第2話
「ゃぅっ、なんでこんな実力者なんだよ……」
頭を揺さぶるように顎を蹴った反動で隣の兵士も踏みつけるように蹴って、倒れるその体に拳を乱雑に振り下ろす。
「痛い痛い痛い! ぐああぁなぜこんなに痛いのだ! だれか、いないか!!! うわあ! なんで、俺は、俺はこんなことに、助けて、くれ」
「えぇ?」
「助けて! 痛いんだ! 助けて! 助けて助けて助けてくれよぉ! 俺がなにをしたって言うんだ! あぁぁ! 痛い、痛い、あああ!!」
「人攫いが被害者に助けを求めるなどとは、無様なだけのはずなのになぜだか滑稽だね。貴方たちを助けるのは警官の仕事なので、僕はアンタ達が抵抗できないようにしかしないよ」
人を避けて通路を走るとどうもなにかのタンクを貯蔵しているようなところ抜けたあたりでT字に交差する角にいきつく。
側面の片方から機関銃を持った男が何人か追いかけてきたが、なにか「場所が悪い」と躊躇ったらしく発砲せずにナギサ殴られたことを起点に痛みを誤認されるマギオン術で悶えて呼吸すら激甚の痛みに変わった五感の変化に声もあげられずに転がる。
「痛みを叫ぶことができない。根性があれば喚いて仲間を呼べる。その程度の咄嗟の判断ができない時点でお前らは兵士の素質すらなかったからこんなに弱いってわけだ。仕事をクビになっておめでとう。いや、真面目にね? にしても――」
扉の小窓でそのさきに察しがついて、この平衡感覚の違和感が体調の不良でなく環境の不良であるとやっとわかった。
「……これ、船だったのか」
廊下の先にあったデッキから見える景色でここが海上と知り、ナギサが初めてここが船の中であり、とんでもないところに誘拐されたのだと理解した。
連続した銃声――! ……なんと彼の「消散」は間に合うが、「緩衝」の力が足りず、脚に人生で一度しか体験したことのない痛みが走る!
「…………!」
声が出ないが踏ん張ろうとすると、次に空間移動でいきなり斜め後ろに現れたスーツ姿の男がナギサの顔に銃口を向ける。
万事休す! ナギサは目を瞑ってしまう。が、男は発砲せずに動きを止めたナギサをひどく力強い眼光で注視しながら問いかける。
「エリクシールはどこに保管している」
「…………」
「もう一度質問する、お前はエリクシールをどこに保管している?」
当然それしかないと思っていたから知っていたが、ナギザからしてみたら自身の圧倒的優位を疑わずに尋問に入る兵士の態度には付け入る隙があるとして話しに応じる判断をさせる。
「保管? サンプルはもう切れてましてね」
「いいや、お前は大手建材開発のシルベスター社の会長との会談を予定していたはずだ。なら、既にお前の手元にはサンプルがないとならないはずなのにお前の部屋にサンプルは存在していなかった」
「……届いてないんですよ。僕はエーターナルの開発スタッフから送られてくるサンプルをもとに交渉を任されているだけで」
「どうやって届けたことがあるんだ?」
「どういう意味です? 流石にそういう手の内は明かせませんよ」
「死んででもか?」
男の持つ機関銃にかかるトリガーにわずか力が加わる。
「…………」
「我々はお前が荷物を受け取っていないのにサンプルを用意した場面を確認している」
「……どうやって?」
「監視されてないと思ったか? あんな危険物の取引を子供が任されているなんてありえない話だろう。なら、エリクシールの開発なんてものはお前の狂言として、本当はエリクシールをどこかで手にいれて、それを切り売りしているんじゃないか?」
男は自信満々なのか、薄ら笑いを浮かべる。ナギサにはそれがひどくつまらなく思えた。
「隠し場所、そうですね。それを説明するにはエリクシールの性質についての話なんですが、長くなるけど、いいですか?」
「続けろ」
許可が得たということで退屈なナギサは次の言葉を紡ぐ。
「エリクシールに錬金術を使うと、その質量に見合わない大量の物質を自在に生み出すことができて、その量に限界があっても、生み出せる物質が本当にどんな物質でも生み出せるかろ『夢の万能物質』と言われてる事になっていますよね?」
「あぁ、だがそれは遠い星から訪れた我々の祖先の古代文明にしか作り出せず、真偽はともかくいつの間にか枯れてしまったとされているな」
「それで、量に限界があるとはいえ、エリクシールから錬金術でなにかを生み出せば質量はエリクシールに対して巨大化できるんですよね」
「あぁ、そうらしいな」
「だからっ――――!」
ナギサの口から一本の棒が飛び出した。それにスーツの男は反応できなかった。ただ吐いた唾が飛んでいるのではない。巨大な質量を生み出して男を押し流しているのだ。
「なっ!」
強い力に押し流しされて海に叩きつけられる。強い力で海に落ちて、深く深く沈んでマギオン術でなんとか浮上して、呼吸を取り戻してから海に浮いている自分を押し出した塊と、自分の身体にまとわりついた素材が糸状のステンレスでできた金属スポンジのたわしと同じものであったことを理解する。
それが、船よりも巨大で、スカスカで水に浮かぶ。
たわしは巨大だがよじ登れば船まで戻れない距離じゃない。短距離にワープする空間移動にはいくつか条件がある。鍛えればいくらでも誤魔化せるそんな条件の内にどうしても誤魔化せない条件の内の1つが、ワープする前に質量に囲まれていると発動が困難になることと、ワープ先に密度のある質量多いと発動しないことだ。
故に空間移動を雨の日に行うことは極めて難しく、海に落ちたら使えなくなり、体中にへばりついたたわしで身動きがとれなくなる。
スーツの男としてはたわしから脱出するのは困難ではなかった。だが、なにか、ベタベタとした金属質を含む塗料が男の全身をテカテカにしている。
空間移動の阻害が目的だと判断した。そしてナギサのそれは見事に男の腕でも空間移動を不可能にしてしまう。
(勝ち筋が無い。はっきり言って標的を仕留めるには不意打ちしかなかった。そしてやつは俺を確実に殺せる状況であえて殺さなかった。余裕があると言い換えてもいい。なら、逃げるしかない)
男は船に戻らず海を泳いで帰還することを決めた。それが不可能であることを知りながら、
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