第7話

辺りは暗く、黒猫は夜に溶け込み、建物の屋根の上を足音も立てずに走り抜けていた。


ラグナは宿にいるというのに宿に戻らなかったのは、私の刃"アカツキ"が知らせてくれた違和感を放っては置けなかったからだ。


アカツキは1度切った相手の位置を把握することが出来る…ならば、私がアカツキから知らされる敵の反応はおかしい。


──嫌な予感がする。


アカツキが示す位置は王都のすぐ外。正門から約100メートル離れた位置。


私は門番の目を気にしながら正門に登り、上から王都の外を見渡した。


普通の人ならば、真っ暗でよく見えないだろう。だが、私の目はドラゴンと同じだ。ドラゴンは夜の空でも自由に飛び回り、地上が鮮明に見えるほど視力が良く、夜でも目が効く。


「なに…あれ」


そして私の深青の瞳が捉えたのは、人族でも、獣族でもなんでもない。その姿は人間と似ているようで似つかない。


「…ゴブリン」


ひとりで小さく呟いた。


緑色の肌にガリガリの体。片手には棍棒を持ち、目は白目がなく黄色一色だ。


なぜ門番は気づかない?人族はそんなに夜に慣れていないのか??


そんな疑問も無理はないくらいゴブリンの数は多すぎる。パッと見て1000だろうか。あの中に昼間の仕事で取り逃がしたやつがいるということだ。


そいつを探すと、昼間現れた"オーク"が確かにいた。右肩を負傷しており、たしかに私が切りつけできた傷だった。


私のミス、だな。


覚えがあるとするならば母親を亡くしたあの子どもを助けた時だ。迂闊だった。


どうすればいい。ドラゴンの姿ならば、こんな軍勢どうとでもなる。だが、ドラゴンの姿は目立ちすぎる。絶滅したとされているドラゴンが再び現れれば人々は世界の果てまで私を探し、ころしにかかるだろう。そうなったら私は終わりだ。


「黒猫は夜行性だったかしら?」


背後から昼間から聞いていた声が聞こえた。


深く考えすぎた。だから私は後ろにいるあの女の気配に気づけなかったのだろう。


「…フィーネ副団長」

「何故こんなところにいるの」

「自分の尻拭いってところかな」


苦虫を噛み潰したような言いにくさを感じる。


分かっている。私は今、この女騎士を頼らなければいけない。利用しなければいけない。


「尻拭い、ね。そんなこと言ってるところ悪いけれど、傭兵とはいえ夜中にこの正門に登るのは違反よ。ここは国の管轄だわ。」


「それは、ごめんなさい…」


「わかればいいのよ」


ふん、と女騎士はそっぽを向いてしまう。


時間はない。早く言わなければ。


人のことを頼ったことがない愚かな私は時間が無いというのに素直になれない。どうやって人を頼るのか分からないのだ。


「それで、どうしたのよ」


そんな私を金の瞳が真っ直ぐと見た。優しく、子どもを見るような、そんな目だった。


不思議だ。


釘を打たれたように私はその瞳から目を離せない。結局、この女に全て気づかれてしまって居るのではないかと疑ってしまう。


「昼間、私は魔物を取り逃してしまった。あの中に、やつはいる。」


私は暗闇に人差し指を向けた。


女騎士の目の色が変わった。優しげなものから冷たく、真剣さの色が見えた。


「あの中??」

「そう、見えないか?」

「見えないわ」


やはり、人族の目はあまり夜に慣れていない。


「ゴブリンとオークの軍勢があの暗闇の中にいる。私が取り逃したオークが呼んできたんだと思う…本当に申し訳ない」


しばらく、女騎士は黙り込んだ。思わず顔色を伺うと、何か考え込んでいる様だった。


「わかった。黒猫…ユルドを信じるわ。でも、貴方のミスは許さない。」


見えないのに、信じてくれるのか。人族とは、疑うというものを知らないのか?


でも、今はその心がありがたかった。


「わかっている。なんでも罰は受け…」


私の言葉を遮り女騎士が言葉を被せる。


「一緒に戦いなさい。わたくしは緊急事態として騎士団に司令を出す。いつ攻めてくるかわからない。貴方も万全の準備をしなさい。あの狼…ラグナも呼ぶといいわ。」


どこまでも真っ直ぐなその瞳は再度私を見た。


そうか、この女は。


呼び方を改めよう。この女とか、女騎士ではない。


私に逞しい背を向け、歩き出そうとするその人に私は尊敬の念を感じたのだ。


「フィーネ」


その女騎士は振り返る。


「副団長をつけなさい」


月に照らされるその金の瞳と金の髪は、どこまでも眩しく、夜だというのに太陽みたいだと思った。


そして、いきなり呼び捨てしたと言うのに、少しも嫌悪感を示さず、むしろ目尻に皺を寄せ、口角が上がっていた。その笑顔は私の心を溶かすには十分すぎる熱を与えた。


今夜、長い夜になる。戦いが始まる。私は、戦う意味を見つけれそうな、そんな予感がしたのだ。


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