第25話 増える容疑者


 梅澤うめさわ岩城いわき盃都はいどを乗せて家に帰ると、家の明かりがついていた。車をガレージに止めて3人は恐る恐る玄関へと向かう。梅澤はガレージにあった金属バットを片手に、岩城は梅澤の車にあったゴルフバッグのドライバーを握って玄関のドアを開けて光が灯るリビングへと向かった。盃都は念の為外にいるようにとの梅澤の指示で玄関の外で待機。間も無くして短い悲鳴が聞こえたような気がしたが、周囲から聞こえる用水路を流れる水の音とカエルの合唱の中に消えていった。それからすぐに岩城が玄関を開けて盃都を迎えにきた。


 中に入った盃都が目にした光景は、腰をさすっている梅澤とその梅澤に向かって土下座している松子しょうこの姿だった。何がどうなっているのかわからず、盃都は自分の横に立っている岩城を見て尋ねる。


「……何があったんですか?」

「ん〜とね、松子ちゃんが強かったって感じかな」

「ちょと何言ってるかよくわかんないですね」


 要領を得ない説明をする岩城に盃都は思わず苦言を呈した。盃都は梅澤を見るものの、口を開く気配がない。床に額をつけて謝っているような姿勢の松子の元へ行って再度尋ねる。


「松子さん、どうしたんですか…?」


「いや〜、綺麗に決まったよね、一本背負投。久しぶりに見た〜」


 盃都の背後から陽気な声で暴露する岩城。梅澤も松子も岩城の方を睨んでいる。二人にとって恥ずかしい出来事だったのだろう。片や女子大生がなりふり構わず怪力を発揮して大の成人男性を投げ飛ばしてしまったこと、片や刑事が女子大生に負けてしまったこと。お互い墓場まで持って行きたいであろう醜態の一つとして今日の出来事が刻まれたはずだ。盃都はホテルで梅澤を松子の元へと送った時も似たような状況になったのだろうと推測した。松子はおそらくそれなりに運動神経がいいだろう。瞬発力と咄嗟の戦闘力があり現役刑事を一本背負いでKOにする実力がある。盃都は松子を怒らせたり驚かせたりするのはやめようと心に誓ったのである。


「とりあえず、不審者に侵入されたわけでもないですし、松子さんも無事だったわけですからいいじゃないですか」

「……俺の腰を心配しろや…」


 梅澤は腰をさすりながらソファに移動してなんとか座る。松子は顔を赤らめながら隠れるように盃都の横に寄ってきた。盃都がソファに腰を下ろすと、松子はソファではなく盃都のすぐ横の床に座った。反省の意を表しているのだろうか、恥ずかしいのだろうか。目線はずっと下だ。だがそんなことに構ってる暇はない。盃都は成人式と同窓会で知り得た情報、ボイスレコーダーを再生した。音声と盃都の話に耳を傾けながら岩城は人数分のお茶を用意して配っていた。松子は思い出したかのように立ち上がり、バッグから何やら取り出して台所へと持っていった。間も無くして現れた松子はそれぞれの前に台所で切り分けただろうカステラを出してく。今日は一日中忙しかったはずの松子。共に行動していた盃都だからわかる。カステラなんて買ってる暇はなかった。


「いつ買ったんですか?これ」

「さっき清鳳がくれた」

「……桐生清鳳と同窓会抜け出してどこ行ってたんですか?」

「清鳳の家」


 松子の衝撃の言葉に飲んでいたお茶を盛大に吹き出した梅澤。その様子を梅澤の横で見ていた岩城は大笑いしながら梅澤が吹き出したお茶を拭く。対照的な反応をする二人をよそに盃都は松子の大胆不敵な行動に改めて感心すると同時に軽率さによる危うさを感じて複雑な気持ちになる。なんとも言えない感情で松子を見る盃都。一人で笑っている岩城。オロオロと松子を見る梅澤。松子は3人がそれぞれ異なる反応を見せているため、どうしていいのかわからずに困っている。見かねた岩城が松子に声をかけた。


「愛されてるね〜松子ちゃん」

「どういう…意味……?」

「僕的にはそのままの松子ちゃんでいて欲しいけど、梅澤さんのためにももうちょっと警戒心を持って欲しいかな?」

「警戒心?何が?事件の捜査は気をつけろってこと?今更?なんで私だけに言うの?盃都にも言ってよ…ていうか、盃都なんか未成年なんだから一番心配じゃん」

「…うん、まあ、そうね、そういうことにしておこう」


 あまりの鈍さに諭すことを諦めた岩城。松子は自分が女であるということを忘れているのだろうか、と思った盃都。想像以上に他人から向けられる気持ちを汲むのが苦手らしい。いまだにクエスチョンマークを頭上に並べる松子に再び呆れた盃都だが、それよりも気になることがあった。


「で、松子さんは清鳳きよたかからどんな情報を引っ張ってきたんですか?」


 盃都の問いに待ってましたと言わんばかりのニヤついた顔をした松子。正直こういう反応がウザいところではあるが、いつもの松子に戻ったことを確認した盃都は胸を撫で下ろす。


「清鳳、アイツ意外とピュアよ?牡丹を殺した犯人じゃないかも」


 インスタを見ていた時は随分と清鳳を批判していた松子だったが、今はコロっと印象が変わったようだ。やけに確信を持ったような言い方。また女の勘だろうか。梅澤は腑に落ちないという表情をしている。盃都も今の松子の言葉だけでは納得できない。眉を顰めて松子を見ていた盃都に松子はプレゼンを始める。


「アイツまじで洞牡丹ほらぼたんに惚れてる。多分今も。だからアイツが殺すはずない」

「世の中にはな、好きすぎて殺すいう連中もおるんやで?自分のものにならへんのならこの世から消してしまえって」

「そういう度胸はあいつには無い。断言する」

「なんでですか?」

「私、アイツの家に行って何してたと思う?号泣しながら牡丹の思い出を語るアイツの話をただひたすら聞かされただけ」


 予想外の展開にその場にいる3人が固まる。どう見ても女を持ち帰ったらタダじゃ返さないような男にしか見えない桐生清鳳。綺麗に着飾った松子にただ話を聞いてもらうためだけに家に招くだろうか。さらなる不審点が生まれた盃都は口を挟まずにはいられなかった。


「女を連れ込んでただ話を聞いてもらっただけ?女の前で泣いた?本当に男ですか?アイツ」


 盃都の露骨な表現に驚く梅澤と岩城。最近の高校生はませているな、と思ったが口には出さなかった。


「とにかく、桐生清鳳は牡丹を殺してない。清鳳曰く、牡丹を毛嫌いしてたのは燕大やすひろ菜月なつきらしいよ」

「菜月については他の同級生たちからもあまりいい噂を聞かないので、嫉妬心から牡丹を嫌っていたのは想像できますけど…柳田燕大やなぎだやすひろが牡丹を嫌う要素ってあります?薬の売人だからですか?自分も買って一緒に吸ってたくせに?」

「ていうより、牡丹が燕大のお父さんと寝てたから、らしいよ」

「はあ???柳田議員が売春しとるっちゅうんか???」

「そうみたい。それが嫌で燕大が牡丹を避けるようになってたって清鳳が言ってた。そりゃそうよね、好きな同級生が自分の父親と寝てるなんてキモいもん」


 黙って聞いていた岩城が梅澤を見ながら口を開く。


「もしかして、売春を暴露されそうになって洞牡丹を殺したんですかね?」

「柳田燕大がですか?柳田雨竜やなぎだうりゅうがですか?」

「あないに怯えた顔で写真に映る人間が人殺しできるとは思われへんな〜…政治家言うたら、汚いことは秘書にやらせるんちゃうん?」

「僕その秘書に会った事あるんですけど、まあ、政治家の秘書って感じでしたよ」

「なんでや?知り合いなんか?」

「いえ、以前、県警に研修で行ったときにちらっと。柳田議員と一緒に来てましたよ。それとなく何しに来たか聞いたんですけど、その秘書にうまい具合に濁されました。秘書が議員の指示で殺人までやる人間なのかわかりませんけど、嘘をついたり真実を隠すのは得意でしょうね」


 一気に柳田雨竜の周囲への疑念が高まった。死亡推定時刻が分からない盃都と松子にとっては、全員のアリバイを探すよりも動機を探す方が早い。その中で動機的に見て清鳳が容疑者から外れそうになったのに、新たに議員とその秘書という面倒くさい容疑者が増えた。一歩進めば一歩下がる。捜査というものは根気が必要だなと思っていた松子。梅澤や岩城はケロッとしているため、慣れているのだろう。だが盃都は気まずそうな顔をしていた。なぜ気まずいのか。盃都の言葉を聞いて松子はその訳がわかった。


「洞牡丹を殺した容疑者、多分もっと増えますよ…」


 盃都の言葉にすぐに反応したのは梅澤だった。


「藤田建設関係の奴らやろ?」

「はい。さっき梅澤さんがラーメン屋で追跡しようとしてた男もその一人ですよね?」

「……そうや」


 初めは捜査情報を盃都と松子に公開するのを避けていたが、ここまで踏み込んだ事情を知ってしまったのであれば隠す理由がなくなった。むしろ危険人物の情報は共有してリスク回避を促したい。梅澤はそう思った。盃都は梅澤が隠すつもりがなくなったことを悟り、遠慮なく問う。

 

「暴力団関係の人ですか?」

「おそらくな」

「ちょっと待って、洞牡丹の薬の仕入れ先って、暴力団なの???盃都が録音してた音声にあった、工業高校の不良たちじゃないの?」


 梅澤の様子を見て岩城も同様に情報を開示する。

 

「その工業高校の卒業生にいるんだ、暴力団の構成員が。僕らが今日ラーメン屋で追っていたのはその男だよ」

「……だからか」


 勝手に一人で納得している盃都。何に納得したのか分からない三人はお互いに顔を見合わせて手のひらを上に向ける。そんな三人を置いてけぼりにして盃都は提案する。


「明日、洞牡丹のお姉さんに会いに行きましょう。梅澤さん、牡丹のお姉さんの名前、分かりますか?」

 

 

 

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