第11話

漁師たちは、街へ戻ると、灯台で起こった出来事を全ての人々に伝えた。灯台守サイラスの自己犠牲的な行動。彼の命が今、尽きようとしていること。そして、この海の道標であった灯台の光が、完全に消えてしまったこと。


その話は、瞬く間に港町ポルト・マリーノ中に広まった。


人々は、一様に衝撃を受けた。今まで、当たり前のようにそこにあった灯台の光が、どれほど尊いものであったかを、失って初めて思い知らされたのだ。


「そんな……サイラスさんが……」

「俺たちが子供の頃から、あの灯台はずっと光っていたのに……」

「俺の親父も、昔、あの光に命を救われたと言っていた……」


街は、悲しみと悔恨の空気に包まれた。だが、人々はただ嘆いているだけではなかった。


「俺たちに、何かできることはないのか!」

「そうだ! サイラスさんを、このまま死なせるわけにはいかねえ!」


その声の中心にいたのは、あの運び屋の少年、レオだった。彼は、孤児院の仲間たちと共に、街の広場に大きな木箱を置くと、声を張り上げた。


「みんな! 灯台を救うために、力を貸してくれ! サイラスじいさんは、俺たちのために命を張ってくれたんだ! 今度は、俺たちがじいさんを助ける番だ!」


レオのオレンジ色の、太陽のような魔力が、力強く輝く。その呼びかけに、人々は次々と応え始めた。


商人たちは、店の売上の一部を。船乗りたちは、その日の漁で得た稼ぎを。主婦たちは、なけなしの生活費の中から。子供たちでさえ、大切にしていたお小遣いを、次々と募金箱に入れていく。


様々な色の、温かい善意の魔力が、レオの周りに集まっていくのが、鐘楼にいる俺からもはっきりと見えた。それは、この街の人々の、優しさそのものだった。


もちろん、全ての人間がそうだったわけではない。


「ふん、灯台の光が消えただと? これは好機かもしれんな」


港の組合事務所で、ゲッコー商会の元締めのように、腹黒い魔力を持つ商人がほくそ笑んでいた。


「この海域の正確な海図を持っているのは、今や俺たちだけだ。これを独占して、船乗りどもに高値で売りつけてやれば、莫大な利益が上がるぞ。がっはっは」


彼は、人の不幸を金儲けの機会としか考えていない。いずれ、彼もボルゴと同じように、手痛いしっぺ返しを食らうことになるのだろう。


俺は、再び港の桟橋へ降り立ち、食事を摂ることにした。市場が近いせいか、ここには様々な魚のアラが捨てられている。俺にとっては、ご馳走の山だ。


【名称】 ポルト・フィッシュヘッド

【味傾向】 脂の乗った頬肉と、ゼラチン質の目玉。旨味の塊。

【食感】 ほろほろと崩れる身と、とろりとした食感の対比。

【効能】 身体能力向上(小)。特に視力がクリアになる。


新鮮な魚の頭は、栄養価が高く、味も格別だった。特に、目の周りのゼラチン質の部分は、脳が活性化されるような感覚がある。クリアになった視界で、俺は再び街の様子を観察した。


街の人々の善意は、数日のうちに、大きな形となった。


集まった寄付金は、新しい魔晶石を購入しても、まだお釣りが来るほどの金額になっていた。さらに、この話は王都にまで伝わっていた。サイラスの長年の功績と、今回の英雄的な行動に心を動かされた王家が、国一番の技術者を派遣することを決定したのだ。


話は、それだけでは終わらなかった。


「旗だ! 王家の紋章……! 近衛騎士団の皆様だ!」


街の見張り台から、兵士の驚きの声が上がる。港に、一隻の巨大な軍艦が入港してきたのだ。その船から降りてきたのは、白銀の鎧に身を包んだ、近衛騎士団長ダグラス将軍、その人だった。そして、彼の隣には、見覚えのある顔があった。


「セアラン……!」


竜の背骨山脈の砦で、新たな指揮官となったはずの、あの実直な騎士セアランだ。どうやら、彼の活躍が将軍に認められ、近衛騎士団へと引き抜かれたらしい。彼の青い魔力は、以前よりもずっと力強く、自信に満ち溢れているように見えた。


「この街の者たちの行動、実に天晴れであった。王も、いたく感心しておられる。これは、王家からのささやかな褒美だ。受け取ってもらいたい」


ダグラス将軍がそう言うと、兵士たちが船から巨大な木箱を運び出してきた。その中に入っていたのは、これまで灯台で使われていたものの数倍はあろうかという、最高品質の巨大な魔晶石だった。それは、王家の宝物庫に保管されていた、国宝級の代物だという。


街は、割れんばかりの歓声に包まれた。


技術者と騎士団は、すぐさま灯台へと向かった。そこには、街の医者によって一命を取り留めたものの、未だ衰弱しきっているサイラスと、彼に付きっきりのルナがいた。


ルナは、突然現れた大勢の人々に驚き、怯えたように祖父の後ろに隠れた。


「怖がらなくていい、お嬢さん。我々は、君たちを助けに来たのだ」


ダグラス将軍が、できるだけ優しい声で語りかける。


新しい魔晶石の設置作業は、迅速に進められた。技術者たちが古い装置を取り外し、新しい魔晶石を慎重に設置していく。


そして、全ての準備が整った。


「よし、魔力を注入する!」


技術者がそう叫び、装置のスイッチを入れた。魔晶石は、ゆっくりと輝き始める。それは、太陽のように力強く、そして月のように優しい、温かい光だった。灯台の頂上から放たれる光は、以前とは比べ物にならないほど明るく、港町全体を、そしてその先の海原までもを、希望の光で照らし出した。


その光を浴びて、奇跡が起こった。


「……おお……。なんという、温かい光じゃ……」


ベッドに横たわっていたサイラスが、ゆっくりと目を開けたのだ。彼の土気色だった顔に、みるみるうちに血の気が戻ってくる。新しい魔晶石が放つ、生命力に満ちた魔力が、彼の枯渇した身体を癒しているのだ。


「おじいさま!」


ルナが、喜びの声を上げて祖父に駆け寄る。


「ルナ……。お前、声が……」


「うん……! あの時、おじいさまを助けたくて、必死に叫んだら……!」


二人は、固く抱き合った。その光景を、街の人々も、騎士たちも、皆、温かい笑顔で見守っていた。


さらに、驚くべきことが判明した。ルナが持つ、魔力を調律し安定させる能力は、この新しい魔晶石と非常に相性が良いらしかった。彼女がそばにいるだけで、魔晶石のエネルギー効率は飛躍的に向上し、理論上、数百年はその輝きを失うことがないという。


ルナは、ただ声を出すことができなかった、か弱い少女ではなかった。彼女は、この灯台を守るために生まれてきた、新たな希望の光だったのだ。


サイラスは、灯台守の役目を引退し、これからはルナがその後を継ぐことになった。街の人々の全面的な協力の下、彼女はもう一人ではない。


俺は、その幸せな光景に満足し、静かにその場を飛び立った。この港町には、もう何の心配もいらないだろう。


俺は、海岸線に沿って、さらに南へと翼を進めた。潮風が心地よい。しばらく飛んでいると、眼下に広がる景色は、青い海から、どこまでも続く黄金色の砂漠へと変わっていった。


太陽の光が容赦なく照りつけ、地面からは陽炎が立ち上っている。生命の気配が希薄な、過酷な世界だ。


だが、そんな砂漠の只中に、ぽつんと、信じられないほど巨大なオアシス都市が存在していた。豊かな緑と、青い湖。そして、白亜の壁で造られた美しい街並み。まるでおとぎ話に出てくるような光景だ。


【千里眼EX】で見てみると、その都市では、何やら盛大な祭りの準備が進められているようだった。通りには色とりどりの旗がはためき、楽しげな音楽が風に乗って、ここまで微かに聞こえてくる。


次は、どんな人間たちのドラマが見られるのだろうか。


俺は期待に胸を膨らませながら高度を下げ、都市で最も高い白亜の塔のてっぺんに舞い降りた。


眼下には、活気に満ちた街並みが広がっている。祭りの中心となっているのは、街の中央にそびえ立つ壮麗な王宮のようだ。


俺が、何気なく王宮の一室に視線を向けた時、一人の少女の姿が目に留まった。


歳は、十代の後半だろうか。陽に透けるような美しい金色の髪に、宝石のような翠の瞳。高価な絹のドレスを身にまとっている。おそらく、この国の王女様なのだろう。


だが、彼女の表情は、祭りの活気とは対照的に、深く沈んでいた。彼女は、窓の外を、どこか遠くを見つめている。


【魔力感知EX】で見てみると、彼女の魔力は、悲しみと憂いを示す、淡く儚い紫色に揺れていた。


一体、彼女は何に悩んでいるのだろうか。


俺は、彼女が見つめる視線の先を、ゆっくりと追ってみた。彼女が見ていたのは、地平線の彼方、砂漠が始まる場所だった。そこには、小さなキャラバンが、この都市を去っていくのが見えた。ラクダの隊列と、数人の旅人。ごくありふれた光景だ。


だが、そのキャラバンの中に、一人だけ、ひときわ強い魔力を放つ若者がいることに、俺は気づいた。彼の魔力は、自由を求める風のような、鮮やかな空色をしていた。


王女の紫色の魔力と、若者の空色の魔力。二つの色は、まるで互いを引き合うように、切なく揺らめいているように見えた。

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渡り鳥転生〜過労死した俺、神様の計らいで渡り鳥に転生し、ハイスペックな翼で悠々自適に異世界を眺めることにした〜 ☆ほしい @patvessel

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