第28話 相談


 咄嗟にファミレスを出てきた盃都はいど。計画もなく出て来てしまった。今日は仕事だと言っていた梅澤うめさわに“迎えに来て”とは言えるはずもなく。予定外の行動をした数分前を悔やみながら、暗い田舎道を梅澤の家に向かって歩いている。


 あの場に一人残してきた松子しょうこに申し訳なさを抱きながら、彼女が一人で洞葵ほらあおいから情報収集をしてくることを願うしかない盃都。


 しかし、まさかここまで感情的になるとは思わなかった自分に驚いた盃都は、今までの人生で最大の後悔をしていた。そんな盃都の心とは対照的に頭上には満点の星空が広がっている。雲がちょうど月にかかり、余計に星の明かりが強調されて星たちが瞬いていた。

 

 東京で見上げる空とは違う。本当に同じ空なのだろうか。町の灯りが少ない分、星の輝きが目立つだけではない。空が近く果てしなく広い。自分が非常に小さい存在に思える。後悔をしても、何をしても、この星たちは淡々と輝き続け、いずれ光いを失い消えていく。桜太が突然この世から消えたように、いきなり消える星もあるだろう。そして、そんな星などなかったかのように宇宙は今日も存在している。


 きらりと流れる星を横目で捉えた。“犯人逮捕できますように”と、願う間もなく消えてった星の軌跡をぼうっと眺めているとお尻のポケットに入れていたスマホが震える。画面を見ると父親からの電話だった。何ヶ月振りだろうか。すぐに応答する盃都。


「もしもし、父さん?」

『盃都?久しぶりだな、元気にしてたか?』

「うん。父さんは?打ち上げまでもう少しだろ?」

『ああ、そのことで連絡したんだが、来るか?』

「…………」


 いつもの盃都なら即答しただろう。断る理由がない。受験よりも何よりもやるべきこと。自分の父親が宇宙へ行くのだ。今まで安全に帰って来ているとはいえ、今回も確実に生きて帰って来られる確証はない。親が星にならないように星に祈る前に直接会いたい。だが、今の盃都にはそれよりも大事なことがあった。


『どうした?やっぱり今年は受験だから、やめとくか?』

「…父さん、俺、今、桜太おうたを殺した犯人を探してるんだ」

『え?』


 驚く父親。当たり前だろう。受験勉強をしていると思っていた息子が殺人事件の犯人探しをしているのだから。


 父親が盃都の意見を頭ごなしに反対したことは今までにない。流石に今回は反対されるだろうか。それとも“好きにしろ”と、興味がないのか本当に好きにしてもいいのかわからないような返答をするのか。どちらの返事が来るのか、緊張する盃都。電話の向こうにいる父親の声に耳を澄ませる。


『…そうか、桜太くんの事件を……盃都がやりたいのなら、納得いくまでやりなさい』

「……反対しないの?」

『なんで反対する必要があるんだ?』

「高3の大事な時期にやることじゃないし…ガキのくせに危ない橋を渡ろうとしてるから…?」

『ハハハハ。それだけ分かってたら十分だろ』


 こんなに軽く肯定されると思っていなかった盃都は豆鉄砲を喰らった鳩のように固まる。

 

『盃都、人生にはな、危険だと分かっていても、やらなきゃいけない時があるんだ。それが盃都にとっては今だってことだろ?』

「……でも、本当は勉強したり、母さんと一緒に父さんの見送りに行かなきゃいけないのに…俺のエゴで父さんの大事な時間を…」

『僕は家庭を空けて宇宙に行こうとしているのに、お前たちは止めないだろ?好き勝手やってる僕に盃都を止める権利はないよ』

「いや、父さんは仕事じゃん」

『仕事だけが人生で大事なことか?』

「いや…そうじゃないと思うけど……」

『自分の都合を優先したからって、家族として失格というわけじゃない。盃都がやりたいことがあるなら、やりなさい』

「…将来がかかっている受験を棒に振ってでも?」

『受験なんて毎年あるだろ?』

「それはそうだけど…」

『周りがなんと言おうと、何回失敗しても、今やりたいことがあるのなら成功するまでやり続けなさい。僕はそうやって宇宙飛行士になった。僕が何回試験に落ちたと思う?まあ、僕の場合はお前のお母さんが“宇宙に行くまで帰ってくるな”って言うから、我が子に会うためには、やるしかなかったのもあるけどね』


 自分の母親は夫になんと言う過酷な試練を与えたのだろう。我ながら、酷いことを言う母親だと思いつつ、相手の行動にいちいち文句を言わないのがこの夫婦らしいなと思った。そしてその結果、見事に宇宙飛行士となり何度も宇宙に行っている父親の言葉には説得力しかなかった。


 ここまで言われると、何が何でも犯人を逮捕して、父親が宇宙滞在中に報告を入れることが一番のプレゼントかもしれない。改めて事件と真正面から向き合わなければならない。そう思った盃都は先ほどの失態について、どう挽回すべきか人生の先輩に相談に乗ってもらおうと思った。今一番、盃都の心境を理解してくれる可能性が高い人物に、盃都は恥を忍んで尋ねる。


「父さん、俺、さっき失敗しちゃってさ。まだまだガキだなって思ったんだけど…どうやったら感情をコントロールできるかな?」

『感情のコントロール?』

「そう。父さんが宇宙に行って、もし誰かにカッとなった時、その相手が任務の上で必ずコミュニケーションを取らなければならない人物だったら、父さんならどうする?」

『……仲間と喧嘩でもしたのか?』

「いや…仲間じゃなくて……、重要参考人の一人に、その、ちょっと、イラッときて……。2年前にその人がちゃんと警察に話していたら、もしかしたら桜太は死んでいなかったかもしれない…見られない姿で見つかるなんてことは、なかったのかもしれない………その人に話を聞かなきゃいけなかったのに、俺、酷いこと言いそうで、その場に相棒を置いて帰って来ちゃったんだ……」


 言葉にしてみると自分の幼稚さが際立っていた。さらに羞恥心が湧いてくる。もしもの仮定でここまで腹を立てて行動に出てしまった自分が情けなく思う。だが、父親は盛大に笑っていた。なぜ盃都は笑われているのかわからない。ガキっぽいと笑われているのだろうか。ひとしきり笑ったあと、父親は軽くため息に似た息を吐いて話す。

 

『お前も感情任せに行動することなんてあるんだな、安心したよ、お前は俺たちの子供だ』

「……どういう意味?」

『どうもこうも、そのままだよ。母さんは見ての通り、自分に素直な自由人だろ?僕は何が何でも自分の夢を諦めきれない男。そんな二人の間に生まれたんだからな、理性的に行動しろと言う方が無理あるんだ、僕ら家族は』


 短所とも言えるような特徴を開き直って受け止めている父親。自分にも開き直れと言っているのだろうか。盃都は父親の言葉の真意がわからずただ黙って話を聞くしかできない。


 『まあ、でも、僕が盃都の立場でもきっと同じ行動をしたと思うよ。お前のお母さんならどうかな、その場で相手の胸ぐら掴んで思ったこと面と向かって言ってそうだけど…』

 

 父の言葉に出てきた母親を想像しただけでゾッとした盃都。自分にはそこまでする火力はない。父親の方に似て良かったと心から思った瞬間だった。だがふと疑問に思う。


「宇宙みたいな逃げ場のない場所でそういう人と遭遇したら、どうする?」

『宇宙でそんな人に出会ったことないからな…』


 そりゃそうだろう。そんな最悪のメンバーで宇宙に行くことなどない。そんな人間はそもそもバックアップにさえ選抜されないのだから。だが父親からは真面目に向き合った回答が返ってきた。


『もし僕だったら、誰か仲介人を立てるね。僕ら宇宙飛行士には仲間がいるからね。こういう時は後ろめたいと思わずにどんどん頼っていいんじゃないかな?僕だったら、遠慮される方が水臭い。それが取り返しのつかない大きな事故にもつながるかもしれないし。それに、逆の立場になった時、今度はこっちが助けてやればいいんだから。持ちつ持たれつ、背を預けられる仲間がいるからこそできることだけどね』


 父親との通話ではその後、盃都は日本に残って戦うことを改めて伝え電話を終了した。母親だけヒューストン入りするかもしれないとのこと。つまり、この夏に日本で何かがあった場合、盃都は両親ではなく春如を頼らなければならないということ。


 正直、盃都は春如を頼りたくない。一度危険な目に遭っている祖父を再び戦いの場に召喚するには気が引けるのだ。この土地でこれからも生きる人間と、今一時的にここにいる人間。この差は大きい。何かあれば春如に頼れ、と父親は言ったが、春如自身に捜査を止められている以上、春如に頼るという選択肢は今の盃都にはない。


 盃都は一人ではないのだ。松子も梅澤も岩城もいる。名前を貸してくれた斎藤美緒や佐藤大輝、他校の阿部里奈。そして桜太の死を悲しんでいた桜太の同級生たち。頭を下げて協力を依頼できる人物がたくさんいる。そう思った盃都は心が楽になった。


 先ほど父親との連絡が終わってお尻のポケットに戻したスマホを再び手に取った盃都。電話帳のた行を検索してある人物に電話をかける。その相手は3コールで電話に出た。


「あ、松子さん?盃都です。さっきは急に席を立ってすみませんでした」

『別にいいけど…、アンタ、大丈夫?なんかあったの?』

「いえ、特に何かあったわけじゃないんですけど…強いていうなら俺の問題です」

『はあ?』

「後ほど説明します。まだ洞葵と一緒にいますか?」

『いるけど……』

「松子さんには申し訳ないのですが、そのまま洞葵から情報収集してきてもらえませんか?」

『いいけど、私だけで大丈夫なの?アンタも聞きたいことあるんじゃないの?』

「……俺が行くと、洞葵に俺が何をするか分からないので…今回は松子さんに託したいんです。お願いできますか?」

「よくわかんないけど、私は全然OKよ。ていうか、何、改まって。私たち相棒じゃん。頼れる時はお互い頼るのなんて今更じゃん。私はホテルで脅迫された時、アンタに助けてもらった借りもあるし。今度は私の番ってわけね。任せときな!」

「ありがとうございます。頼みましたよ、松子さん」


 通話を終えた盃都は再び空を見上げた。その空は先ほどよりも星は見えづらくなっていた。だがその代わりに、月にかかっていた雲が消えて、そろそろ満月に近づくであろう月が街灯のない夜道を照らしていた。

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