凶悪外道の悪役王女 〜そのわがままは未来のために〜

紳羅 修羅

【本編】凶悪外道の悪役王女 〜そのわがままは未来のために〜

序章 未来を知る姫

第0話 プロローグ──凶悪外道の名の下に

鐘が鳴り響く中

空は灰色に曇り石畳の広場を覆い尽くしていた

雲はまるで民衆の怒声そのもののように低く垂れ込めている


多くの罪なき命を吸い込み赤黒く染まった処刑台は、その姿に似つかわしくない光り輝く刃を吊るしていた

そして今日も、その刃を赤く染める名が刻まれようとしている


その台に縛られているのは一人の極悪人

〝凶悪外道の悪役王女〟ルシア・ピース・フリーと呼ばれた少女であった


艶やかな銀髪は乱れ、口元には乾いた笑み、瞳は不気味なほど澄んで遠くを見ている


「……これより、王国始まって以来の巨悪の権化

凶悪外道の悪役王女ルシア・ピース・フリーの断罪を執り行う!」


執行官の叫びに合わせ、広場は憎悪と歓喜の混じった声で揺れる


「罪なき平民を処刑した悪鬼め!」

「人の血を好む魔女を処せ!」

「聖母すら殺した外道が!」


民衆の口々から噴き出す罵声は、ひとつひとつが石つぶてのように王女ルシアを打ち据えていた


その傍らで兵士に取り押さえられた一人の少年が、じっとその様子を見つめていた

少年は民衆から万能執事と讃えられながらも、最後まで王女ルシアに忠誠を示した従僕である

名はムチ・ドロール・エンドロール


だが民衆が知る歴史では──

ルシアはムチを見捨て、一人処刑台に立った悪女として語られる


鎖が鳴り、ギロチンの枷が首を固定された

刃が冷たく光を宿す

ルシアは嘲るように笑い、静かに言い放つ


「……愚かな民どもめ、これが望みか」


その声は鋭く、群衆の怒りをさらに煽った

「落とせ!」

「ギロチンを下ろせ!」

「外道を断て!」


太鼓が鳴り響き、刃が落ちた

その瞬間、歴史はひとつの結末を迎える──


凶悪外道の悪役王女ルシアは処刑された

民衆にとって、それが「真実」として刻まれた


──だが数年後


片田舎の小さな図書館

そこで司書となったムチ・ドロール・エンドロールは、誰も手に取らぬ古書に囲まれながら静かに生きていた


夜になり、ランプの炎が弱々しく揺れる中

机に積まれた原稿の最後の一枚を手に取る

カリ……カリ……と、最後の一文を綴る音だけが部屋に響く


『──これは誰にも理解されず、陰から国を守るために己を悪に染めた、たった一人の少女の真実を記すものである』


震える指が紙を擦り、インクの匂いと共に最後の言葉が刻まれる

ムチはゆっくりとペンを置き、重ねた紙束を両の手で抱きしめた

それはもはや一冊の“書”と呼ぶべき代物である


やがて彼は厚紙の表紙に震える筆跡で題を刻む


『愛する主へ』


声に出して読み上げると、胸の奥が締め付けられる思いでいっぱいになった

これは主への報告書でもなければ、裁きを求める証拠でもない

ただひとりの少女に仕え続けた執事が

誰にも届かぬと知りつつ残した、最後の忠義の証だった


「……お嬢様」


ムチは本を胸に抱き、目を閉じる

その声は誰に届くこともなく、ただ夜に溶けていく


この物語はここから遡る

凶悪外道と呼ばれた王女ルシアが、なぜその道を選び、何を見ていたのか


──これは、未来を見通す力を持ち、己を悪に染めてでも国を守ろうとした

ひとりの転生者の物語である

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