまくって、エサ用の書類を握りしめる。


「そのウナギ死ぬかも」


 振り返ると、白い湯気のように立ち昇る月明かりを背負って、セーラー服の少女がひとり、そこに立っていた。いつからいたのだろう。まるで水面から湧き出たかのように、静かに。濡れた制服の裾が静かに風に揺れている。首に巻かれているのは、光をわずかに反射する細長い影──電気ウナギだった。


「私、お兄さんが毎日ウナギに紙を食べさせているところを見ていたよ」


「そうなんだ。僕を通報するの?」


 長尾は、ネクタイを直しながら立ち上がり、平然を装う。ここで終わりだと覚悟を決めたその時、少女はプールに飛び込んだ。弱っている電気ウナギを回収する。


「通報しない。この電気ウナギは、友達とお葬式会を開く時に使うから、今までことは黙ってあげる」


 少女は電気ウナギを大事そうに抱えていた。


「ありがとう。君の名前は?」


渦雷四葩からいよひら


「電気ウナギが好きなの?」


「うん。自分に似ているから」

 

「そうなんだ」


 長尾は、渦雷を思春期らしい非現実的な思考の持ち主だと思っていた。自分を特別な存在だと信じ込む渦雷を冷笑していた。長尾は興味本位で、毎晩渦雷の電気ウナギとの格闘の見学に来ていた。渦雷の目標は電気ウナギを感電死させることらしい。

 電気ウナギの体には脂肪組織がある。それが絶縁体の役割を果たすため、ほぼダメージを受けない。長尾は、渦雷が電気ウナギに勝つことは不可能だと伝えたかったが、格闘が面白いので敢えて黙っていることにした。渦雷はただの電気ウナギ愛好者だと思っていたが、彼女の格闘の時間帯にはいつも、落雷や強風、豪雨が起きる。渦雷の指先がウナギに触れた瞬間、小さな火花が弾けた。なのに、彼女は平気な顔でウナギを押さえつけていた。長尾は目を疑った。電流に耐える渦雷の姿は、あまりにも常識外れだった。


――あの子は、本当に人間なのか?


 喉元までせりあがってきた言葉を、長尾は飲み込んだ。この少女は只者ではない。長尾は、彼女のミステリアスさ、そして自分を信じて戦うひたむきな姿に心を奪われてしまった。いつしか、彼女を応援するようになっていた。電気ウナギをきっかけに二人は交流を重ねた。


「君の前世は電気ウナギだったりする?」


 長尾は冗談交じりに聞いた。渦雷は答えない。もしかして本当なのか、長尾は人間園の書庫で過去の映画の素材のデータを漁った。それから渦雷への興味は尽きなかった。渦雷も自分に付きまとってくる兄さんを珍獣扱いして、遊びに付き合っていた。二人の仲は月を重ねるごとに深まっていった。

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