第24話 警察情報
それなりに情報を得た盃都は同窓会がお開きになった後、そのまま道を歩いていると後ろから一台の車が徐行して横に並走する。白いセダンのようなファストバックのような車。こんな田舎道で誘拐でもされるのだろうか。身をこわばらせながらも、いつでも走り出せるように構えていると助手席の窓が開いた。鼓動が早くなるのを感じた盃都は深呼吸する。前を見つつ車を視野に入れていると、車の中から聞き覚えのある声がした。
「よぉボウズ!乗りぃや!」
「…
助手席の窓から運転席を覗き込むと私服の梅澤がハンドルを握っていた。盃都は安心して軽くため息が漏れた。梅澤に促されて後部座席に乗り込もうとドアを開けると、見知らぬ男が乗っていた。
「おばんです〜!」
「…どうも」
男を見て固まっている盃都に運転席で大笑いしている梅澤。状況が読めずに混乱する盃都だったが、笑われていることが腹立たしいくなってそのまま見知らぬ男を奥へ追いやって助手席の後ろに座った。ひとしきり笑った梅澤はゆっくりと車を出した。梅澤と隣の男が会話をしている中、盃都は横に座っている男を観察する。黒髪パーマ。天然だろうか。耳と首回りは綺麗に短く刈り上げられている。肌は梅澤とは逆に色白くややきめが細かい。あたりは陽が落ちて暗く、手元はよく見えないが、先ほどドアを開けて車内のライトが点灯した時は梅澤よりも手も色が白く爪はやや深爪気味に短く整え得られていた気がした。内勤でおそらくパソコンをよく使う人で、梅澤よりも若いだろう。先ほどから梅澤へ一方的に敬語を使っている。大阪出身の梅澤がこれほど親しく話す人物がこの町にいるだろうか。梅澤は仕事三昧で彼女を作ってもすぐにフラれると、以前松子に漏らしていた。と言うことは、この人は梅澤と同じ職場の人間だろうか。気になったが二人の会話が終わらないため、暗闇に光るわずかな街灯と満点の星空を眺めていた。すると、横の男から声がかかる。
「ごめんなさい、つい話し込んでしまって」
「いいんです、お仕事ですよね?一般人が聞いちゃいけない内容ならイヤホンするので教えてください」
「…………」
きょとんとした表情で顔を傾げる目の前の男。何かおかしいことでも言っただろうか。自分の言葉を脳内で再生するが、疑問を呈するようなことは見当たらない盃都。今度は盃都が首を傾げると、運転席の梅澤が笑いながら口を開く。
「ハハハ!な、鋭いボウズやろ?」
「凄い!どうしてわかったんですか!?僕が梅澤さんと同じ職場の人間だって!」
「……」
目の前で少年のような明るい顔ではしゃぐ男。なぜか自慢げな梅澤。同窓会で初対面の人間と話しまくって疲れたところに、最悪な人たちと出会ったかもしれない、と車に乗ったことを今更ながらに後悔した盃都。だが、今ここで降りるわけにもいかず、先ほど観察した様子をしょうがなく伝えた。二人は大層満足して、何故か盃都を連れてラーメン屋に向かった。
味噌ラーメンを注文する盃都とその男。梅澤は醤油ラーメン大盛り。そして味噌ラーメンを選んだ盃都に文句を垂れる梅澤。
「ラーメン言うたら醤油やろ!醤油を食べんかい!」
「いや、好きなの選べって言ったの梅澤さんですよね…ていうか、そろそろ紹介してくださいよ、誰ですか?この人は」
盃都は梅澤の隣に座り、自分と同じラーメンを注文した男を見た。その男は待ってましたと言わんばかりの顔で元気よく自己紹介を始めた。どうやら岩城という鑑識らしい。どうりで色が白いわけだ。仕事の話に移り、よくよく話を聞くと梅澤も警らを行う時もあれば刑事の日もあるらしい。田舎あるある、人手不足からくる抱き合わせの課ということだ。だから元刑事が田舎で制服を着てパトカーに乗っていたのだ。梅澤と出会った時のことを思い出した盃都は納得した。
ラーメンが運ばれて食べていると、岩城が梅澤に何やら耳打ちをした。梅澤はそのままゆっくり視線を上げて向かい側に座る盃都の方を向いた。だがその視線は盃都のもっと奥を見ていた。盃都は気になったが、岩城がわざわざ耳打ちをしたということは周囲にばれたくはない事なのかもしれない。そう思った盃都は梅澤と岩城の視線が交わる場所を正面の窓ガラスを見ながら探る。周囲は暗くなり、店内の明かりは窓ガラスが映し出す映像に鏡映反転をかけていた。
おそらくこの人だろう。二人の視線が交わった先にいたのはタイトなハイネックの袖が長いアンダーシャツに白いTシャツを着た男。元野球部や外で体を動かすブルーワーカーがやりそうな格好である。雰囲気的に学生ではないだろう。髪も金髪に染めている。短髪。その男はラーメンを食べ終わったのか、立ち上がってレジがあるこちら側へと向かってくる。盃都たちが座っているテーブルは入り口側のレジから5メートルほど離れた場所にある。
男はレジに向かい支払いをしている。その様子を横目で捉える盃都。盃都の横を通る時、男の腕が見えた。アンダーシャツで隠れてはいるが、あれは両腕手首までタトゥーが入っている腕だった。シャツで隠しているのだろう。この暑いのにハイネックということは、もしかしたら首にまでタトゥーがあるのかもしれない。上半身全部にあるのだろうか。だとすると、典型的なあっち界隈の人間である。あっち界隈といえば、先ほど同窓会の会場である女が言っていたことを思い出した。
“牡丹がある男と一緒にクラブから出てくるところを見た”“両腕にタトゥーがいっぱい入ってて、明らかにあっち側”
この田舎でタトゥーを入れてる人間は少ない。東京ならば最近はどういうわけか若い人が何の抵抗もなくタトゥーを入れている。だがここは東北の田舎町。そんなことをしたら老人社会の田舎ではまともな職に就くことはできない。やはりあっち界隈の人間だろう。心なしか、目の前でラーメンを啜る二人の表情が険しく、食べるスピードも上がっているように見えた。梅澤はスマホを見ているが、スマホの角度がおかしい。おそらくスマホで先ほどの男が向かった方向を探しているのだろう。
「黒いセダンですよ。入り口のすぐ横に止めてあったマジェスタ。ナンバーはすみません、覚えてません。先魁ナンバーではあったと思いますけど。あとナンバープレートの文字が緑色に光っています。今、右折して出て行きましたよ」
盃都の言葉を聞いた梅澤はすぐに立ち上がってスマホでどこかに電話しながら店の外へと出ていった。テーブルに岩城と残された盃都。岩城と梅澤の器にあった麺は消えている。自分の器を見ると麺どころか具材もまあまあ残っていた。急いで残りを食べようとすると岩城が盃都に声をかける。
「急がなくていいよ。梅澤さん、多分あの男を追ったわけじゃないから」
「……追わなくて大丈夫なんですか?」
「うん、盃都くんが車両情報を教えてくれたからね。今日の夜勤当番の人に連絡を入れて、オービスと監視カメラで追ってもらう手配をしてるんじゃないかな?」
「そうですか…でも、二人とももう完食してますし、早めに食べ終えた方がいいですよね」
「いやいや、あの人戻ってきたらチャーハンと餃子頼むんじゃないかな?」
「え???」
「いつも奢ってくれるんだよね、梅澤さん。外食して払わせてくれたことない。お金置いてってないから、多分戻ってきてまた食べる気だよ。大食いだから、あの人」
そう言ってニヤリと笑った岩城。奢ってもらう気満々なのか、岩城のいう通り本当に戻ってきて注文を追加するのか。盃都に真偽のほどはわからなかったが、急いで食べることに慣れていない盃都はお言葉に甘えてそのままのペースでラーメンを食べることにした。梅澤がなかなか戻ってこないが、その間も岩城は盃都に質問を投げ続けていた。
「どうしてわかったの?僕たちがあの男を追ってるって」
「…急に二人して同じ方向見るし、耳打ちしてたってことはバレたくないってことですよね?誰かを追ってるのかなと思って窓ガラス見たら背景が反射してたので何となく…」
「本当に凄いね、キミ…高校生とは思えない。将来の夢は刑事?それとも探偵?」
「いや…夢とかそういうのは特にないので…」
「もったいな〜…ていうか、え?高3でしょ?進路決まってないの?」
「…………」
「まじ?」
とんでもないものを眼にした表情で見つめられると流石に居た堪れなくなった盃都。だが、特に夢や目標がないのは事実だ。これはどしようもない。正直、稼げればなんでもい。だがじゃあどうやって稼ぐのかと問われると具体的な選択肢が見えてこないのだ。一人気まずくなりながらラーメンを食べていると梅澤が戻ってきた。梅澤は先ほど岩城が言った通り、チャーハンと餃子セットを注文した。本当にまだ食べると思っていなかった盃都は驚く。大盛りを食べた上で米も餃子も食べるとは。自分とは違う生き物を見ている気がしてきた。
「お前食べるのおっそ…」
「……梅澤さんは食べ過ぎじゃないですか?」
「お前が食べなすぎやねん。ほんまに高校生か?俺ら高校の時もっと食べとったで?なあ、岩城」
「どうすかね〜、まあでも、部活後はラーメン一杯じゃ足りなかったですね」
「せやろ?盃都、お前俺の餃子とチャーハン半分食べや?」
「遠慮しておきます、今度で」
「おもんないな〜」
「梅澤さんも30過ぎてるのにそんなに食べると太りますよ?」
ギクっと効果音が出そうなほど焦った反応をした梅澤。気にしていたのだろうか。余計なことを言ってしまったと今更ながら後悔していると、横に座っている岩城も何やら苦笑いをしている。岩城も30を過ぎているのだろう、そして体重も気にしているのだろう。30過ぎのおっさん二人を気まずい雰囲気にした罪悪感を背負いながら盃都は残りのラーメンを食べ切った。
車に戻って密室空間になった瞬間に盃都は尋ねる。
「さっきの男、何者ですか?」
「あー…」
濁そうとする梅澤。桜太の事件とは別件ということだろうか。では、この前家で話していた薬を売っているという危ない若者のうちの一人だろうか。この田舎町で薬絡みや、やんちゃなお兄さんたちが絡む事件はそう多くはない。
「藤田建設関係の容疑者ですか?」
盃都の唐突な言葉に共に後部座席に座る岩城が反射的に盃都の方を勢いよく向いた。梅澤は表情には出すまいと隠しているが、岩城のせいで台無しだ。だが盃都にとって岩城は警察の情報を引き出せるいい鍵となっていた。盃都は確信を持って口を開く。
「もしかしたら二年前の事件とその藤田建設絡みの事件、つながるかもしれませんよ?」
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