第28話
「リリカ!」
イザベルにじりじりと体力を奪われていたリリカの耳にアレクシスの声が聞こえた。
幻聴かと薄っすらと目を開けると、ドアをたたき壊して入って来たアレクシスが見える。
アレクシスの後ろにはマーカスと団長の姿そして数人の騎士の姿も見える。
助けに来てくれたという喜びと同時に、イザベルに敵う訳が無いと思いリリカは首を振る。
「無理です。逃げて」
魔女に動かなくされて殺された過去のゼフィランとアレクシスの姿が重なりリリカは必死に叫んだ。
「逃げれるか!助けに来たんだ」
そう言うアレクシスの後ろから巨体な体の団長が剣を素早く抜くとイザベルに斬りかかって来た。
「ほほっ、無駄なことよ」
イザベラは軽く笑うと右手を上げ人差し指を団長に向ける。
「うぐっ」
奇妙な声を上げて団長は剣を振りかざしたまま動きが止まった。
ピクリとも動かくなった団長を見てアレクシスたちも踏み込むのを躊躇する。
「貴様、妙な力を使いやがって」
悪態をつく団長に、イザベルは嬉しそうだ。
(今だ!)
団長に気を取られていることでイザベラの拘束が緩んだ。
リリカはポケットの中の枝を素早く取りだして、イザベラの右腕に力いっぱい刺した。
「ぎゃぁぁ」
木の枝を刺しただけとは思えない悲鳴を上げてイザベルはリリカから手を離した。
その隙にリリカはイザベルから這いずって逃げ出す。
生命力を取られたからか、視界が定まらずフワフワする体は立ち上がることが出来ない。
(早く逃げないと)
リリカは必死で床に手をついていると、グイっと強い力で持ち上げられた。
「お前は手を出すなと言っただろう」
険しい顔のアレクシスは怒鳴りながらリリカを担ぎ上げる。
「だって、仕方なかったんです」
弱々しい声で言うリリカにアレクシスは声を荒げる。
「また失うかと思った」
「えっ?」
「フィオーレ、俺のお姫様。もうお前を失うのは二度とご免だ」
ゼフィランと同じようないい方をするアレクシスにリリカは驚く。
「まさか、思い出したんですか?」
「なんとなくだが、確かに俺とお前は過去に会っている!そして今そんな話をしている場合ではない!」
アレクシスが思い出してくれたと感激するが確かに悠長に感動している場合ではない。
リリカを担ぎながらイザベルから距離を取ってアレクシスは団長を振り返った。
「団長!動けるか」
「おぅ!なぜか動けるようになった。まさかあの枝が原因か?」
団長は剣を構えながら本当に体が自由になったか確かめている。
「あの枝はエルダーフラワーの木なんです。悪魔を退治すると言われているんです」
リリカが前世の記憶を頼りに言う。
「枝が刺さったにしてはかなり痛がっているが、魔女だからか?」
「カトリーヌ様は保護したよ」
マーカスが入口付近で叫ぶと、リリカはホッとして息を吐いた。
「良かった」
「ちっとも良くない。とにかく今のうちだ!イザベルに斬りかかれ!」
団長が叫ぶと部屋の隅に居た騎士が一斉に斬りかかった。
痛みで悶えていたイザベルは歯を噛みしめるとリリカ達を睨みつけた。
「思い出したわ!あの時の騎士と聖女と同じ顔をしている!どういう事?」
「さぁな!」
アレクシスはそう言うと団長達が斬りかかりやすいようにリリカを抱えながら部屋の隅へと移動する。
アレクシスとリリカの前を守るようにマーカスが剣を抜いて構えた。
斬りかかって来た団長達をイザベルは睨みつける。
部屋の中を漂っていた光の玉が集まり、団長達を吹き飛ばした。
「うわっ」
光のたまに弾き飛ばされた騎士と団長達が悲鳴を上げる。
一瞬で床に転がっている団長達を見てアレクシスは舌打ちをした。
「あの光の玉はどうすればいいんだ」
無数に漂っている玉が1つの大きな光になり、アレクシスの元へと飛んでくる。
それを避けながらアレクシスは部屋を駆けた。
「これを避けているだけで体力を消耗しちゃうよ」
マーカスも光を避けながら部屋の隅を走り回っているた息を荒くして泣き言を言っている。
「私の作ったクッキーを食べさせれば力が使えなくなるかもしれません。エルダーフラワーを練り込んで魔女が滅びるように願いを込めました」
「馬鹿か!どうしてそうなるんだ!」
リリカを抱えながらアレクシスは怒鳴った。
「エルダーフラワーを混ぜたクッキーは魔力を落とすって前世で学びました。実際枝は効果ありましたよ」
イザベルに力を吸われて力なく言うリリカにアレクシスは再び怒鳴る。
「確かに、フィオーレは作ったお菓子に聖女の力を入れることが出来た。それをどうやって食わすんだって言っているんだ!」
怒鳴るアレクシスの言う通りだ。
光の玉が飛んできてそれを避けるのに精いっぱいだ。
アレクシスの前に飛び出した団長は光の玉に斬りかかった。
光は2つに割れるがまた1つの大きな光の玉になる。
「光の玉は切れるがまたくっついて消えることがねぇ!体力が無くなる前に何とか決着をつけないとヤバいぞ」
「以前殺されたときは光に勢いがあったが、今は弱っている。一撃で死ぬことは無いだろうが、何度も攻撃されれば危ないだろうな」
アレクシスはそう言うと、リリカを見つめる。
「クッキーを食わすのは無理だ!どうやって咀嚼して飲ますんだ!他にないのか?」
「あります」
力なくゴソゴソとポケットから小さな瓶を取り出した。
エルダーフラワーを抽出した液だ。
小瓶を確認するとアレクシスは頷いた。
「それは、ジュースにして飲むと言っていたやつか?」
「そうです。液体も何か役に立つかなと改めて作りました」
「クッキーの前にそれを早く出せ!馬鹿か」
ゼフィランなら絶対にそんなことを言わなかったと思いリリカはムッとする。
アレクシスは光の玉を避けながら団長に近づく。
「団長、俺とリリカで突っ込むから援護をしてくれ」
イザベルに悟られないように小声で言うアレクシスに団長は剣を構えながら眉を潜めた。
「どうするつもりだ」
「一か八か、エルダーフラワーの液を口に突っ込む」
「正気ですか?そんなもんでどうにかなると?」
信じられないというような顔をされてアレクシスも頷いた。
「今はそれしかない。フィオーレが作ったお菓子は確かに力があったが、こいつが作ったものに果たして力があるかどうか、これは賭けだ」
酷い言われようにリリカは口を尖らせた。
「大丈夫です。田舎でも私のクッキーは評判でしたよ」
「……俺が突っ込みましょうか?」
団長の申し出をアレクシスは断った。
「いや。俺とリリカで突っ込む。リリカが直接魔女の口に入れないとダメなんだ」
「なるほど、俺がリリカ嬢を抱えてもいいですが……王子様はお姫様を守りたいという事ですな」
アレクシスの腕に抱えられているリリカに視線を落として団長は下品に笑った。
「援護します」
団長はそう言うと巨体とは思えない素早さで部屋を掛けて号令を出していく。
騎士達が視線を向けて頷くのを確認してアレクシスはリリカに囁いた。
「光の玉は俺が剣で斬り落とす。魔女に突っ込むからあいつの口に液をいれてくれ。できるか?」
「やります。今度はどちらも死にませんよ」
力強く言うリリカにアレクシスは軽く笑う。
「そうだな」
アレクシスはリリカを力強く抱えると剣を構えた。
「よし、突っ込むぞ」
リリカにだけ聞こえるように言うとアレクシスはイザベルの背後へと回る。
アレクシスが背後に入る事を魔女に悟られないように騎士達が一斉に剣を振り上げて斬りつけた。
光の玉が騎士達を襲うが、力は弱く切り捨てられる。
それでも騎士達は光が邪魔をして魔女までたどり着けないようだ。
魔女の背後から様子を伺っていたアレクシスはリリカに目配せをした。
リリカが頷くのを確認してアレクシスは背後からイザベルへと近づくと剣を首元に当ててた。
そのまま魔女の首を斬り落とそうと試みる。
剣はギィンという金属音を立てただけで、イザベルの皮膚は無傷だ。
イザベルが背後を向く前にアレクシスは舌打ちをすると頭を抱え込んだ。
「早く入れろ」
アレクシスに促されてリリカはイザベルの口に向けて手に持っていた小瓶の中に入っている液を注ぎ入れる。
暴れそうになるイザベルの体を数人の騎士達が飛びついて押さえつけた。
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