6話 善意のある拘束

「痛すぎる」


 フードの男は脇腹に保冷剤を当てて独りごちた。広々とした部屋は、それなりの生活感を演出していた。扇風機のぬるい風が薄氷にも届く。ブランケットで包まれていた薄氷は、眠気と戦っている。カーテンの隙間からは西日が差し込む。誰かが階段を上がってくる。扉を開け、蓮の髪型の女性が黒い沈殿物のある麦茶を用意していた。


「どうぞ」


 薄氷の目の前に置かれる。


「ありがとう。君の回転式拳銃かわいいね。良かったら僕にくれないかな?」 


「ごめんなさい、これはちょっとあげられないもので…」


 蓮の髪型の女性は急な質問に困ったような笑みを浮かべる。


「そうなの?」


 刹那、薄氷の身体にひんやりとした保冷剤の衝撃を受けた。もう脇腹を冷やさなくても大丈夫なのだろうかと、薄氷は呑気なことを考えていた。


「君からは変態の香りがするよ。普通なら自分の場所や目的、僕たちのことについて聞くはずなんだが」


 能面をつけたフードの男は薄氷を警戒しつつ、冷感ジェルの漏れた保冷剤を回収してもう一回脇腹にあてた。  


「そうなんですね、じゃあ名前と目的を教えてもらってもいいですか?」


 薄氷は自分が変態であることは褒め言葉と受け取っていた。


「僕は、無垢玉七彩むくだま ななせ。妹が、無垢玉蓮根むくだま はすねだ。いきなりここに連れてきて悪かった。傘人間にあるまじき数カ所の傷を発見したので、急遽君を保護することにした」


 七彩と蓮根は丁寧にお辞儀をした。二人からこれといった敵意は感じられなかった。


「その傷は渦雷にやられたのか?結構ひどいじゃないか。傘の骨は曲がっているし、サビもある。全体的に色褪せているな。使われたのは何年だ?」


 七彩は無駄なく短い口調でそういった。部屋の中に緊張がはしる。七彩は能面をつけていて、顔が分からないが、目付きが鋭いことは容易に想像できた。


「そんなの、君には関係ない。何が保護だよ。僕を誘拐しといて何を言ってるのさ」


 薄氷はここを出ようと動き出す。振動で麦茶の氷が音を鳴らした。蓮根から回転式拳銃を貰うことも出来なさそうだ。それならここに用はない。早く渦雷の元に戻らなければいけない。それが優先事項だ。どこなら薄氷を見つけてもらえるだろうか? 


「ちゃんと答えてくれ。今修理しないと手遅れになるぞ。君は傘だ。その状態だと、人に見つかり次第粗大ごみとして処分される」


 七彩は薄氷の手を掴んだ。しかし、それを振り払い、薄氷はニ階から飛び降りて逃げた。


「この高さから?兄さん、彼を追う?」


「いや、しなくていい」


 カーテンが静かに揺れる。部屋には薄氷の残り香があった。


「多分忘れ物センターでも行ったのだろう」


「そう」


 七彩は能面を取り、薄氷が飲まなかった麦茶を浴びて、吸収させる。素朴な部屋には不似合いな銀色のミラーボール頭が目立っていた。七彩は頭を少し触る。ミラーの欠片がとれる。もともとヒビが入っており、さっき触ったことで欠片がとれてしまった。少しでも傷があるとそれが気になって仕事もままならない。傷がつけば七彩の価値は下がる。自分たちがいつでも捨てられる存在であることを日々感じていた。


「早く渦雷の所に行って死にたい。無理やり薄氷から場所を聞き出せばよかった」


 またいつもの言葉を発する七彩に呆れた蓮根は、腕のシリンダーに薬を詰めちゃんと奥まで差し込めていることを確認する。七彩に撃つために。


「また行くの?それに、薄氷君は何も答えてくれないと思うよ」


「だよな、なんで保護したんだろう。何も答えないならあの場で折ってもよかったな」


「よくないよ、もしあの子が渦雷のお気に入りならなんて言われるか分からない。もうリサイクル(死と再生)ができなくて困るのは兄さんでしょ?」


「そうだな、ごめん、一発撃ってほしい」


「分かった」


 蓮根は兄の三角筋に向かって薬を撃った。二人は夜の仕事に向かう前に仮眠を取った。

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