第30話

 ハッと目を開けるリリカに様子を見ていた侍女が驚いて声を上げた。


「わっ。お目覚めですか?」


 何度か目をぱちぱちさせてリリカは自分がどこに居るのか解らず部屋を見回す。

 大きなベッドに寝かされているようだ。

 自分の部屋ではないことが解り、リリカは起き上がろうとすると傍に居た侍女が慌てて止める。


「お医者様を呼んできますから。それとアレクシス様も呼んできますわね」


 侍女の制服を見て城に運ばれたのだと理解してリリカは頷いた。

 すぐに医者の診察をしてもらい問題が無いと告げられるとアレクシスと団長達が部屋に入って来た。

 アレクシスはいつもと変わりなく元気そうな様子だ。


「無事で良かった」


 無表情に言うアレクシスにリリカは頷く。


「助けていただきありがとうございました。アレクシス様も無事で良かったです」


「勝手に一人でやろうとするな。お前はバカなんだから俺達が間に合わなかったら死んでいたぞ」


 厳しい顔をして言うアレクシスを見てリリカは唇を尖らせた。


「ゼフィランだったらそんな厳しいこと言わなかったわ」


「ゼフィランだって言っていた!お前の記憶はかなり偏っている!いい所しか見えていないだろう」


 怒り出したアレクシスに力いっぱい頬をつねられてリリカは悲鳴を上げた。

「痛いですって!」


 部屋に入って来たレオナルドは目頭を拭う仕草をする。


「無表情な弟が女性と仲良くしているなんてよかったなぁ」


「仲がいいように見えますか?止めて下さいよぉ」


 頬をつねられながらリリカが言うとやっとアレクシスは手を離した。

 それも怒りは収まらないようでギロリとリリカを睨みつける。


「お前が勝手に危ない事をするからだ」


「だって仕方ないじゃないですか。あっちが勝手に私を襲ったんですもの」


「二人は仲がよろしいなぁ!」


 ローエンが大きな声でガッハハッと笑った。

 リリカはアレクシスとローエンを交互に見た。


「聖魔女はどうなりました?」


「枝みたいに細くなっちまったが、生きているよ。ただ力は無くなっている様子だ。いつ復活するか分からないから早く処刑に掛ける予定だ。……死ぬか分からんがな」


 ローエンが言うとレオナルドも頷いた。


「数百年と続いた神殿を解体するかどうかは不明だが、魔女は居なくなった。もう死ぬ聖女達も居なくなるだろう。それに国家予算もこれで潤うはずだ」


「あいつ本当に金の要求がすごかったからな。一体何に使ってんだか。外に出ないのに使う所が無いだろうになぁ」


 渋い顔をするローエンにリリカは頷いた。


「あぁ見えて自分を着飾るのが好きな方でしたから。ドレスを何着も作り宝石も大きなものがお好きでしたもの。お金はかかりますよね」


 イザベルの事を語るリリカにローエンがニヤリと笑った。


「全部聞いたが、お前たち前世からの恋人同士なんだろう?いやぁ、そう言うの本当にあるんだな」


 「でもさ、リリカさんが夢で見た二人って美男美女なんでしょ?リリカさんは顔が違って生まれてきたの?」


 失礼なマーカスの言葉にリリカはムッとする。

 確かに美女ではないがハッキリ言う必要も無いだろう。

 アレクシスは肩をすくめた。


「俺もリリカも全く変わりがない。どうせ美女と言ってみたかったんだろう」


「酷いですよ。今も美女だって言ってくれてもいいじゃないですか」


 口をへの字に曲げているリリカをアレクシスは冷たい瞳で見降ろす。


「嘘をつくのは良くない。フィオーレもリリカも美女ではない」


 あまりの言われようにますますリリカの口が下がる。


「美女ではないがお互い愛し合う人に巡り会えたのだから良かったではないか。そのおかげで魔女も退治できたしいいことづくめだ」


 レオナルドは微笑みながらアレクシスの肩に手を置いた。

 

「……ろくなことを考えてないだろう兄上」


 冷めた目でアレクシスが言うとレオナルドは笑みを浮かべたまま困った様子を見せる。


「二人の素晴らしい話を少し脚色して世に広めるのはどうだろうか。そうすれば魔女が退治された理由も理解されて人々の反発もなくなるんじゃないかな?」


「確かに聖母を失ったら人々が落胆しますからねぇ。その話に俺も凄腕の騎士団長として出してほしいな」


 夢見がちに言うローエンにアレクシスは首を振る。


「状況を説明するのに仕方なく前世の話をしただけだ。絶対に口外するな」


 冷たく言うアレクシスにレオナルドは渋い顔をする。


「いい話は世に広めるべきなのになぁ」


「その方が面白そうなのに」


 ローエン団長もそう言ってガハハッと置きな声で笑っている。

 アレクシスとレオナルドが言いあっているのを見てリリカはため息をついた。


(アレクシス様とゆっくり話したいのに、無理そうね)


 リリカは諦めてベッドへ横になり布団をかぶって目を瞑った。





「わぁ、いい景色ですね」


 眼下に広がる王都を見ながらリリカは大きく伸びをした。

 アレクシスはリリカの後ろでせっせと昼食の準備をしている。


「少しは手伝ったらどうなんだ」


 アレクシスに言われてリリカはニッコリと笑う。


「だってアレクシス様がやった方が早いって前に言っていましたよね」

「……」


 そう言われては仕方ないとアレクシスは仕方なく野原の上に布を敷いて昼食が入ったバスケットを置いた。

 バスケットの蓋を開けて中からサンドウィッチが入った小さな籠と飲み物が入ったポットを取り出し置いて行く。


「お姫様、準備ができだぞ」


「ありがとう」


 ゼフィランが言っているように言われてリリカは声を出して笑う。


「まるでゼフィランが言っているようだわ。ゼフィランの方が優しかったけれど」


 敷物の上に座ってリリカはサンドウィッチを選んで1つ手に取った。

 美味しそうにかぶりつくのを見ながらアレクシスもサンドウィッチを手に取った。


 リリカはアレクシスをチラリと見た。

 

「アレクシス様とやっとゆっくりお話しできますね」


 聖魔女との闘いからアレクシスは忙しく毎日挨拶をするぐらいでゆっくりと話す時間が取れなかった。

 やっと手が空いたのか突然アレクシスに誘われてピクニックにやってきたのだ。


「そうだな。……神殿は存続することになりそうだ」


「そうなんですか?」


 アレクシスたちの話では解体の方針だったがどうやら存続すると聞いてリリカはホッとする。


「魔女が居なくなればお金を湯水のように使うようなことは無いだろうという判断だ。聖女という存在は貴重であり保護されなくてはならない。実際フィオーレのようにお金で聖女を売るという事もあったらしい。そのあたりもこれからは防ぐこととが出来るだろう」


「えっ、私お金で売られたんですか?」


 驚くリリカにアレクシスは頷いた。


「だからお前はいい所しか覚えていないんだ。フィオーレは幼少期不思議な力を持っていることに気づいた両親が神殿に売ったんだよ。その頃の神殿は聖女を預けると多額のお金が支払われた。現在はそこまでのお金は払われていない……」


「なるほど!どうりで私の両親は居なかったんですね!あれ、ちなみにゼフィランも実家が無かったですよね」


「ゼフィランは戦争孤児だ。両親が死んで彷徨っていたところを優しい人が引き取って育ててくれた……」


アレクシスに説明されてもリリカはちっとも思い出すことが出来ない。

 断片的に夢で見た程度だが、アレクシスはリリカ以上に過去の記憶があるようだ。


「アレクシス様はどうして思い出したんですか?私より後に思い出しましたよね」


「リリカと別れた後すぐに頭を殴られたような衝撃があって鮮明に思い出した。多分お前より過去を良く知っていると思うが」


 鼻で笑うように言われてリリカは唇を尖らせる。


「なんだかアレクシス様の方が記憶があるの面白くないですね」


「ろくな記憶じゃない。フィオーレと過ごした日々だけが幸せだった」


 少し悲しそうに言うアレクシスの腕をリリカは叩いた。


「私もですよ。ゼフィランと過ごした日々は凄く楽しくて幸せでしたよ。もちろん今だってアレクシス様と過ごせるのとてもうれしいです」


 「そうだな。もう俺達はなんの障害も無く暮らしていける」


 アレクシスはそう言うとリリカを抱きしめた。


「あの時、ゼフィランとフィオーレは二人で神殿から逃げていたら幸せになれましたかね」


 アレクシスの胸に抱き付ながらリリカは言った。


「どうだろうか。魔女はフィオーレに執着していたからな。すぐに連れ戻されていたかもしれない」


 ギュッと抱きしめられながらアレクシスは悲しそうだ。

 

(ゼフィランもいろいろ辛かったのね)


「生きていてよかったです。それに二人の敵もとりましたし、これ以上不幸な聖女達が出なくて良かったです」


「そうだな」


 リリカは顔を上げてアレクシスの顔を見つめた。

 過去のゼフィランと全く同じ顔をしたアレクシスはいつ見ても美しい。


「アレクシス様とゼフィランは全く一緒の顔をしていますよね。すっごく綺麗で素敵です。そんな人をどうして聖魔女は覚えていなかったのでしょうか」


 リリカの顔を見ても思い出しもしなかった聖魔女。

 ずっと疑問に思ってきたことを聞くリリカにアレクシスは軽く息を吐いた。


「魔女からしたら俺達はその他大勢だったんだろう。あのようにして死んだ聖女や騎士が沢山居たんだろうな。控室のぞき窓は何のためにあるのか考えたんだ」


 アレクシスに言われてリリカの顔が曇る。


「まさかわざと見せるためとかですか?」


「そうだろうな。騎士と聖女若い二人が恋に落ちることはあるだろう。控室にいる騎士がふとした拍子に小窓から現実を知り激怒し俺達みたいに聖魔女に斬りかかることもあっただろう。そのたびに愛する二人を目の前で殺して楽しんでいた可能性もある」


「本当の魔女ですね」



「……もう魔女は居ない」


 アレクシスはそう言ってリリカを力いっぱい抱きしめた。

 リリカもアレクシスを抱きしめ返す。


「そうですね。今度は幸せになりましょうね」


「もちろん。俺のお姫様」


「止めてくださいよ。そのいい方、私美女でもないし、お姫様でもないですから」


 聖女だった頃は全く気にしたことが無いが、現在王子であるアレクシスに姫と言われるのは気が引ける。

 

「俺にとってはリリカは俺だけのお姫様だ」

 

 近づいてくるアレクシスにリリカは目を瞑って受け入れた。


 

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