いっしょにごはん

虎之介

第1話 甘くてしょっぱい!ひき肉入りオムレツ

「一葉!このあとみんなでプリクラ撮りに行かない!?」

「ごめん!用事があって。」


友だちの誘いを断り、教室を出る。

放課後のチャイムとともに笑い声で賑やかになる廊下を、ひとり早足で通り抜ける。


中学校に入学して三か月、大きすぎる校舎はどうにも落ち着かない。


(今日は水曜日だから、急がなきゃ)


本で重たいリュックを背負いなおし、双子の弟と妹を迎えに学童へ寄る。


「あ、おねぇ!」


小学一年生の妹、イチカが私の顔を見るなり、駆け寄ってくる。

弟のイツキはちらりとこちらを確認し、二人分のランドセルを取りに行く。

顔は似てるのに、性格は似てない二人だ。


「ねーちゃん、お腹すいた。今日の晩ごはんは?」

「冷蔵庫空っぽだから、お買い得品みて決めようかな」

「のり弁がいい!のり弁!」

「イチカは、そればっかじゃん!オレは唐揚げ!」


おしゃべりな双子を連れて行きつけのスーパーへ向かうと、すでに店内は混みあっていた。


「あ、大鍋屋の特売日だ!」

「水曜日は混むから嫌なんだよなぁ。」


大鍋屋は迷路のような売り場に、食材や調味料が雑多に置いてあるスーパーだ。

足が二十本ある干物とか溶けないバターとか、不思議な商品がぎっちり並んでいる。


「ちゃんと二人とも手を繋いでてね。」

「もう園児じゃないっつの。」

「えーと、まず野菜ね!」


手のひらに乗らないほど大きな丸い玉ねぎの大袋をゲットする。

おひとり様一点の卵も無事確保!

順調にメインのお肉コーナーまで進む。


「あ、豚ひき肉がお得だ!今日は餃子にしようか?」


返事がないので振り返ると、後ろにいたはずの双子がいない。


「イツキ!イチカ!?」


混雑した店内を見渡すが、双子の姿はない。


(先にお弁当のところ行ったのかな・・・・・・)


お惣菜売り場へ走るけど、ここにもいない。


「すみません、双子を見ませんでした?」

「知らないわ」


近くの人に聞いて回るけど、みな忙しそうに首を振る。

全身から血の気が引いていく。


(どうしよう!)


混雑する店内を見渡すと、同じ制服を着た男子が視界に入る。


「あの、すみません!」


お弁当を選んでいる背中に、勢いよく声をかける。

振り向いた少年は、驚くほど整った顔立ちをしていた。


(アイドルみたい・・・)


少し長い髪の間からのぞくアーモンドアイが、力強く私を捉えた。


(星空みたいに、綺麗な瞳)


目が合うと、少年の瞳がかげり、傷ついた表情になる。


「あ、あの?」


少年は私を警戒するように、眉間にしわを寄せた。


(いけない、ジロジロ見ちゃって失礼だったな)


反省するけど、今は迷子の行方を知りたい。


「ちょっと聞きたいんですけど。」

「──── こんなとこまで、俺に付きまとうなよ!」


少年の声が、混雑する店内に響いた。


「えっ」


突然、怒りをぶつけられて、身体がすくむ。

呆然と立ち尽くす私から、少年は顔をそむけた。


「俺の前に、二度と現れるな」


冷たく吐き捨てると、のり弁をひとつ掴んで少年は離れていった。


(な、なに?)


周りから、あの子振られたの?という声がする。

怒鳴りつけられて、心臓が嫌な音を立てて、指先が冷たくなっていく。


(・・・・・・今は双子を探さなきゃ)


来た道を戻ろうと背を向けると、レジの方からのんきな声が聞こえた。


「ねーちゃん!」

「おねぇ!」


レジ待ちの長蛇の列に、双子は並んでいた。


「ここにいたの!?探したんだよ!」

「レジが混んでたから、先に並んでおこうと思って。」


文句をいうと、イチカが得意げに胸をはる。

双子なりに気を利かせてくれたらしい。


「おねぇ、買い物終わった?」

「うん・・・。今日はもういいわ」



マンションに戻り、買ったものを台所に並べる。


(結局、これしか買えなかったな)


玉ねぎと玉子と、ひき肉。


「これじゃ餃子は無理だなぁ。」

「ねぇちゃん、ハンバーグがいい!」

「おねぇ、私は甘いのが食べたい!」

「やだよ、僕しょっぱいの!」


気の合わない双子が喧嘩を始める前に、なんとかしなくては。


「そうだ、アレにしよう!」

「なになに?」

「お楽しみ!ほら、交代でお風呂入っておいで」


使い込んだエプロンを首から下げ、早速、夜ごはんづくりに取り掛かる。


まずは、玉ねぎをみじん切り。

先ほどのモヤモヤをぶつけるように、ザクザク切っていく。


(声をかけただけで、あんなに怒るなんて)


涙がにじむのは、きっと玉ねぎのせいだ。


細かくした玉ねぎにラップをかけ、電子レンジに入れる。

こうしておけば、炒める時間を短縮できる。


(ハァ・・・・・・心が重たい)


それでも手は動かす。


冷蔵庫から出した冷たいひき肉を、熱したフライパンにのせる。

ジュッっと音をあげ、ピンクのかたまりは、徐々に茶色へ変化していく。

それを菜箸で、黙々とほぐす。


(無視されるのも嫌だけど、怒られるのは・・・もっと嫌だ)


父親に怒鳴られた記憶が蘇る。


石のようにぶつけられる悪意が、痛い。

憎しげにこちらを見る瞳が、怖い。


(あれ・・・・・・?)


一瞬、肉をかき混ぜる手が止まる。


(あの子の瞳に浮かんでいたのは、怒りじゃなくて─── 怯え?)


あの綺麗な少年も・・・誰かに傷つけられたことがあるのかもしれない。


「ピピピッ」


ちょうどお肉がパラパラになったところで、レンジの音が鳴った。

柔らかくなった玉ねぎをレンジから取り出し、フライパンに投入する。


「お肉のいい匂いがする~!」


醤油とみりんで味つけしていると、カズキがお風呂から戻ってくる。


「ねぇちゃん。ご飯できるまで、ミーチューブ見てもいい?」

「いいけど、宿題は?」

「とーぜん終わってる。あ、ちょうどライブ配信始まる!」


横からタブレットをのぞくと、水色のクマが出てきた。

クレヨンでぐりぐり塗りつぶしたような瞳に、左右の大きさがちがう丸いミミが、ひょうきんで可愛らしい。


『みんな~、《水曜日のクマ》だよ!ゴハンの時間だよ!』


《水曜日のクマ》は、双子が最近ハマっているVTuber。

毎週水曜日に、ゴハンを食べるところをライブ配信をしてるんだ。


『もぐもぐうまうま、僕くまだけど!今日も美味しく、いただくま~す!』


水色のクマはそんな決め台詞で、両手を合わせた。


「おねぇ、うちのごはんは~?」


髪を濡らしたままリビングに入ってきたイチカが、パラパラのお肉に顔をしかめる。


「え~!そぼろ?」

「ここから、だよ」


卵を四つ割り、おおさじの砂糖とひとつまみの塩を入れて、かき混ぜる。

たっぷりの卵液をフライパンに注ぎ込むと、じゅわっといい音がする。

半熟になった卵に具を置いて、くるっと包んだらできあがり!


「甘くてしょっぱい、オムレツ完成~!」

「やったー!オムレツ大好き!」


しょっぱめのお肉に、とろとろの甘いタマゴが絡んで、止まらなくなるんだ!


「ママは今日もいないの?」

「夜勤だって」

「最近、夜ごはん一緒に食べてないけど」

「仕方ないよ。二人とも小学生になったから大丈夫でしょ!?」


明るい声で言うと、双子は微妙な顔で黙り込む。


四人掛けテーブルの一つ空いた席に置いたタブレットから、のんきな声がする。


『今日のゴハンはのりべんクマ!このはんなりとした海苔の香りが最高クマ!』

「あ、のりべんだ!」


のりべんが好物のイチカが声を上げる。


『海の不動のエース・海苔と、陸の最強選手・お米がタッグを組んだ、夢の競演だクマ!ハッ、もしかして世界でいちばん贅沢なメニューだクマ!?』

「なにそれ!」


クマの実況がおかしくて、つい笑ってしまう。

ただののり弁が、すごいご馳走みたい。


「あれ、これ大鍋屋ののり弁だよ!」

「なんでわかるの?」


ご飯の上に真っ黒な海苔をひいただけの、シンプルなのり弁だけど。


「この海苔の重ね方に、この切れ目の入れ方!絶対、大鍋屋のやつ!」

「言われてみると・・・?」

「私がのり弁を見間違えるはずないよ!」

「自慢することじゃないけどな。」


胸を張るイチカに、イツキがつっこみをいれる。


「中の人はきっと大鍋屋で買い物したんだよ。」

「意外と、さっきスーパーですれ違ってたりしてな。」


ふと、私を睨んだ少年がのり弁を持っていたことを思い出す。


『わ!海苔とお米がお互いを高めあってる!口の中に田んぼと海が広がるクマ!』

「・・・そんなわけないよね」


画面の向こうでは、水色のクマがはしゃいでいる。

幸せそうに食べるクマをみていたら、なんだかどうでもよくなってきた。


「お腹が空いてきたね!私たちも食べよっか。」

「うん!ごはん、よそうね。」

「じゃあ、僕はお箸だす。」


手分けしてゴハンを食べる準備をして、席に着く。


「「もぐもぐうまうま!いただきまーす」」


双子が水曜日のクマの真似をし、手を合わせる。


「今日のオムレツかぁ。うーん、卵が輝いてるっ」

「うーん、ブタのひき肉にニワトリの卵、果たしてこの相性は!」

「あははっ!」


双子がおかしな食レポを始めるので、つい笑ってしまう。

その夜は水色のクマのおかげで、美味しくゴハンが食べられた。



寝る前に、リュックから借りてきた本を出す。


双子が寝静まったベッドサイドで、『和食の極意』という分厚い本を、パラパラとめくる。


「なるほど、スプーンでこんにゃくをちぎると味がしみるのか」


自作のレシピノートにメモをとっていく。


(理想の食卓には遠いけど、双子にはせめて美味しいものを食べてほしいもんね)


美味しいものを集めた分厚いノートは、ボロボロだ。

しばらくしてノートを閉じ、電気を消した。



そして翌日の昼休み。


「一葉、どこ行くの?」

「図書室に本を返しに。」

「じゃ、私もついてく!」


真帆が立ち上がると、大きなシュシュでまとめた長い髪が揺れる。

小学生のときからの親友で、明るくて可愛い女の子だ。


(昨日の子に会ったらどうしようかと思ってたから、正直助かる。)


野球部の太田くんが、首をかしげる。

太田くんも同じ小学校の子で、私が話せる数少ない男の子だ。


「一葉、なに借りたの?」

「和食大全」

「チョイスが昭和すぎる!!!」


割烹着のおばあちゃんが微笑む表紙を見せると、太田君は爆笑する。


「どこの保護者だよ」

「君の同級生だよ」


笑いがおさまらない太田君を残して、真帆と二人で廊下を歩いていると、オシャレな女の子たちに声をかけられる。


「真帆、今日はこずえ先生の都合で、部活ないって!」

「りょ!」


テニス部の友だちみたい。

みんなキラキラしていて、仲間意識が強そうでちょっと苦手。


「ねぇねぇ、聞いた!?隣の組の藤崎さん、ブイ様にクッキー渡したんだって!」

「えぇ!勇気あるぅ!」

「でもブイ様、受け取らなかったらしいよ。」

「ブイ様、甘いものとか食べなさそう。」


ブイ様って、一体誰の事だろう?


「ブイ様って?」

「あぁ、これ。」


小声で聞くと、真帆は両手でピースサインをする。


「Vサインで、V様。」

「え?」


頭にピースサインをしたお調子者が浮かぶ。


「本人には内緒だよ?」


ますます訳が分からない。



放課後。双子の迎えのあと、大鍋屋へ行く。


男の子には会わなかった。

私のことが嫌で、もしかしたらお店を変えたのかもしれない。


「お姉ちゃん、さすがに買いすぎじゃないの?」

「昨日、買いそびれちゃったんだもん。」

「重たいよぉ。」


大鍋屋からの帰り道、坂道を登りながら、双子が文句を言う。

三人とも両手は買い物袋でいっぱいだ。


「ごめん!帰ったら、大鍋屋のプリン食べよ!!」


顔ぐらい大きい、固いプリンが双子の大好物。

ようやくマンションのエントランスにたどり着く。


「あれ、鍵どこにやったかな。」

「もぉ、おねぇってば!!」


荷物が重たくて、カバンの中がよく見えない。


「えーっと」

「おねぇ、早くぅ!」

「だから特売日はいやなんだよな。」


ふてくされる双子の後ろで、人の気配がした。

振り向くと、私と同じ制服を着た美少年が立っていた。


「えっ!」

「あっ!」


少年も驚いた顔をしている。

どうしてここに?


「……俺のうち、ここなんだけど」


まずい!また誤解される!!


「ちがうの、私もこのマンションに住んでて!」

「見ればわかる」


大荷物を抱える三人組を、少年は苦々しい顔で見る。


「この人、誰?おねぇの知り合い?」


イチカに尋ねられ、少年は気まずそうに郵便ポストの「二川」という名前を指さす。


「にー、さん?」


イチカがポストの名前を読み上げると、イツキが首を振る。


「イチカ。この三本線は三じゃなくて、川って読むんだよ」

「へぇ」

「にーさんじゃなくて、にかわ、だね。」

「ちがう、だ。」


知ったかぶりした私を、不機嫌な声で少年は訂正する。


「ご、ごめんなさい。」

「……お前、俺の名前知らないのか?」


少年は美しい瞳で、私をジッと見据える。


「おねぇ、同じ学校でしょ?かわいそうだよ。」

「いやいや、同じクラスの子はわかるけど、違うクラスの子は分からないって。」

「ねぇちゃん、友だち少ないもんな~。」

「ううっ。」


赤くなった私に、二川君は気まずそうに下を向いた。


「もういいから、早くはいろうぜ!重いよ。」

「手がちぎれるぅ!」

「はいはい!」


再び鞄をあさっていると、二川くんが代わりに鍵を開けてくれた。


「あ、ありがとう。」


お礼をいうと、目線を合わさずにこちらへ手を差し出した。


「ん?」

「荷物もつ。」

「いやいや、とんでもない!」


断る私の横で、双子が笑顔でよろしく!と、買い物袋を渡してしまう。


「やけに重いな」

「四人分の一週間の食料なもんで・・・。」


二川くんは黙って、私の肩に食い込んでいた長ネギのささったエコバックも持ってくれる。

エレベーターに乗り込むと、香ばしいソースの匂いが充満する。


「なんか良い匂いする。」

「しっ!」


イツキを肘で小突くが、反対側のイチカが二川君の持っていたビニール袋を遠慮なくのぞき込む。


「ねぇねぇニーサン、それなに?」

「イチカ!」


注意するけど、二川君は怒った様子はない。


「たこ焼き。」

「三箱もあるよ!そんなに食べるの?」

「うん、足りないくらい。」

「僕、たこ焼きのタコが苦手。」

「じゃあタコ抜いて食べてんの?」


無邪気に話しかける双子に、二川君は意外にも受け答えしている。

フロアに到着し、イチカがこっちと二川君の手を引く。


「うちはここだよっ!」


家の扉の前で、二川君はまた驚いた顔をする。


「俺、隣の部屋だ。」

「えっ!ニーサン、お隣さんだったの!」

「中学に入るタイミングで、おじさんの家に引っ越してきたんだ。」

「同い年の子が住んでたなんて、知らなかった・・・。」


買い物袋を両手に立つ二川君から荷物を受け取ろうとすると、小声でつぶやく。


「……った。」

「えっ?」

「この間は、悪かった。」


夜空のようなまっすぐな瞳で見つめられる。


「俺の思い込みで、嫌な思いさせて、ごめん。」

「気にしてないよ。二川君がそうなったのには・・・事情があったと思うから」


そういうと、二川君は眉を寄せて、困った顔になる。


「前の学校で、同級生に付きまとわれて大変だったんだ」

「付きまとい?」

「あぁ。ずっと俺の行動を監視してるんだ。どんどんエスカレートして、盗撮されて、SNSで自分の彼氏だって吹聴されたり・・・」

「えっ怖い」

「だろ?ソイツのせいで、友達とも家族とも離れることになった。」


綺麗な顔をゆがめて、悔しそうな顔をしている。


「今も知らない女子からいきなり連絡先押し付けられたり、追いかけられたり。」

「それは大変だね・・・。」


二川君は深くため息をつく。


「だからって、無関係の人を怒鳴ったりして。許されるわけじゃないけど・・・。」

「私こそ!言いにくいこと聞いてごめんね。」


お互い頭を下げ、同時に顔を上げると、目が合う。

二川君はフッと、小さく微笑んだ。


(わ・・・笑うと、とっても綺麗)


思わず見惚れかけたとき、ランドセルを置いたイチカが元気よく扉を開けた。


「ニーサン、うちでいっしょにゴハン食べようよ!」

「上がってけば?」


人見知りのイツキまでそんなことを言う。

ふたりとも二川君のことを気に入ったらしい。


「うーん、水曜日は予定があるんだ。」

「たこ焼きパーティ?」

「いや、食べるのは一人でなんだけど。みんなと約束してて。」


(どういう意味だろう?)


首を傾げると、二川君は袋からたこ焼きを一箱を取り出した。


「いっこやるよ。」

「いいの?」

「引っ越しの挨拶ということで。」


やった!とイチカは嬉しそうに受け取る。


「あ、じゃあニーサンに、これあげる。」


イツキが買い物袋から、大きなプリンを取り出す。


「でかっ!なんだこれ!」

「ふふふ、大鍋屋の限定プリンだよ。」

「カスタードがなめらかで、めっちゃうまい」

「そ、そうなのか?」

「荷物持ってくれたお礼だよ!」


イチカとイツキが二川君に大きなプリンを、ぐいぐい押し付ける。


「い、いいよ。甘いものそんなに好きじゃないし。」


二川君は口ではそう言うものの、目がプリンに釘付けだ。

思わずふふっと笑うと、二川君はムッと照れくさそうにプリンを受け取る。


「じゃあまたね、ニーサン!」


双子が手を振ると、隣の扉を開けた二川君はくるりと振り返った。


「なぁ、双子の名前は?」

「イチカ!」

「イツキ!」


声を揃えて名乗る双子に、二川君は目を細めて微笑む。


「俺は、二川 健人」

「あ!私は、」

「知ってる。渡辺 一葉!」


二川君はいたずらっぽく笑うと、隣の部屋の扉へ消えていった。


「どうして私の名前・・・」

「当たり前じゃん。同じ学校なんでしょ?」

「んー」


地味な私を知っている人なんてそんなにいないと思うけどなぁ。

首をかしげていると、スマホが振動する。


「あっ、アキラちゃんからだ」


アキラちゃんは近所に住んでいる高校生のいとこだ。

いつも家のことでかかりきりな私を気にかけてくれるんだ。


『一葉?もう夜ごはんつくった?』

「ううん、今帰ってきたところ」

『そしたらカレー持ってくから、一緒に食べよう』

「わーい!」


スピーカーで聞いていた双子が、嬉しそうに飛び跳ねる。


「おねぇ、良かったね!」

「うん」

「いとこ同士って結婚できるらしいよ」

「でも初恋は叶わないっていうからな~」

「もう何言ってるの!」


まぁ・・・そりゃアキラちゃんはかっこいいし、憧れてるけど。


「早くお風呂入っておいで!」


ませた口をきく、イツキとイチカの背中を押す。

荷物を冷蔵庫に入れていると、タブレットに配信通知が来る。


『もぐもぐうまうま、僕くまだけど!今日も美味しく、いただくま~す』


ちょうど《水曜日のクマ》の配信が始まったところだ。


『本日のゴハンは、丸くて完璧な食べ物!小さな地球!』

「なにそれ」

『たこ焼き~~~!』

「ん?」


思わずさっき二川君にもらった手元のタコ焼きを見る。

水色のクマは、嬉しそうにたこ焼きにようじをさした。


『みんなは、たこ焼きにマヨネーズかける派~?クマはソース一択!!生地のくりぃみぃさをダイレクトに味わいたいクマよ!』


急いで、たこ焼きの蓋を開ける。

マヨネーズが、かかってない。


『さらにトクベツ!デザートは高くそびえる山!そう、おおきーなプリン♪』


クマが持つ大きなプリンには、見覚えがある。

間違いなく大鍋屋のプリンだ。


(もしかして、クマの中の人って────)


『プリンって口に出すだけで幸せになる不思議な言葉クマ!プリンッ、プリンッ♪』


ニコニコと食べる水色のクマと、双子に優しく笑いかける二川君が重なった。


(二川くんが・・・《水曜日のクマ》!?)



休み時間、ぼんやりとしていると、鏡で前髪を直している真帆に話しかけられる。


「一葉は髪アレンジしないの?」

「朝、時間ないもん」


朝はごはんをつくって、双子の用意を手伝うので精一杯で、自分のことまで手が回らない。あくびをすると真帆が私の後ろに立って、髪をとかしてくれる。


「一葉の今の髪も、サラサラで好きだけどね。」

「ありがと・・・。あ、真帆って他のクラスにも詳しいよね。」

「まぁね、どのクラスにも友だちはいるよー。なんで?」


さすが、顔が広い!


「あのさ、二川くんって知ってる?」

「ん?ブイ様のこと?」


真帆はピースサインをだす。


「二川くんの2で、Vサイン。」

「え?ああ!」


昨日話題になっていたブイ様って、二川くんだったんだ!


「一葉ったら、二川くんのこと知らなかったの?」

「隣のクラスのイケメンだろ?女子が騒いでたから俺でも知ってるぞ。」


机に突っ伏してウトウトしていた隣の太田君にも、笑われる。


「スタイル抜群、成績優秀、スポーツ万能のパーフェクトな美少年!女子に冷たいんだけど、硬派でいいんだよねぇ」

「硬派・・・かなぁ。」


美味しそうに爆食する水色のクマは、だいぶひょうきんな感じだけど。


「まぁ、一葉には超かっこいい従兄がいるから気にならないか。」

「そういうわけじゃないけど。」

「でも一葉が男子の話するなんて、めずらしいね!」


真帆が頬杖をついて、にやにやする。恋バナが好きな真帆は、すぐ話をそっちにもっていくのが玉に瑕だ。


「ちがうからね!恋じゃないから!」

「恋じゃなくても、一葉が中学校に興味持ってくれて、うれしい」

「え?」

「たしかに一葉って、どっか一歩引いてるよな。」


太田君まで、そんなことを言う。


「いや、いい意味で!保護者ポジションってか。」

「それ・・・いい意味あるの・・・?」


また笑い始めた太田君を無視して、真帆が私を隣のクラスへ引っ張っていく。


「ほら、あれ二川君でしょ?」


たしかに昨日会った美少年が、一人で本を読んでいた。

周囲は話しかけたそうにチラチラと見ているのに、二川君は本から顔を上げない。


「ブイ様、なに読んでるんだろ!」

「あれ、ちょうど私が先週読んだ、和食大全──── あ!」


(本の貸出カードか・・・・・・)


二川君は、そこで私の名前を見たに違いない。


ふと、二川君がこちらを向く。

目が合うと、顔が少し優しくなったような気がした。


「わっ、二川君がこっちみた!」


真帆が興奮して肩を叩く。

目が合ったような気がしたのは私だけじゃなかったみたい。


苦笑いをして廊下の窓の外へ視線を移すと、絵の具で塗りつぶしたような青空が広がり、夏の気配が訪れていた。

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