チェックメイトはどんな味?

豆ははこ

チェック? チェックメイト?

「負けました」

 その声に、僕も軽く頭を下げる。

「感想せ……ふり返り、していい?」

「感想戦、お願いします」

 投了でも思ったけど。

 将棋、わりと好きなのかな。

 嬉しい。


「この駒をこっちに……」

「まだ指せるとこ、ありましたね。打てるとこ……って思ってました。ありがとうございます」

 こちらこそ。

 感想戦ができる部員、初めてだ。まあ、ほかは皆幽霊部員なんだけど。

「ありがとうございます……ところで」

「どうしたの?」

 週二回の部活動。

 タイトル戦の棋譜を並べていたら。

「やってみてもいいですか?」って。

 嬉しくて、熱くなりすぎたかな。

 先輩部長、あつくるしい、とか思われてたらどうしよう。

「王手! って言わないんですね。私のおじいちゃん、将棋仲間の人に言ったり言われたり、楽しそうだったけど」

 違った。よかった。

「負けました、感想戦。おじいさんが指すからなんだね」

 そういえば、指す、打つ、もちゃんとしてた。

「はい。だから駒を動かすくらいなら。ボードゲーム部に入った、って言ったら高校合格のときより喜んでくれて」

 へええ。

「公式試合だと、最初のお願いします、投了の負けました、最後にありがとうございます、かありがとうございました、かな。言わないと失格、とかじゃないはずだけど」

「チェスもですか? チェックメイト! とか、かっこいいなあって思ってたんですけど」

「ごめん、チェスは分からないなあ。王手の和訳はチェック? でも、確かチェックはまだ勝てる可能性があるんだよね。チェックメイトだと、もう逃げ場がないんじゃなかったっけ。ごめん、ちゃんと調べてみようか?」

「そこまでじゃなくて平気です。ありがとうございました。でも……、どうしようかな」


 なんだろう、雲行きが。

 部員二名、部長と副部長とあとは幽霊部員たちのボードゲーム部。

 クラスの女子の顔よりも棋譜を見ているほうがいい僕でさえ、かわいいんだろうな、と思う外見の新入生が見学に来てくれて。

「ちゃんとできるの、モノポリーとオセロくらいなんですが……」


 嬉しかった。

 基本、部室に僕一人。

 校長先生が将棋好きで、『異動までは顧問をするよ』と言ってくださっているため、一人活動でも問題が起きにくいという幸運な部活動。たまに、校長室で一局、なんてこともあるのは秘密。だから、新入生が見学に来てくれなくてもあまり心配はなかった。

 けど、ボードゲームをしたい人には、来てほしい気持ちもあって。

 それだけは、新入生歓迎会の部活動紹介でアナウンスしたんだ。


 『ボードゲーム、楽しいです。週に二回の活動なのもいいですよね』って。

 週二回。僕が活動日を好きに決めているからなんだけど、気軽さがよかったのならなによりだ。


 幽霊部員の連中で、女子が仮入部って聞きつけて半年ぶりくらいに顔を出したやつもいたけど。

「先輩がたのゲームを拝見したいです」って。

『ボードゲームをしない人はお断りです』みたいに、きっぱりはっきりとしてくれて。かっこよかった。

 いや、僕も、将棋のことなら強気になれるんだけど。

 あとは……さっぱり。ぶっちゃけ、頼りない部長でごめん。


 それでも。

 ゴールデンウイーク明けに、入部希望です、って言ってくれて。

 嬉しかった。

 かわいい子が、だからじゃなくて。

 真面目に部活動をしたいと思ってくれる新入生だったから。

 その場で副部長就任を快諾してもらえた。

 すごく、嬉しかった。


 でも、まさか。

 ほんとうは、チェスがしたくて入部してくれたの?

 モノポリーとかなら、少しはお相手できるんだけど。

 どうしよう。

 さっきの将棋も、いい手が何回もあった。

 君と、もっと指したい。

 あ、僕がチェスを勉強したらいいのかな。

 ええと、図書室でチェスの本。あとは、動画とかかな。

「で、これを……」

 退部届? 準備がよすぎない? 待って、チェスのルール、覚えるから!


 そう叫ぼうとした僕のもとに届いたのは、かすかな甘い香り。


「将棋に勝って、部長に王手、したかったんです。好きです、って。で、バニラ味のクッキー、焼いてきたんですけど。負けちゃったから、チェスなら、もう少し勝負になるかなあって思ったんですよ。そしたら、チェックメイトできるかなあって」


 え。

「それ……将棋やチェスじゃなくて、僕のことが好きみたいだよ?」

「だから、そう言ってるじゃないですか。私、ボードゲーム、したかったんです。だから、部活動紹介のとき部長が言ってた、ボードゲームをしたい方、見学にいらしてください、がすごく素敵に聞こえて、で、見学したら、部長も素敵で」

 聞いてくれてたんだ。

 部活動紹介、文化系は軽音部とかだけが盛り上がるから、ざわざわしてて僕の声、かき消えてたみたいだったのに。


 ええと。

「逃げ場がない……、チェック、じゃないね。チェックメイトは……バニラ味?」

「はい。バニラ味、お好きですか」

「……お好き、です」

「ありがとうございます」

 

 これ。将棋の礼みたいだ。

 

 うん。僕はもう、投了しかないよね。


 そういう味……なら。

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