俺の【自己啓発】スキルが規格外すぎる件 ~異世界で始める論理的思考(ロジカルシンキング)によるコンサル無双~
☆ほしい
第1話
「だから、君の計画には夢がないんだよ、田中君」
目の前の男――俺の直属の上司である佐藤部長が、まるで世界の真理でも語るかのように言った。その手には、俺が三日三晩徹夜して作り上げた、分厚いプロジェクト計画書が握られている。完璧な市場分析、緻密なリスク評価、マイルストーンごとに設定された明確なKPI。俺の三十五年の人生で培った、プロジェクトマネジメントの粋を集めた結晶だ。
「夢、ですか」
「そう、夢だ。ワクワクしないんだよ、君の計画は。数字とロジックばかりで、人の心を動かすパッションが感じられない。これじゃクライアントは納得しない」
パッション。出た。論理で詰められると、決まってその手の精神論に逃げるのがこの男の癖だった。クライアントが求めているのは、夢物語ではなく、投資に対する確実なリターンだ。そのための道筋を、俺は寸分の狂いもなく描き出したはずだった。
「ですが部長、この計画通りに進めれば、リスクを最小限に抑えつつ、目標利益率を120%達成可能です。データがそれを証明して……」
「データ、データ! いい加減にしろ!」
佐藤部長は、計画書を机に叩きつけた。紙の束が鈍い音を立てる。「だからお前はダメなんだ。コンサルタントは物売りじゃない、夢を売る仕事なんだぞ。このプロジェクトは、俺のやり方で進める。大型の広告キャンペーンを打って、一気に市場を獲る。その方が面白いだろう?」
横から、キラキラした笑顔の若手が口を挟む。「さすが部長! その方が絶対イケてますよ!」
そいつは木村。入社二年目の、口八丁手八丁だけで成り上がってきた男だ。俺の緻密な計画を「地味すぎる」と一笑に付し、派手なだけの代替案を部長に吹き込んだ張本人。
結局、俺はこのプロジェクトから外された。いや、事実上の追放だ。俺が心血を注いだプロジェクトは、何の根拠もない「パッション」とやらに乗っ取られた。そして俺は、誰もやりたがらない社内システムの改善という名の、閑職に追いやられた。
一ヶ月後、案の定プロジェクトは大失敗した。無計画な広告費は湯水のように消え、市場の反応は鈍く、結果は大赤字。だが、責任を取らされたのは部長でも木村でもなかった。「そもそもの計画に魅力がなかったせいだ」という、意味不明な理屈で、俺が全ての責任を負わされ、会社を去ることになった。
退職日、俺はダンボール一つ分の私物を抱え、夕暮れのオフィス街を歩いていた。雨が降り始めている。冷たい雫が、俺の心に染み込んでいくようだった。理不尽だ。非論理的だ。なぜ、正しいプロセスが評価されない? なぜ、結果を予測できた俺が罰せられる?
そんなことを考えていた、その時だった。
横断歩道で信号を待っていると、小さな女の子が持っていた赤いボールを道路に転がしてしまった。女の子がそれを追いかけて車道に飛び出す。左手から、けたたましいクラクションとブレーキ音。大型トラックが、雨で濡れた路面を滑りながら迫ってくる。
体が、勝手に動いていた。
女の子を突き飛ばし、俺の視界はトラックのヘッドライトの眩い光で満たされた。衝撃と、浮遊感。ああ、これが俺の人生の結末か。なんて非効率なエンディングなんだ。せめて、この行動が「女の子の命を救う」というプロジェクトを成功させたのなら、まあ、悪くない投資だったのかもしれないな……。
次に目を開けた時、俺は真っ白な空間にいた。目の前には、やけにカジュアルなTシャツとジーンズ姿の、美しい女性が腕を組んで立っていた。
「……はあ。またこのパターンですか。自己犠牲系は手続きが面倒なんですよね」
女性は、心底うんざりしたような顔で俺を見下ろしている。
「あの、ここは……?」
「死後の世界、神様との面談室。担当の女神です。で、田中健司さん、35歳。死因、交通事故。っと。はい、カルテ通りですね」
女神と名乗る女性は、手元の空中に浮かぶ半透明のパネルをスワイプしながら言った。その仕草は、まるでタブレットを操作しているかのようだ。
「あなた、徳を積んだので、異世界への転生権をゲットしました。おめでとうございます。で、特典としてチートスキルを一つあげます。希望は? 剣聖とか、大魔導士とか、まあ、その辺が人気ですけど」
剣聖。大魔導士。俺の人生とは縁遠い単語だ。俺は首を振った。
「いえ、そういう戦闘系のものは……。俺には向いていません」
「でしょうね。あなたの魂の経歴、見させてもらいましたけど、まあ、見事なまでにロジカルで、計画的で、石橋を叩いて渡るタイプ。というか、叩きすぎて壊してから設計図引き直すタイプですね。そんなあなたに、いきなり剣を振れと言っても無理でしょう」
女神は的確に俺の本質を分析してくる。さすが神様だ。
「何か、こう、もっと地味で、堅実な能力はありませんか? 例えば、物事を整理したり、効率的に計画を立てたりできるような……」
俺の言葉に、女神はきょとんとした顔をした後、腹を抱えて笑い出した。
「あははは! 面白い! 転生特典で『整理整頓』を希望した人はあなたが初めてですよ! でも、いいでしょう。あなたの魂の形に、それはピッタリ合っている。普通のチートスキルは、あなたの性格だと宝の持ち腐れになりそうですしね」
女神は指をパチンと鳴らした。すると、俺の胸が淡く光る。
「あなたに、特別なスキルを授けます。その名も[自己啓発システム]。あなたが前世で培ってきた、あらゆるビジネスフレームワーク、論理的思考、プロジェクトマネジメント手法を、スキルとして体系的に使用できる力です。まあ、あなたにとっては『常識』の延長線みたいなものでしょうけど、剣と魔法の世界では、それがどれほどの『チート』になるか……。せいぜい、その非効率な世界を、あなたのロジックでハックしてみてください」
自己啓発システム? ビジネスフレームワーク? まるでコンサルタントの研修資料みたいな名前だ。だが、俺らしいと言えば、これ以上なく俺らしい能力かもしれない。
「ありがとうございます。それで、結構です」
「はい、決まり。では、行ってらっしゃい。次の世界では、もう少し『夢』のある人生を送ってくださいね」
女神の言葉を最後に、俺の意識は再び遠のいていった。
次に目覚めた時、俺は森の中にいた。ひんやりとした土の匂い、木々のざわめき、鳥の声。視界の隅に、半透明のウィンドウが浮かんでいることに気づく。
[自己啓発システム]が起動しました。
チュートリアルを開始しますか? Y/N
俺は、まず現状を把握することにした。頭の中に、自然とフレームワークが展開される。
[5W1H]
When(いつ): 不明。だが、日は高い。
Where(どこで): 見知らぬ森の中。
Who(誰が): 俺、田中健司が。
What(何を): 異世界に転生した。
Why(なぜ): 女神の采配により。
How(どのように): 新しいスキルを持って。
よし。状況は整理できた。まずは、この森を抜けて、人がいる場所を探す。それが、この異世界における、俺の最初のプロジェクトだ。
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