2-09:王国祭2日目
「魔人族の術式が原因で放送団が見つからないって話本当なの!?」
「分からないから、俺が試すんだよ」
「アンタだったら見つけられるって話も信じられないって感じなんだけど……」
王国祭は2日目になっても喧噪冷めやらぬって様子で、大通りは人がごった返している。
忙しなく商人が呼び込みを続け、吟遊詩人は詩を奏で、人々はその活気を楽しんでいる。
確かにここから特定の人物を見つけるのは困難かもしれないが、魔導具を持ち、相手が特徴的な容姿をしているのであれば不可能ではない。
俺はミアと共に大通りの人波をかき分け、ファニー放送団を探している。
サーシャが俺の予想した通りの術式なのであればミアが付いてくる意味もないのかもしれないが、本当に俺しか認識できないのか分からないから念のためだ。
ちらりと後ろを見れば背の低いミアは人波で溺死寸前だ。
あっぷあっぷと人混みを泳いでいる。
「ほら」
もみくちゃにされながらも俺のところまで泳いできたミアに手を差し伸べる。
このままではファニー放送団を見つける前にミアが彼方へと流されてしまう。
しかし、ミアのお気にはめさなかったようだ。
「馬鹿じゃないの!? 子供じゃないんだし、ひとりで付いていけるわよ!(恥ずかしいじゃない!!)」
「いや、別に子供か大人は関係ないだろ。身長の問題だし」
「なお、悪い!!」
真っ赤に頬を紅潮させたミアは俺の手を無視して、先行して人波に飛び込んでいく。
――そして、人波に攫われて俺の後方まで流されて行ってる。
ギャグでやってるのか?
「ほら、行くぞ」
後方の人波から抜けて再び同じ地点へと戻ってきたミアの腕を強引に掴む。
そのまま、自分の近くまで引き上げる。
「ちょっ……ちょっと!!」
「安心しろ、子ども扱いはしてないって。どちらかといえば、溺死しそうだから命の心配をしてる」
「……なお、悪い(ありがとう)」
「どういたしまして」
「……」
間違えた。が、ミアは気にしていないらしい。
しおらしく、俯いている。
そんなミアを庇うように人混みをかき分ける。
辺りを見渡すがサーシャの姿は見えない。
別に俺も身長が高いわけではないし、遠くまでは見渡せないな。
「再三言うが別に子ども扱いしているわけじゃないんだけど、肩車して辺りを見渡してくれないか?」
「嫌っ!」
「どちらかといえば、俺が辺り見渡すから俺を肩車するほうが正解か」
「やってる姿を想像なさい、どう考えても不正解の絵面でしょうに……」
ミアは呆れたようにため息を吐く。
とはいえ、ここまでの人混みだ。前に進むのだってやっとに思える。
「今年はそこまで他国から人が集まっていないと思っていたのに、呆れるほどの人の多さね……」
確かにあきれ返る人の混み合いだ。
これなら、サーシャが相手じゃなくても人を探しながら前に進んでいくなど至難の業だ。
その場に立ち止まるのも一苦労だ。とはいえ、探すためには時折立ち止まり、辺りを見渡す必要がある。
当然こんな人混みじゃ……
「ん?」
「どうしたの?」
「こんな人がごった返している中で放送をしているのか……?」
確かにファニーの放送は喧噪の中で行われていたが、いつものテンション感だったように思う。
自分ならこの中でいつも通りのロケが出来るだろうか?
いや、やって見せる。だが、ファニーは明らかに素人だ。
と、なれば……
「ミア」
「何よ」
「引き摺られていくのと、抱えられていくのどっちがいい?」
「は? まぁ、抱えられる方が良いんじゃない?」
「じゃあ、ちょっと失礼」
何気なく回答したミアの腕を引き寄せ、肩と足を抱えて持ち上げる。
ミアは短い悲鳴を上げながら、バランスを保つために俺の首に腕を回す。
「ちょっ! なになになに!?」
「捕まってろよ!」
俺はそのまま、多少強引に人込みに身体を潜り込ませていく。
多少無理やりな形になるので人々が俺の方を怪訝に見るが、ミアを抱きかかえていることと、ミアが高熱かの如く真っ赤になっているのが幸いして、体調不良なのかと道を譲ってくれる人までいる。
「どういうこと!? 説明してから行動しなさいよ!」
「こんな人混みの中で、普通は放送なんてできないんだよ。
ましてや、仮にファニー放送団が透明人間の如く姿が認識されていないなら余計に大変なはずなんだ。ミアみたいに」
「でも、放送は行われているじゃない」
「だから、魔人族だとか、魔導具を持っているとか、そんなレベルじゃない特徴があるはずだ」
俺はサーシャの姿を周りから探すことなくまっすぐ前へと進んでいく。
きっと、他の人ならこのまま進んでも大通りを抜けるんだろうが、きっと俺はどこかで気付けるはずだ。
途端に人混みを抜ける。
俺が想像していた以上の光景だ。
大通りの一部分を人々が避けている。
人波は一部分で丸く無人の空間があり、人々は気にせずその空間を避けて歩ているために渋滞が発生している。
これが想定外の人混みの原因なのだろう。
そして、その中央に3人の少女が立っている。
ひとりは紫の髪に黄金の瞳、一抱えある魔導具らしきものを担いでいる。サーシャだ。
そして、その隣にいるのは銀髪の小柄な少女、特徴的な先のとがったエルフ耳をしている。ウィロー・ウィンザーだ。
と、なればもうひとりが。
「おぉー、バーベリオン串だって! お祭りにこの香りは反則だよなぁ……」
無造作に跳ねた青髪をした少女。
自信に満ち溢れるが如く堂々と胸を張り、不敵に笑いながら王国祭を楽しんでいる。
「やっと見つけた。君がファニーか!?」
「おや? おやおやおや? ファニー放送団にご来客!? え? ってかなんであの人、ボクたちに話しかけれるの?」
「おー、ソウジだ」
サーシャが眠たげな表情のまま、俺に手を振ってくる。
抱きかかえているミアを見てみれば訝し気に眉を顰めている。
「魔人族……? 本当だったのね……」
「ミア、見えるのか?」
「えぇ、なんか変な感覚。ぼんやりとしてて、アンタが話しかけるまで気付かなかったわ……」
サーシャの持つ術式は人に指摘されると少しだけ認識できるらしい。
ただ、多分これも一時的なものなのだろう。
俺の周りに居る人たちも一瞬驚いた反応をする人もいたが、すぐに視線を逸らして人混みへと戻っていく。
「えー、技術班……これってどういう事な感じ?」
「んー? あの子はソウジくん。なんでか分からないけど術式効いてないっぽいんだよねー。私の人払いも機能してないみたい」
「まじ?」
「マジマジー」
一方でファニー放送団たちは気の抜けた会話を繰り広げている。
しばらくひそひそと相談したのちに、ファニーはごほんと咳ばらいをして俺の前に躍り出る。
「ふはは! ソウジさん! こんにちは!!」
マントを翻すかの如くのポーズは悪の幹部にしか見えないが、口調は丁寧だ。
「越智 宗次だ。良かったら話をしたいんだが、放送してるなら止めてもらってもいいか?」
「うーーーん、ま、いいでしょう!」
ファニーがサーシャに目くばせをするとサーシャがこくりと頷いた。
外からだと分からないが放送を一回止めてくれたのだろう。
「で? 何の用ですか?」
「俺は異世界放送局ってラジオ放送のプロデュースをしている。今回は商業ギルドの使いで君達に交渉しに来た」
「異世界放送局……おー! あれか! 玲瓏の話者さんが放送している先駆者か! 先輩だ! ソウジ先輩か!」
「それで君達の放送を聞いて、今後同じ放送枠を取っていくうえで色々すり合わせをしたいんだ、少し時間を貰えるか?」
「ふむふむふむふむ、玲瓏の話者さんの放送もボク聞いていますよ。なるほど、確かに好き勝手放送してましたがルールがあるなら従わなければ……」
思ったより話が通じる。
そういうしがらみなどを受けるのは嫌なタイプかと思ったが、これなら何の心配もない。
ちゃんと説明すれば、今後ギリオンが心配するような混沌は起きないだろう。
と、なれば善は急げだ。
「それで――」
「待って。ソウジくん」
俺が場所を変えるために口を開いたと同時に待ったをかけたのはウィローだ。
先ほどまでの少女的な笑みではなく、真剣な眼差しでこちらを見ている。
「説明が不足していない?」
「……? いや、そんなことは」
「ソウジくんは良いけどさぁ。さっき商業ギルドの使いといったよね。商業ギルドも私たちの放送を認めているのかなぁ?」
すべてを見透かすような緑の瞳でウィローが笑みを浮かべる。
心配しているのはそういう事か。確かに、説明は不足しているが何の心配もない。
「確かに、商業ギルドはファニー放送団の放送をやめさせようとは言っているが……」
「なんと! ソウジ先輩、それは承服できないです!!」
「いや!! その心配はない。俺に任せてくれ! ファニー放送団の放送には何の問題もない。
今後も一緒に放送をやっていくようにすり合わせをしたいってだけだ!」
「ほほー、なら問題ないかなぁ」
早とちりしかけるファニーをしっかりと咎める。
ギリオンが浮かべている危険性は俺がしっかりと説明して納得させて見せる。その自信はある。
「じゃあ、メジウム教は?」
「メジウム教?」
ウィローが矛先を変える。
「君が抱きかかえているのってメジウム教のシスターだよね? メジウム教は私たちを認めてくれるのかな?」
「メジウム教は……」
思い返す。
ゴドウィンさんはファニー放送団の放送を認め、俺の後押しをしてくれていた。
何の心配もない。
「あぁ、問題ない。メジウム教も文句を言ったりしない」
「なるほど」
少しだけ敵意を込めた目をしていたウィローはどこか納得したように瞑目する。
そして、目を開き、憐れむような瞳で俺を見た。
「ソウジくん的にはそういう事になっているんだね」
「は?」
ウィローの言葉を飲み込む前に、広場に落雷が落ちる。
空は晴れている。落雷など落ちるはずがない。
それでも、空から雷のような光がウィローたちに降り注ぐ様はまさしく落雷としか表現が出来なかった。
俺たちは衝撃を受け、その場で倒れ込む。
何が起きたのか分からない。
チカチカと明滅する視界で改めてウィローたちの姿を確認する。
3人は無事なようだ。
それよりかはウィローが防いだのか、落雷の焦げ跡はウィローと彼女の背後を避けるように逸らされていた。
「なんだ……」
状況が理解できない。
「ファニー放送団だね」
落雷から清廉な声が響く。
白を基調とした豪奢な衣装を翻し、ファニーたちの前へと躍り出る。
「エヴァン……さん?」
昨日会ったメジウム教の特級戦力。
エヴァン大司教がそこにいた。
「ちょちょちょ!! 挨拶もなしに即攻撃ってどういうつもり!?」
「フランシスカ、恐れる必要はないよ。現に今私が防いで見せただろう?」
「そうだった!! ふーはは! 随分なご挨拶だな! ボクたちファニー放送団に弓引く愚か者が――あひゃぁ!!」
エヴァンさんの後ろに魔法陣が現れ、そこから紫電がファニーを狙い撃つ。
しかし、その雷はファニーを逸れて街中の家へと突き刺さる。
周りの人々も流石に二度の雷撃でファニー放送団はともかくエヴァンさんを認識したのかその場から悲鳴と共に逃げ始める。
「大英雄の師という話は本当だったか。俺の一撃をこうも軽々しく弾くとはね」
「エヴァンさん! 待ってください! ファニー放送団は交渉できる相手です! 攻撃する必要は――」
「――馬鹿っ! 伏せなさい!!」
エヴァンさんに意見する俺にミアが飛びついてくる。
目にもとまらぬ紫電が俺が居た場所を貫いていたのに気付いたのは俺を突き飛ばしたミアが背中を焼き焦がされ、血があふれ出ていることを認識してからだった。
恐らく、エヴァンさんが俺に向けて魔法を放って、それをミアが庇ってくれたのだと思う。
確信が持てないのはそれほどまでに俺とは次元の違う攻撃だったからだ。
「ミア!」
「オチ君、君はあとだ」
エヴァンさんは冷徹なまでに言い放つ。
そして、再びファニーたちへと向き直る。
「ファニー放送団。君たちはメジウム教が捕縛する」
エヴァンさんの背後にある魔法陣から深紅の武器が現れる。
槍に近い造形をしているが、幾重にも槍が絡み合ったかのような形は武器としては歪すぎる。
「王国の騎士団がここに来る前に決着を付けよう。抵抗するならなるべく早くしてくれ」
そうして、ファニー放送団とメジウム教の大司教が起こす戦闘に俺とミアは巻き込まれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます