第三種接近遭遇
志緒原 豊太
第1話 牛乃背村未確認生物対策班
【第三種接近遭遇】
空飛ぶ円盤(未確認飛行物体)の搭乗員と接触すること。
《ジョーゼフ・アレン・ハイネック博士の分類による》
羽田空港発高知空港行きの東都航空567便は、高知県の室戸岬の上空を過ぎると高度を徐々に落として着陸準備に入った。あと十分で高知空港に着陸する。定刻の到着時刻午後五時三十分より五分遅れのフライトだった。ゴールデンウィーク期間中ということもあって、百九十四席の座席は満席である。日没まではあと一時間二十分ほどあり、西に傾き始めた太陽が航空機のコクピットを真正面から照らしていた。
高知空港の管制官と着陸に向けた情報のやり取りをしていた機長の片桐は、サングラス越しに見える目の前の光景に思わず声を上げた。
「何だあれは?」
太陽がふたつに分かれた。太陽と見かけ上同じ大きさの光球が、太陽と航空機の軸線上すれすれに飛行しているのだ。その光球は恐ろしい速度で567便に向かって飛行している。
「高知空港管制官、こちら567便。当機に向かって正体不明の光る物体が急速に接近している! このままでは衝突する。緊急の進路変更を行う!」
『567便、こちら高知空港管制官です。レーダー上には何も映っていません。再度確認されたい』
片桐が驚愕の声を上げた。片桐が光球を指差す。
「何だって! おい、佐伯、あれが見えるよな」
副操縦士の佐伯が青い顔をして頷いた。そして震える声で片桐に言った。
「ええ、見えています・・・ですが、機長。当機のレーダーにも何も映っていません・・・いったいどうなっているんだ」
「レーダーに映っていないだと・・・目の錯覚なのか? とにかく、飛行高度だけでも変更しよう。五百フィート上昇だ。・・・高知空港管制官、こちら567便、飛行高度変更。一旦千五百フィートまで上昇する」
『567便、こちら高知空港管制官。了解した』
エアバスA321型機のジェットエンジン音が急速に高まり、機体がグングンと上昇を始めた。少なくとも正面衝突は回避できたはずだ。
機体が水平飛行に戻った。片桐は先程の光球を探したが、567便の五百フィート下を飛行しているはずの光球の姿は見えない。当然にレーダーにも何の反応もない。片桐は首を捻った。
「光球は見えないな・・・やはり見間違いだったのか。太陽光の逆光を受けて雲か何かを見間違えたのか・・・どうだ、佐伯」
「機長! あれを!」
567便の真上千フィートに光球が浮かんでいた。止まっているように見えるということは567便と同じ方向、同じ速度で飛行していることになる。しかも、その光球は巨大だった。全長四十四・五メートルのエアバスA321型機の倍以上もある。おそらく光球の直径は百メートル以上あるだろう。
光球から小さな光球が放出された。小さな光球は見る見るうちに高度を落として567便の真上で止まった。567便のコックピットの二十メートル上で静止している小さな光球は、567便を観察しているようだ。コックピットの上に十秒ほど静止していた小さな光球は、突然、滑るように動き出すと、考えられないような速度で飛行して、あっという間に四国山地に向けて飛び去った。それと同時に、567便の千フィート上に浮かんでいた光球は、重力や空気抵抗の影響を受けないかのような猛烈な速度で垂直に上昇を始めた。そして、光球は瞬く間に小さな光の点となり、ついに片桐の視界から消えた。
「機長、あれは未確認飛行物体(UFO)ですよね・・・」
佐伯の声が上ずっている。
「佐伯、何も見なかったことにするんだ」
片桐は押し殺したような声を出した。思わず佐伯が片桐の顔を見た。片桐はチラリと横目で佐伯を見ると、静かに言った。
「本社に未確認飛行物体を見たと報告してみろ、精神鑑定に回されて飛行停止になるのがおちだ。下手をすると二度とコックピットに座れなくなるぞ。レーダーには何も映っていなかったんだ、見たと言っても誰も信用しない。それよりも、レーダーに映っていなかったんだ。何もなかったと言えばそれで終わりだ。分かったな」
佐伯はゴクリと生唾を呑み込んで、了解したとゆっくり首を縦に振った。
『567便、こちら高知空港管制官です。光る物体とやらはどうなりましたか』
「こちら567便。申し訳ない、太陽が逆光だったもので雲を見間違えたようだ。高度を変えたら見えなくなった。お騒がせした」
『ハハハ、了解しました。それでは567便、着陸態勢に入ってください。進入方向は・・・』
東都航空567便は、定刻の到着時刻より十五分遅れで高知空港に到着した。
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牛乃背村は高知県東部を流れる伊尾田川の上流にあり、四国山地の奥深くに分け入った徳島県との県境に位置している山村である。人口は千人足らず。そのほとんどが老人という典型的な限界集落である。峻険な山と深い谷の間の僅かな平地にしがみつくようにして村人は生活していた。雪の降らない南国の高知県の中で、剣山に近い牛乃背村だけは冬になると雪に埋もれるのである。
牛乃背村では、桜が満開を迎えた頃から、空を飛ぶ光の球を目撃したという村人がポツリポツリと現れた。目撃者によれば、その光の球はプカリと空に浮かんでいたかと思うと急に大きくなったり、ジグザグに飛行したり、恐ろしい速度で上空を東から西に向けて飛び去ったり、ふたつに分かれたりしたらしい。
光球の目撃談と前後するように、田んぼの苗が円形に倒れたり、麦畑の麦が幾何学模様に倒れたり、村民公園の芝生が円形に焼けこげたりする現象が見られるようになった。
そしてとうとう、全身が赤い色をして大きなふたつの目を持った、小学生ほどの大きさの謎の生物を目撃したという村人まで現れた。
牛乃背村役場観光課は歓喜して、『UFOの村』として村おこしをすべく活動を始めた。それに対して、村長の山内豊信は未確認生物や未確認現象の調査解明と不測の事態への対応が先決であるとして、少数精鋭の職員による『未確認生物対策班』の創設を指示した。
未確認生物対策班は第三者的視点での公正な調査解明を旨とするため、従事する職員は新たに村外から班長以下三名が採用された。こうして、牛乃背村役場未確認生物対策班は誕生した。
坂本竜太は未確認生物対策班に採用された職員のひとりである。
竜太は今年で二十五歳になる。東京都内の大学を卒業後、海運業者の亀山商事に就職したが新型コロナによる海運不況のため入社二年目に会社は倒産した。あてのない就職活動をしていたところに、両親が相次いで他界。ひとりきりの都会の暮らしに嫌気がさしていた竜太に、大学時代のゼミの教授から牛乃背村役場を紹介された。竜太はふたつ返事で了解した。村役場に新たに創設される未確認生物対策班の要員を募集しているという話に興味が湧いたのだ。そして、竜太は両親の残したわずかばかりの財産をすべて処分して、牛乃背村にやってきた。
竜太の風貌はというと、髪の毛は酷いくせ毛で、広い額に太い眉。眠っているような細い目と分厚い唇。茫洋とした顔の造作は大物なのか単なるバカなのか、一目見ただけでは分からない。いや、若干バカの方に振り子が振れているかもしれない。能天気で陽気な性格だけが取り柄である。
竜太は背中にデカデカと未確認生物対策班とプリントされたカーキ色のジャンパーを羽織って、牛乃背村役場の地下一階にある対策班の部屋の中に座っていた。急きょ新設された部署のためだろう、元は地下倉庫だったところを無理やり事務室に改装したらしく、床や壁や天井はコンクリートがむき出しで、当然に窓もない。ジメジメとした埃っぽい空気が充満する部屋の中は、机の下あたりから未確認生物がゾロゾロと這い出てきそうだ。こちらの確認と駆除のほうが先決のようだが、いまのところ着手する気配はない。
竜太の正面に座っているのが同僚の中岡慎吾。
竜太より三歳年上の二十八歳で独身。ひょろりとして背が高く、二日酔いのラクダのような貧相な顔をしている。大阪生まれの大阪育ち。危ないところから金を借りて道頓堀で開業したタコ焼き屋を半年で潰してしまい、借金を踏み倒して逃げてきたらしい。詳しいことは頑として口を割らない。
壁際の班長席に座っているのが未確認生物対策班班長の竹中半平。
今年で三十五歳になる妻子持ちで、三十二歳の妻と七歳になる女の子がひとり。涼やかな目元と高い鼻梁に引き締まった口元という映画俳優のような美男である。チラリと見せる流し目で女性の心を掴むらしい。
高知県庁から牛乃背村役場への出向という立場であるが、噂によると、この容姿が幸いして、いや、災いして女性関係の問題が後を絶たず、厄介払いの意味で僻地に左遷されたらしい。単身赴任なのもそのためらしいが、詳しいことはこちらも頑として口を割らない。
対策室の壁には大きなホワイトボードが掛けてあって、ボードの上には光球の目撃談・目撃者を時系列に並べた一覧表、ミステリーサークルの発生場所・状況を時系列に並べた一覧表、そして最後に宇宙人の目撃談・目撃者が記載されたメモが貼り付けてあった。
竹中班長が「さて」と言った。
未確認生物対策班が創設されて、活動を開始してから今日で一週間が経過している。その間に、竜太たちは手分けしてボード上にある目撃者に対する聞き込み調査をおこなっていた。今日はその結果を持ち寄って、今後の方針を検討する会議である。
「中岡と坂本から、光球の目撃者への聞き取り調査の結果を報告してつかあさい」
竹中班長の声は低く響くバリトンの美声で、活舌の良さと相まって耳に心地良い。但し、イントネーションは土佐弁だが。
「ほんならワイから報告させてもらいまっさ」
慎吾がメモを見ながら報告を始めた。こちらは関西弁だ。
「光球・・・邪魔くさいさかいにUFOと言わせてもらいまっせ。UFOが最初に目撃されたのが四月十日の午後九時ごろ。場所は岩瀬集落の岩瀬春子さん宅の庭先で、目撃者は春子さんひとり。というか、その家には春子さんしか住んどらんのですわ。春子さんは八十二歳のご高齢です。
春子さんが庭に出て月を見とったらUFOに気が付いたそうです。きれいなお月さんやなー言うてよう見たら、隣にもうひとつお月さんがある。あれっと思うたら、そのもうひとつの方のお月さんがドンドン大きくなっていったらしいですわ。そう、春子さんに向かって近づいてきとったんですな。庭が昼間みたいに明かるうなって、幸子さんはこらあかん思うて家の中に逃げ込んだそうです。
玄関に鍵かけて、上がり框に腰掛けとったら、玄関のアルミサッシがガタガタと震えたそうですわ。幸子さんは目えつぶって一生懸命お題目を唱えたそうです。そうして五分ほどしたら、急に辺りが静かになって暗なっとったそうです。春子さんは外に出て確かめることもでけへんで、そのまま布団に入って寝てもうたそうですわ」
竹中班長の俳優のような顔に驚きの表情が浮かんでいる。
「たまげたねぇ、こじゃんとリアルな体験のようじゃね。隣近所の人は何と言うちょるの? 同じものを見たと言う人が他にもおるがかねえ」
竹中班長の反応に、慎吾はひとつ頷くと続けた。
「岩瀬集落には春子さん宅の他に六軒のお宅がありまして、六軒全部に聞いて回ったんやけど、誰もそないなお月さんみたいなUFOは見てへんし、午後九時ごろに外が明るうなったちゅう記憶もない言うてます。まあ、皆さんお年寄りばっかりやさかいに、その時分はもう寝とったんとちゃいますか。しかも・・・」
ここからが重要だとばかりに、慎吾が間を溜める。竹中班長が釣られるように身を乗り出した。
「しかも?」
「その晩は岩瀬集落で花見のお客(注:高知県の方言で宴会のこと)をしたそうですわ。岩瀬常吉さん宅に皆さん集まって、ワイワイガヤガヤと酒を飲んだと。夕方から飲み始めてお開きが午後八時半ごろで、幸子さんも相当飲んどったらしいですわ」
「ええ! 酒を飲んじょった? しかもUFOを目撃したという時刻の三十分前まで・・・中岡君、こりゃあ・・・」
気の抜けたような顔をした竹中班長に向かって、慎吾は神妙な顔をして頷いた。
「班長の言わはるとおりですわ。目撃証言の信ぴょう性がかなり低うなりますなあ」
竹中班長は腕を組んでムウウと唸った。そして、気を取り直したように顔を上げるとゾロリと流し目をくれてから「続けて」と慎吾に言った。
「二回目のUFO目撃は四月十五日の午後二時三十分ごろ。こっちは真昼間でんな。場所は畑中集落にある田んぼで、目撃者は畑中要作さんひとり。要作さんは七十九歳。要作さんは奥さんを早うに失くした寡夫でっさかい、ひとりで田んぼの草取りをしとったそうです。草取りの合間にヒョイと空を見ると、UFOが雲の合間からでてきてジグザクに飛んでたそうです。ええ、こんなふうに鋭角に、しかも、上下左右に不規則に」
慎吾は右手を上げて上下左右にブンブンと腕を振った。
「そうですわ、これは飛行機やヘリコプターの動きやおまへんな。要作さんはびっくりして、ずうっとUFOを見とったそうです。そしたら五分ほどすると豆電球が消えるみたいにスウッと消えたそうです。はいな、飛び去ったんやのうて、その場でスウッと消えたらしいですわ」
慎吾の説明に竹中班長は目を輝かせて身を乗り出した。
「ほうぅ今度は本当みたいじゃねぇ。ほいで同じ畑中集落の人は何と言うちょるの?」
「畑中集落には要作さん宅の他に四軒のお宅がありまして、その日は皆さん自分ところの田んぼや畑に出て農作業をしとったそうです。但し、UFOに気が付いた人はいてませんでした。まあ、農作業いうたら普通は地面に向いて作業するよってに、空に浮かんどるUFOに気がつかへんのも当たり前やけどね。しかも・・・」
慎吾がまたもや間を溜める。竹中班長が不安げに顔を曇らせた。
「しかもって・・・またかえ?」
「へえ、畑中要子さん・・・要作さんのお姉さんです・・・要子さんから聞いた話ですけど、要作さんはここ数年目を悪くして眼医者に掛かっているらしいんですわ。白内障が悪化していて、近場のものしか見えないらしいですわ。それで、手術をしようかどうしようかと姉弟で相談していると言うてはりました」
「ええ! 白内障で近場のものしか見えん? それじゃあ、空に浮かんだUFOは・・・中岡君、こりゃあ・・・」
慎吾は再び神妙な顔をして頷いた。
「班長の言わはるとおりですわ。目撃証言の信ぴょう性がかなり低うなりますなあ。更に・・・」
慎吾がまたまた間を溜める。ここら辺は阿吽の呼吸だ。
「更に? まだあるがかぇ」
竹中班長の悲鳴のような声が上がる。慎吾は頷くと、わざとらしく左右を見回して他に人がいないことを確認するそぶりをしてから声のトーンを落とした。
「目撃者の畑中要作さんは、村役場観光課の畑中主任の伯父さんですわ。班長はご存じでっしゃろか。畑中主任いうたら『UFOの村』で村おこし企画の立案者ですねん。こりゃ臭いますやろ」
竹中班長は再びウウムと唸って腕を組んだ。ひょっとすると一連のUFO騒動は観光課の捏造かも知れない。そういえば、未確認生物対策班が創設されて、村役場内を挨拶に回ったときも、観光課の職員はなぜか冷ややかな目をしていた。竹中班長はイヤイヤと首を横に振った。観光課といえども、さすがにそんなバカなことはするまい、考えすぎだ。
「ほうやけんど、即断は禁物やね。ほんなら坂本、次の報告をしてつかあさい」
竜太はパソコンを開いて調査データを参照しながら説明を始めた。竜太は標準語だ。
「私が調査した三回目のUFO目撃は四月二十二日の午後八時十五分分ごろ。場所は県道三百二十八号線の観音峠付近で、目撃者は花田誠司さんひとり。誠司さんは九十歳。誠司さんが自宅に向かって軽トラで観音峠付近を走行中に運転席から見えたそうです。UFOの発光色は白赤青の三色で、それが編隊を組んで大鼻山の山頂付近に現れると、恐ろしい速度で村の上空を東から西に向けて飛行して、明神山の向こうに消えたそうです」
竹中班長がフンフンと頷いた。
「なるほど。ほいで同じ集落の人は・・・ああそうか、車の中じゃき集落の人は関係ないかねぇ」
「まあ、参考にと誠司さんの住む花山集落で二、三人に話を聞いてみたんですが、そうしたら・・・」
慎吾の報告で懲りたのか、竜太が間を溜める隙も与えず、竹中班長が畳み掛けた。
「分かった、誠司さんも目が悪いと・・・」
竜太は違うと首を横に振った。
「誠司さんは昔から『人間双眼鏡』と呼ばれるほど視力が良くて、若い頃は視力五・〇もあったそうです。戦争中はレーダーよりも早く敵の戦闘機を発見するので、海軍では重宝されたそうです。何でも、戦闘機の機銃から発射された銃弾が止まって見えたそうですから、バケモンですね。今でも両目とも視力三・〇が自慢なのだそうです。ところが・・・」
竜太がここぞと間を溜める。
「ところが?」
竹中班長が嫌な顔をした。
「誠司さんは耳が悪いんですよ。何でも戦争中に手りゅう弾が近くで爆発したとかで、聴力が著しく低下しているんです。花山集落の方の話ですと、四月二十二日の午後八時すぎに、東から西に向けて低空で飛行するヘリコプターのパタパタというローター音が聞こえたそうです」
「ええ! ヘリコプターが? 目撃者の花田誠司さんは耳が悪くてローター音が聞こえなかった・・・それじゃあ、東から西に飛び去ったUFOは・・・坂本君、こりゃあ・・・」
竜太は慎吾と同じような神妙な顔をして頷いた。
「班長のおっしゃるとおり。目撃証言の信ぴょう性がかなり低くなりますね。現在、自衛隊にヘリコプターの飛行実績を照会中です」
竹中班長は「ハア」と吐息を漏らして項垂れた。ダメだこりゃと思っているのだろう。竜太はゴホンとひとつ咳をした。
「続けていいですか。最後の四回目のUFO目撃は五月五日の午後五時三十分ごろ。場所は牛乃背小学校の校庭で、目撃者は高倉太郎君と次郎君の双子の兄弟。タロとジロは小学三年生の八歳。一卵性双生児で何から何までそっくり同じ、鯵の開きのようで見分けがつきません。あっ、右の鼻の穴から青洟を垂らしているのがタロで、左の鼻の穴から青洟を垂らしているのがジロです。え? そんな情報はいらない?・・・了解しました。
タロとジロが校庭で遊んでいると、南の空を飛行機が飛んでいるのが見えたそうです。高知空港に着陸する飛行機は着陸態勢に入っているため高度が低く、普段は山に隠れて見えないんですが、その便だけはなぜかふたりに見えたのです。飛行機をタロとジロが眺めていると、飛行機の上空に大きな光の球・・・UFOがスウッと現れて、飛行機と並んで飛んだそうです。しばらくするとUFOから小さなUFOが飛び出して、飛行機のコックピットの真上に貼り付いたように見えたそうです。その後、小さなUFOは牛乃背村に向かって飛んできたそうで、山陰に紛れて見えなくなり、大きな方のUFOはドンドン高度を上げて小さくなって、最後には見えなくなったと言っています」
「ほう、子供とはいえ目撃者はふたりか。信ぴょう性は高いねぇ」
竹中班長の顔に明るさが蘇った。
「それが・・・」
「それが? また何かあるがかぇ」
竹中班長の声が悲しげに裏返る。
「タロとジロが見たのは、五月五日の羽田空港発高知空港行き東都航空567便です。高知空港への定刻到着時刻午後五時三十分で、当日は十五分遅れで到着しています」
「ピッタリの飛行機があったがかえ、ほんなら・・・」
「高知空港に問い合わせてみましたが、当日のその時間帯のレーダーには東都航空567便以外の飛行物体は映っていませんでした。東都航空567便の機長と副操縦士からもUFOを見たという報告は上がっていないそうです」
止めを刺すような竜太の報告に、竹中班長の肩がガクリと下がった。
「飛行機のコックピットの真上にUFOが貼り付いちょったら、機長と副操縦士には絶対に見えるはずじゃから・・・これも見間違いか。はぁ・・・これまでの報告をまとめると、四件のUFO目撃情報はどれも信ぴょう性に欠けると、そういうことじゃね」
竜太と慎吾はそうだと首を縦に振った。竹中班長は憮然とした表情で竜太と慎吾を見た。
「ミステリーサークルの方はわしが調べてみたけんど、田んぼも麦畑もミステリーサークルは跡形もなく消されちょって、元の何もない田んぼと麦畑になっちょった。ここにある写真だけが証拠の品じゃけんど、この写真を撮影したのはどっちも観光課の畑中主任と有沢係員やきねえ」
竹中班長の言葉には力がない。
「やはり観光課の手による捏造だと」
竜太の声に竹中班長が力なく頷いた。
「捏造の証拠がないき、あんまり強うはよう言わんけんど、まあ間違いないじゃろうね。ミステリーサークルが出た田んぼも麦畑も、観光課の有沢係員の実家のもんや言うしねぇ」
竜太と慎吾は何だとばかりに顔を見合わせた。完全に観光課主導の狂言ではないか。竜太が竹中班長に尋ねた。
「村民公園の芝生が円形に焼けこげた件はどうなのでしょうか」
「芝生の焼け跡は残っちょったけんど、鼻を近づけて臭いを嗅いでみたら、微かにガソリンの臭いがしたき、おそらくガソリンを撒いて火をつけたがやろ」
「ムウウ、臭うな。もしUFOがガソリンエンジンで動いていて、燃料漏れを起こして不時着したとしたら・・・」
竜太のボケを慎吾が引き取る。
「なるほど、やはりUFOやから使おとるガソリンスタンドはコスモ石油やろな。ほんでもって、おそらく現金会員や・・・よっしゃ、近くのコスモ石油を虱潰しに捜索やって、そんなアホなことあるかい」
慎吾の簡単なノリ突っ込みを「はいはい」と軽くいなして、竹中班長が続けた。
「最後に坂本、宇宙人らしき生物を目撃したちゅう情報はどうぜよ」
竜太に向けられた竹中班長の声には、期待よりも諦めに近いトーンが宿っている。
竜太はこれからが本番だという風にスッと背筋を伸ばした。
「謎の生物を目撃したのは五月十日の午後七時ごろ。場所は宮ノ岡集落の路上で、目撃者は宮岡善治郎さん。善治郎さんは八十八歳。善治郎さんが夕食前の散歩をしていたところ、自宅から三十メートルほど離れた路上で謎の生物とバッタリ遭遇したそうです。
全身が真っ赤な色をしていて異常に頭が大きく、ポッカリと穴が開いたように黒いふたつの両目で善治郎さんをジッと見つめていたそうです。身長は善治郎さんの胸のあたりですから、小学生ぐらいですね。善治郎さんは気丈にもその謎の生物に話しかけたそうですが、そいつは身じろぎもせずにひと言も答えなかったそうです。まあ、宇宙人であれば地球人の言葉を理解できないし、喋ることもできないだろうから、やむを得ませんけどね。
十五分ほど話しかけた善治郎さんは、無言でジッと善治郎さんを見つめるその生物が段々と怖くなってきて、とうとう背中を向けて走って逃げたそうです。善治郎さんは息子の幸太郎さん一家と同居しているんですが、帰りの遅い善治郎さんを心配して幸太郎さんが探しに出たところ、家の前の道路でしゃがみこんで動けない善治郎さんを発見したそうです。善治郎さんは真っ青な顔をして、化け物を見たと呟いていたそうです」
「善治郎さんの息子の幸太郎さんが観光課で働いてるのとちゃうんか。あるいは親戚の誰かかも知れんけど」
慎吾が疑うのも無理はなかろう。しかし、竜太は首を横に振った。
「宮岡一家や親戚筋に観光課に関係している人はいませんでした」
「ほんなら、謎の生物の方は信用できそうじゃねぇ」
「それが・・・」
隆太の声音が低くなった。
「それが?」
竹中班長の顔に不安な色がよぎる。
「息子の幸太郎さんによると、善治郎さんは認知症が進行していて、ときどき、いや、しょっちゅうおかしなことを口走るのだそうです。宮岡さん宅から三十メートルほど離れた路上を調べてみたところ・・・」
竜太はもったいぶって一息つくと、机の上のペットボトルのお茶をゆっくりと口に含んでから、竹中班長と慎吾の顔にチラリと視線を送った。
「ところ・・・」竹中班長が身を乗り出してゴクリと生唾を呑み込む。竜太を見つめる慎吾の目は期待感でキラキラと輝いている。
竜太は冷たく言った。
「郵便ポストが立っていたんです。真っ赤な色の」
「なんじゃそら」慎吾の腰がガクンと砕ける。さすが関西人、リアクションが大きい。
「善治郎さんは自動販売機に向かって延々と話しかけたり、田んぼの案山子に向かってこんこんと説教したりということを繰り返していて、今回の件も、善治郎さんは人に会うたびに『謎の生物を見た』と言っているらしいですが、聞いた人は誰も本気にしていないんだとか」
竹中班長は頭を抱えて下を向いている。善治郎老人が見たという、全身が赤い色をして大きなふたつの目を持った、小学生ほどの大きさの謎の生物は、郵便ポストに間違いないだろう。
慎吾がグフフと笑ってから身を乗り出した。
「その郵便ポストは本物かいな。ひょっとしたら宇宙人と交信がでける宇宙ポストかも知れんでえ。妖●ポストがあるんや、宇宙ポストがあってもおかしないで」
今更ながら真実に気が付いたかのような表情をして、竜太が「アア」とわざとらしい声を上げる。
「そうか! 宇宙ポストに集配にきた宇宙人と、何も知らない善治郎さんが遭遇した・・・無知との遭遇だ・・・ってそんなバカな」
慎吾をまねした竜太のノリ突っ込みを完全に無視して、竹中班長が気の抜けたような声で続けた。
「とにかくUFO関係の情報は全滅やね・・・。今日の会議は終了、お疲れさん」
山内村長に調査の現状報告に向かった竹中班長と別れて、竜太と慎吾は村役場の一階にある談話室に向かった。談話室に設置されている自動販売機でコーヒーでも飲もうというのだ。
一階はほとんどが村民課のスペースで、その脇に追いやられるように観光課の事務スペースがある。観光課は東山義則課長以下四名の小所帯である。ろくな観光資源もなく観光客の姿もない牛乃背村にあって、これまでずっと厄介者扱いされてきたが、今回のUFO騒動を受けて観光課の面々はがぜん張り切っていた。
観光課の前には試作品らしい『UFOの村』の幟が二本立っていて、刷り上がったばかりのポスターがカウンターの前に貼られている。ポスターにはアダムスキー型のUFOから頭の大きな真っ赤な色の宇宙人が下り立つ姿が描かれている。その下にはミステリーサークルの写真と、新たに作ったUFO饅頭の写真が並んで載せられていた。観光課は本気なのだ。
アダムスキー型のUFOが背中にプリントされたTシャツを着た観光課の有沢係員が、談話室で紙コップのコーヒーを啜っている竜太と慎吾をチラチラと見ている。恐らく、人の仕事の邪魔をしやがってと思っているに違いない。目の色に険があるのですぐ分かるのだ。
「竜ちゃん、厄介なことになってもうたなあ」
コーヒーを持ったまま慎吾が困惑したような声で言った。竜太は有沢係員に背中を向けると、視線を避けるように首をすくめた。
「本当だよ、慎吾さん。怪しいままなら良かったんだけど、私たちの簡単な調査ですぐ底が割れるようじゃあ、マスコミを呼んでアピールしてもすぐ嘘だとバレちゃうよ。あーあ、UFO饅頭なんか作っちゃって・・・美味いのかな」
「こしあんと粒あんがあるんやて。ほんでもって、饅頭の皮はミステリーサークルがでけた麦畑の小麦を使うらしいわ。ほんまかいな」
「ウヒヒ、微量の放射能が残っていますが、人体には影響ありませんなんて注意書きを入れたりしてね」
「いっそのこと、B級グルメで勝負したらどうやろか。B級グルメの定番言うたらやっぱり焼きそばやな。UFO焼きそばや」
竜太が首をひねる。
「ん? どこかで聞いたような」
「あかんか、ほんならお好み焼き風UFO焼きや。関西人に受けるでぇ」
「慎吾さんの得意なタコ焼きにしようよ。蛸型宇宙人の切り身入り、宇宙タコ焼きだ」
慎吾が血相を変えて、顔の前でパタパタと手を横に振った。
「あかんあかん、タコ焼きはあかんねん。タコ焼き業界の人に、ワイがここにおることがバレたら大変なことになるねん。口にチャックチャックや、何も言わんといてんか」
「ははあ・・・UFOじゃなくてウォンテッドね。それでもって、警部に逮捕されちゃうんだ」
「それどころやないわい、モンスターがくるねん。捕まったら、渚に連れていかれてシチテンバットウや」
お気楽コンビの無責任な会話は続く。
竹中班長から中間報告を受けた山内村長は、とにかく一連のUFO騒動が観光課の仕業である証拠を掴むように竹中班長に指示した。
山内村長の話によると、牛乃背村にある伊尾田川支流にダム建設計画が持ち上がっているらしい。補助金や協力金などが期待できるとあって、山内村長はダム建設計画を積極的に推進する意向だが、古くからの村人には反対派も多く、反対派の中心となっているのが観光課の東山課長だった。
山内村長と東山課長は牛乃背小学校時代からの同級生だが犬猿の仲で、ことあるごとにいがみ合っているらしい。何でも、小学一年生のときに、山内少年の消しゴムを東山少年が借りたまま返さなかった『消しゴム事件』が発生したことが発端らしい。その後、東山少年が机の中に入れておいたガムを、山内少年が無断で食べた『消えたガム事件』が発生して、ふたりの仲は修復不能なまでに決裂したと言われているが、いまとなっては、事実関係は闇の中である。
ゴム・・・いや、ガム・・・違った、ダム建設計画を阻止するために、東山課長が村おこしにかこつけてUFO騒動を起こしているのではないかと、山内村長は疑っているのだ。
対策班では、害獣駆除用の監視カメラを産業課から借り受けて、大鼻山の山頂付近に上空監視用の定点観測カメラとして設置するとともに、対策班の三人が交代で定点観測カメラの張込みを行うこととした。観測カメラが設置されたと知れば、観光課がUFOの証拠を捏造するために何らかのアクションを起こすだろうと考えたのだ。
観測カメラを設置してから六日目の夜。
宮ノ岡集落の井上宅で、百歳を迎えた井上嘉代を祝うお客が開かれた。宮岡善治郎・幸太郎親子もお客に呼ばれて、酒と皿鉢料理をたんまりご馳走になった。同じ集落の知った顔ばかりである。座卓を囲んでワイワイと酒を飲み、午後九時を回って、そろそろ帰ろうかと幸太郎が酔眼で座敷の中を見回すと、善治郎の姿が見えない。
幸太郎は腰を上げると、床の間の前に座って酒を飲んでいる家の主の井上弘道の横に進み、膝を突いて挨拶した。
「弘道のおんちゃん、ごちそうさまでした。ちくと飲みすぎた。もういぬるけんど、あしとこのお父を知らんかねえ」
弘道は農作業で日に焼けて真っ黒な顔を幸太郎に向けて首を傾げた。飲みすぎで目が真っ赤だ。
「善治郎のおじいやったら、さっきまでそこで飲んじょったけんど、おらんかねえ。幸恵、おんしゃあ知らんか」
弘道の隣に座って巻き寿司を頬張っていた妻の幸恵が、慌ててモゴモゴと呑み込みながら言った。
「善治郎のおじいは、たるばあ呑んでもう酔うたき帰る言うて、ついさっき出て行きよったけんど。幸ちゃんに声を掛けんと帰ったがやろうねえ」
「うちのお父はボケちゅうきね。ほんなら、帰ります。ついさっき出たならすぐ追い付くろう」
幸太郎はあきらめ顔で言った。こういうことは日常茶飯事なのだ。
幸太郎は皿鉢に盛られた巻き寿司や蒲鉾を詰めた寿司折を土産に貰って井上宅を出た。痴呆症でボケがきているとはいえ、勝手知ったる集落の中の道であり、自宅までは目と鼻の先で、距離にして五十メートルほどである。井上宅の玄関を出て道に目をやると、善治郎の姿はもうなかった。幸太郎は心配だとはつゆとも思わず家路についた。酔っ払っているからだろう、何だか月がふたつ見える。道の上は昼間のように明るかった。
幸太郎はガラガラと玄関のアルミサッシの引き戸を開けた。
「オーイ、帰ったぞ。ふう、飲みすぎじゃ。これ、お土産をもろうてきた」
幸太郎はよっこいしょと玄関の上がり框に腰を下ろして、寿司折を横に置いた。妻の育代が奥から出てきた。
「あれ、お父さん。おじいちゃんは一緒じゃないがかえ? ボケちゅうき、あんまり飲ませたらいかんぜ。はよう連れてきちゃって」
「うん? お父は帰っちょらんがか・・・どこへ行ったがやろか」
幸太郎は千鳥足でフラフラと玄関を出ると、キョロキョロと左右を見た。月が照らす集落の道には人っ子ひとりいない。そもそも、集落には子供はいないのだが・・・。六月に入ったとはいえ、標高の高い牛乃背村では夜の空気はヒンヤリとしている。育代も心配して玄関から出てきて幸太郎の横に並んだ。
「しょうがないお父じゃねえ、ちくと探してくる」
幸太郎は井上宅に向かって歩きだした。
一時間経ったが善治郎は見つからなかった。
幸太郎・育代夫婦が集落の各家を回り、善治郎がどこの家にもいないことが分かると、集落では大騒ぎになった。宮ノ岡集落の男衆は近くの山や沢に分け入って善治郎の姿を探した。
県道から宮ノ岡集落に向かって延びる細い山道を、一台のジープが駆け上がってきた。ジープのボンネットで赤色灯がグルグルと回っているが、サイレンは鳴っていない。ジープはギギギとブレーキ音を立てて幸太郎の家の前に止まった。幸太郎の家の周りには心配そうな顔をした女性たちが輪になって、ヒソヒソと立ち話をしている。夜も更けたというのに宮ノ岡集落の全ての家の玄関の灯りが点いていて、集落は何とも落ち着かないジリジリとした焦燥感に包まれていた。
ジープから降りてきたのは、通報を受けた牛乃背村駐在所の近藤勇次巡査である。ちなみに、牛乃背村には警察官は彼しかいない。五十がらみの近藤巡査は、米俵のようなずんぐりとした体型で、顔は獅子舞の獅子頭にそっくりだ。
「宮岡さんところの善治郎のおじいがおらんようになった言うて聞いたけんど、どうなっちゅうろう。何か分かったかねえ」
近藤巡査が立ち話をしている女性たちに声を掛けると、人の輪の中から育代が前に出てきた。近藤巡査に向かってペコリと頭を下げた。心配のためだろう、育代の顔は青ざめている。
「駐在さん、こんな夜遅うにすまんよう。うちんくのおじいちゃんがお客から帰ってきよって、途中でどこへ行ったか分からんようになっちゅうがよ。いま、うちんくのお父さんと集落の男衆が裏山と沢を見にいっちゅう。もうすぐ帰ってくると思うけんど」
育代の言葉が聞こえたかのように、ザワザワと人の声がして裏山の細いけもの道から懐中電灯を持った数人の男が出てきた。先頭にいるのは幸太郎だ。
「幸太郎さん、どうやった」
近藤巡査の呼び掛けに、幸太郎はダメだと首を横に振った。近藤巡査は周囲の男衆をグルリと見回した。夜の山中を素人が満足な装備もなしに捜索することは、二次遭難に繋がる恐れがある。近藤巡査はきっぱりと言った。
「おらんかったか・・・。よし、もう午後十時を過ぎちゅうし、このメンバーじゃあ手が足りん。今日の捜索は打ち切りじゃ。村役場と他の集落にも応援をだせっちゅうて儂から声を掛けちょくき、明日の朝からもういっぺん捜索しよ。幸太郎さん、それでえいのう?」
「駐在さん、お手数をおかけしますよう。それで頼みます」
幸太郎は頭を下げた。夜中は冷えるとはいえ、六月初旬の南国土佐である。仮に酔っ払って山の中で寝ていたとしても、風邪を引く程度で凍死することはない。
「そればあのこと、なんちゃあないき。ほんなら、心配じゃろうけんど身体を休めてよ」
近藤巡査は幸太郎に敬礼をすると、ジープに乗り込んだ。
翌朝午前六時。宮岡の家の玄関前には、幸太郎と近藤巡査を囲むようにして、宮ノ岡集落の男衆が手に手に山刀や鎌を持って立っていた。県道から延びる細い山道を五台の軽トラックが駆け上ってきて、宮岡の家の前に次々に止まった。先頭の軽トラのドアには『牛乃背村役場』と書かれていて、運転席に竜太、助手席に慎吾が乗っている。軽トラの荷台にも村役場の若手が四人乗っていた。後続の軽トラにも他の集落からの応援部隊が乗っていて、宮岡の家の前はあっという間に人で溢れた。幸太郎の妻の育代が大きな籠に炊き出しのおにぎりとお茶を入れて人々の間を回り、ペコペコと頭を下げてお礼を言いながらおにぎりとお茶を勧めている。
キーンというハウリングの音に続いて、近藤巡査のだみ声がハンドマイクから響いた。
「えーと、皆さん、お忙しいところすまんねえ。昨日の夜、九時過ぎに、宮岡さんところの善治郎のおじいがおらんようになっちゅうき、これから捜索を始めます。裏山と沢を中心に二手に分かれて・・・ん? どうしたが?・・・」
近藤巡査の声が途切れた。応援に集まった人々のささやき声が、ザワザワという喧騒になって周囲に広がった。そしてモーゼの前で海がふたつに割れるように、人垣がさっと左右に分かれると、そこには善治郎が何事もないような顔をして立っていた。よく見ると左足は裸足だ。どこかでサンダルが脱げたのだろう、裸足の左足は土で真っ黒に汚れていた。
「こりゃあえらい人じゃ、今日は何のお祭りじゃったかねえ」
善治郎は能天気な声でそう言うと、周囲の人垣をキョロキョロと見回した。人垣の中から幸太郎が血相を変えて飛び出してきた。
「お父、今までどこにおったがぜよ! お父が急におらんようになったき、どこかで倒れちゃあせんかと心配して、皆さんが集まってくれたがぜよ。これから山狩りをやるところやったがで」
幸太郎の剣幕に善治郎は目を白黒させながら言った。
「儂? 儂は・・・井上さんくのお客に呼ばれて酒をたるばあ呑んで、酔うたき家へ帰ろう思うたら・・・あれ、それからどうしよったろう。覚えちゃあせんが・・・」
幸太郎がチッと舌打ちをした。
「お父はボケて・・・どうせ、どっかで寝ちょったがやろう」
善治郎は視線を宙に泳がせて必死に何かを思い出そうとしている。
「寝る? 寝ちゃあせんぜ・・・そうじゃ、お月さんじゃ、お月さんがふたつになって・・・たまるか、ひとつのお月さんが儂の前へ下りてきたがよ。お月さんから子供が出てきて、お月さんの中へ連れていってくれた・・・目をよう開けんばあ眩しゅうて・・・儂に何かを聞きよったぜよ。何かを探しちゅうがやと・・・何を・・・いかん、頭が痛い・・・痛い痛い・・・」
善治郎は頭を抱えると崩れるように倒れた。「お父!」という幸太郎の声と「ひゃあ」という育代の悲鳴があがる。近藤巡査が倒れた善治郎に駆け寄った。
「卒中かも知れん、動かしたらいかん。誰か診療所に電話して、荻野先生にすぐきてもろうて」
善治郎の頭の下にタオルを敷いて、身体には幸太郎のジャンパーが掛けられた。善治郎は頭を抱えた姿勢のままピクリとも動かない。その周囲を人垣がグルリと取り囲んでいる。誰も一言も口を利かない。近藤巡査が顔を上げた。
「それじゃあ、皆さん。こんなことじゃき今日の捜索は中止します。朝早うにわざわざきてもろうてご苦労さんじゃったけんど、帰ってつかあさい」
近藤巡査の声を受けて、捜索の応援にきていた人々はゾロゾロと帰り始めた。幸太郎と育代が夫婦並んで、帰る人に向かってペコペコと頭を下げている。あちこちから「気にせんで」「お互い様じゃき」という声が幸太郎と育代に掛けられた。
竜太は帰り支度を始めた慎吾に目配せをした。慎吾が『どうした』という顔をして竜太の前に立った。竜太の顔には真剣な色が浮かんでいる。
「慎吾さん、今の善治郎さんの話を聞いたよね」
「おう、お月さんがふたつになったちゅう話やろ。けったいな話や。まあ、痴呆症が進んどるさかいに幻覚でも見たんとちゃうか」
「そうかも知れないけど・・・そう言えば、UFOの最初の目撃者の岩瀬春子さんも、月がふたつあったと言ってたじゃないか」
慎吾がホウと顔を上げた。
「なるほど、共通点があるっちゅうことかいな」
竜太がそうだと頷く。
「もしも事実なら、UFOいや宇宙人との遭遇体験だよ」
「事実やったらな」
慎吾はまだ半信半疑だという顔をしている。竜太は首を捻った。
「善治郎さんはどこから現れたんだろう。慎吾さん、気が付いた?」
「いや気付かへんかったでえ。人垣の外にスッと現れたような気がしたけど・・・あそこに立っとったいうことは、裏山から下りてきたんとちゃうか」
竜太と慎吾は顔を見合わせて頷くと、善治郎が下りてきたと思われる裏山に延びる細いけもの道に向かった。善治郎が裏山から下りてきたのなら、裏山のどこかにUFOの痕跡が残っているかも知れないのだ。未確認生物対策班としては確認しない訳にはいかない。
軽トラの荷台に座っている村役場からの応援部隊の四人が、不思議そうな顔をして竜太と慎吾を見ている。何をするつもりだと思っているのだろう。四人は軽トラの荷台で車座になって煙草を吸い始めた。乗ってきた軽トラの運転手がいなくなったのだ、これ幸いにしばらくここでサボっていこうと決めたようだ。
細いけもの道は急こう配の山の斜面を避けるようにクネクネと曲がり、木々の間を縫うように山の上へ上へと延びている。けもの道に覆いかぶさるように繁茂している下草は腰の高さほどもある。竜太たちは泳ぐようにして下草を掻き分けながら先へ先へと進む。竜太と慎吾の姿は濃い緑の海に沈み、宮ノ岡集落はふたりの視界からあっという間に消えた。
十五分ほどけもの道を登り、竜太と慎吾の息がそろそろ上がりかけたときに、頭上を覆っていた木々の枝が消えて青空が開けた。ふたりは裏山の中腹にあるポカリと開けた広場に出た。耕作放棄された畑のようだ。広場の中には大きな樹木はなく、膝の高さほどの下草が一面に生い茂っていた。下草が朝露に濡れてキラキラと光っている。振り返ると、木々の枝の間からはるか下に宮ノ岡集落が見えた。濃密な木々の香りをたっぷりと含んだ湿った風がザアッと吹き抜けた。
「竜ちゃん、何やあれ・・・・」
慎吾が広場の中ほどを指差した。竜太の視線が慎吾の指先を追う。
「慎吾さん、これは・・・」
竜太は息を呑んだ。
広場の中心付近に直径十メートルの穴が開いていた。
正確に言うと直径十メートルの円形状に下草が綺麗に倒れていた。それが地面に開いた大きな穴のように見えたのだ。周囲の下草が竜太の膝のあたりまで高さがあるのに対して、円形の中の下草は根元から十センチの高さの部分で、渦を巻くように一定方向に向かって真横に折れ曲がっていた。下草の折れ曲がった部分を見ると、ポキリと折れている訳ではなく、熱を加えた飴のようにグニャリと曲がっていた。
そして、直径十メートルの円の中には、更に小さな直径一メートルの小さな三つの円があった。三つの円は正三角形の頂点に当たる位置に配置されていた。その部分の下草は何かに押しつぶされたように根元の直ぐ上から倒れていて、しかも黒く焦げている。
「ミステリーサークルだ」
竜太の声が震えている。慎吾はあんぐりと口を開けたまま、呆然と目の前の光景を眺めている。
「善治郎さんの話は本当だったんだ。善治郎さんは宇宙人と遭遇した。そしてUFO、いや、彼らの宇宙船に乗せられた・・・。そして善治郎さんはここで解放されて、山を下りて宮ノ岡集落に戻った」
竜太の推測を聞いても慎吾は納得できていない。
「ほんまかいな・・・と、とにかく写真や。証拠写真を撮らないかん。竜ちゃん、カメラは・・・持っとらんわな。牛乃背村は電波が届かんさかいスマホも持っとらんし・・・」
「とにかく、一旦村役場に帰って、写真機とか保存用機材とかを持ってこなきゃ。そうだ、竹中班長にも同行して貰って、一緒に現場確認をしたほうがいいな」
慎吾が心許ないような顔をして周囲を見回した。
「なあ、竜ちゃん。どっちかひとりがここに残って、見張りをせなあかんかな」
慎吾がそう言った途端、ギャアギャアと不気味な鳴き声をあげて、大きな黒い鳥が竜太たちの背後の木立から飛び立った。竜太がヒッと首をすくめる。こんな不気味な山奥にひとりで残されるのはまっぴらごめんである。下手をすると宇宙人に拉致されるかもしれないのだ。
「こんなに立派なミステリーサークルだから、一時間やそこらでなくなることはないよね。たぶんだけど」
竜太が安直な希望的観測を口にすると、慎吾が嬉しそうに頷いた。
「せやな、そのとおりや。よっしゃ、それなら一緒に村役場に戻ろか。善は急げや、行くでぇ」
竜太と慎吾はミステリーサークルに背を向けると、何かに追われるように、一目散に駆け出した。
竜太と慎吾の姿が消えてから十分後。直径十メートルの光の球が音もなく上空から下りてきた。光の球はミステリーサークルの二メートル上方に浮かんだまま停止した。光の球から青白い光線が地上に照射されると、真横に折れ曲がっていた下草がゆっくりと立ち上がり、黒く焦げていた下草は緑色に変わった。ミステリーサークルが跡形もなく消えると、光の球はスウッと上空に舞い上がって姿を消した。
竜太と慎吾が村役場でカメラや立入禁止用のロープなどの機材を用意して、竹中班長と共に宮ノ岡集落に帰ってきたのは二時間後だった。善治郎は家の中に運び込まれていて、布団に寝かされていた。あの後到着した牛乃背村診療所の荻野医師の診断によると、善治郎の頭痛は脳卒中によるものではなく、原因は不明だが何らかの強いストレスを受けたことによる一過性の頭痛らしい。
未確認生物対策班の三人は、裏山に延びるけもの道を登った。ミステリーサークルが発生したという竜太の話を聞いて、近藤巡査と幸太郎が興味津々という顔をして対策班の後に続いている。やがて空を覆うよう密集していた頭上の木々の枝の間隔が広がり、周囲が明るくなった。広場に着いたのだ。けもの道を塞ぐように垂れ下がっている枝を手で押しやって、竜太は広場に立つと、自信満々でミステリーサークルを指差した。竹中班長の驚いた顔が眼に浮かぶ。
「竹中班長、あれを見て・・・くだ・・・さ・・・い?」
竜太の声が途中から小さくなって、最後は聞き取れなかった。
対策班一行の目の前には、膝の高さほどの下草が一面に広がり、風を受けてザワザワとそよいでいた。ない! ミステリーサークルが消えている! 二時間前には確かにあった直径十メートルのミステリーサークルは跡形もなく消えていた。
慎吾が素っ頓狂な声を上げた。
「なんじゃこりゃあ・・・いったいどないしたっちゅうねん・・・消えとるやないか・・・」
竜太はうわ言のように「そんなバカな」と口にすると、下草を両足でかき分けるようにして広場の中に足を踏み入れた。
「確かにここに・・・ここにあったんだ・・・ねえ慎吾さん」
「竜ちゃん、そこや、確かにそこで間違いないでえ」
竜太は草の中にしゃがみこむと、下草の根元を調べた。あのときは確かに根元から十センチの高さの所で綺麗に折れ曲がっていたのだ。二、三本の下草を引き抜いてみたが、下草の茎には折れ曲がったような痕跡はどこにも残っていなかった。竜太の脳裏に飴細工のように曲がっていた茎の映像が浮かんで消えた。
「ない。折れ曲がった痕跡がどこにもない」
慎吾もワサワサと広場の中に分け入ると、片っ端から下草を引き抜き始めた。
「竜ちゃん、焦げた跡はないんか。黒なったところがあったやんけ、そこを探そ」
竜太と慎吾は広場の中を這いずり回るようにして黒く焦げた跡を探したが、下草の茎に黒く焦げた跡を発見することはできなかった。
「何でや、何でないんや・・・おかしいやないけ」
慎吾が泣きそうな声を出した。竜太は声もなく茫然と下草の中に膝を突いていた。
「そうだ、場所を間違えたんじゃないかな。山の中の空き地なんてどこも同じようなものだし。そうだよ、途中で道を間違えたんだ」
竜太の必死の弁明に幸太郎が首を横に振った。
「宮ノ岡集落の裏山で、これだけ広い開けた場所はここしかないき。ここは源蔵おんちゃんの畑やったけんど、源蔵おんちゃんが腰をいわして畑をようせんようになってから、ほったらかしになっちゅうが。ここに登ってくるけもの道も一本道じゃき、迷うことはないぜよ」
「それじゃあ私と慎吾さんが、ふたりして見間違いをしたと・・・そんなバカな!」
現状を受け入れられない竜太がヒステリックに叫ぶ。竹中班長はマアマアと竜太をなだめてから、落ち着いた声で竜太と慎吾に指示した。
「中岡、坂本。とにかく現場写真を撮りや。それとミステリーサークルがあった場所の下草を何本かと、その下の土も採取しちょって。何か分かるかも知れんき。後は帰ってから検討じゃ」
「班長・・・」
失意の竜太はそれ以上声が続かない。
竹中班長は涼しげな目元を優しく緩めると、竜太に向かってゾロリと流し目をくれてから、バリトンの声で諭すように言った。女性がコロリと騙され・・・いや、好意を持つのも頷ける。何せ不倫の前科五犯なのだ。
「分かっちゅう。おんしらが嘘を吐いちゅうなんぞ思うちょらんき、安心せい」
竜太と慎吾は何だか情けなくなって下を向いた。
やはり、どちらかひとりが残っておくべきだったのか。いや、あのミステリーサークルが消えたということは何かがあったのだ。そんなところにひとりで残っていたら・・・考えただけでもぞっとする。竜太はいやだいやだと首を振った。
広場の下草をガサガサとかき分けながら所在なさげにウロウロと歩いていた近藤巡査が、下草の中からサンダルを拾い上げた。
「おーい、幸太郎さんよう。このサンダルは善治郎のおじいのもんと違うかねえ」
近藤巡査が放り投げた片方だけのサンダルを受け取った幸太郎は、サンダルの裏側を見た。黒いマジックペンで書かれた宮岡善治郎という名前と電話番号が読み取れる。
「駐在さん、このサンダルはうちのお父のサンダルじゃ。お父はボケちゅうき、裏に名前と電話番号を書いちゅうがよ、間違いないぜよ」
「ちゅうことは、善治郎のおじいは昨日の夜、ここにおったいうことかねえ」
近藤巡査の言葉に幸太郎は首を捻っている。
「昨日の夜もここは探したけんどねえ・・・誰もおらんかったが」
小一時間ほどかけて現場写真の撮影と下草や土壌の採取を終えた対策班の一行が宮ノ岡集落まで帰ってきたときには、もう正午になっていた。昼飯を食っていけという幸太郎の誘いに甘えて、対策班の三人と近藤巡査は幸太郎の家に上がり込んだ。
昼食のそうめんを食べ終えて、茶の間で座卓を囲んでお茶を啜っていると、カラリと襖を開けて善治郎が茶の間に入ってきた。右手に新聞を持っている。近藤巡査が声を掛けた。
「善治郎のおじいは具合が良うなったかね」
「こりゃあ駐在さんかね、どうしたがですろう。具合? このとおりピンピンしちゅう」
善治郎はそう言うと幸太郎の横に座って新聞を読み始めた。
絶好のチャンスとばかりに竜太が善治郎に話しかけた。
「善治郎さん、私は村役場の未確認生物対策班の坂本です。昨晩のことについて、少しお話を聞かせてください。今朝のお話では、ふたつに分かれたお月様の片方が善治郎さんの目の前に下りてきて、善治郎さんはその中から現れた子供に連れられてお月様の中へ入ったとおっしゃいましたよね。子供の顔つきや服装、月の中の様子はどうなっていたのか、覚えている範囲で教えてくださいよ」
読みかけの新聞から顔を上げた善治郎は、不思議そうな表情で竜太を見た。
「お月さんとか子供とか、何を言いゆうかサッパリ分からんきに。昨日の晩? お客に呼ばれて酒をこじゃんと飲んで・・・頭が痛うなってきたき、家に戻って寝たわね。今朝、診療所の荻野先生が診察にきてくれて、なんちゃあない言うてくれたき安心しちゅうがよ」
茶の間にいた全員がギョッとした顔で善治郎を見た。昨晩のことを覚えていないのか、いや、今朝自分がしゃべったことまで忘れてしまったのか。認知症の影響なのだろうか。
言葉を失った竜太に代わって、幸太郎が呆れたような声を出した。
「お父は昨日の晩にお客から戻る途中でおらんようになって、朝になってから帰ってきたがぜよ。覚えちょらんがかえ。昨日の晩は、裏山の源蔵おんちゃんの畑におったがやろう、お父のサンダルが片方落ちちょったぜ」
「源蔵おんちゃんの畑? そんな所へは行っちょらんき。何を言いゆうろう」
善治郎は怪訝な顔をして幸太郎を見てから、新聞を熱心に読み始めた。
「こらいかん、ボケちゅう。皆さんすまんねえ」
幸太郎はガクリと肩を落とした。
善治郎は老眼が進んでいて、老眼鏡なしでは新聞や雑誌は読めないのだが、今朝の善次郎は老眼鏡を掛けずに新聞を読んでいる。そのことに幸太郎は気付いていない。
幸太郎の家を辞去して村役場に帰る途中の軽トラの中で、腕組みをして目をつぶり、暫く無言のまま考えごとをしていた竹中班長が、「ウン」と頷いてから話し出した。
「中岡、坂本。今日の件は、やっぱり観光課の仕業じゃろうと儂は思うちゅう」
ハンドルを握る竜太が竹中班長の顔を見た。
「観光課の仕業ですか・・・」
「うん。どうやったか知らんが恐らくそうじゃろう。村おこしのために、UFOや宇宙人がおるゆう証拠を捏造しゆう観光課じゃけんど、儂らぁ未確認生物対策班の調査で捏造がばれそうになっちゅうろう。逆に、儂らぁをUFOや宇宙人の目撃者に仕立て上げて、信じさせる作戦じゃないかね。
善治郎のおじいはボケちゅうき、観光課の誰かから宇宙人に誘拐されたゆう話を吹き込まれても、次の日には忘れちゅうろう。善治郎のおじいの口から宇宙人に誘拐されたと言わして、それを中岡と坂本に聞かせる。その後は、さっきのとおり善治郎のおじいは忘れたと言う。中岡と坂本は不思議じゃと思うろう。
ミステリーサークルも中岡と坂本に見せちょいてから消す。消した方法は儂にも分からんけんど。ミステリーサークルが残っちょったら捏造かどうかを調べられるけんど、消えちゅうから調べようがない。しかも中岡と坂本は実際に目にしちゅうき、不思議じゃと思うろう。どっちも中岡と坂本に不思議じゃと思わせることが目的やろう」
竹中班長の推論が竜太の腹の底にストンと落ちた。
「なるほど、私と慎吾さんを目撃者にするために・・・なんて手が込んでいるんだ」
慎吾がムウウと唇を突き出した。腹の減ったラクダのようだ。
「ほんまや、やることがえげつないわ。ワイなんか半分信じとったさかいな。危ない危ない」
「とにかく、観光課の張込みを継続して尻尾を掴むしかないろう。役場に帰ってから検討じゃ」
さすがは竹中班長、男前の上に頭も切れる。これなら女性にもてるはずだと感心しながら、竜太は軽トラを走らせた。
(第一話おわり)
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