第14話

「先日カトリーヌ様がイザベル様と瞑想のお勉強をされた後とてもお疲れで。まだその時の疲れが取れないようで心配です」


 ワゴンを押しながらリリカが言った。

 マーカスは嬉しそうに見つめていたクッキーの袋から目を離してリリカを見つめる。


「……イザベル様と直接会って勉強するのは月1回だけなのにリリカさんが心配するほど疲れるなんてね。一体何をしているんだろう」


 含んだいい方をするマーカスにリリカは首を傾げた。

 

「何を話しているんだ?」


 ふいにアレクシスの声が聞こえてリリカとマーカスを視線を彷徨わせた。

 廊下に姿は無く、窓の外に不機嫌な顔をしているアレクシスが立っていた。

 マーカスは苦笑しながら窓に近づき鍵を降ろして窓を開けた。


「重要な話だよ」


 マーカスの言葉にアレクシスは不機嫌な顔をしたまま窓枠を乗り越えて廊下に降り立つ。


「そんなところから入って大丈夫なんですか?」


 出入口ではない場所から入って来たアレクシスをリリカは心配をする。


「問題ないだろう。誰も見ていない」


 神殿という厳かな場所にそぐわない行為にリリカは怒られるのでないかとはらはらしてしまう。


「……たしかに」


 一応人が居ないか辺りを見回しているリリカにアレクシスは鼻で笑った。


「相変わらず心配性だな」


「相変わらず?」


 呟いたアレクシスにリリカとマーカスが声をそろえて眉をひそめた。

 アレクシスも自らの言動に驚いて口元に手を置いている。


「俺はお前の何を知っているんだ?」


「だから知りませんって」


 相変わらずアレクシスの不思議な言動にリリカがため息がちに言う。


「まぁ、アレクが可笑しいのは今更って感じだから気にするのはよそう。それより、リリカさんと話していたのは、カトリーヌ様が聖魔女と瞑想を終えた後は凄く疲れているから心配だってことだよ」


「……なるほど」


 話を聞いてアレクシスの顔色が変わる。

 リリカは不思議に思いながらも頷いた。


「凄くお疲れでしたよ。あのままだと死んでしまいそうなほど衰弱して見えました」


「……実際、衰弱して寝込んだりそのまま亡くなってしまう聖女や聖女見習いは度々いるんだよね」


 マーカスの言葉にリリカは驚く。

 

「珍しい事でないんですね」


「基本聖女と聖魔女しか入ることが許されないから何をしているのか不明だ。だが聖女としての素質が無かったと言われて衰弱したものは神殿を追い出されることがある」


 アレクシスもリリカの隣を歩きながら言った。


「今度、カトリーヌ様が聖魔女様と瞑想のお勉強の時お傍についていようと思います」


「中に入れないだろう?」


 アレクシスに聞かれてリリカは頷く。


「聖魔女様が居るお部屋に入ることはできませんが、その手前までついて行くことができるみたいなので……。カトリーヌ様も近くに居てくれると心強いと言っていました」


「僕達も傍に居られればいいんだけれど。騎士は聖魔女の居る神殿にも入室禁止だからねぇ」


「そうなんですか?」


「あの部屋に騎士が入れるのは基本挨拶のみななんだよ」


 マーカスに説明をされてリリカは頷いた。


「いろいろ大変ですね」


「長く生きている聖魔女がここのルールだから仕方ないけど。……聖女が心配だよねぇ」


「そうですね」


 

 リリカ達は部屋に戻ると疲れた様子のカトリーヌがリビングの椅子に座っていた。

 聖魔女のイザベルと瞑想の修業をしてからすでに何日も経っているがカトリーヌの体調は完璧とは言えない。

 常に疲労しており聖女の勉強に行くことはできるが部屋に戻ると疲れように座っていることが多い。


「大丈夫ですか?」


 

 ワゴンを押しながらリリカが心配そうに聞くとカトリーヌは静かにうなずいた。

 アレクシスとマーカスが部屋に入って来たのに気づいて慌てて立ち上がって膝を折って挨拶をする。


「お久しぶりでございます」


「体調が悪そうですね」


 片手を上げて挨拶を制するとアレクシスは無表情に言った。

 心配している様子の無いアレクシスにカトリーヌは苦笑して頷く。


「イザベル様と瞑想の勉強をしてから体調が思わしくありません。お見苦しくて申し訳ございません」


「……楽にしていてください。どのような勉強をしているのですか?」


 座ったアレクシスを見てカトリーヌもゆっくりと席に着いた。

 アレクシスの横にマーカスも座る。


「別に、これと言って体を使うような事はしていません。イザベル様と向かいあって目を瞑っているだけなのです。それなのになぜか体が疲れてしまって……」


「力を吸い取っているんじゃないですか?」


 お茶を淹れながら言うリリカをアレクシスが見つめる。


「なぜ……そう思うんだ?」


「えっ?だって、それ以外考えられませんしみんな噂していましたよ。体力を奪うような力があってもおかしくないと思いますよ。だって、不思議な力を持っているんですもの」


 光の玉を浮かしている聖魔女を思い出してリリカは身震いをする。

 顔色の悪いリリカをアレクシスは一瞬心配そうに見つめた。


「どうした?」


「……聖魔女様を思い出したら、また気分が悪くなってきたような気がします」


「大丈夫か?」


「体は丈夫なので大丈夫です」


 気合を入れて言うリリカをアレクシスはまだ心配そうに見つめている。

 そんなアレクシスを見てマーカスは呆れたように肩をすくめた。


「まったく、心配するならカトリーヌ様でしょ?聖女の護衛騎士なんだから。ねぇ?」


 マーカスがカトリーヌに同意を求めると顔色が悪いながらも彼女は笑った。


「そうですね。まぁ、アレクシス様らしく無くて面白いですけれど」


「はぁ、カトリーヌ様の心が広くて助かるよ」





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