第32話 捜査班
『あのスマホに入ってて怪しいなって思ったデータは
「縞桜太が行方不明になった日の最後の連絡やろ?俺らも読んで気になっとったんやけど、高校生で違法行為ってなんや?」
『売春か、違法薬物かな?他のトーク履歴は無難に野球部の仲間や同級生とのものだったよ。会話の内容に特に不自然なものもなかった。ちなみに、桜太くんのLINEにあった洞牡丹のアカウントから彼女の電話番号を特定したけど、彼女のクラウドに自動保存されていた分のLINEやSMSに関しても特に怪しい文章は見つからなかった。つまり、洞牡丹が違法行為をしていたとして、それが文章として記録されるようなことは残してないってことだ。いち高校生の洞牡丹が考えてそうしたとは思えない。これは裏に手慣れた連中がいるね。彼女に記録に残らない方法で指示を出していたんじゃないかな?』
梅澤と岩城は大鳥の話に聞き入ってしまう。先魁警察署内で公式に捜査できない分、そういった電話番号や個人に関する情報の開示請求が取れないのだ。それをいとも簡単にやってのける大鳥。彼が警視庁所属の人間としてやったのか、公調の人間としてやったのか、はたまたどこにも許可を得ずに秘密裏に行ったことなのか。梅澤は知る由も無いが知りたくもない。
どういうルートで入手した情報かは知らないが今、大鳥のおかげで捜査が一気に進み出しているのは事実だろう。大鳥の存在を三人に打ち明けてよかったのか迷っていた梅澤だが、今のところは正解だったと思うことにした。むしろ、今後は梅澤も収集した情報は大鳥にベットしてさらなる手がかりを得るための燃焼促進剤として大鳥を使っていこうと思った。そして大鳥が掴んださらなる情報に早速食いついていたのが盃都だった。
「電話とか、どこかの場所で待ち合わせしてたとか、そういうことですか?」
『そうだね。洞牡丹の電話番号にあった着信履歴を調べたけど、プリペイドみたいな番号もちらほらあって。今の日本でプリペイド使うって、高校生では殆どないよね。定期的に毎週月曜日にかけてる番号もあったよ。その番号、
先ほど自分と松子が聞いてきた名前が大鳥の口から出てきたことに驚きつつも、すぐさま持っている情報を共有する盃都。
「その人は洞牡丹の姉である
『姉の交際相手なら接点を持とうと思えば持てるからね』
「そいつ、榊原将吾は逮捕歴あんねん。遺体の見つかった数日後に。容疑は違法薬物売買」
『知ってるよ、法務省データにアクセスして調べた。で、実刑を受けて服役中だと思うんだけど、何故か最近釈放されてるね。誰かが泳がせてるのかな?だとしたら、
「そうやったんやけど……」
『捜査打ち切りにでもされかな?』
まるで見ているかのような推測をする大鳥。予想はしていてもここまで知っているとなると驚いてしまう。一体どこから情報を入手しているのだろうか。先魁警察署に大鳥の手先でもいるのだろうか。そんなことまで妄想してしまった梅澤は苦笑いするしかなかった。これが大鳥眞凰という男なのである。
『だとするとこの男が繋がってるのは、自分を刑務所から出してくれる権力だね。ちなみに彼を出したのが、
「
盃都が咄嗟に口を挟んだ。すると、少しの沈黙の後に電子化された拍手の音であろう安っぽい破裂音がスマホのスピーカーから聞こえてきた。
『ブラボー!盃都くん!ブラボー!どうしてわかったんだい!?』
興奮気味に聞いてくる大鳥。スピーカーの向こうにいて姿は見えないはずなのだが、スマホから飛び出してきそうな気配を感じて盃都は思わず仰け反る。
「──洞牡丹の周囲にいる人物を調べてたんです。縞桜太の周りには犯罪臭がしなかったので」
『それでそれで???』
「……SNSから調べたのですが、洞牡丹と仲がいい三人の中に議員のご子息がいました。実は昨日、被害者の同級生たちが集まる同窓会に行って話を聞いてきたんですけど」
盃都が言葉を紡ぐ中、スピーカーの奥からは何やら大きな物音がした。質量のあるような金属がぶつかるような音だ。キャスター付きの椅子から立ち上がったのだろうか。その音に驚く盃都だが、大鳥から突然謎のオファーを受け驚きを通り越して困惑する。
『君の話は実に興味深いね!今からそっちに向かおうかな!ぜひ直接会ってお話ししたいよ!』
「やめたれ──、お前がくると喧しゅうてかなわんわ」
『明宣、つまらないこと言うなよ。もう私は君が寄越した船に乗りかかったんだ。そして素晴らしいクルーとも出会えた!警察に出向してきて今までで一番ワクワクしているかもしれないんだぞ!』
「わかったから、とりあえず今はそこから動くな……ほんで、自分から話振ったんやから最後まで人の話聞けや」
そう言って梅澤は興奮気味の大鳥を宥めつつ捜査情報を整理できるように盃都が続きの話をする時間を確保した。盃都は梅澤の意図を汲み、再び先ほどの続きとなる考察を披露する。
「柳田議員の息子、
『警察の情報も見れないのによく調べたね!じゃあ、洞牡丹殺害の容疑者は柳田雨竜かその息子か秘書ってとこかな?売春がバレそうになって、人を雇って殺させた。政治家はよくやる手だね。依頼を受けて殺したのが榊原将吾なのかな?議員が何故薬の売人に繋がっていたのか不明だけど。もしそうだとしたら、榊原将吾、殺されるかもね?』
大鳥の言葉を黙って聞いていた松子が口を開く。
「なんで榊原将吾が殺されるの……?」
『若い女性の声がする!明宣、君は何て素晴らしい職場にいるんだ!やはり私もそちらに行くべきじゃないかな!?』
「勘弁してくれ……まあ、確かに、洞牡丹殺害を指示したんやったら榊原将吾を口封じしたいのはわかるけど、なんで2年も経った今やねん」
「俺らが調べてることを知ったから、じゃないですか?」
盃都がすかさず口を挟む。菜月に忠告された──と先ほど松子の話を聞いてからどうにも引っかかっているのだ。
「
『7月28日』
「──ほら、松子さんが脅迫された次の日ですよ」
松子は両腕を摩った。自分の行動が犯罪者を釈放させ、犯罪者とは言えもしかしたら榊原将吾は消されるかもしれないと思うと一気に重圧がのしかかってくるような気がした。そして同時に、得体の知れない何かに見られている感覚が気持ち悪くてしょうがない。松子は思わず身震いをした。
「誰が私たちを監視してるって言うの……」
「まあ、それなりにいますよね。レンタカー屋の誰か。松子さんに脅迫文を届けた交番の警察官。先魁警察署内で桜太のスマホを奪った警察官。芒野菜月。菜月に話したであろう
盃都はざっと自分たちを監視していそうな人物の名前を挙げた。最低でも9人はいることになる。予想よりも容疑者が多いことに今更ながら辟易する盃都。そんな盃都にさらに追い討ちをかけるように岩城は口を開く。
「まあ、確かに、現地人の僕から言わせてもらいますけど、この田舎ってマジで監視社会そのものなんで、今名前が挙がった人たち全員が監視していてもおかしくないですし。彼らだけじゃないかもしれませんよ。僕らを監視してるのは」
『っは!おいおいまだ仲間がいたのかい?明宣、君は一体いつの間に自分のチームを作ったんだ?地元に詳しい人まで取り込んじゃってさ』
大鳥は驚きながらも梅澤に感心しているようだ。
「あ、どうも大鳥さん。ご挨拶が遅れました。大鳥さんにスマホのコピーデータを送ったのは僕です」
『岩城さんですね!ありがとうございます、実に興味深いものを送っていただいて!』
「いえ、梅澤さんの指示に従っただけです」
大鳥と岩城が打ち解けている中、松子は岩城の最初の言葉に疑問を呈した。
「盃都が言った人たち以外に、誰が私たちを監視してるって言うの?」
先ほど大鳥と打ち解けていた明るいテンションからは一変して、真剣な声で岩城は答える。
「この田舎の人たちは自分たちが加害者になってるって意識はないんだ。おそらく犯罪に手を貸してるつもりもない。何気ない噂話がさっき名前が挙がった人たちの耳に偶然入った可能性だって大いにある。だから、この田舎では見える範囲全ての人に監視されてると思った方がいい。僕はそういう部分がこの田舎の嫌なところの一つだと思うけどね」
岩城の言葉に沈黙が走る。そして盃都はあることを思い出した。
「岩城さんの言葉通りなら、この田舎の人全員を疑う必要があるってことですよね?なら、桜太のお母さんが橋から飛びりる瞬間を見たっていう60代女性も、疑った方がいいんじゃないですか?俺は
盃都の考えにその場にいた三人の間には重い空気が流れる。だが、スマホの向こうだけは違った。向こうだけゼロGなのだろうか?そう思うくらいに軽やかな声が返ってくる。
『随分面白いことが起こってるんだね、君たちがいる田舎は!思い出すな〜、昔を。そうじゃないか?明宣』
不謹慎とも言える発言をした大鳥。そして、この気持ちがお前もわかるだろ?──と言わんばかりに梅澤へと話を振った。二人を除く三人は大鳥と梅澤がどのような関係なのかわからない故に、大鳥が指摘している“面白いこと”の意味もわからなかった。普通の人間であれば、こんな人間不信になるような環境で事件の捜査をしろと言われると頭を抱えるだろうに。大鳥は自分と梅澤はこの状況を楽しめるとでも言うような物言いだ。
二人の関係が気になった盃都だが、正直今はそんなことを気にしていられる状況ではない。この際、使えるものはなんでも使う。現場の警察が当てにならない以上、自力でなんとかするしかないのだ。盃都は問う。
「大鳥さん、どこまでできますか?」
『私が君たちにどこまで協力できるかって話?』
「そうです。俺たちのために──、いや、この事件を解決するために、大鳥さんは何ができますか?」
声からして大鳥は梅澤と同じくらいかそれ以上の年齢だろう。そんな大先輩に向かって、お前は何ができるのか?──と能力の証明を要求した盃都。それは一歩間違えると失礼とも取られる発言だ。盃都がそんなことをわざわざするような人間性ではないことはその場にいた三人は知っている。だからこそ、盃都の発言を聞いて驚いたのだ。そして三人は盃都が意外にも肝が座っていることを図らずとも知ることになった。
「俺たちは今、先魁警察署を信用できません。梅澤さんや岩城さんだって仲間から監視されるだけでなく、身内に共犯がいる可能性があり他の警察官の協力を得るのは難しい状況です。なので、大鳥さんが何ができるかによって、俺らの今後の捜査の方針が大きく変わります」
『そうだね〜データ解析系は任せてくれていいよ。データさえ送ってくれたら警視庁の鑑識もサイバー課も公調の仲間も使ってなんだってできるよ?私をどう使いこなすかは、君たち次第だね』
全面協力が得られるという言質を大鳥から取った盃都は、遠慮という文字など知らないのではないか?──と思われるくらい、すかさず調べて欲しい点を列挙したのであった。
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