フォルクハルト・ウェルナーは欲望のままに生きている。

ざきさん

第1話 ある男の気宇壮大な夢

 夢を描いたことはあるだろう。

 夢とは、将来自分がなりたいもの、やりたいことを思い描くことだ。

 子供達は、立派な騎士になりたい、大魔法使いになりたい、あるいはお姫様になりたいとか、そんな夢を口にする。普通はそんなところだ。


 しかしある少年は、えらく具体的で、それも普通とは大きく違うことを口にする。


「俺の帝国を作って、独裁者になる! 独裁者になってやりたい放題する!」


 なんと邪な夢だろうか。なんと欲望にまみれた夢だろうか。彼はそんな誰からも素晴らしい! とは決して褒められない夢を、無邪気に、そして本気で語る。まるでそれが正しいとでも言うように、何の疑いもなく。周りが彼にやめろと言ってもどこ吹く風。言うだけ無駄。馬の耳に念仏。

 人の話はちっともきかず、少年は己の野心とも言える夢に向かって突き進んだ。そして十数年後。


 ここからは、そんな彼の今にフォーカスしてみよう。


 ある森で、三人の盗賊と一人の若い男が視線を交錯させていた。


 三対一の構図。まるでカツアゲの現場だ。


 では……どちらがカツアゲをされているか?と質問してみよう。

 当然、盗賊と答える人は少ないだろう。それはそうだ。弱者というカモを見つけた盗賊が、ナイフを突きつけて脅し金品を巻き上げている、強盗同然の光景を思い浮かべたのではなかろうか。


「これ以上ぶちのめされたくなきゃ、金品全部置いてけ」


 こんなセリフも当然、盗賊が吐いていると想像したのではなかろうか?

 実際は違う。大いに違う。


「ひい、やめてくれ! 全部渡すからもうこれ以上殴るな!」


 震えているのは盗賊たちだ。

 みんな一様に顔を腫れ上がらせて、膝をついて許しを求めている。おかしい。そう思っているのは男も同じだ。ただし、理由は違う。


「おい。なんかセリフがおかしくねぇか? 許してほしいのにその言葉遣いはねぇよな?」


 怯えた視線の先にいる男の左腕。肩から手首までびっしり刻まれた、黒い紋章が淡く光りだす。それを見た盗賊たちが、怯えて言葉を訂正した。


「ゆ、許してください! なんでも差し出します!」


 その言葉を聞き、男は急ににっこり笑った。


「よし。よく言えたな」


 そして、盗賊の一人の胸ぐらを男は掴んだ。


「ご褒美だ。パンツ以外全部で許してやる」


 男の笑顔。それは、これ以上ないと言えるほどの邪悪な笑顔である。そんな笑顔が恐怖をさらに掻き立て、盗賊たちは大慌てで全ての金品も装備も、服さえも脱ぎ捨てた。


「もう行っていいぞ。ありがとな!」


 男は、目の前で行われている異常なことに対して、まるで親切に道を教えてくれた誰かに礼でも言うように、非常に、非常にさわやかに言った。


「ひい!逃げろ!」


 盗賊たちはパンツ一丁でその場から逃げていった。男は置き去りになった金品を物色して、舌打ちした。


「仕事もろくに出来ねぇ盗賊どもだったか。しけてやがる」


 これは、ある場所で行われた、男曰く「カツアゲ」の一幕だ。悪党である盗賊をボコボコに……もとい、恐喝し、金品を巻き上げた「日常の出来事」だ。


「ま、いっか。まだいるだろうからなぁ……。へっ、根こそぎ巻き上げてやるか……」


 次なる「カツアゲ」のターゲットを決めて、悪魔の如き笑みを浮かべたこの男。


 この男には、子供の頃から変わらない、邪悪で凶悪な、無邪気で壮大な夢がある。


 これは、その実現に向けてひたすら駆け抜けていく彼を追いかけた物語である。

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