【完結】兄妹揃って異世界転生したけど、チートスキルは貰えませんでした。そんな俺らが魔王討伐を?……出来ちゃった

マウンテンゴリラのマオ(MTGのマオ)

第1話 転生しました

 魔王を倒した。

 魔王城の最上階、玉座の裏からバルコニーへと出た。もう夜だというのに、外は明るかった。夜空一面を照らすのは、光り輝く幾重もの流星。まるで世界が魔王討伐を祝福しているような光景だった。

「……」

 傍らに立つ少女―――妹の手を握る。俺がこの世界にやって来た時は、妹と一緒に生きていくだけで精一杯だった。魔王討伐なんて、考えもしなかった。それがいつの間にか、こんな大それたことになっていた。

 俺たちがこの世界へ転生したのは、もう半年も前のことになる。



  ◆



 ……半年前。


「……ん?」

 俺は目を開いた。ぼんやりする頭の中、俺は違和感に気づく。……俺は死んだはずだ。今更助かる可能性なんてあり得ない。理由は簡単、殺されたのである。俺だけじゃなく、兄弟たちも一緒に、だ。そのはずだった。

『残念ながら、あなたは死んでしまいました』

「……は?」

 すると、そんな声が聞こえてきた。目の前にあるのはブラウン管テレビ。そこに映っているのは、金髪碧眼の美女だった。その美女が、テレビの向こうで喋っているのだ。

『えーっと……お名前はルシフルさん、と。日本人らしからぬ名前ですね。死因は他殺……随分と訳アリのようですねぇ』

 画面の中の美女は、俺の名前や事情を正確に言い当てた。……こんな女とは知り合った覚えもないし、名乗った記憶も当然ない。にも関わらず、一方的に情報を握られているのはあまりにも不気味だった。

『まあまあ、そんなに不審がらずに。こちらも自己紹介しますから』

 画面内の美女は、まるで俺の顔が見えているようなリアクションを取った。見た所、テレビにカメラはついていないようだが……どこか別の場所で隠し撮りしてるのか?

 そんな疑いから周囲を見回して、初めて自分がいる場所のおかしさに気が付いた。いや、特別変な場所というわけではない。窓のない木造の部屋だ。部屋を照らしているのは、天井から吊るされたランプ。いや中身は電球か。調度品はこのテレビと、それを置いている木製のテーブルだけ。そして、背後にあるのは木製の扉。当然ながら見覚えがない空間だし、不可解なことが多すぎた。

『こらこら、余所見しないで下さいね~。先生の話はちゃんと聞きましょう。……心配しなくても、盗撮なんてしていませんよ。この映像は予め録画した一方通行のものですから』

 そんな様子の俺を咎める声。テレビの中の女は、この映像を録画だと宣った。……そんなことがあり得るのか? その場合、この映像を見た俺がどういう反応をするのかまで事前に推測して、この映像を収録したことになる。人間業とは思えない。

『人間業でないのは当然ですよ。私は人間ではありませんから』

 更には、俺の思考まで読まれた。マジで何なんだ、こいつは……?

『だーかーらー! 自己紹介すると言っているでしょう? こちらにも都合ってものがあるので、そろそろ進めますね』

 気になることは無限にあるが、とりあえずはこの女の言い分を最後まで聞くのが得策か。俺はそう判断して、テレビへと向き直る。

『えー、こほん。……私は女神。女神フィーンです』

「女神だぁ……?」

 しかし、女が自称したのはあまりにも唐突な役柄。……この、顔面偏差値以外は胡散臭さしかない女が、女神とは。冗談も大概にして欲しい。神々しさの欠片もないし。

『ちょっと? 女神ですよ? 神様ですよ? 死んでしまったあなたをこの世界に転生させたのも私ですよ? もうちょっと敬ってくれてもいいと思うんですけど?』

 そんな俺の態度に、この自称女神は面倒臭い感じになった。……女のウザ絡みはマジでぶん殴りたくなる。

『……はぁ。ともかく、話を進めますよ。あなたは神を敬う意志を持ち合わせてないようなので』

 女神は俺の態度に諦めたようで、勝手に話を進めようとする。まあ、今は大人しく聞いておくか。

『私の役目は死者の魂を管理して、それを適切な場所に移すことです。死者の魂の行く先は、大体年齢と生前の行いで分けられているのですけれど……あなたはまだ十代。そんな若い魂は、まだまだ沢山のエネルギーを保持しています。それを使い切らずに輪廻転生させてしまうのは勿体無いんですよ。だからこそ、私は一つの世界を作りました。若くして死した魂の行き着く先、転生世界トイボックスを』

「転生世界、ね……」

 自称女神の話を聞いて、胡散臭さが倍増した。……確か、前に一度聞いたことがある。異世界転生。最近の創作物で流行のジャンル。一度死んだ主人公が別の世界で転生して、そこから新たな人生をやり直すというもの。俺は創作物を嗜む趣味がなかったのでよく知らないが、かなり人気のジャンルらしい。

 けれど、それはあくまで創作の話だ。目の前で、しかもテレビの画面越しにそんなことを言われても、詐欺師かなんかとしか思えない。

『随分と失礼なことを考えているようですけど、無惨にも殺されてしまったあなたを、わざわざ転生させてあげたんですよ? 普通は咽び泣いて感謝するところだと思うのですけど?』

「感謝、ねぇ……」

 自称女神に言われて、俺は思わず鼻で笑ってしまった。……確かに、俺は殺された。けれども、それについて思うところは何もない。殺されて当然―――という程ではないかもしれないが、まあ、そうなるように立ち回った結果だ。仕方ない。何なら喜ばしいまである。あのまま生きていても人生どん詰まりだったし、あの場で死ぬこと自体は本望だったのだ。勿論、後悔がないと言えば嘘になる。俺も少しでいいから、平凡な暮らしとやらをしてみたかった。そういう気持ちがないわけではない。それでも、トータルで言えば「余計なことしやがって」という思いのほうが強い。いやまあ、まだ転生云々自体が信じられないのだが。

『はぁ……あなたがとても不敬な人間だということは理解しました。ですが、一応は転生させた以上、私も説明責任くらいは果たしましょう。―――とりあえず、この世界と、あなたのこれからについて説明しますね』

 そんな俺にはお構いなく、自称女神は溜息交じりに説明を始めた。

『ここトイボックスは、剣と魔法のファンタジー世界です。街の外には魔物が蔓延り、人間の国とは別に魔物の国が存在しています。魔物の国は魔王によって支配され、人間と魔王による戦争状態となっています』

 自称女神曰く、この世界とやらは戦争状態らしい。魔物、というとなんか怪物的なあれだったか。魔法は何となく分かるが。

『人間側の戦力は、主に冒険者と言われる人たちです。冒険者には、それぞれの素質に合わせたジョブがあり、剣士や槍使いのような前衛職、魔法使いや神官などの後衛職、他にも鍛冶師や錬金術師など、それぞれの個性に合わせた形で、魔物たちと日夜戦っています』

 そして、人間側の戦力は冒険者というらしい。戦争なんだったらそこは兵士じゃないのか? 冒険する奴が魔物? と戦うのか? よく分からん……。

『そして、冒険者たちを取り纏めるのは、冒険者ギルドと呼ばれる組織です。あなたもこの後、冒険者ギルドに所属して、魔物と戦い、冒険の旅に出てもらうこととなるでしょう』

 そして、俺もその冒険者とやらをさせられるらしい。実質的な徴兵かよ。拒否権ないのか?

『魔物との戦闘は不安ですか? ですがご安心を。あなたたち転生者には、転生ボーナスが付与されています。女神の加護というチートスキル。レベル換算で+30程度のステータス補正、そして本来ならば鍛錬によって取得できるスキルを最初から保有しています。この女神の加護があれば、魔物相手の戦闘は問題ないでしょう』

 転生者にはボーナスとやらがあるらしい。至れり尽くせりだな。

『……と言いたいところですが、あなたは例外です。女神の加護はあげませーん』

「……は?」

 が、そのボーナスとやらは俺にはないらしい。普通なら貰えるものが俺にはないと言われると、それだけでなんか腹立つ。口調も余計に。

『だって、あなたはもう特殊な能力があるじゃないですか』

「……!」

 だが、自称女神はしれっとそんなことを言い出した。……こいつ、俺のことをどこまで知ってるんだ?

『言ったでしょう? 私は女神なので、あなたのことも全て把握しているんです。あなたの出自も、持っている能力も、考えていることも、全て筒抜けなんですよ?』

 この自称女神は、マジで俺の全てを把握しているのか。そうなってくると、さすがに警戒レベルを上げるしかない。

『まあまあ、そんなに警戒しないで下さい。私はあくまで慈善活動を行っているだけですから』

「怪しすぎるだろ……」

 慈善事業とか、そんなことを本気で言ってる奴とかいるのか。人を騙す悪党か、脳味噌お花畑しか使わない単語だと思ってたんだがな、慈善事業って。

『とまあ、それは置いておいて。後はこの世界の文化レベルについて話しておきますね。町並みなどは中世ヨーロッパをベースとしています。ですが、あなたたちは現代っ子。いきなり中世の文化レベルで生活するのは困難を極めるでしょう。ですから部分的に、文化水準を現代と同等に引き上げてあります。例を挙げるなら、宿の個室にはシャワールームとエアコン、冷蔵庫を標準装備。トイレは水洗。ただし、パソコンやスマフォなどの精密機器はありません。テレビはありますが、放送局がないので、女神からの啓示、つまりこの放送以外は映りません。その辺りは風情を優先したので悪しからず』

 自称女神はこの世界とやらの文化レベルについて話していたが、正直そこは要領を得なかった。エアコンや冷蔵庫なんてものが使えるような生活は送っていないし、中世ヨーロッパの文化レベルとやらについての知識もない。まあなんか色々配慮したんだな、くらいの認識だ。

『さてと、説明はこれくらいにしておきましょうか。この部屋を出れば、冒険者ギルドの受付が目の前にありますから、そこで冒険者登録をするといいでしょう』

 言われて、俺は背後にある扉に目を向けた。この外が、さっき言ってた冒険者ギルドとやらに通じているのか。

『さあ、お行きなさい。そして始めるのです―――冒険者として、第二の人生を』

 自称女神がそう言い残すと、テレビの画面が消えた。……どうやら、これで説明は終わりらしい。

「……行くか」

 なんだか釈然としないが、いつまでもこの部屋に籠っていても仕方ない。俺は渋々、扉を開けるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る