第13話

 部屋に戻り焼き上がったクッキーをテーブルの上に置いた。

 椅子に座っているカトリーヌにリリカはお茶を淹れながらクッキーを進めてみる。


「カトリーヌ様がお勉強している間に、残ったエルダーフラワーを入れてクッキーを焼いたのでよかったらどうぞ」


「ありがとう」


 カトリーヌは疲れた様子で微笑むと一枚手に取ってクッキーを上品に食べる。

 顔色が悪く、今にも倒れてしまいそうなカトリーヌの様子にリリカは心配になる。


「あのー、朝はお元気そうでしたけれど体調が悪いのですか?」


「今日のお勉強はイザベル様の元で瞑想をするというものだったのだけれど、なぜかすごく疲れたわ」


 リリカは頷きながらカトリーヌの前に座り自分で焼いたクッキーを食べる。

 甘いクッキーの中にほのかにエルダーフラワーの匂いを感じて目を瞑って味わった。


「美味しい!じゃなくて、聖魔女様は少し怖いですよね、私あの人の傍に夜だけで体調が悪くなりましたよ」


 「そうね。多分聖女としての不思議な力が強い方だから傍に居るだけで緊張をするのかしらね」


 カトリーヌがゆっくりとクッキーを食べるのを見ながらリリカは頷く。


「多分そうですよ。今日も不思議な光を漂わせていましたか?」


 以前見かけた聖魔女の周りに漂っていた不思議な光を思い出してリリカが聞くとカトリーヌは頷く。


「とても綺麗だったわ。不思議な光景で、あの方以外にあんなことできる人は居ないらしいの」


「へぇ。お傍で瞑想をするだけでも聖女として修行になるんですね」


「そうね。お勉強の計画に組み込まれているから、そのたびに疲労をしていたのでは体がもたないわ」


「今度は私も傍に居ましょうか?」


「そう……ね。騎士は立ち入り禁止だけれど、侍女はイザベル様のお部屋の傍で待機できるようだからお願いしようかしら。とても不安なのよ、どんどん体力が無くなってくような気がして……」


 倒れてしまいそうなカトリーヌを見てリリカは頷く。

 よっぽど心細いのだろう。


「じゃぁ、今度は一緒に行きますね」


 リリカの言葉を聞いて安心したのかカトリーヌは微笑むとクッキーを眺めた。


「そういえば、アレクシス様と一緒にいたのでしょう?進展はあった?マーカス様から聞いたわよ。アレクシス様はリリカさんの所に行ったっきり帰ってこないって」


「進展?なぜかあの人私がクッキーを作るところを監視しに来ていましたけれど。私、毒なんて入れてませんから」


 リリカが言うと、カトリーヌはクスクスと笑いだした。


「監視ではないわよ。きっとね」


「そうですか?じーっと私が作るところを見て帰らないから、手伝ってもらいましたよ。このクッキーの半分はアレクシス王子様が型抜きをしたのが混じっていますよ」


 リリカが言うとカトリーヌは驚いて目を見開いている。


「あの、アレクシス様とクッキーづくりをしたの?それは大変なことよ。マーカス様にお知らせしないと!」


「えっ。王子様を手伝わせたから怒られるんですか?」


 流石にまずかったかと落ち込むリリカにカトリーヌは首を振る。


「違うわ!アレクシス様がお菓子作りを手伝う事が意外なのよ。人間らしい心を持っているというか、女性に気遣いができるというか、ちょっと説明がむずかしいわね」


 疲労しながらも言うカトリーヌにリリカは首を傾げる。


「よくわかりませんが私は怒られないってことですよね」


「大丈夫よ。アレクシス様らしくないことがあったらまた教えてね」


「アレクシス王子らしくないことなんて……よくわかりません」


 難しい顔をしているリリカを見てカトリーヌは笑った。


「大丈夫よ。ただ私かマーカス様にアレクシス様とのことを教えてくれればいいから。それからこのクッキーはマーカス様にプレゼントしましょう」


「えっ、どうしてですか?」


 今全部食べてしまおうと思っていたリリカの手が止まる。


「幼少期から共にしているアレクシス様が作ったクッキーだと知ったら泣いて喜ぶわ。それにこのクッキーを食べたら元気にったわ。意外とリリカさん聖女の力があったりしてね」


「聖女の力ン手ある訳ないじゃないですか。甘いから疲れがとれるんですよ」


 たかがクッキーだけでそんなに喜ぶだろうかとリリカは首を傾げた。






「先輩たちはいつもここに居ますけれど暇なんですか?」


 侍女控室に行くと、大体いつものメンバーがお茶を飲んでいる光景にリリカは聞いた。

 いつ行ってもだいたい誰か居て暇そうにお菓子を摘まんでいるのだ。


「暇って言えば暇よね。侍女だけれどする事はほとんどないもの。朝洗濯物を出して、部屋を掃除したら終わり、聖女様がお勉強している間ついていてもいいけれど暇だしねぇ」


 お茶を飲みながら言う先輩侍女にリリカは頷く。

 確かにやることは部屋の掃除と洗濯ものを出しに行くことぐらいだ。

 あとは準聖女であるカトリーヌとお話をするぐらいだ。


「リリカさんはお菓子作りをたまにしているようね」


「そうですね。まだクッキーしか作っていませんけれど。あまったエルダーフラワーがもったいなかったので」


「偉いわねぇ。私たちなんてもう自分でお菓子を作るなんて気力残ってないわよ」


 カトリーヌの為にお茶の準備をしながらリリカは先輩侍女達を振り返った。


「そういえば、この前カトリーヌ様が凄くお疲れだったんですよ。イザベル様と一緒に瞑想をする日だったんですけれど……。一体何をしているんですかね?」


 今にも倒れそうなカトリーヌの姿を思い出してリリカが聞くと先輩侍女達は眉をひそめる。


「あー、皆そうなるのよ。聖魔女様と向かい合って瞑想をするっていう謎のお勉強なんだけれど、それだけですっごく疲労して帰って来るわよね」


「みんなそうなんですか?」


「みーんなそうなるわよ。聖女も聖女見習いも関係なく!一体何をしているのかしらねぇって昔から疑問になっているらしいわ」


「怖いですね」


 声をひそめて言うリリカに先輩侍女たちは頷く。


「疑問に思っても解明しようと思ってはダメよ。どうせ分からないだろうし、長く生きている聖魔女様ですもの、意外と聖女の生気を吸ってたりして」


 小さい声で言う先輩侍女にリリカはゾッとしたが他の侍女達は一斉に笑う。


「ありえるわねぇ!」


 笑っている先輩たちにリリカは青ざめた顔を向ける。


「生気を吸っているなんて大変じゃないですか」


「大丈夫よ。今まで死んだっていう人居ないし」


「ねぇ?私たちじゃなくて良かったわ。きっと聖女じゃないと特別な生気を吸えないのよ。若いエキスを吸う魔女なんてありえそうじゃない?」


 そう言って笑っている先輩侍女達を見てリリカは理解が出来ないと首を振った。


 笑っている先輩侍女達を後にてリリカはお茶の道具を乗せたワゴンを押して侍女室を出た。

 ガラガラと薄暗い白い廊下を歩いていると後ろから声を掛けられる。


「リリカさん、これからお茶?」


 ニコニコと笑いながら片手を上げて近づいてくるマーカスにリリカは頷く。


「はい。一応マーカス様とアレクシス王子様の分もありますよ」


「よかった。僕もカトリーヌ様のお部屋にお伺いするところだから一緒に行こう」


 並んで歩き始めたマーカスを見上げてリリカは頷いた。

 

「あ、そういえばこの前のエルダーフラワーを練り込んでクッキーを焼いたので食べてください。ちょっと時間がたってしまいましたけれど……味は大丈夫だと思うんで」


 マーカスに会ったら渡そうと思いワゴンに乗せていたラッピングされているクッキーの入った袋を取り出し手渡す。

 可愛くラッピングされているクッキー入りの袋を見てマーカスは頬を緩ませた。


「ありがとう。女の子からこういうの貰うと嬉しいよね。最近忙しかったから特にうれしいな」


「そうですか?そうだ、そのクッキー作っている時アレクシス王子様が監視しに来たんですよ」


「監視……じゃないと思うけれど……」


 小さく言うマーカスを気にすることなくリリカは続ける。


「毒なんて入れませんよ私。なのにじーっとクッキー作るところを見ていて居心地が悪かったので一緒に作ったんですよ」


「えぇぇぇぇ?アレク様がクッキーを作ったぁ?」


 大げさに驚くマーカスを不思議そうに見つめてリリカは頷く。


「作るって言っても型抜きを一緒にやっただけですけれど」


「いやいや、それでも凄い事だと思うんだけれど。あの人がキッチンに立ってクッキー作りを手伝うなんて想像が出来ない。こりゃ、世界が亡ぶよ」


「大袈裟ですよ。……カトリーヌ様も同じぐらい驚いていましたけれど」


「そりゃ驚くよ。女性と共に何かするなんて母親ですらないからね!ありえない!本当にあり得ないよ!」


 驚きながらもマーカスはクッキーを嬉しそうに眺めている。


「アレクシス様が型抜きしたクッキーが混じっているかどうかは不明ですよ」


「わかっているよ。でもさ、アレク様が作ったものを食べることがなんだかうれしいんだよね。これ城のみんなで分けて食べるよ」


 しみじみ言うマーカスにリリカは大げさすぎると思いつつ頷いた。






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