エコーチェンバー作り
肥後妙子
第1話 自分に呪いをかけるようなもの
私には歳の離れた姉がいる。姉の子供は十七歳の女子高生、私も娘がいるが、まだ幼稚園の年長組だ。私たち姉妹は揃って三十手前で良縁に恵まれて結婚したが、年齢差ゆえお互いの子供たち、つまりいとこ同士はそれだけ歳が離れていた。
姉と私は仲が良い方だと思う。年齢差のせいかライバルにはならず、昔から色々と助言をしてくれるので、感謝の念を持っていた。
その姉と、今日私はカフェで美味しいケーキとコーヒーを味わうために待ち合わせをしていた。
注文したシフォンケーキとブラックコーヒーを前にしながら、子育ての話題になった。すると、姉が眉間にしわを寄せて、ため息交じりに高校生の娘の身近で起こった問題を話し始めた。
問題を起こしたのは姉の娘の同級生で、仮に名前はXとしよう。Xはネット上の質問サイトである質問を投稿したのだという。
「アイドルの□□は整形してますよね」
そんな内容だったという。それを聞いた時、正直私はなんだか陰険な感じがするなあと思った。素人目にも分かるほどの整形だったら、わざわざそんな質問をしないのではないか。違いが分かりづらい整形だったら、それは結局、本人に質問するしか確かめようがないのに、わざわざ不特定多数の目に触れるところで質問をするのだ。
美容整形を肯定するわけでは無いが、なんだかXの質問は不毛である。
「子供って、馬鹿な事気にするわよねえ……。で、その質問が炎上しちゃったとか?」
私は苦笑いしながら姉に尋ねた。姉は眉間のしわをそのままに続けた。
「それが、全然炎上しなかったのよ。質問をあんまり見た人もいなかったらしいの。そもそも話題にしたアイドルも、知る人ぞ知る、という感じで知名度がすごく高い、ってわけじゃなかったらしいから……ただね、質問に一件だけ、返事が来たの」
やってないらしいですよ。元からあんな感じだったらしいです。
そんな返事が来たらしい。まあ、そんなもんかな、という感じの返事だ。普通は、そこで終わるだろう。しかし、Xは更に食い下がったのだ。
私はやってると思いますよ。ま、別にそれでもいいですけど。昔の写真見たことがありますけど、今と違いますからね。
「あー、やっぱり質問というより、気に入らないアイドルを馬鹿にしたいからネットを使ったんだ……。で、やっぱり今度こそ炎上したんでしょ」
「それが、今度もあんまり人目につかなかったらしいの」
「じゃあ、いいかげんネットで中傷するの止めたんじゃないの?」
「それがね……」
Xは繰り返し同じ投稿をし続けたのだという。アカウントを変えて。しかし質問は同じ。
「アイドルの□□は整形してますよね」
「アイドルの□□は整形してますよね」
「アイドルの□□は整形してますよね」
あんまりしつこいと不気味である。私は正直に姉に感想を述べた。
「うわぁ、大丈夫なのその子、なんだか色々と危なそう……」
「そう、色々と危ないことをしてたのよ。本人は気が付かなかったみたいだけど、今度こそ本当に炎上したわ。そのアイドルのファン達に見つかってね」
知名度が高くないアイドルと言ってもファンが束になると結構な人数だったらしい。アカウントを変えていたとは言え、同じ質問をしていたら同一人物だと誰もが気が付く。過去に質問サイトで自分の身近な事について質問をしていたため、そこから身元が、いわゆる身バレして学校に苦情の電話がかかってきたのだという。
教師たちは、Xの精神状態を心配したという。確かに、はた目には病的に映っただろう。だから、職員室ではなく保健室にXを呼びだし、事情を聴いた。
「なぜ、こんなに中傷するような質問をくりかえしたの?」
そこまで言うと姉はため息をついた。その様子から、Xの答えがろくなものではないことが私にも予想できた。私も眉間にしわを寄せて訊いてみる。
「なんて答えたの?その子」
「それがね……」
私は気の合う人を集めて話がしたかっただけですと、そう答えたという。
私は呆れた。
「なにそれ、エコーチェンバーを作りたかったってこと?そんなことしても何にもならないじゃない」
「そう思うでしょう?私も異様な感じがして、うちの子に訊いたのよ。その炎上した子、よっぽど孤立してたの?って。そしたら、違うよって。明るい人だし、元気な人達のグループの中にいつもいるし、男子生徒ともよく喋ってるクラスで人気のあるタイプだったって」
姪っ子の答えは意外だったが、すぐにそんなものかもしれないと私は納得した。誰にでも色々な面はある。私は思った。明るく元気な事が普通の状態の人は、自分の暗い面に気が付かないのかもしれない。私の内面に、そんな暗い部分がある訳がない、そう考えていたのかもしれない。だから、暗い面も堂々と見せつけてしまったのだろうか。
そうだとすると、それは結局、露悪的という事になるのではないのだろうか。嫌がる人は多い。
「日記にでも書いてれば若気の至りで済んだのに、なんでネットに……」
「本当よね、私、怖くなっちゃったわよ。この時代、子育て大変じゃない、便利すぎちゃって」
「うわあ、姉さん嫌なこと言わないでよ……」
なんだかコーヒーとは別の苦さを感じながら、私と姉はカフェを出た。困っちゃうわねえ、やあねえ、と私たちは言い合うしかなかった。
家に帰って夜、娘を寝かしつけた後で寝室で顔に化粧水をつけている時に、ふと思った。Xは結局どうなったんだろうかと。高校に居づらくなっているのではないか、退学したくなっているのではないかと。
「うーん」
鏡台の前で唸った私に対して不思議そうな表情をした夫を、鏡で確認した夜だった。
おわり
エコーチェンバー作り 肥後妙子 @higotaeko
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