マリーさん、マリーさん。
伽藍
第1話「寄葉中の七不思議」
沖縄の春は、桜が既に散っていていつもより少しだけ暗かった。
俺は教壇の真横に立ち、騒がしくこちらをじろじろと見つめてくるクラスメイトたちを前に自己紹介を始めた。
「群馬県から来た
「鞠井君、あなたの席は一番後ろの空いている席ね」
そう言いながら、担任が最後方の空席を指す。席は二つ空いていたが、窓側の席の人は体調不良で欠席しているらしい。
とはいっても、今日は四月八日。始業式なのに登校していないというのは少しばかり違和感があるが、何かやむを得ない家庭の事情があるのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は自分の席に着いた。
「では、先生も改めて自己紹介します。担任の
立木先生には悪いが、俺はそれ以上に隣の空席が気になっていた。
隣の机をじっと見つめる。机の右上にはそれぞれの名前が書いてあるシールが貼られており、そこからこの机の持ち主の名前がわかった。
水白紫鏡。読み方はわからないが、珍しい苗字をしているんだな。沖縄だと、独特な苗字が多いと聞いていたがこれも沖縄にしかない苗字なのだろうか。
「今日は授業もないし、残りの20分は自由時間にします」
一人で考え込んでいたためか、俺は直接声をかけられるまで周囲を囲まれていることに気付けなかった。
「内地から来たんでしょ!?」
「シンギって名前?」
「群馬ってどこー?」
「意外としっかりしてる顔だねえ」
「あの……えっと……」
ここは沖縄にある
程よく日焼けした男女が相手の気持ちを考えていない速さで質問攻めを仕掛けてくる。
とりあえず、一人に絞って答えていこうと決めて、ちょうど右隣に座っていた褐色肌で右頬に絆創膏を貼った小柄な少女の方を向いた。
「そう、俺は真偽って名前だよ」
「シンギーって変な名前!」
ストレートな悪口を言われ少し不快な気持ちに包まれたが、彼女は何食わぬ顔で言葉をつづけた。
「え、内地ではなんて呼ばれてたん?」
「なんか内地だとさん付けで呼ぶって聞いたけどだーるね?」
「えーと……そうだね、向こうでは
訛りの強い彼女たちの言葉を聞き取るのが精一杯だったが、あくまでも真面目に俺は答えた。
好奇の目に晒され、普通じゃない緊張感に襲われている最中、小柄な彼女はいきなり口角を上げる。
「
怖い話? たしかにホラーは好きな方だけど、それが一体何につながるのだろうか。
俺が黙って頷くと、彼女はこの学校の七不思議について語りだした。
「寄葉中七不思議……『未来予言の本』『夕暮れに鳴るピアノ』『電気が付かない準備室』『早朝流れる呪いの曲』『樹の下に埋まっている死体』『ある時間に見ると呪われる鏡』……まだあるよ」
「えーと、鏡……?」
「えー! 真偽が困ってるやし。ごめんね
「は? あんた割り込んでくるなや。それにまだ本題に入ってんよや」
両腕にミサンガを付けたスレンダーな女子が、さっきまで気持ち良く話していた小柄な少女の言葉を遮ったせいで、二人は目の前で喧嘩を始めてしまった。
お互いのことを「みーきー」と「みーやー」と呼び合い、群馬では聞けないようなとてつもない言葉での罵り合い――半分くらいは聞き取れないが――が繰り広げられる。
立木先生もいつの間にか消えており、彼女らを咎める者はいなかった。
「最後の一つは『願いを叶えるマリーさん』だよ」
「え……」
突然肩に伸びてきた青白い手とともに、背後からハスキーな声が聞こえてくる。
ゆっくりと振り返ると、そこには
勿論、怪奇現象が起きているわけではない。人形のように整った顔付きの……おそらく男子が立っていたのだ。
「僕は
「ああ、よろしく」
俺は美藍から差し伸べられた手を握った。すると、先ほどまで熱い舌戦を繰り広げていた二人はその矛先を彼に向けた。
「それみーやーが言いたかったやつ! なんでね!?」
「やーもその話すんなって!」
「いやいや……途中で終わったら、気になっちゃうでしょ? だから僕が言ってあげたまでだよ」
彼女らと比べて訛りが目立たない美藍は全く抑揚のない声で話す。仲が良いのか悪いのか、みーやーと美藍はにらみ合っている。
あれだけ周囲にいたクラスメイトたちも、話が脱線したことで興味を失ってしまったのか、残っているのは数人だけになっていた。
しかし、美藍の意見にも一理ある。七不思議というのだから、七つ目まで知りたくなるというのが人間だ。
何より、彼らが七不思議について話したくなったのは、その題名にあるのだろう。
「『願いを叶えるマリーさん』って……」
「そう! 鞠井さんってシンギーが言うんだから思い出しちゃった」
「それだけ……?」
「それだけだったら言わんよや! この七不思議は必要不可欠な存在がいるの!」
必要不可欠な存在……俺はその言葉を聞いて、何となく事情を察した。
「名前のとおり、この七不思議は願いを叶えられるんだよ!」
純真無垢な瞳で語るみーやー。それを美藍とみーきーは嘲笑った。
たしかに普通なら、七不思議なんて存在するはずがないと一蹴するのはいたって正常な考えなのだろう。
ただ、今の俺は少々考えが違う……というよりも、その考えは変えられた、に近いのだろう。
「その話気になるな。もっと話してくれないかな」
俺は好奇心に操られて、彼女の話す七不思議を掘り下げようとした。
周りの反応はというと、興味津々で話を聞こうとする者もいれば、ホラーは苦手だと言いたげに退散する者もいる。
そして、みーやーは嬉々として「願いを叶えるマリーさん」について話しだした。
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