世界を滅亡へと追い込む謀略を巡らせる悪役貴族に転生した件~脳筋の俺は筋トレで解決するしかない~

Umi

第1話 悪役の原点

「――あっ」


 5歳になると、受けることが義務付けられている洗礼を受けているとき、眠っていた古き過去を思い出した。


 いま僕が立っている場所は、地球という星ではなく、本来現実には存在していなかった、ゲームの中のファンタジーな世界。

 

 しかも僕は『主人公』なんてカッコいい立ち位置ではなく、真逆の立ち位置である黒幕。それも世界を破滅へと導く謀略を企てる最悪の『悪役貴族』グリム・シュバルツだ。


 そんな顎が外れてしまうほどに驚愕の事実が、洗礼と共に僕の頭に入って来た。


「酷いな」


 僕の感想に被せるように、洗礼を取り仕切る神官が酷いという言葉を吐き捨てた。

 まあ当然だ。この僕、グリム・シュバルツは、魔力量と魔法が全てのこの世界において、魔力量ゼロと判定されてしまったことで、周囲の人間からは虐められ、頼みの綱である親族からも虐待を受けるという過程を経て、頭を使って世界を滅亡へと導く黒幕へと闇落ちしてしまったからな。


 ただでさえ最悪の悪役貴族として、破滅の未来しか残っていない僕だが、僕という前世が、グリムをさらなる最悪な未来へと進めようとしている。

 このグリムが黒幕になれたのは、神にも等しい頭脳を持っていたからであって、その頭脳がなければ、魔力量ゼロとして虐められ続ける人生を送ることになる。

 その始まりを今この身で受けた。


「愚図が、早く失せろ」


「うぐっ――」


 椅子に座って、神官からの言葉を待っていた僕は、大人の容赦ない蹴りによって、吹き飛ばされる。

 あまりの痛みで意識が飛びそうになっていたが、もしここで意識を失えば、何をされるか分からないため、意識朦朧になりながら、洗礼室の外へと這い出る。


 父親のグレン・シュバルツと母親のリン・シュバルツが駆け寄って来て、抱きしめてくれるが、洗礼室から出てきた神官の表情を見て、僕から手を退けた。


 まあこの国は王様よりも宗教勢力の権力が高くて、貴族だろうと、王様だろうと神官の儀式なしに政策も世代交代もできない法律が定められているくらいだから、僕のことを睨みつける神官の顔を見て、庇い続けるなんて行動、将来虐待する両親では不可能なんだろうけど、何となく悲しい気分だ。


「その愚図は神から授かりし、魔力を拒否した異教徒だ。お前らが責任を持って、浄化しろ」


「は、はい、畏まりました」


 ここでいう浄化は虐待のことなんだろうな。


 そんな楽観的なことを考えている内に、僕たちは家に着いてた。

 無言、そんな両親の様子を見た使用人たちも声を掛けて来ない。その元凶である僕は何となく気まずい気持ちを抱いてしまうが、少し不思議な気持ちも感じている。

 なぜならゲーム内のグリムは、洗礼の日は神殿から帰宅するや否や両親から精神的な虐待を受けたと語っていた。確かに現状気まずい雰囲気にはなっているが、精神的な虐待と思える罵倒は受けていない。


「……グリム」


「は、はい!」


 『やっと罵倒が来るのか』と思い、気を引き締めるためにも大きな返事をしてしまった。しかしグレンは何か言いたそうにする素振りは見せど、待てど暮らせど言葉を発してこない。

 せっかく引き締めておいた気が緩んできたところで、グレンは口を開く。もしかして僕が気を引き締めたのに気付いて、わざと話すまでに時間を空けたのか? もしそうだとすれば、流石天才グリムの父親だと褒めるべきか、子供相手に容赦ないと罵倒するべきかと悩んだが、吐き捨てられる罵倒を聞いてから心の中で投げかける言葉を決めるべきだよな。


「神官はああ言っていたが、私はグリムに対して何かをするつもりはない」


 えっ? グリムは両親からの虐待を受けた末に闇落ちして、シュバルツ家を乗っ取ったのち、悪役貴族として黒幕になるんじゃないのか?


「……」


「怖がらせてしまったか? 私たちはグリムの父と母だ。この命が潰えるその時まで、お前のことを思い続ける……それが両親というものだろう」


「――」


 この言葉でわかった。グリムが黒幕になったのは、自身を庇った両親を守るためであり、虐待されてきたと語ったのは、もし自分が死んだときに神官から異端者扱いを受けないように守った……両親が子供を守ったように、グリムも両親を守っていたのか……。


 このまま両親が僕のことを守り続けると、両親が異端審問を受ける可能性があるってことなのか……僕が目指すべき未来は決まった。


 迫害を受ける原因となった魔力と魔法絶対主義社会の再構築及び、この国の全てを握っているスピッマジ教の破壊だ。


「す、済まない。先に治療をしないとな」


 泣いていたのか?

 自分のことなのに、どうして涙が流れているのか分からない。今回はグレンが勘違いしたおかげで、不審がられることはなかったが、既に僕はグリムなんだから、違和感を持たれるような行動は避けないとな。


「父上、大丈夫です。父上と母上が僕のことを想っていてくれたことが嬉しくて、思わず涙が流れてしまっただけです」


「そうか、済まないな」


「どうして父上が謝るのですか」


 身体に釣られて、本当に涙が溢れて来た。抱きしめ合っている僕らを見ていた、母親であるリンも駆け寄って来て、僕たち家族は数分の間、抱きしめ合っていた。


  ◇◇◇


「眩しッ」


 思っていたよりも疲れていたようで、父上と母上を抱きしめたまま、眠ってしまったようだ。


 昨日は洗礼と、父上と母上と本当の親子になる話し合いで終わってしまったが、今の僕には無駄にできる時間は残っていない。


 原作のシナリオだと、何度か社交場に出る機会があって、そこで魔力を持っていないことに対する熾烈な虐めが始まるはずだ。

 それまでに魔力持ちに対抗できるだけの力を身に付けておかなければ、ボロボロの僕を両親に見せることになってしまう……しかし僕ができるのは、精々身体を鍛える程度――ん、あれ? 前世の僕って筋トレが趣味じゃなかったっけ? それもただ魅せるための筋肉ではなく、プロの格闘家になれるレベルのガチ筋トレ……もしかして僕に残された道は、魔法絶対主義の世界で筋肉無双するしかないってことか!?

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