第ニ章 価値の発掘作業
5話 邂逅
その日は暴風雨だった。しかし、電車の運休がなかったため、
「うわぁ…時間ギリギリだ」
渦雷は腕時計を見ながら呟いた。大学の最寄りの駅に到着した電車から、多くの人が流れ出ていく。渦雷の声も遠くなっていく。薄氷はハッと目を覚ます。もう座席に渦雷はいなかった。
「置いていかれた?忘れられた?」
傘の中棒から冷や汗が出る。すぐに窓から外の様子を見た。灰色の空は変わらないが、雨は止んでいた。渦雷が濡れることはなさそうだと、ひとまず安心した。しかし、薄氷はこれからどうすれば良いか悩んだ。駅員に見つかるのを待つか、自力で大学まで行くか。この二択を迫られる。雑踏を上手く抜ける自信が無く、薄氷はどうすることもできないまま、駅のホームの人々を何となく眺めていた。
「君はさっきまでメイド服お嬢様と一緒にいた子だよね?その子がどこに行ったか知らないかい?」
背後から声がして振り返ると、能面をつけたフードの男が立っていた。身長は高く、圧迫感を覚えた。
「痛っ」と薄氷が呻く間もなく、フードの男がハンドルを掴む。周囲はますます暗く、重たい沈黙が押し寄せてくる。薄氷は身構えるが、柔らかい座席は衝撃を吸収し、動けない。
「聞いてる?」
男の艶気を含んだ低い声。この男も渦雷と同じ傘と会話ができるタイプの人であることを、薄氷は瞬時に理解した。渦雷やこの男がなぜ薄氷(傘)と会話できるのかは理由は分からない。この男は渦雷の関係者なのだろうか?明らかに見た目が怪しいため、渦雷に危険が及ばぬよう薄氷は沈黙を貫いた。何も答えない薄氷に苛立ちを覚えたのか、フードの男は一回目よりも慎重に薄氷のハンドルを握った。細心の注意を払って傘骨の強度を確かめているようだった。触られた瞬間に微かな違和感を覚えた。
「声も出せないのはまずいな」
フードの男は独りごちた。このままだと連れて行かれる。薄氷は意を決して、石突きを男の脇腹に突き刺した。会心の一撃。男は掴んだ手を離し、座席に倒れ込む。うめき声を上げた。薄氷はその隙に逃げる。息を切らしながら階段を上がる。人々は、傘人間の動きに誰も気付かず、素早く動いている。周りの無関心さに寂しさが募る。油断していたところで、人にぶつかり、バランスが崩れた。視界が歪む。
「嫌だ!踏まれる!」
冷たい踏板に体が触れそうになった時、誰かが薄氷を掴んで、抱きしめた。ワンピースのリネン素材のぬくもりが伝わってくる。よく見ると、人間時代にすれ違った蓮のような髪型の女性だった。前髪の隙間から、澄んだ瞳が見え隠れしていた。あの時見た回転式拳銃が自分の目の前にある。まさかの巡り合いに感動して言うべき言葉も失っていた。女性は薄氷を抱きしめたままホームに降りた。
「兄さん!確保したよ!」
「ありがとう。良くやったな。渦雷は見なかったか?」
「いや、見てないよ」
「そうか」
男は小さくため息をついた。薄氷は声の主を見た瞬間、思わず息を呑んだ。さっき脇腹を刺した能面をつけたフードの男だった。
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