第4話 アナザースター現る

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 兵頭と進藤はマル被の三人のうちの一人である、池中信二巡査がスーパーオータニ江曽島店を出て行くところをトヨタのカムリの中で行動確認していた。


 栃木に来て、三日と少し。


 宇都宮市内なので餃子が有名だが、緊迫した捜査展開のため、車内で行動確認する以外はビジネスホテルに泊まり、ホテル内の喫茶店で食事を済ませる生活を送っていた。


 ちなみに進藤とは別室であるのが、兵頭にとっては幸いなことではあった。


 しかし、同時に進藤はこちらに知らせていない情報を公総に送っているのではないかと思えた。


 捜査においてバディは組んでいるとはいえ、しょせんは畑が違う。


 ましてや、相手はハムなのだ。


 秘密主義と非合法手段も厭わない連中であって、ジとは馬が合うはずがない。


「マル被は食品を購入後に拠点になっているアパートに戻るんですか?」


 兵頭は進藤にそう言って、ホットドッグを頬張る。


「教団の施設に身を寄せていないのが幸いですね?」


「えぇ、とても」


 そういう進藤が口を曲げて笑うのを兵頭は見逃さなかった。


 こいつ、何かするつもりだな?


 兵頭は警戒心を持って、この何をするか分からないバディを眺めていた。


「自炊でもしているんですかね?」


「池中の料理の腕は店を開けるほどだそうです。同じく逃亡をしている浜崎に岡野はさぞかし、豪勢な料理でも食べているんでしょう」


 そう言った進藤は、食べていたカレーパンの袋を後部座席に捨てる。


 俺たちはコンビニ飯だからなぁ?


 マル被が豪勢な食事をしていることに若干のジェラシーを抱きながらも、兵頭は「でっ、今日はどうします?」と聞いてみた。


「今日、ガサを行います」


 そう言った進藤に対して、兵頭は「急ですね。二人だけで、どこまでやれるか考え物ですが?」と精いっぱいの皮肉を吐く。


 それに対して進藤は「二人ではありません。突入と同時に応援の捜査員も銃を装備した状態で突入。容疑者三人を確保し、そのまま東京へと運びます。隠密捜査の性質上、栃木県警にもこの事態は知らせていません。つまりはこの三人を拉致するのです」と言って、カムリから降りた。


 それは非合法捜査そのものじゃないか?


 兵頭は異論を唱えようとしたが、すぐに進藤から「行きますよ」と言われ、兵頭は二個目に頬張っていた、コンビニで最近売り出されているカツ丼パンなる謎の新商品を車内に残して、進藤の後に付いて行った。


 すると、近くにバンが次々と止まり始めた。


「応援ですか?」


「数では上ですが、民間人もいるので銃撃戦は避けたいですね?」


 冗談じゃねぇぞ?


 アパートで銃撃戦なんて?


 兵頭がそう思う中でも、進藤は未だに尾行に気が付かない、池中に対して、見事な尾行テクニックで張り付く。


 公安捜査員のセンスとしてはこのような尾行を始めとする、行動確認をどれだけ対象に気が付かれないかがその捜査員の質を表す。


 同じ警察官相手にまったく気づかれずに尾行を続ける進藤は勉強が出来るだけではなく、実用的に仕事ができる人間だと兵頭は感じ取っていた。

 

 もっとも、三人のイヌがサッカンにしては鈍感すぎるとも思えるが?


 歩き続けて、十五分。


 近くのアパートに池中が入るのを確認した後に進藤は明かりを確認する。


「明かりは来る前から点いていた」


 そう言った後に進藤はアパートの敷地内に入る。


「兵頭さん、拳銃は携帯していますか?」


「一応はですね? もっともリボルバーですけど」


 進藤がオートマチックのH&KUSPを装備しているのに対して、兵頭は五発装填式のリボルバーであるS&WM360JSAKURAを装備していた。


 それは仕方ないとしても問題は射撃のセンスである。


 兵頭は柔道には腕があったが、射撃はからっきしダメな部類なのである。


 射撃センスは運動神経や遺伝とは関係なく、その個人に与えられた天性の素質によって、上手い下手が分かれると聞いてはいたが、自分はそのセンスとやらに恵まれなかったようだ。


 兵頭はそのようなことを考えながら、池中たちが潜伏する部屋のドアの前へと向かう。


 そして、進藤と目配りすると、進藤が部屋のインターホンを慣らす。


 すると、しばらくの間、沈黙が漂う。


「いますよね?」


「えぇ、そうですね?」


 そう言った後にドアに耳を当てると、ガラスが割れる音が聞こえた。


 あいつら、まさか・・・・・・


「進藤さん! 奴ら、裏から逃げるつもりです!」


 兵頭がそう言うと、進藤はポリスモードで「マル秘逃走、裏手へと向かえ!」と先ほどの応援部隊に連絡をする。


 すると、ドアから池中が現れ、SAKURAをこちらに向けてきた。


「撃つぞ! どけ!」


 そう言った、池中に対して、兵頭は一瞬だけ怯んだものの、進藤は冷静さを保ちながら、池中がSAKURAを持つ右手の手首を持つと小手返しで投げた。


「兵頭警部補、わっぱで拘束してもらえますか?」


 わっぱとは警察用語で手錠を表す言葉だ。


 兵頭はそれを池中の右手にかけて、アパートの配管に繋げる。


「残りの二人はどうだ?」


〈現在時、逃走中ですが、すぐに確保される模様。そちらは?〉


「こちらはマル被一名を確保、すぐに行動を起こせ!」


〈了解〉


 進藤たちがそのようなやり取りを行っている中で、兵頭は池中の身体検査をし、SAKURAとナイフを押収して、一安心したところだった。


 その瞬間、銃声が二発聞こえた。


「何だ?」


 兵頭がそう言うと、進藤はH&KUSPにサイレンサーらしきものを付けると、それを池中に向ける。


「なっ・・・・・・お前たちは俺をーー」


 池中がそう言うが、進藤はそれを意に介さずにトリガーを引いた。


「止めろ!」


 兵頭は進藤を止めようとしたが、池中は頭を撃たれ即死した。


「どういうことだ! 逮捕するんじゃないのか!」


 兵頭がそう言った後に進藤はそれに対し、意に介さない表情で「マル被一名の排除に成功」とポリスモードに話しかけた。


〈了解、こちらも二名の排除を成功した〉


「清掃犯の準備をお願いしたい」


〈了解〉


 そう言った、進藤は「ふぅ」と一息ついていた。


「お前!」


 兵頭が進藤の胸倉を掴むと進藤は「マル被三名は拳銃で自殺です」とだけ言った。


「最初から、これが狙いだったのか?」


 兵頭がそう言うと進藤は「容疑者死亡で書類送検するつもりです」と返してきた。


 さらに進藤は「我々としては好都合です」とまで言いのけた。


 それを聞いた兵頭は「人を殺して、その上で組織保全ですか? ジの俺がいたら、マスコミに垂れ流す可能性もあると思いますよ?」と言って、進藤を睨み据える。


「そうだとしても、マスコミには報道規制が敷かれています。あなた一人が告発しても握りつぶされるのがオチですよ?」


 マスコミまで一枚噛んでいたのか?


 兵頭はハムの闇の一端を見て軽いショックを覚えていた。


「業務に疲れたサッカン三人がそれを放り出して、逃避行先の宇都宮で自殺した。この発表なら警視庁内部のスパイの件も世間には知らされずに穏便な結果となるでしょう。叩かれはしますがね?」


 それを聞いた、兵頭は進藤に対して「何かの映画の冗談かと思っていたが、ハムがまさか本当に人殺しまでするとはな?」と自分でも分かるほどに怒気を孕んだ声音で進藤に問い詰める。


「言っておきますが、このことは他言無用です。マスコミはあなたを無視するでしょうけど、仮にそうすれば、あなたは警察を去るか、左遷されるかのどちらかですよ?」


 怒りを覚えている兵頭を尻目に進藤は「さぁ、いよいよ栃木県警の出番です、私たちはさっさっと東京に戻りましょう」とだけ言って、何事もなかったかのようにアパートの外へと出て行く。


「待てよ」


「何です? 事件は解決したでしょう?」


「解決なんてしているものかよ! 人が死んでいるんだぞ!」


「だから何です? 大事なのは犯罪者の死よりも警視庁に汚点が残らないことです」


 そう言った進藤に対して、兵頭は「ふざけるな!」と大声を挙げた。


 それに対して、進藤は「これがジとハムの違いですよ。兵頭警部補」とだけ言った。


「早くしないと、事情聴取されます。あなたが大声も出しましたし、早く出ましょう」


 そう言う進藤に対して、憤りが消えない兵頭ではあったが栃木県警に見つかれば、自分が殺人事件に関与したと疑われることは明白だったので、進藤に従うことにした。


 こんなことに俺は駆り出されたのか?


 確かに捜査一課が一人でも出張れば、刑事事件の案件として処理されるだろうが、まさか、警察が人を殺す瞬間を見ることになるとは・・・・・・


 腐ってやがる。


 上層部の思惑に疑念を抱きつつも、それに対して、反論をするほどの材料や非常識な勇気を持てない自分を兵頭はこの時、恥じていた。


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 雨が降る中、亜門は神田にある喫茶店へと向かっていた。


 久光瑠奈と待ち合わせをしていたからだ。


「亜門君、また、遅刻だよ」


 喫茶店に入って、早々に瑠奈はそう言った。


「似合わないよ、それ」


 亜門がスーツを着ているのを見て、瑠奈は鼻で笑っていた。


「今日は監察官聴取だったんだよ」


 亜門はそう言いながら、席へと座る。


「・・・・・・佐藤さんを撃ったから?」


 そう言う瑠奈の顔は悲しげだった。


「うん、撃った」


「・・・・・・逮捕は出来なかったんだね?」


「万が一、拘留している最中にキメラになったら、多くの警察官が殺される事態になる。僕はそのことも踏まえて、射殺という手段をーー」


「本当はマスターと本郷さんを殺されたことが理由でしょう?」


 瑠奈がその大きな目で亜門を射るように見つめる。


「・・・・・・そうだよ、あんな奴が僕の大好きだった、店長や本郷さんを殺して喫茶店も壊した。奴の動機はくだらない理由だったよ。あそこを壊せば僕が大学に帰属意識を持たざるを得ないと盲信して、あんなことをしたんだ・・・・・・」


 亜門はそう言った後に瑠奈の顔から目を背けた。


 その大きな瞳はどこか人としての正しさを問うているように思えたからだ。


「私もあの時に喫茶店にいたんだ」


 それを聞いた亜門は絶句した。


「そうなの・・・・・・」


「公安の人たちに助けられたけどね?」


 瑠奈がそう言うと、亜門は「教団は徹底的に瑠奈を狙ってきているな」とだけ言った。


「うん・・・・・・」

 

 そこから沈黙が流れる。


「佐藤さんはどうして、教団に入ったんだろう?」


 先に口を開いたのは瑠奈だった。


「心が弱かったんじゃない? あいつは常に誰かと一緒にいないと不安になるし、恋愛中毒で有名だったから・・・・・・」


「そこに教団が近づいてきたんだね?」


「調べてみたら、若者を中心に教団への入信者が増えていたんだ。最近の事件でその流れは変わり始めているけど、未だに信者には若者や社会に不満を持った中年たちも多くいるらしい」


「人は頼る存在が無ければ、生きていけないという典型例ね」


「そのすがるべきところが犯罪結社であったとしても関係無いのかな? 僕はそれが疑問に思えるんだけどな?」


「関係無いんでしょう? それでいて、教団は身寄りがいなかったり、家庭や会社に学校でも居場所が無い信者に対して、疑似家族のように振る舞っていたって聞いたことあるけど・・・・・・だからこそ、そこが犯罪結社でも居心地がよかったんじゃない?」


「人の良心っていうのを疑いたくなるよ。社会正義よりも自分の居場所を優先するほどに人間は弱い生き物なんだって、思う度にさぁ・・・・・・」


 亜門がそう言うと、瑠奈は「正義なんて簡単に口にする人間は軽蔑するけど、誰もが良心について感じたことがあるなら、あの教団の異端さに気が付くはずだけどね?」と言って、コーヒーにスプーンを入れ、回し始める。


 そして、そのコーヒーを飲み始める。


 ブラックだった。


「ウチの大学も異端だと思うけど・・・・・・」


「何で?」


「言っていいのかなぁ・・・・・・」


「言えば? 自分から振ったんだし」


 そう言われた、亜門は水を口に含む。


「僕に対して、鍵付きのXで延々と誹謗中傷を続けていたり、すれ違いざまに暴言を吐いたり、ひどいときは殴る蹴るのいじめを仕掛けてくるけど、学校の教授や生徒たちはそんなことをする連中に何も言わなかった。たとえ、僕に非があるとしても、僕に対して、大学の多くの生徒たちが行ったことは十分に非人道的だと思うよ。もっとも、それを間違っていると、堂々と口に出せば、そいつも村八分になるし、そんな連中が学生の大半を占めているならば、学校の経営にも打撃を受ける。あの大学自体が良心を捨てて、非人道的なことが平気で出来る奴らを信任して、僕を見殺しにしようとしているんだよ」


 亜門がそう言いながら、水を飲むと「異端というより、姑息な人たちね? ていうか、暇人・・・・・・バイトしろよ」と言って、瑠奈はため息を吐く。


「一度、わざわざ講義の時に隣に座った学生が僕にわざとスマホの画面でその画像を見せてきたから、その存在を確信したよ」


「そんなのは無視すればいいじゃない? どうせ、学内の狭い繋がりで誰も注目しない薄暗いところで亜門君の悪口を乗せているんでしょう? 世間には漏れることは無いんだから、何の影響もないじゃない?」


 それを聞いた亜門は「まぁ、そりゃあ、そうだけど・・・・・・」とぼんやりとした答えを返した。


「随分と長く、早口で捲し立てていたけど、要するに、そいつらの考えと違うことを言うと、村八分にされちゃうんでしょう? ついでに言えば、亜門君が地味に優秀で、その上で大学やそいつらに反抗的だから、そいつらはそれが気に入らないんでしょう?」


 瑠奈はそう言って、ブラックコーヒーを飲み続ける。


「本当に自分の大学が嫌いなんだね?」


「あの完全アウェーの大学には戻りたくない」


 亜門がそう項垂れると瑠奈は「そう言えば、メシアいないね?」と話を変えて来た。


「聴取受けているよ。僕のことを弁護する前に監察にメシアドライブを没収されたからね?」


「でも、クビになれば戦わなくていいじゃない?」


「佐藤を撃ち殺した瞬間が動画に取られていたんだよ」


「動画は警視庁が消したんでしょう?」


 瑠奈はケーキを頬張る。


 モンブランだ。


「警視庁がメディアに情報統制をかけて、佐藤を撃った瞬間を写さないように通達している。動画も削除しているけど、もうネットに拡散しているから無駄だね?」


 そう言うと、瑠奈は眉間に皺を寄せる。


「人を殺したのに随分と冷静ね?」


 瑠奈は熱いコーヒーを慎重に飲み続けていた。


 どうやら猫舌のようだ。


「そのことなんだけど・・・・・・」


 亜門が口を開く。


「何?」


「・・・・・・警視庁はあの事件に関して、僕の広範的な正当防衛を認めたんだ」


 瑠奈のモンブランを食べる手を止めた。


「それは・・・・・・成立するのは警察官を守るためで、確かに理屈としては分かるけど、いいの? 亜門君は戦っても?」


 亜門は瑠奈の大きな目を見つめた。


「店長や本郷さんを殺したキメラと教団は許せない。たとえ、どんなに恵まれない環境にいたとしても何も罪を犯していない人を殺すのは間違っている」


 瑠奈は大きな目を亜門に向ける。


「復讐をするつもりなんだね?」


「あぁ」


 気が付けば、外では雷が鳴っていた。


 外は大雨だ。


「分かった」


 そう言って、瑠奈は「すいませーん」と店主に声をかける。


「コーヒーお代わり」


「はい」


 そう言って、店主は下がる


「おごりよ」


「ブラック?」


「うん」


「・・・・・・甘いのがいいな?」


 二度目の雷が外で鳴っていた。


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「そうか、一場亜門には広範的な正当防衛が認められたか? 総監が助け舟を出したんだろうな。動画もすぐに削除される。もっとも、面は割れていないからその辺も考慮されるさ?」


 五十嵐徹は池袋の公総の所有する、別室と呼ばれる、ダミー会社のデスクで総務部人事一課監察係に所属する後輩から、一場亜門の処遇について聞いていた。

 

 一場亜門が監察聴取を受ける一方で、ここ最近は警察内部のイヌを公総と監察が探し教団のイヌがいる事態を公にしたくない上層部の意向を受けて、刑事事件として扱うために捜査一課にいる兵頭が自分の部下である進藤千奈美と共に犯人を追いかけていた。

 

 その結果、警視庁にとっては都合のよい被疑者死亡という形で終わって、事件も終決した。


 これならば、警察の業務に適合することが出来なかった警察官三人が拳銃を持ち出し、集団自殺をしたと発表すればいい。


 そうすれば、警視庁やサッチョウに教団のイヌがいるという事実は伏せられる。


「キャリアにイヌがいるとは思いたくありません」


 部下の菅原がそう言う。


「警察は入ってからが勝負の実力至上主義の組織だが、一応は公務員だ。無能だったり、いい具合に腐った奴を淘汰することが出来ないのが現状さ」

 

 五十嵐はビルの中にある、上座の席に座っていた。

 

 早く昇進して、別室で一人の時間を過ごしたいな?


 警視庁では全ての部門に警視庁に相対す形で皇居と国会議事堂を見下ろせる別室と呼ばれる、各部屋の幹部の個室と受付が設けられている。


 五十嵐はまだ警部階級で係長なので、現場に出ることもあり、別室は与えられていない。


 早く、国会を見下ろすぐらいに出世したいものだ。


 五十嵐がそうぼんやりと思考していると「一場亜門に対して、総監が介入しますか?」と菅原が問いかけてきた。


 現実に戻った五十嵐は「言ったろ? 広範的な正当防衛で片付けるって?」とだけ言った。


「それとな?」


「はい」


 菅原が直立不動で答える。


「新型がソルブスユニットにロールアウトされるそうだ」


「本当ですか?」


「あぁ、コードネームは今のところは不明だが、レインズ社が警視庁に対して、メシアに続く、二号機をレンタルするそうだ」


 それを聞いた、菅原は「はぁ・・・・・・」とバツの悪そうな表情を見せる。


「二号機なんて、よくこんな短期間で開発できましたね?」


「メシアと同時期に設計と開発がされたんだよ」


 五十嵐はタバコを吸いたい気分になっていたが、一応は禁煙のため、苛立ちを覚えていた。


「装着者は誰になるんですかね?」


「また、民間人を引っ張り出すのは勘弁願いたいな?」


「そうですね?」


 五十嵐はため息を吐く。


 タバコが吸いたい。


 そのことで頭がいっぱいだった。


「それと、また問題があるんだ」


「何です?」


「レインズ社から社員が一人、警視庁に派遣されるそうだ」


 そう言った、五十嵐に対して、菅原は「揉めそうですね? 警視庁にアメリカの軍需産業から圧力をかけられるとなると?」と言いながら禁煙ガムを五十嵐に差し出す。


「お前、ムカつくな?」


「いえ」


 五十嵐はとりあえず、ポケットにそれをしまった。


「レインズ社は兵器の開発だけではなく、PMCの事業も行っていて、世界各地の紛争地に傭兵を送りこんでいる画期的な大企業だからな? アメリカ政府が日本に武器を売りつけたい事情と相まって、世界の警察官でなくなった米軍の代わりに同盟国の日本の警察を最新鋭ソルブスの実験場に選んだということさ」


「そこに都合良く、教団関連の事件が起きたということですね?」


「教団関連の事件は平成の頃からCIAが興味を抱いていたがな?」


 一九九五年当時に東京で、教団による毒ガスや爆弾を使ったテロが起きた時にCIAは教団に関する調査を始めた。


 それによると、当時、ソ連崩壊のごたごたで財政状況が厳しかった、ロシアが日本の政財界に支援を求めていたという事実が浮かび上がった。


 しかし、それらは次々と断られていた。


 そこに教団が出資を決めたのだ。


 その結果として、教団はロシアのラジオ局を買収して、信徒を拡大し、モスクワ市郊外に教団によるユートピアの建設を進める計画をぶち上げ、当時のロシア政府から支援を受けた教団は徐々に武装化を進めることとなったとされている。


 そして、信者の訓練や小火器、攻撃用ヘリに戦車や潜水艦などの兵器購入に対して、当時におけるロシアの大物政治家やマフィアなどが教団の支援に関与していたとある。


「CIAが教団の一連の事件に興味を持っているのはロシアが行った過去の行動がある一方で、一連の事件の背景には謎の世界的犯罪者である、アツシ・サイトウなる人物の正体を暴きたい狙いがあるんだろう。教団の事件の背後に絡んでいるからな?」


「世界の大国であるアメリカもその背景があるから、教団の事件に関心を持っているということですね?」


「本来であれば、日本の内政問題だが、背景には世界的犯罪者がいるからな。それらもあって、警視庁に民間とはいえ、強力な組織の社員を送り込むのさ」


 五十嵐がそう言うと、菅原は「民間軍事会社がソルブスを始めとする大規模な兵器を運用するのはかなり危険ではないでしょうか?」と問いかけてきた。


「何故だ?」


「かつて、南アフリカにエグゼクティブ・アウトカムズという民間軍事会社がありましたが、航空戦力に戦車や輸送機まで揃えて、文字通りの民間軍隊を持ったがゆえにクーデターを恐れた政府に解体されたと聞いています」


「当時はアパルトヘイト政策が廃止されて、軍縮が行われていたからな。結果的に優秀な軍人が揃って、金もあったんだろう」


 五十嵐がそう言うと、菅原は「何故、そんな会社をアメリカは認めているんです?」と聞いてきた。


「都合が良いからだろう。アメリカは建前上、世界の警察官は出来ないし、シェール革命で石油のために中東への関与をする必要もなくなった。しかし、その一方でロシアや中国が中東への関与を強める事態も避けたい考えがある。そのジレンマを解消するために民間の企業が金儲けのために私的な戦争を行っているならアメリカ国民は何も言わない。傭兵は戦争においては戦死者にカウントされないからな?」


「つまり、アメリカは世界の警察官を続けるためにあえて、そのような会社を容認しているいうことですか?」


「大儀と目的の無い戦争に正規軍を派遣すれば政権の支持率は下がるだけさ。現にこの三十年、特に第五次中東戦争でイランと激しくぶつかって、多数の死者が出た末にどちらが勝ったか分からない決着に陥った出口の見えない戦争を経験したことにより、世論は積極的に米軍を展開することを良しとしなくなった。それによって、アメリカは中東への正規軍の派兵を削減して、テロ掃討用の小規模編成に変えた。表向きはロシアと中国の中東への関与が強まったように見えるが、アメリカは司令官クラスだけを残して、レインズ社の部隊を派遣しているのが現状さ。これならば世論など関係なく、堂々と間接的に世界の警察官を行える」


 五十嵐の話を聞いた菅原は「そんな戦争屋がウチに来るんですか?」と言った。


「何らかの圧力がソルブスユニットにかかるのはともかく、俺たちにも変な圧力がかからなければいいけどな?」


「CIAの介入ですか?」


「向こうの諜報機関は基本的に当事国の捜査の邪魔はしないことを前提としているから、今のところ、俺たちが教団を追うが、事態が進めばアメリカも黙っていないだろう」


 五十嵐がそう言うと菅原は「胃が痛くなってきた」と言い出した。


「坊ちゃんだな? お前は?」


「トイレ行ってきます」


 そう言って、デスクを出た菅原に「いってらっしゃい」と言った、五十嵐は天を仰いだ。


 レインズ社から社員が来ることになれば、警視庁もアメリカの意向を与しなければいけなくなるだろう。


 それをソルブスユニットがどう対処するだろうか?


 そう考えながら、外を見ると雨が降り始めていた。


 傘を持ってきてなかったな?


 天気予報が外れたことが恨めしかった。


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 翌日の朝、亜門が大手町にあるソルブスユニット分庁舎へ向かうと浮田と中道が出迎えた。


「良かったな、残れて?」


「射殺の瞬間がネット上に流失した時はひやひやしたよ」


 そう言う二人に対して「そうは言っても、もう拡散しているから、何らかの形で影響は出るでしょう?」と返した。


「上層部もお前の面が割れないようにかなり工面しているそうだ」


「しかし、ネットが発達した時代だ、どこかからお前の面が割れるは分からない。口は堅くしろよ」


 そう言った二人と亜門の間に沈黙が流れる。


 しかし、それも一瞬で「よく戻って来た。メシアもお前に会いたがっているよ」と中道が亜門の肩を叩く。


「そうですか・・・・・・」


「・・・・・・隊員との間にしこりがあるのが気になるか?」


 浮田がそう言うと亜門は「高久警部補と島川巡査部長はまだ、怒っていますか?」と聞いた。


「まぁ、あの人はSATにいたから容疑者を射殺することの意味は分かっているはずだがな?」


「警察の特殊部隊って犯人の逮捕と人質の救出が最大の任務って聞きましけど?」


 亜門がそう言うと、小野が現れ、手元にあるスマートフォンからメシアがうんちくを垂れる。


「SATは爆発物を装備したテロリストの存在を懸念して、マル被の脳髄を撃って、機能停止にすることを優先して、人質の安全を確保すると言う方針だ。諸外国とは若干の違いがあるがどちらかと言えば、軍隊の特殊部隊に近い性質を持っている」


 小野とメシアは亜門を出迎えてくれた。


「俺が恋しかっただろう?」


「それはいいけど、何で警察がそんなゴリゴリの軍隊式の特殊部隊を持っているんだよ?」


「創設当初は自衛隊の治安出動に高いハードルがあったからだろう。例えばテロが起きた時も自衛隊の出動には大きなハードルがある。そこで、すぐに出動できる警察内部に軍隊式の特殊部隊があることで機動的な対応というのが出来るのさ?」


 メシアに実態があれば今の説明でどや顔の一つでもしているだろうなと亜門には思えて仕方なかった。


「要するに自衛隊が出たら大変だから警察で全て片付けようってことだろう?」


「政府が現行の警察力でテロに対する対処が不可能と判断した場合は自衛隊の治安維持出動は可能だが、警察の方がよりスピーディーに対処できる」


「まぁ、いいや。ここでお前のうんちくを聞いていても話にならない。休憩室に行こう」


 そう言って亜門を含む形で小野、メシア、浮田、中道が休憩室に入る。


「ところで、今日はレインズ社から社員が一人来るんだろう?」


 メシアがそう言うと、小野は「えぇ、新型機を持ってね?」とだけ言った。


「何です、それ?」


 亜門がそう言うと小野は「人員が増えればあなたの負担は減るわよ?」とだけ言った。


 聞いていないぞ、そんなこと?


 亜門は手に汗が滲むのを感じていた。


 すると、小野に対して、庶務の警察官がやって来て、小野に耳打ちをする。


「おいでなすったようね?」


 耳打ちをする必要があったのだろうか?


 亜門がそう思っていると小野は「じゃあ、みんな、存分に語らってちょうだい」と言って、休憩室を出て行った。


「明らかに・・・・・・何て会社だったけ?」


「お前、世界的な大企業だぞ?」


 亜門とメシアがそのような掛け合いを行っていると浮田が「問題は装着者が警察内部で見つかるかどうかだな?」と言って、自販機からコーヒーを取り出す。


「メシアがお前を選んだのも謎だが、正直言って、また民間人に適合者が出たら、ヒーヒーモンだぜ?」


 中道はそのような軽口を叩く。


 まるで、僕がここにいるのがイレギュラーであるかのような言い方だな?


 そういえば、聞いていなかったな? 


「メシア?」


「何だ?」


「何で、僕を選んだの?」


 亜門がそう聞くと、メシアは「はっ!」と笑い出した。


「それは機密事項だ、現にお前は俺との関係を認めている。今となってはそんなものはどうとでもないだろう?」


「・・・・・・教えろよ」


「機密事項だと言っている」


 亜門はメシアのいるスマートフォンを叩きつけたい気分に襲われていた。


「それ以前に民間人が装着者であることを何で、上層部が容認しているかが謎だよな?」


「同感」


 浮田と中道がそのようなやり取りを行っていると、休憩室にスーツ姿の白人の男が小野と共に現れた。


「何だ?」


 浮田と中道が警戒心を表す中で小野は流暢な英語で白人の男と話し出す。


 亜門は英語が苦手なので、何を話しているかは分からなかったが白人の男の左手にアタッシュケースが手錠で繋がれていたことには気が付いた。


「一場特務巡査」


 小野に珍しく、階級で呼ばれた亜門は思わず「はい!」と裏返った声を出してしまった。


「こちらはレインズ社のマイク・シフォンさん。日本語は話せるから、コミュニケーションは問題ないわ」


 小野がそう言うと、シフォンという白人の男はこちらに近寄り「君がメシアに選ばれた民間人か?」と流暢な日本語で問いかけてきた。


「えぇ、まぁ・・・・・・」


 亜門がそう言うと、シフォンは英語でメシアに何かを語りかけていた。


 メシアもそれに対して、英語で返していたが、亜門にはまったく理解できなかった。


「一場特務巡査、幸運を祈るよ」


 そう言って、シフォンと小野は休憩室を出て行った。


「メシア、さっき、あの人はなんて言っていたの?」


「お前には期待しているそうだ」


 それを聞いた亜門だったが、どうにもあのアメリカ人のことは好きにはなれなかった。


 何故だろう。


 あの人の笑いを見ると不安な気持ちになる。


 だが、亜門はすぐにそれが自分の勘違いであろうと思い始めた。


 亜門はそう自分に言い聞かせて、自販機で微糖のコーヒーを買った。


「コーヒーばかり飲んでいると、腹痛めるぞ」


「英気を養っているんだよ」


 そのようなやり取りが行われている、ソルブスユニット分庁舎の休憩室は平和なものだった。


「飯どうする?」


 メシアが亜門にそう声をかける。


「お前は食えないだろう?」


「おい、おい、まだ朝なのにもう飯の話しかよ?」


 浮田と中道がそれらに加わる。


「この辺は物価が高いからな?」


「ビジネスマンの街だしな? マックある?」


 そのような牧歌的なやり取りを行いながら、亜門はコーヒーを飲み続けた。


 もう、ホットコーヒーの季節かな?


 亜門はそう感じながらも、小野とシフォンの話し合いの行方が気になって、仕方なかった。


51


「警視庁が彼を起用する理由はアメリカ政府も認知しています」


 東部訛りの英語でそう語るシフォンに対して、小野は全く、日本語訛りの無い、ネイティブ顔負けの発音での英語で応対した。


「あら、民間人が軍用兵器を使うのはご法度じゃない?」


「普通だったら極刑ですね」


 そう言う、シフォンはニヤリと笑みを浮かべる。


「しかし、彼の不手際によって、犯人を射殺する瞬間がネットに投稿されました。各メディアやネットで警視庁の対応が非難されていますね?」


「『テロリストとはいえ、無抵抗の犯人を射殺した、警察官の正体を突き止めろ』ね? 各メディアが彼を警察官と扱っている時点では問題は無いわ。それに彼の面は割れていないから現時点では大学生がアルバイトで警視庁に勤務しているなんて想像がつかないみたいね?」


「我々としては都合がいい」


 シフォンが青い目でこちらを見つめる。


「彼が民間の大学生と報じられていない時点で、警視庁の対応は間違っていないということよ。もっとも、どこから彼の正体に関する情報が露見するかは分からないから、警戒は続けないとね?」


「気にならないんですか?」


「何が?」


「民間人に軍用兵器を使わせ続ける上層部の意向とやらが?」


「そんなことを聞いても、あなたが教えてくれるとは思えないわ?」


 そう言った、小野は椅子から立ちあがった。


「まぁ、今の私が憂慮しているのは仮に正体が露見した、一場特務巡査がバッシングを受けたり、襲撃を受けるなり、それらも含めて、将来に影響を受けたりしないかが問題ね?」


 そう言った、小野に対して、シフォンは「ヒューマニズムにも程がありますね?」とだけ言った。


「同感」


 小野が自分でも分かるほどに意味の無い、苦笑いを浮かべる。


「問題は上層部が容認しているとはいえ、未熟な民間人にメシアを装着させた結果、日本国民にソルブスシステムへの疑念を抱かせることです」


「警備部長もこの事件を受けて、すぐに私を怒鳴りつけてきたわ。上層部に私の更迭とユニットの解散を打診しているらしい。十分にソルブスが日本にも必要な事例が起きているにもかかわらずに?」


 シフォン相手には言わなかったが、ついでに言えば小野は警備部長の小川に対して、悪しき官僚の典型例だと言いたいぐらいの気分を抱いていた。


 しかも、悪いことに変に理屈をこねるのが上手いから、絶対に自分たちの非を認めようとはしないのだ。


 はっきり言って、奴らは自分たちに正義があると考えて、ソルブスユニットを悪として全力で潰すつもりなのだろう。


 ユニット最大の後ろ盾の総監は屁理屈をこねて、徹底的に自分たちを潰しにかかろうとする、小川に対して、何らかの対策を実行しようとしているらしい。


 だが、その小川は警視庁内のソルブス不要論者から支持を集めているらしい。


 要するに事態はソルブス容認派の総監と不要論者の小川一派の権力闘争の様相も呈しているように思えた。


 そのようなことを考えながらも、小野は亜門の処遇に対しては「警視庁は全力で彼を守るわ」と言い切った。


「アメリカ政府も彼を守るつもりです」


 そう言った、シフォンに対して、小野は「あら、そう?」と言って髪をかき分ける。


「ただ、日本人は若者に甘すぎるというのは、本当の話しらしいですね?」


 シフォンがそう言うと、小野は「若者だけではないわ。日本人には甘えという特殊な精神構造があるもの」と言い切った。


「とにかく、彼の正体の露見だけは避けてください」


「大学生が警備活動に従事しているなんて知られたら、彼は大学に戻れなくなって、ユニットも解散ね?」


「えぇ、おまけに射殺の瞬間を撮られましたからね?」


 そう言った、シフォンは左手の手錠を外し、アタッシュケースを取り出した。


「これが二号機ね?」


「我々はレイザドライブと呼んでいます」


「レイザ・・・・・・」


 若干の違和感があり、意味が分からないコードネームを聞いた小野はシフォンがアタッシュケースの中身を取り出すのを眺めた。


「装備は大型ブレイドとベレッタM92の二種類のみです」


「装備が少ないのね?」


「その分機動力を重視しています」


 シフォンがそう言って、レイザドライブを構成するスマートフォンとスマートウォッチを取り出した。


「初めまして、小野特務警視正」


 レイザドライブから発せられた声は女の物だった。


「AIに性別はあるのかしら?」


「原則はありませんが、そこは企業秘密です」


 シフォンがそう言うと、レイザは「日本の警察に適合者がいるかどうかは分かりませんが、出来る限り、選別していきたいと思います」と礼儀正しく答えた。


「メシアとは違って、礼儀正しいのね?」


「あのAIは無礼で知られていますが、私は彼とは違います」


 AIがライバル心まで抱いている?


 そう思うと、若干はこのレイザがかわいいなとは思えたが、すぐに話を本題に戻し「あなたの装備が異常に少ないのが気になるんだけど?」と聞いてみた。


「その分、機動力を重視しています、大型ブレイドは相手の懐に入って切るためにあります。あの無礼なメシアよりも速いですよ」


 AIがAIにライバル心を抱く時代になったか?


 妙に人間臭い、機械たちがウチの部隊に次々と来るな?

 

 そう思った小野は「あなたの装備と特性はよく分かったわ。あとは装着者ね?」と意識して柔らかに答えた。


「では、早速、隊員たちを呼んでください」


 そうシフォンが言うと、小野は「随分と急ね?」とだけ言った。


「未熟な大学生に軍用兵器を扱わせるのはいささか不安なので?」


 シフォンがそう答えると、小野は内線を繋いだ。


「あっ、高久警部補? ユニットの全隊員をミーティングルームに集めてくれる?」


 そう電話した、小野の向こうでは狼狽する高久の声音が聞こえた。


 その光景をシフォンは青い目でただ眺めていた。


52


〈投降したテロリストを警視庁ソルブスユニットの隊員が射殺した事件においてーー〉


〈このテロリストは都内私立大学に通う佐藤玲於奈容疑者、二十歳で、教団に入信した後に改造手術を受け戦闘員となりーー〉


〈警視庁は隊員の対応に問題は無かったとして、今後も首都東京と都民を守るために全力を尽くすとしています〉


 小野から重大な話があると言われて、ミーティングルームに一人で出向いた亜門はメシアドライブを介して、テレビのネット配信のニュース番組を眺めていると自分が佐藤玲於奈を射殺したことが、かなり大問題になっていることを亜門は知覚した。


 テレビを見ると、頭がおかしくなりそうだ・・・・・・


 そう思いながら、テレビのネット配信を見るのを止め、試しに自分の名前でネット検索をかけてみた。


 しかし、自分のことは何も書かれていなかった。


 元々、フェイスブックやXにインスタグラムを一切やらないのだ。


 ネットにおいて自分の情報は限りなく少ないものだろうなと亜門は安堵を覚えていた。


「身元は割れていないとはいえ、完全に世間を敵に回したな?」


「メシア~、僕、鬱になりそうだよ」


「よっ、噂の人物」


「・・・・・・やっぱり、警察官を殺したからって、無抵抗のあいつを殺すのはまずかったかな?」


「アメリカでは無抵抗の犯人を射殺した警察官が裁判にかけられた例があるからな? 民衆はそれに怒りを覚えて、警察に対して抗議デモを起こした経緯がある。現に今、テレビでやっているだろう?」


 メシアにそう言われて、テレビのネット配信を再び眺めると、警視庁前に亜門が行った、射殺行為に講義する人々がデモを行っていた。


〈人殺しを庇う、警視庁を許すな!〉


〈人殺し!〉


〈犯罪者だからって、射殺していいのか!〉


 そのデモの様子を眺めて、亜門はテーブルで項垂れた。


「・・・・・・だって、逮捕できないじゃん?」


「まぁ、逮捕してもキメラ化したら手錠が壊されるか、留置場で殺人が始まるかだろうが、抗議を行う連中にはそのような事情など分からないだろうな。感情の赴くままにただ、騒ぐだけが特技な連中さ。さらに言えば事実など無視して、騒ぐことに満足しているのさ?」


 メシアはそう言うと「お前も鬱状態になるなら、エゴサーチなんかするな?」と亜門を叱責する。


「まさか、世間が僕のことをここまで敵視するなんて・・・・・・」


 そう言う亜門に対して、メシアは「だが、まだお前が民間人であることには大半の人間が気づいていない。面が割れていないのも僥倖だが、大半は正体が割れていないお前を警察官だと勘違いしている」と亜門を励ましてくれた。


「佐藤は大学で人気があったから、学生連中が警察に復讐を考えないか心配だよ?」


 亜門がそう言うと、メシアは「そこまでバカなのか? お前の大学の生徒は?」と呆れたと言わんばかりの声音を出す。


「大学の偉い先生は三十年以上前の自衛隊再編計画の時に反戦デモを大々的にやっていたらしいし、学生も三流大学所属の自覚がなくて、自分たちは頭が良いと思っていて、島国根性丸出しさ? それゆえに身内意識と反体制的な考えで警視庁に何かしらの反抗心を抱くと思うよ。相手は犯罪者なのにね?」


「まぁ、面が割れていない時点でお前は警察官だ。もし、民間人を戦わせているとなると大問題だが、大衆というのは盲目的なものさ。大半はお前が警察官だと思っている。それならば、お前のやった行動もある程度、正当化されるし、大学に戻っても誰も知らないんだから、しらばくれればいい」


 メシアがそう助言するが、亜門はテーブルに項垂れた。


「そうであることを願うよ」


 そう言って、数分はぼーとしていた亜門だが、浮田や中道がミーティングルームに現れた。


「早いな、亜門」


「お前、そういうところは偉いよな?」


「まぁ・・・・・・あざっす」


 結構、早くに着いたんだろうな?


 それから十数分後に高久、島川、宇佐の三人もやって来た。


 そして、最後に隊長の小野と先ほど会った、シフォンがやって来た。


「みんなをここに呼んだのはこれから二号機である、レイザドライブの装着者を決めるからよ」


 小野がそう言うと、やって来た隊員たちが騒めきだす。


「隊長」


「何? 浮田君?」


「もし、警察内に装着者がいなかったら、どうすればいいですか?」


「そうだとしても、私はそこにいる不良AIと違うので、ユニットの警察官を中心に装着者を選ばせてもらいます」


 女の声がスマートフォンとスマートウォッチから聞こえる。


「レイザか、ついに実戦配備されたとはな?」


 そう言うメシアの声音は若干、曇ったものだった。


「あなたのような不良AIの後始末のためにわざわざ私は極東の島国に来日したの。民間人の学生を装着者に選ぶなんて、血迷ったの?」


「うるさい、さっさと装着者を選べ!」


 そう言う、メシアはいつもに比べて、若干苛立っているようだった。


「メシア、あのAIと知り合いなの?」


「・・・・・・テスト段階で俺にシュミレーションで、何度も勝った奴だ」


 それを聞いた瞬間にミーティングルームがどよめく。


「メシアよりも強いソルブスか?」


 宇佐がそう口を開くと、メシアは「しかも、それを鼻にかけて、俺に挑戦的な態度を取る」と不機嫌な声音を吐く。


 島川は「そうなると、ガーディアンがますます価値の無い物になりそうだな?」と怪訝そうな顔を浮かべていた。


「そんな雑談はともかく!」


 小野はそう言うと、わざとらしく咳ばらいを始める。


「レイザ、この中に装着者はーー」


「います」


 レイザがそう言うと同時に隊員たちは色めきだった。


「誰だ! 誰なんだ!」


「俺だろ?」


 隊員たちが必死にラブコールをする中で、レイザはしばしの沈黙を保った数十秒後に「宇佐巡査に私を装着してもらいたいです」と愛の告白よろしく告げた。


 それを聞いた、浮田と中道はひどく落胆する。


 この二人はオペレーターのはずだが?


「何だと? ウサチャンが最新鋭機を使うのか!」


「お前・・・・・・何か、賄賂でも渡したんじゃないか?」


 そう言って、悔しさを滲ませる、高久と島川に対して無言を貫き通した、宇佐はレイザドライブを取るために小野に近づく。


「一場」


 宇佐が珍しく、亜門に声をかける。


「・・・・・・何でしょう?」


「俺が最新鋭機を受領したんだ、今すぐにメシアドライブを返還して学生に戻れ」


 そう言った宇佐に対して、小野は「無理よ、メシアが抜けると戦力が大幅にダウンするもの。しかも、彼の処遇に関しては上層部も容認しているわ」と亜門の擁護に回った。


「しかし、隊長! このまま民間人を作戦に投入し続ければ、この前のような事件が起きて、その結果として国民はソルブスユニット自体に不信感を抱きかねません!」


「警視庁も彼をかばいきれないれないですよ!」


 高久と島川は宇佐の擁護に回る。


「ということだ、一場、もう学生に戻れ。お前は必要無い」


 そう言われた亜門は宇佐を睨みつけたが、小野がすぐに「それは上が決めることだから。それを鑑みて、宇佐巡査?」と声をかける。


「黙って、受領しなさい」


 そう言われた、宇佐は無言でレイザドライブを小野から受け取る。


「俺の考えは伝えた。分かるな?」


「・・・・・・僕だって、好きで批難されているわけじゃないですよ」


 そう言った、亜門に対して高久が「無抵抗の敵を射殺したからだろう、お前が悪い」と言い出す。


「止めなさい」


 小野がそう言うと、島川が「あれは、あいつの失態ですよ。訓練を受けた警察官だったら、自制心が働いて、あんな真似しないはずです」とまくし立てる。


「もう済んだことだから、いいでしょう?」


「しかし!」


 高久がそう大声を上げるが、小野はそれを制して「とにかく、レイザは宇佐巡査が使い、実戦に投入する。以上、各自解散!」と言って、小野や高久、島川、宇佐は部屋を出て行った。


「まぁ、自制心と言えば自制心の問題だが?」


「捕まえたらどうなるか分からないって、言っても分からない人が多いからな?」


 浮田と中道が亜門の前に立つ。


「亜門?」


「何です?」


「後でカツ丼奢ろうか?」


「富士そばだけどな?」


 そう言う二人は笑顔だった。


「・・・・・・いただきます」


 亜門がそう言うと、二人は亜門の肩を叩く。


「じゃあ、仕事終わりな?」


「あんまり期待するなよ? 俺たち、給料が安いからな?」


 そう言って、二人は部屋を出た。


 一人になった、亜門は再び、メシアドライブでテレビを見始めた。


「だから、エゴサーチは止めろ」


「こいつら、何も知らないくせに」


「だから、見るなって?」


 一度も会ったことのない、ワイドショーの司会者が自分のことを非難するのを亜門は苦々しい気分で眺めていた。


53


 公安部が根城としている警視庁庁舎一三階から一五階において、五十嵐は公安総務部課長である日高勝警視正と相対していた。


「LAWSが日本国内にやってくると?」


「そうだ、中国製の『紅的虎』が日本国内に半グレ組織である、邪神会の協力を得て、教団残党に売りつけられたことを外事二課が掴んだそうだ。あの国は欧米の倫理的価値感を徹底的に無視して、無人型の歩兵部隊を開発、運用して、今じゃあ、LAWSの運用に関しては、米軍をはるかに超える規模と技術力を持っているからな?」


 LAWS(Lethal Autonomous Weapon Systems )というのは戦場における無人機による攻撃が活発となった二五年以上前にその存在が提唱をされた。   


 その性質は兵士をロボットに置き換え、司令官もAIで指揮をするという物であった。


 この利点は生身の人間が戦場に出ないということであり、自軍の兵士から犠牲者を出すことは無いというものであったが、AIによる敵味方の識別や国際人道法、国際人権法を順守することが出来るかという問題が欧米諸国には広がっていた。


 その一方で、中国においては共産党の一党独裁が続いていることと覇権国家を目指す動きからこのような世界の懸念を無視して、LAWSの開発に成功。


 今では、同国人民解放軍の歩兵兵力の大半はソルブスを装備した歩兵かLAWSのどちらかであるという現状なのだ。


 ソルブスはアメリカも開発をし、その分野をリードしているが、中国はその一方でソルブス開発と並行して、LAWSの開発を行い、今ではソルブスをアメリカがLAWSを中国がという形で、それぞれ世界一の部隊を保有、運用をしているというのが今の世界における現状だ。


「紅的虎と言えば、中国製LAWSの最新鋭機ですが、それが日本国内に運ばれたということは、まさか、中国が日本相手に本格的に開戦をするということですか?」


 五十嵐がそう言うと、日高は「中国自体が行ったわけではない。あくまで邪神会と人民解放軍一勢力が教団に売りつけて、それがテロに使われるという建前だ」と前置きをし始めた。


「日本に送る貨物船にバラバラにした状態で紛れ込ませて、輸入したというのが中国政府の主張だ。教団は中国マネーを手に入れるのが目的で、中国の狙いは日本の都市部でLAWSを使い、それに対して、ソルブスユニットが出撃して戦わせることにある」


 なるほど、日本の警視庁のテロ対策とやらを確かめる狙いがあるのか?


 一勢力とはいえ、軍と半グレがつるむなんて、こいつらは本当の悪党だなと五十嵐は感じた。


 邪神会は中国系の暴走族グループである。


 中国残留孤児を中心としたグループは他の半グレグループや暴力団とも共闘関係を結び、時には対立もし、抗争を行うことが出来るほどの規模にあるとされている。

 

 東京都内や関東一帯にグループを形成しているが、吉林省や黒竜江省などの東北圏のグループや上海系のグループなど中国人同士のグループの違いがあり、親の出身地区や利権によって、半グレ同士で対立し、抗争を繰り広げることもよく知られた話だ。

 

 特に邪神会は本国の人民解放軍とも通じることができ、今回のLAWS入国という事案にも大きく関わっていることが考えられた。

 

 悪い上に商才に長け、知能犯でもあるというのが悪質なところだな?


 五十嵐は唾を吐きたい気分に陥っていた。


「確かにLAWSは作るのが容易ですし、テロリストに譲渡することも考えられますが、何故、人民解放軍の一勢力が行ったと分かったのですか?」


「中国政府から人民解放軍の一勢力が邪神会と共謀して紅的虎を日本国内に潜入させ、それを教団に売りつけて、市街地でテロを起こすようだと大使館ルートで外務省に通達が来た。事前に通告して、テロ防止に協力する体を装えば、日中関係の改善にも影響せずに日本の警視庁に配備された実験部隊の実力も知りたい狙いも達成される。ようするに日中関係を害さない形で日本のソルブス部隊の実力を知りたいということさ?」


 茶番だな。


 結局、中国政府は日本と仲良くしたいと言いながら、一方で軍の装備を日本に送りこんで、こんな実力テストをするのだ。


 しかも、よりによって反社や新興宗教団体相手に兵器を売るなど・・・・・・


 さらに日本政府もそれを黙認するとはな?


「そのLAWSを中国から購入したのは表向きは邪神会及び、教団連中になっているが、外事二課の捜査では中国本国や世界的な犯罪結社が背景にいると考えられている」


「アツシ・サイトウが中国とも関係していると?」


「さぁな? だが、FBIやCIAもこの事案に興味を示しているがな?」


 日高はため息を吐いた。


「アメリカの捜査当局は当事国の捜査機関の捜査権を優先して、事案にノータッチするのが慣例だ。今回、公総はLAWSを購入した教団を追うが、外事二課は引き続き、マル被の邪神会を泳がせるそうだ」


「ここ最近は例のお坊ちゃんの失態で警視庁の信頼はがた落ちですからね?」


 五十嵐は天を仰ぐ。


「小川は早速、鼻息荒く、ソルブスユニットの解体に向けて仲間を募り始めている」


 日高がそう言うと五十嵐は「事件を解決してきた連中への功罪があるとすれば、その功の部分を徹底的に無視した態度ですね?」と返した。


「何だ? お前はユニット推進派か?」


「いえ、小川が嫌いなだけです」


 そう答えた五十嵐に対して、日高は「同感だ」とだけ答えた。


 その後に日高は「ソルブスユニットにも出動してもらうが、確実にLAWSがあるという証拠が取れなければ出動しても遠出の遠足で終わるだろう。とにかく、捜査の進展を待ってから、奴らに連絡する」とだけ言った。


 それを聞いた五十嵐は「はい」とだけ言った。

 

 教団と実質的なチャイニーズマフィアが手を組むか?


 それこそが金になれば薬物や殺人に手を出す、本物の悪どもの恐ろしさだなと五十嵐には感じ取れた。


 そう考えれば、コンビニでたむろって、タバコを吸っている茶髪の兄ちゃんたちの方がまだ善人に見えるな?


「部長からは情報収集をした上で泳がせて、ソルブスユニットの戦闘でケリを付けるという考えを伝達された。ここ最近はユニットの連中に非難が集中しているから総監はその方向で解決を目指している、期待を裏切るなよ」


 そう言った日高は「以上だ。戻れ」とだけ言った。


「失礼します」


 犯罪を未然に防ぐハムがソルブスユニットのお膳立てで犯罪者をあえて逮捕しないか?


 どこか、やるせない気分の中で五十嵐はデスクへと戻って行った。


 外は大雨と強風が吹き荒れており、五十嵐は帰りの足はタクシーで帰ろうかどうかを考え始めていた。


54


 富士そばで浮田と中道にカツ丼を奢ってもらった帰りに亜門は重大な事態に際していた。


 強風と大雨の影響でJR中央線の運転が止まってしまったのだ。


「メシア、この場合の最速ルートは?」


 浮田と中道は車でソルブスユニット庁舎に通勤しているため、亜門にカツ丼を奢った後に帰ってしまった。


 亜門の住んでいるアパートは高円寺だが、あの二人は神奈川と千葉に住んでいるため、亜門を送ることは困難だったからだ。


「ダメだな。高円寺は中央線の急行か各停の一本のルートだけだ。自転車で行くか? それとも歩いていくか?」


「この大雨の中を?」


 亜門はそう言うと、続けざまに「大体、警察官なら非常事態が起きた時に最寄りに住んでいるとかそういう規則があるだろう?」と神奈川と千葉に帰った、浮田と中道に文句を垂れた。


「お前、カツ丼を奢ってもらって文句を言うなよ」


「いや、東京が管轄なのに管轄外の地区に住んでいるって、おかしいだろう?」


「警視庁の警察官の大半は東京都内に住んでいないのさ。大体が神奈川、千葉、埼玉にマイホームを構えている。原則としては管轄内から三十分以内の地区でないといけないとされているが、ほとんどが都心には住んでいないのさ?」


「何で、東京に住まないんだろう?」


「警察官は給料が低いが公務員だから金も借りやすいしな、入庁して年月が経てば家を建てるのが目標の奴もいるぐらいだ。もっとも、官舎住まいが一番安上がりで済むがな」


「そう言えば、浮田さんは家買ったとか、富士そばで自慢話していたな?」


 そう言って、雨の中の神田の街をとぼとぼと歩いていると「タクシーは学生の資金では絶対に手を出せない」と亜門は呟く。


 メシアは「だろうな、貧乏学生」と短く切り捨てた。


 その一言を聞いた亜門はメシアに実体があれば、殴りかかっていただろうが、それを堪えて「黙れ、本当のことを言うんじゃない」とだけ言った。


「諦めて、ユニットの庁舎に泊まりこんだらどうだ?」


 そう言ったメシアに対して「いや、僕は家に帰る」と亜門は意地を張り続けることにした。


「だが、電車は止まっている」


「かといって、歩くわけにはいかないだろう?」


「自転車を使えばいいじゃないか?」


「大雨だと絶対に怪我する」


 そう言いながら神田の商店街を歩くと、東京都の条例では違反されているはずの客引きが「キャバいかがすか?」などとビラを配ってくるがそれは無視した。


 どだい、キャバクラに行く金があれば、タクシーに乗って家に帰るのだ。


 無視をして神田駅前に歩いて電車の運転状況を確認した。


「無駄だ。当面復旧はしない」


「・・・・・・うわ~」


 亜門がそう項垂れていると車のクラクションが鳴り響いた。


 それを聞いて振り向くと緑色のトヨタパッソが近づいてきた。


 運転席には久光瑠奈が乗っていた。


 亜門の目の前にパッソを横付けすると瑠奈は運転席のウィンドウを開いた。


「お困りかな? 亜門君?」


 そう言った瑠奈に対して、亜門は「運転免許あったんだね?」と返した。


「まぁ、パパの車を無断で借りてきたんだけどね?」


 瑠奈はそう亜門にウィンクした。


「警視庁という巨大組織のトップがこんな質素な車をマイカーにするのか? 久光総監は中々、日本式の帝王学を心得ているな?」


 メシアがそう言うと瑠奈は「パパはあまりお金かけない人だから」とだけ言った。


「ところで、どうして車で来たの?」


 亜門がそう聞くと瑠奈は「都心をドライブしたい気分になったんだけど、途中で迷える子羊のような亜門君に出くわしたから、救いの手を差し伸べただけだよ?」と言って、助手席のドアを開けた。


「・・・・・・高円寺までの道分かる?」


「えぇ~」


「何か、不満かよ?」


「その辺まで行くと私の帰りが遅くなるんだよな~」


 そう言って意地悪く笑い出す、瑠奈に対して亜門は「頼む! 高円寺まで乗っけてってください!」と頭を下げた。


「・・・・・・何を買ってくれる?」


「貧乏学生だったら払える範囲内の食べ物!」


 亜門がそう言うと「じゃあ、銀だこ」と瑠奈は簡潔に述べた。


「・・・・・・庶民的だな?」


「交渉成立ね、早く乗って」


 そう急かされた亜門は瑠奈の座る運転席の隣の助手席に座った。


 新車特有のどこか香しいゴムの臭いが辺りに充満する。


「高円寺ね?」


「あのさぁ、一ついいかな?」


「何?」


「瑠奈は自動運転とかしないの?」


 二〇四〇年の現在において、車の運転は自動運転が主流であり、空を飛ぶ車両も開発されて、現に今この場でも、映画のブレードランナーのように空を車が飛行しているのが二〇四〇年における車社会の在り方である。


 そんな自動運転と飛行運転が主流の日本社会において人間による運転は万が一の時の緊急措置の場合に行うのがベターだ。


 一応は事故への対処などの観点から免許の習得は義務付けられているが、瑠奈は最初からレベルワンに当たる自力での運転をしていることに亜門は驚愕した。


「自分で運転するのが好きなの」


 そう言って瑠奈はギアチェンジをし、アクセルを静かに踏んで亜門を乗せたパッソを乗せて、神田の街を走り出した。


「ここから、高円寺までのルートを教えて」


〈かしこまりました〉


 パッソに搭載されたAIが高円寺までの道を案内してくれる。


「しかし、今日は大雨で視界が見えにくいな?」


 瑠奈が楽しそうに運転しながら、そう言うと亜門は「頼むから事故を起こさないでくれよ」とだけ言った。


「私は運転上手いから?」


「そういう過信が事故を引き起こすんだぞ」


 メシアがそう言うと、瑠奈は「何か、二人ともお巡りさんみたいになって来たね?」と言い出した。


 それを聞いた亜門は「染まり出したとは考えたくないな?」と言って、雨が降る神田の街を眺めていた。


「音楽をかけて」


〈かしこまりました〉


 AIがそう言うと、バレエのドン・キホーテのテーマが流れた。


「随分とインテリな選曲だな?」


「うん、バレエは見る分には好きなんだけどね?」


 そのような会話をしていると車は神田の街を離れていった。


 亜門は「寝ていい?」と瑠奈に聞くが「ダメって言ったら、どうする?」と言う返事が返ってきた。


「寝る!」


 そう言って、亜門は助手席で眠りこけ始めた。


「人のことをタクシー扱いするんじゃない!」


 そう言って、瑠奈は亜門の脇腹をつねり始めたがメシアは「前を見て、運転しろよ!」と注意した。


 そこから寝ようとするたび、瑠奈に脇腹をつねられることの繰り返しだった。


 その後は瑠奈と他愛のない会話を続けて、時間を潰し、車は高円寺へと向かって行った。


「雨は良いよね?」


「何で?」


 亜門がそう疑念を口にすると、瑠奈は「雨が降る時は大体、私にとって良いことが起きるんだ」とだけ言った。


「主観の相違だな?」


 亜門がそう言うと、瑠奈は「雨は嫌い?」と聞いてきた。


「嫌いではないけど鬱陶しく感じることがある」


 亜門が正直に打ち明けると、瑠奈は「あぁ、それは分かるかな?」と言ってハンドルを操作する。


 時刻は気が付けば二十時を超えていた。


「家の門限は無いの?」


「今日はパパ、帰り遅いから?」


「あぁ、それならばな?」


 そう言った後にも会話は断続的に続いていたが、亜門は雨の中の東京の景色を眺めるばかりだった。


 そのような不遜な態度を取る亜門に対して、瑠奈は適当に話しかけるだけだった。


 時刻が二十時を超える中で、パッソは二人と一体を乗せて、雨降る中で高円寺へと向かっていた。


55


「警視庁庁舎から、その気になれば歩いて向かえるのはいいですね?」


 前日に大雨が降った後の朝早くに小野は隊長室で公総の五十嵐徹を出迎えていた。


 小野がふんぞり返る執務用の椅子の隣では、シフォンが五十嵐に対して懐疑的な目線を向けていた。


「まぁ、一場君は毎回、自転車で登庁するけどね?」


「それは健康的ですね。昨日は大雨でしたが、それでも自転車で?」


「いいえ、総監の娘さんの車に乗って帰ったらしいわ。自転車はここに置いてね?」


 それを聞いた五十嵐は苦虫を噛み潰したような表情で「総監の娘があんな三流大学生と・・・・・・あまり想像したくない組み合わせですね?」と言い放った。


「単に馬が合うんでしょう?」


 そう言って、小野は執務用の椅子から応接用のソファへと座って行った。


「ところで、今日はユニットの整備班が騒がしいようですが?」


「メシアが新装備の設計図を整備班の主任である中岸さんにデータで送りこんだのよ。昨日の深夜の出来事だから、整備班は朝からこの装備の設計図をどう運用するかを朝から議論しているわ」


 それを聞いた、五十嵐は口笛を吹いた。


「ちなみに設計図の内容を大まかに教えてもらえますか?」


「ツインブレイドという大型の剣を二つ装備するそうよ」


「メシアにはスペック上、鉄も切れる日本刀があるでしょう?」


 五十嵐がそう言ったと同時に隣に立つシフォンが「ツインブレイドは大型の戦艦も切れる文字通り大型の剣です。日本刀の方はあくまで白兵戦用ですから」と重い口を開いた。


「戦艦まで敵にすることを想定している?」


 五十嵐は「はは」と笑い出した。


「昨日の時点でロールアウトされた、レイザも大型ブレイドという強大な兵器を切ることを対象とした装備をしています」


「確か、そのレイザっていう女のAIはメシアを敵視しているそうですね?」


 五十嵐がそう言って、シフォンを眺めると、当人は「何で、そのことを部外者が知っているんです?」と睨み据えた。


「知ららなくても良いことをぺらぺらと話す奴が多い証拠ですね?」


 そう言った五十嵐は「茶菓子の一つもないんですか?」と小野に聞いてきた。


「今は無いけど、私たちは子どもじゃないんだから必要ないでしょう?」


「ふ~ん? まぁ、今日僕が来たことで重大な何かが起きることは分かりますね?」


 そう言った、五十嵐はソファから立ち上がった。


「何、重大な出来事って?」


「近頃、ハムの方で大きな組織を追っていますが、それが教団とつるんで悪さをしていると言いましょうか? 近々、ユニットのみなさんには遠出の出動がサッチョウの清本長官から下命されるでしょう」


 そう言った五十嵐はカバンを持って隊長室を出ようとした。


「秘匿事項に厳しい公安マンにしては随分とおしゃべりね? 今日のあなたは?」


「まぁ、重要な情報は伏せていますから。あなたたちは我々が捜査した後に戦うのが仕事です」


 そう言った五十嵐は「では、私はこれで」と言って、手を振りながら隊長室を後にした。


「追っている組織ですか?」


「えぇ、気になるけど、何も情報が無い中ではどう動いても意味は無いと思えるわ?」


 そう言った小野は深いため息を吐いて応接室のソファに座った。


「隊長は寝ていらっしゃいますか?」


「まぁ、時間が少ないのは確かね?」


「暇だからと言って、居眠りはしないでくださいね?」


 そう言われた小野は眠気覚ましのために本部から届いたビの電子資料を眺めることにした。


 眠さから自身の資料を読むスピードが遅く感じることが小野を苛立たせていた。


56


「ツインブレイド?」


「そうだ、戦艦や戦車も切れるほどにデカイ対艦刀の設計図を昨日、お前が寝ている間に技官の中岸に送りこんだのさ」


 昨日、レイザが宇佐を選んだ後にメシアは自分が眠っている間にそんなことをしていたらしい。


 そして、今日は上機嫌なのか、メシアは自身が存在するスマートフォンから、何かしらのフリージャズをかけていた。


 亜門はそれを止めるように何度も進言してはいた。


 しかし、メシアは「気分的にフリージャズなのさ」と言って聞かずに結果的に休憩室にフリージャズの音楽が鳴り響いていた。


「中岸さんも深夜遅くに設計図を送られて、大層、迷惑だろうに」


「そういうお前は夜、お嬢ちゃんにアパートまで車で送ってもらった後に一人で銭湯に行った後に部屋で読書だと? 極めて勿体無い!」


「何だよ、瑠奈にはアパートに送ってもらっただけだよ!」


 そう言った亜門に対して、メシアは「家に連れ込むなり、なんなりあるだろう! それをお前は一人で銭湯に行き、部屋で読書などけしからん!」


「瑠奈に手を出したら国家権力を敵に回すから!」


 そう言って、メシアの発言を煙に巻くと、休憩室に中岸が息を切らしながら入って来た。


 恐らく、走って来たのだろう。


「一場特務巡査! そのくそAIと話ししたい!」


 それを聞いた亜門は「えっ? いいですけど?」と言って、メシアドライブを渡した。


「お前! 昨日の深夜に設計図を送るとか、俺たちに寝るなと言っているのか!」


 そう言って、メシアドライブに唾を飛ばしながら怒鳴る中岸に対してメシアは「すまんな。急に思いついたからな。それと日本とアメリカの時差感覚を間違えて、あんたが寝ている間に送りこんでしまった。申し訳ない」と明らかに形だけの謝罪をした。


「設計図はみんなでデータ共有しているが、開発を行うには大規模な工廠じゃないと出来ないぞ」


「それはアメリカのレインズ社で完成させた後に米軍の横田基地に輸送機で空輸するらしい。とりあえず横田に置いてもらって、戦闘中に換装する時は無人機にツインブレイドを装着して、俺が無人機を誘導しつつ換装を行う」


 それを聞いた中岸が一瞬黙ると、メシアは続けて「レインズ社にもすでに設計図は送った。運よくアメリカは全員が起きている時間帯だったから、担当の技術者とも連絡はした。早急に組み立てを始めるとのことだ」と言い放った。


「レインズ社って、シカゴにあるんだろう? 現地時間で何時ぐらいだよ?」


 亜門が口を開くと、メシアは「お前が寝ている時間帯だから、朝から昼にかけてだな」と返してきた。


 それを聞いていた中岸は「レインズ社が作るならいいんだが、情報は俺たち、整備班にも回せよ」と怒気を孕んだ声音を出していた。


「分かった、分かった。今度は日本時間を考えて送るよ」


「それと、一つ聞きたい」


「何だ?」


「レイザが大型ブレイドを装備している中で、お前が対艦刀を設計するなんて猿真似に等しくないか?」


 そう言った中岸に対して、メシアは冷静に「ここまでの戦闘は銃撃戦が多いが、将来的には大規模なマシンを相手にした戦闘を想定しての俺の判断だ。何とでも言え」と返した。


「まぁ、いい。お前が何を考えているかなんて俺たちには知らないし、分からないからな?」


 そう言って、休憩室を出ようとする中岸は「あんがとさん」と言って、メシアドライブを亜門に手渡した。


「正直に言って、レイザの影響だろう?」


「まぁ、白兵戦を強化しても機動力の差があるが、あれはキメラ以外の大きなメカを想定して設計したんだ。実際にいつ使われるなんて、俺でも予測できない」


 そう言った、メシアはフリージャズを流し続けていた。


「いい加減切れよ、うるさい」


「察してくれ、俺は今、暴力的な気分だ」


 亜門はフリージャズの不規則なリズムが鳴り響く中で休憩室にある液晶テレビの電源を付けた。


 昼間のワイドショーでは東京で起きた殺人事件が報じられていたが、亜門はそれをまともに見ることなく、机に伏せていた。


 寝るのは一瞬だった。


57


 平日の午後を迎えた秋葉原の昭和通りにある裏通りは警察車両と大勢の警察官に野次馬でごった返していた。


 野次馬には多くの若者やオタクたちがいて、スマートフォンで現場の撮影をしていた。


 兵頭は警視庁庁舎からタクシーに乗って、秋葉原の昭和通りへとやって来た。


「お疲れ様です」


 これまで肋骨骨折で入院していた、石上は気が付けば現場に復帰していた。


「ガイシャの身元は?」


「白山裕、秋葉原の古書店の店主ですが、かなり曰くつきの人物です」


「どんな?」


「若者たちに中東へのテロ組織に参加させるための渡航支援や犯罪者の高飛びを仲介するブローカーですね?」


「ここ最近はハムが出てくるような事件ばかりだな? 何か、テロ関連じゃない殺人事件は起きないのか?」


 石上は「まぁ、現に人が死んでいるんだから、事件に大きいや小さいは無いっすよ」と言って、鑑識の安西から写真を受け取る。


「何でも、VXを後ろから覆い被されたそうです」


「あれか? 昔の北朝鮮の委員長殿が自分の兄貴を殺した時に使った物だろう?」


 神経剤によるテロは教団が世界で初めて行ったことで知られているが、二一世紀に入って、戦場や要人の暗殺でもその存在が使われることが多くなっていた。


 その上で教団以外で有名な神経剤を使ったテロとして、今、現在は韓国と統一したかつての北朝鮮の金正恩が命令をして、兄の金正男をマレーシアのセパンでインドネシ人とベトナム人の女二人を使って、暗殺を実行した際に注目された代物だ。


 そのような物騒な代物が使われたのだから、相手は間違いなく堅気ではないなと兵頭には思えた。


「こんな物騒な代物が使われるぐらいだから、マル被は絶対に堅気じゃないな?」


 兵頭が石上にそう言うと「おう、来ていたか?」という声が聞こえてきた。


 そこには公総の五十嵐徹が部下を引き連れて、現場に臨場していた。


「やはり、プロがこの事件に絡んでいるのか?」


 兵頭はなぜか、冷静に五十嵐の訪問を受け入れていた。


「さぁな。ただ、神経剤は素人を雇っても使えるからな。確か、周辺にいた無関係の奴も病院に運ばれたんだろう?」


 監視カメラの映像から白山が昭和通りを歩いている間に殺されたということが判明している。


 そして、目撃者を始め、昭和通りのこの裏通りを歩いていたり、店や会社を開いている人々たちが身体の不調を訴え始めていたのだ。


 この事実から白山がこの昭和通りで、殺されたのは紛れもない事実であることは明らかだった。


「お前らの調べでは、どこが絡んでいるか分かるか?」


 兵頭がダメ元で、五十嵐にそう問うと、案の定「俺たちがそんなことを話せるわけがないだろう?」とだけ言った。


「だろうな?」


「もっとも、公総がこうして臨場しているんだ。それだけでも、サーチワンセレクトのお前なら、ある程度は察しがつくだろう?」


 サーチワンセレクト(Search One Select)とは警視庁本部の捜査一課に勤務しているデカに与えられるバッジに記されている称号である。


 警視庁のデカにとってはこの称号は憧れであり、この称号を貰った瞬間に自尊心が奮い立つデカが多いのも事実だ。


「公総がこの案件に関わっているってことは、教団絡みであることは明白だな?」


「連中は平成七年に神経剤を使ったテロを起こしているからな。しかし、今の教団にそれだけの技量や度胸があると思うか?」


 そう言った、五十嵐に対して、兵頭は「あんな怪物を作るような一線を越えた連中だ。そのぐらいの蛮行にも出るだろうさ?」と吐き捨てるように言い放った。


「そう考えるのが普通だろうな?」


「まるで、何かが裏にいるかのような言いぶりだな?」


「何だ? 刑事のカンか?」


 五十嵐は鼻で笑い出した。


「お前はカンが良くて、変に人の心が読める。捜査においては優秀だが、それゆえに出世できないのが分からんのか?」


「警部補に昇進するのも大変なんですよ、警部殿?」


 兵頭は皮肉の意味も込めて、敬語を話した。


 もっとも、階級的に考えれば、これが普通なのだが?


「まぁ、一課にも何らかの形で手柄を割り与えてやるよ」


 そう言った、五十嵐は何処かへと消えて行った。


「五十嵐さんですか?」


 石上が兵頭の隣に立つ。


「あぁ?」


「確か、総監やサッチョウの長官とも面識があるんですよね?」


「あいつは若い頃から変に偉い人からモテたからな?」


 兵頭と石上は規制線の外に出た。


「行くぞ、俺たちは出番があるまでは動けないさ」


「あればいいですけどね、出番なんて?」


 二人は歩いて、捜査本部のある万世橋警察署へと向かって行った。


 冬の寒さがだんだん、身体に痛く感じるように兵頭は感じた。


58


「外事二課はすでに蛇神会のトップである、陳明峰をマークしているそうです」


 本部庁舎のデスクに戻った五十嵐は菅原から報告を受けた。


「まだ、泳がせるつもりか、あいつら?」


「一網打尽は公安部の伝統ですからね?」


 そう言った菅原は続けて「別件では傷害事件と覚せい剤の不正輸出に特殊詐欺を行っていました。これらをしょぴいて、ここからLAWSの存在についても聴取する方針です」と報告を続けた。


「ウチの方でも外事二課の連中と繋がるような情報が手に入ったからな?」


「ちゃんと寝ています?」


 菅原がそう言うと、五十嵐は「その一網打尽という公安部の伝統を果たすために俺は粉骨砕身するぐらいの気持ちで職務に励んでいるのさ」とだけ言った。


「まさか、陳明峰と教団の正当なる後継者と呼ばれている塚田弘樹の出身高校が一緒だったとは驚きですね?」


 陳明峰とかつて最盛期にあった神格教の教祖である、塚田伸樹の長男である弘樹が高校時代に一緒のクラスで未だに親交があるという情報が公総の調査で分かっていた。


 この二人の高校は全日制と同じ日程をこなす、通信制の高校で二人は卒業後も連んでいたことが確認されている。


「卒業後もその仲は続いていて、かたや陳は裏社会で出世街道をひた走り、塚田弘樹は早明大学の経済学部を卒業。卒業後に教団に属していましたが、同人は先のグリン大学のテロで幹部の大半が逮捕されたのを機に連中の主流派であるシャイニングの事実上のトップとして担がれ、今はその信者たちが収めるお布施で贅沢三昧と来ています」


「陳が経営しているキャバクラにも年中入り浸っているみたいだからな?」


 そう言葉を返した後に五十嵐は「確か、別件で引っ張ると言っていたな?」と菅原に問いかける。


「はい。傷害に関しては勘違いした東京都の職員が図に乗って蛇神会の面々と酒を飲んで、その間に起きた酔って飲んでの暴行事件と、邪神会と敵対する別の半グレグループのメンバーへの襲撃事件で陳の配下にいる連中をしょぴくそうです」


「いわゆる、兵糧攻めだな?」


「塚田はどうします?」


「奴は教団の後継者で、しかも、商才があるインテリだ。外事二課の捜査方針にもよるがここは陳との接触の瞬間を抑えて、殺人ほう助や、生物兵器禁止法に銃刀法違反など様々な容疑で逮捕するつもりだが、今となっては世間様による、教団のバッシングが強いからな。奴らが暴走する前に何らかの対処は必要だな?」


 五十嵐はそう言った後に菅原は「陳と一緒にいたところを捉えるとなると、その場合は任意での事情聴取となるでしょうね?」と述べた。


「まぁ、外事二課とは折り合いが悪いが、瀬戸部長に頼んで何とかセッティングさせてもらうように掛け合ってみるか?」


 そう言った五十嵐に対して、菅原は「そしたら、大捕り物ですね?」とだけ言った。


「問題はLAWSの詳細な情報だ。これがもし、日本国内、特に市街地などで起動し始めたら、どんな大惨事が起こるかは想定もしたくないような出来事だな?」


「課長の情報によると、港から市街地を狙うんじゃないですか?」


「まぁ、邪神会内部にいる潜入が横浜の可能性があると言ってきたが、聞けば中国関連の輸出物は結構いろんなところにあるからな。今の段階でどこに来るかは分からんさ?」


 潜入とは潜入捜査員を指す言葉で、警視庁公安部には書類上、存在を消された警察官も含めて、多くの潜入捜査官がいる。


 事実、五十嵐も若い時は多くの潜入捜査をこなし、殺されかけたことも幾度とある。

 

 故に五十嵐は潜入捜査官には特段の敬意を払っているつもりだった。


 そのような考えを抱いた後に五十嵐はとっさに「喫茶室行くぞ」と言い放った。


 潜入捜査員に対する敬意をこの若手警察官に話しても分からないと思ったからだ。


「十七階ですか、一服でもしますか?」


「庁内は禁煙だがな?」


 そう言って、デスクを出た二人はエレベーターに乗って喫茶室のある十七階へと向かって行った。


「総監は今回の教団と半グレの交友の把握と実際に行った犯罪などの芋づる式の摘発で、最後はLAWSを特定した上でソルブスを使った戦闘に持ち込みたいらしい」


「ソルブスユニットに対して、ここ最近は風当たりが強いですからね? 総監は積極的に導入を提唱していて部長もそれに乗り気ですから。ただ、ずいぶんと強引ではあると思いますがね?」


 菅原が天を仰いでそう言うと「小川あたりがそれに異議を唱えて、その取り巻きも総監たちを引きずり降ろそうと画策しているらしい」と五十嵐は問いを返した。


 五十嵐はそう言った後に「LAWSとの戦闘を体の良いユニットの宣伝に使うんだろう。ハムとしてはそこまでのお膳立てが面倒くさいが、上層部の意向に異議することなく従うのは宮使いの宿命さ」と吐き捨てるように言い放った。


 五十嵐がそう言った後にエレベーターのドアが開き喫茶室へと二人は足を運んだ。


「市街地に逃げたら、どう責任を取るんですかね?」


「今現在においてはサッチョウを通じて、各都道府県警の機動隊に出動の可能性もあるから、待機させるように長官が命令したらしい。横浜市内という潜入の情報が外れた場合も勘案してな?」


「ガチンコで市街地戦闘やるつもりだな?」


 菅原が悪態の一つでも吐きたいのだろう、怪訝な表情を浮かべる中で五十嵐は紅茶を頼んだ。


 菅原は相も変わらずにコーヒーだった。


「腹壊すぞ」


「俺たちがユニットの前座というのが気に入らないから、自暴自棄になっているんです」


 そう言って、二人は紅茶とコーヒーを飲み始めた。


 窓からは国会議事堂を見下ろすことが出来た。


59


〈横浜港にバラバラにされたLAWS一式が、コンテナの中でしまわれているそうだ〉


 サッチョウ長官の清本は長身でスーツから盛り上がる筋肉が目立つ武闘派の臭いを漂わせる異質のキャリア官僚だった。


〈陳と塚田の息子にその事実を聞いたら、早々にゲロしたよ〉


 オンライン通話でそう語る清本は真冬であるにも関わらず、汗を垂れ流し、モニターからも見えるほどに顔からは湯気が立っていた。


「随分と早くに吐いたんですね?」


〈司法取引という奴さ、傷害と麻薬の事件よりはロボットを使った市街地へのテロ事案の方が危険だ。陳は検察の聴取の結果、不起訴とした。塚田の息子は元々がインテリだから今の教団が警察を敵に回せば、せっかくのお布施が消えてなくなって、キャバクラ三昧の生活が出来なくなるのを察知して、今回の司法取引に乗って来た。よって、これも同様の措置とする。親父と違って現実的な奴で助かったよ〉


 清本は「ふっ!」と鼻でその二人を笑った後に茶を啜り始めた。


〈そして、都職員への傷害の実行犯は警視庁捜査一課がしょぴく構図とする〉


 テレビ電話越しの清本がそう言うと、小野は「そして、私たちに出動を下命するということですね?」と問いかけた。


〈情報によればLAWSを指揮するAIシステムがじきに中国製最新鋭LAWSの紅的虎を起動させ、横浜港から横浜市内を襲撃する計画があるらしい〉


「それは誰も得をしない話ではありませんか?」


〈どうやら人民解放軍の強硬派が警視庁のソルブスユニットの実力とやらを図るためにあえてこんな茶番を仕掛けているのさ? 実行する人員は邪神会の末端メンバーだ。ちなみにこの案件は半グレ集団が人民解放軍の一勢力とつるんで、教団に売り飛ばす予定だったLAWSを使って行った、テロ行為として処罰される。日中両政府はお互いにだんまりというワケだ〉


「随分と中国に甘いですね?」


〈政治的な状況さ、現政権は軍備増強を図る一方で、アジア諸国との関係改善も模索している。もっとも、友好を唄う一方で中国とは神経戦を繰り広げているのが現状だがな? 現に人民解放軍はLAWSを日本に送りこんだ。さらに不快なことは経産省が動いて、陳を逮捕することなく司法取引を成立させるように我々に圧力を掛けたことだ。奴は日本の裏社会の重要人物であるためにハムでは長年マークしていたが、闇が深すぎてそれは政府にまで及んでいた。本音では逮捕したかったが、経産省の連中が捜査にストップをかけて、奴とそのお友達の塚田を逮捕できなかったのは痛い〉


 清本の表情は苦々しい物だった。


 そのような政治的な流れを話す清本のぼやきを無視した小野は「つまり、我々はLAWSを確保、及び破壊することが主任務ですね?」と聞いた。


〈その通りだ。正式に通達するのは後になるが、小野特務警視正以下警視庁ソルブスユニットには至急、横浜市内への出動を下命する所存だ。周到な準備をするように〉


 そう言った、清本に対して敬礼をすると、清本は〈軍隊式の敬礼はいい。とにかく出動に備えてくれ〉と言って、通話を切った。


「問題は宇佐巡査ですね?」


 シフォンが横からそう言うと、小野は「メシアのツインブレイドもまだ完成していないんでしょう?」と声をかける。


「紅的虎の機銃を使った、火力は恐ろしいものがありますからね?」


「しかも、一切の感情が無く、何発も連射してくるか? 宇佐君がレイザと上手く、フィットしてくれるかな? そのための作戦を練らないとね?」


 そう言った小野は席を立ちあがり「出前を頼むから」とだけ言った。


「小野隊長は制服を着ているから、不用意に外に出られませんからね?」


「今日はそばにしようかな?」


 そう言った小野は電話に手をかけて、出前の注文をした。


 そば店の店主は快く、狸そばをこちらに持ってくるとの事だった。


「さっ、作戦に向けて英気を養いましょう」


「私は外で食事してきます」


「レインズ社への報告も兼ねて?」


 小野がそう問いかけると、シフォンは「当然、そうさせてもらいます。もっとも、今の時間帯ではシカゴは深夜になる寸前だから、微妙な時間帯ですが?」と瞬きをしながら答えた。


 図星だったようだ。


「ツインブレイドの進捗状況も聞いておいてね?」


「了解」


 そう言って、シフォンは隊長室から出て行った。


「あとは、みんな次第ね?」


 小野は狸そばの到着を隊長室で待つことにした。


60


 三日後、ソルブスユニットの面々は清本長官の出動の下命を受けて、横浜の街にトラックを走らせていた。


 警視庁の交通機動隊などがトラックの前を先導する。


「横浜ねぇ、中華街しかイメージが湧かないな?」


 亜門がトレーラーにある、オペレーションルームでそう口を開くと「たしかに海の上の埋立地だから、都会であるということと大正ロマンな建築が目立つ以外には特徴のない都市であることは明白だ」とメシアが言いだす。


「お前は横浜、行ったことないだろう?」


「まぁ、都会なんて基本的には高いビルがあって、ちょっと近未来的な建築が目立てば成立するものだからな?」


 メシアがそう言うと、島川が「鎌倉が近くにあるじゃないか?」と声をかける。


 それに対して亜門は「あそこは寺と古さしか自慢のない町です」と苦言を呈した。


「行ったことあんのか?」


「大学一年の時に一人で自転車に乗って行きました」


「・・・・・・小京都って呼ばれているぐらいだからな?」


 そう言って、島川は亜門の肩をポンと叩き始めた。


「これより、神奈川に入ります」


 浮田がそうアナウンスすると、トラックの周囲には神奈川県警のパトカーが囲み始め、先導を始める。


〈こちら、神奈川県警警備部の牧田です、神奈川へようこそ。先導はお任せを〉


「ソルブスユニット了解、先導をお任せします」


 そのようなやり取りの後にトラックは神奈川県警のパトカーの先導を受けながら、石川町ジャンクションに入りそのまま首都高で横浜へと向かおうとしていた。


「こんなに大々的にユニットが来ることを宣伝していいのかな?」


 亜門がそう疑念を口にすると「恐らく、ユニットの実力を知りたい中国政府の挑発に警視庁が乗ったこととそれに対する日中両政府の合意にユニットの宣伝を兼ねての出動なんだろうな。今回は?」とメシアが口を開く。


「お前の分析か?」


「いや、隊長がそう言っていた」


「政治的な策略が働いた出動ということなんだね?」


「現に邪神会と教団の若き両トップは司法取引の結果、軽い処分で済ませてもらっているだろう。その代わりにLAWSとの戦闘による政治的プロパガンダと暴行事件を起こした構成員の逮捕に捜査一課を使うという対価を得た。警察からすれば世間の反警察感情を和らげる狙いもある」


 メシアがそう言う中で亜門は「随分とずるい考えをするんだね、警視庁って?」と口を尖らせる。


「こういう裏工作の事を政治では寝技というんだ。正義感だけでは公務員や会社員は務まらん。ずるくなれとは言わんがその存在を無視するなよ」


 メシアにそう説教される中で亜門は「父さんみたいなことを言うな・・・・・・」と呟いた。


「そう言えば、お前の親父も警察官だったな?」


 高久がそう亜門に話しかける。


「父親というよりも単なる出世亡者でしたよ。実際にノンキャリアで警部まで行ったから、凄いんだろうけど、家庭は顧みずに休日は僕の運動会をほったらかして、県警の幹部とゴルフ三昧ですから。あまりいい父親ではなかったです」


 亜門がそう父親に対して悪態をつき始めると「たしか、ヤクザと格闘して、殉職したんだよな?」と島川が問いかける。


「まぁ、最後が汚職じゃなくて、犯人と戦って殉職というのは立派でしたけどね。警察葬もやってもらって、二階級特進の警視正ですし」


「随分と自分の父親に対して他人事のように語るな?」


 無言だった宇佐が珍しく口を開く。


「お金には工面しませんでしたよ、父の遺産と母が輸入雑貨店を開いてなければ、僕は大学には行けませんでしたから」


 そう言うと宇佐は「儲かっているんだな?」と聞くが、亜門は「一部の熱狂的ファンに支えられているだけです」とだけ言った。


 そのような会話を続けていると、中道が「まもなく、横浜市内に入ります」と告げた。


「このまま神奈川県警本部へと入るのか・・・・・・」


 亜門はそう言った後に続けた後にメシアに対して「一つ、聞きたいことがあるんだけど?」と問いかけた。


「何だ?」


「警視庁と神奈川県警って仲悪いって聞いたけど、ここまでスムーズに誘導がこなせているのは何で?」


 そう言うとメシアは「大人だからさ、変に仕事で拗らせても問題だからな。もっとも、現場要員同士では仲が悪いが、上層部は元が同じ警察官僚だ。それ故に円滑にコミュニケーションが取れるようだ。縄張り意識は別としてな?」とだけ言った。


 それを聞いた亜門は「警視庁と神奈川県警って本当に仲悪いんだね。偉い人は別として?」とだけ言った。


「事実は小説よりも奇なりとはこの事を言うのさ。為になったな、亜門?」


 そう言ったメシアに対して、亜門は「余計な情報ありがとう」とだけ言った。


「作戦が終わったら中華街に行けるかな?」


「無理だな、隊長のことだからすぐに東京へ戻るだろう」


「う~」


 亜門とメシアがそのようなやり取りをする中で、宇佐、高久、島川の三人は音楽を聴くなり、雑誌を見るなりしてそれぞれの時間を過ごしていた。


 亜門は横浜市街地へと入っていくと街の小奇麗さに目を奪われた。


「バトルオブヨコハマか?」


「レイジ・アゲインスト・マシーンのバトルオブロサンゼルスが元ネタだろう?」


「あぁ、アメリカ人なのにアメリカ批判を繰り返す、ロックバンドね」


 レイジ・アゲインスト・マシーンは政治的なメッセージを込めた歌詞と星条旗を逆さに掲げる、燃やすなど、アメリカ人でありながらアメリカに対して反発的な行動を見せるバンドだ。


 ちなみに亜門が好きな曲はゲリラ・レディオという曲で、これは某格闘技団体のテーマソングにも使われていた。


「まぁ、一番は港で戦闘する方がいいな。その方が犠牲者は最小限に留まる」


「上層部のみなさんの裏工作が吉と出るか凶と出るかが楽しみだけどね、僕は?」


 亜門とメシアがそのような会話をする中で、トラックは神奈川県警本部へと向かっていた。


 今日も雨が降り始めたことが亜門には気がかりだった。


61


 神奈川県警本部に警視庁ソルブスユニットの面々が到着すると、小野は早速、神奈川県警本部長の大杉と警備部長の木戸と会議をすることになった。


 警視庁からは総監である久光や副総監に官房長を始めとする監部たちがテレビ会議で参加していた。


 警備部長の小川、公安部長の瀬戸に、警察庁の清本もそれに加わっていた。


「現在、コンテナ船は横浜港の大黒ふ頭の9号バースに係留されていますが、我々、神奈川県警警備部はコンテナ船を確保した後に船員全員を拘束。ソルブスユニットはLAWSが起動した場合に備えて現地にて待機をお願いされたい」


 神奈川県警本部長の大杉がそう言うと、テレビ電話の向こうから久光が〈しかし、中国の連中は我々のソルブスユニットの実力を知りたがっている。ここはみんなに聞くが奴らの挑発に堂々と乗るか、通常通りの行動を取るかだが、どうかな?〉と皆に意見を聞く。


 久光がそう言うと、小川は〈堂々と仮想敵国に対して、自分の手の内を晒す真似は止めておいた方がいいでしょう?〉と発言する。


〈しかし、日本政府も最新鋭のLAWSとの戦闘で警視庁のソルブスがどこまで戦えるかを見たいと希望している。現地には報道のヘリまで飛ばす手はずになっているから、もう、これは完全にショーに近いものだ〉


 瀬戸がそう発言すると、久光は〈・・・・・・ソルブスは万が一にLAWSが起動した時のために現状での待機だな? ただし、戦闘が起こったらLAWS及び指揮用のAIは確保又は全て破壊することだ。県警のみなさんにもご協力願いたい〉と言った。

 

 それを聞いた大杉は「了解です」とだけ言った。


〈それとな・・・・・・〉

 

 瀬戸が口ごもり始めた。


「何でしょう?」


〈レインズ社からの要望でレイザのパフォーマンスを実証するために作戦の人員を必要最小限にするようにお達しが来た〉


「十分、我々の部隊は必要最小限だと思われますが?」


〈要するに大石重工が作った、ガーディアンは使うなということだ。レインズ社からすればマスコミがいる中で自社製の新型機二機の世界的なプロパガンダをしたいらしい〉


「大石重工が黙っていないと思いますが?」


〈その点は企業規模の違いだよ。大石重工も世界的には軍需メーカーとして後発メーカーだ。自衛隊や我々には身近な企業だがね? それに大石重工側からも日本の企業が軍事兵器を作っていることを堂々と宣伝したくないと言われた。海外には自分たちの兵器を売り込もうとしているくせに自国民が見ているとなると肝っ玉の小さい奴らだよ〉


 政治屋どもが・・・・・・


 小野は思わず、唾を吐きたくなったが、堪えざるを得なかった。


〈小野特務警視正。君たち、ユニットの任務は重大だ。何せ、日本の警察の威信がかかっていると言ってもいい。連中の鼻を折ってくれ〉


 武闘派の瀬戸がそう言い出した後に小野は出来レースの捕り物に対して、冷めた感覚を覚えながらも「直ちに任務に移ります」とだけ答えた。


〈以上だ、各員、健闘を祈る〉


 久光がそう言って会議は終わった。


「小野特務警視正」


 会議室を出ようとすると、警備部長の木戸が声をかける。


「この後に親睦を兼ねて、中華街で一杯どうです?」


 こいつは何を言っているんだ?


 自分に対する下心というよりもこれから軍事作戦を行う前だというのに緊張感の欠片も無い、目の前の警備部長を殴りつけたい気分に小野は襲われていた。


「申し訳ありませんが、この後はユニットの整備班と打ち合わせを行い、あなたを始め、県警本部長の大杉警視監とは神奈川県警第一機動隊及びSATの出動に関する擦り合わせが必要だと思われます。悠長に中華料理を食べながら仕事の話をするのは保安上の問題からも、あまり好ましいことではないでしょう」


 小野がそう言うと、木戸は「噂には聞いていたが、かなりストイックな人だな?」とだけ言った。


「分かりました、整備班との打ち合わせが終ったら、もう一回集まりましょう。本部の中でね?」


 小野は「ありがとうございます」と言って、会議室を離れた。


 日本の警察はどうなっているんだ・・・・・・


 軍需産業にはいいように使われ、大都市警察の警備部長はこの有様だ。


 信用できるのは総監と部隊の人間だけか・・・・・・


 神奈川県警本部の外ではヘリコプターの羽音が聞こえる。


 小野にはそれがこれから始まる仕組まれた大捕り物の序章を始める曲調にも思えた。


62


 神奈川県警本部に警視庁ソルブスユニットが到着してからの翌未明。


 多くの警察車両が横浜港にある大黒ふ頭の人工島に集結していた。


 そして神奈川県警のSATが大黒ふ頭のT9号バースへと姿を現し、中国船籍の船へと進行していった。


 上空にはどこかは分からないが、報道用のヘリが飛んでいた。


「亜門、LAWSが起動したら生身のSATの連中は歯が立たない。起動したらすぐに走って戦闘開始だぞ」


「それは分かっているけど、こんな絶体絶命な状態で、わざわざ自暴自棄になって、そんなロボットを起動させるかな? 僕だったら、諦めて大人しくするけどな?」


「中国人は内向的な日本人と違って、感情表現がストレートだ。つまりはキレる度合いも日本人とは多少は異なってくる。追い込まれたら最後の最後で花火を打ち上げる可能性があるぞ?」


「随分と中国人に対して偏見的な言い方だな?」


 亜門がそう言うと、メシアが「お前が争いを好まず新聞を読まないことはよく分かった。対話と平和を祈るならまず新聞を読んで、戦略的な思考とやらを学んでから語れ」と毒づいた。


「そう言うメシアの読んでいる新聞は極めて体制側に近いんだろうなとは思ったよ」


「当たり前だろう、警察に雇われているんだからな?」


 そのような会話を亜門とメシアが繰り広げていると、SATに拘束されていた乗員と思われる中国人が暴れ回っていた。


「中国語で叫んでいる時点で奴は日本の黒社会の中でも末端の人間だろうな? 蛇神階の幹部クラスだったら日本語はペラペラさ」


「恐らくは大陸の農村部出身の連中のようね。『俺の人生はどうなるんだ!』って叫んでいるわよ?」


 隣に座っている宇佐の腕に巻かれている、スマートウォッチからはレイザの声が聞こえる。


「何か、ひどいな?」


「これが世界の闇の一端さ。貧困や格差の延長線上に犯罪やテロがある。俺たちの仕事は独善的な正義を振りかざすのではなく、単純にそれらの延長線上にある犯罪から、実力行使で罪の無い人々を守ることにある。バカにする奴はいるが、そういう格好を付けたい奴は教育や福祉とやらで貢献をすればいい。俺たちは武力に訴えてでも、罪の無い人々を守らないといけない。犯罪者に優しさを示す奴らとは永遠に意見は平行線なのさ?」


 メシアがそう言うと、亜門と隣にいる宇佐はただ黙るしかなかった。


 そんな中でも乗員の中国人は拘束をされる中で叫び続ける。


「あぁ、これは戦闘になるな?」


「かけてみる?」


「戦闘になる方に富士そばのカツ丼」


「じゃあ、私は洋風カツ丼ね?」


「いや、お前ら、実体無いから食えないだろう?」


 宇佐がそう言った、その時だった。

 

 金属が大きくぶつかる音が聞こえると同時に船の中から赤い中国の三国志に出てくる鎧を着たかのようなロボットたちが、恐ろしいほどに速いスピードで横浜港を駆け抜ける。


「来たか?」


「あれがLAWSか? めちゃくちゃ速いじゃないか?」


 そう言った亜門に対してメシアは「亜門!」と声をかける。


「あぁ!」


 そう言って亜門は「装着!」と叫ぶ。


 赤い閃光が亜門を包むと同時に宇佐も「装着!」と叫び、亜門の隣で青い閃光が輝く。

 

 そのフォルムはメシアと同じく、アスリートを思わせる物ではあるが、唯一の違いは背中に巨大な大型ブレイドを装備していることだった。


〈一場君、宇佐君、通信は良好ね?〉


「問題ありません」


「同じく」


〈中国製の最新鋭LAWS紅的虎は機銃を使った火力と早い機動性に機械特有の一切の迷いのない非情さが売りの殺人ロボットよ。ちなみに高久、島川両名は待機させています〉


 小野がそう言うと、亜門は「何で、二人を使わないんですか?」と聞いた。


「レインズ社から自社の製品のプロモーションをしたいから邪魔者は使うなとのお達しがあったのよ。軍需産業相手だから、昨日の時点で上もこのプランを了承したわ」


「天下の警視庁が情けない・・・・・・」


 メシアがそう嘲るように言うのを無視して、亜門は「僕らが防衛線になって横浜市内にLAWSを進行させないのが作戦内容ですよね?」と言いながら紅的虎目がけて突進する。


「目標接近、来るぞ、亜門」


 メシアがそう言うと、紅的虎が機銃を掃射してきた。


 亜門はそれを避けながらFNSCARで反撃をする。


〈敵の数は全部で十五体、それら、全てと指揮命令を行うAIシステムを確保及び破壊することが至上命題よ〉


「こいつらを確保するのは無理があるでしょう?」


 亜門はそう言いながらFNSCARで牽制の銃撃を紅的虎に向ける。


「亜門! 銃撃では埒が明かない! 近接戦闘に持ち込むぞ!」


 メシアがそう言うと同時に亜門は思いっきり舌打ちした。


「こんな火力を持っている奴の懐に潜り込むなんて!」


 そう言いながらも亜門は飛行しながら背中に装備された日本刀を取り出す。


 銃撃を続ける紅的虎が装備するQBZ-19の銃撃が至近距離から放たれるが、それをコンマ一秒の間合いでかわして紅的虎の胴体を日本刀で切り裂く。


「一機目!」


 一機を倒すと同時に亜門は近くにいた二機目の公的虎に切りかかる。

 

 見事に胴体を切り裂いた。


「二機目!」


 そのような形で亜門が次々と紅的虎を切り裂き続けていると、近くではレイザを装着した宇佐が大型ブレイドで紅的虎を次々と切り刻んでいる。


 そのスピードはメシアよりも速いものだった。


「宇佐さんはペースが早すぎる!」


「あの坊やがのびなければいいがな?」


 そのような会話を亜門とメシアが行いながら、紅虎の銃撃をかわし続けて、次々と同機の胴体を切り裂き続ける。


 胴体を切り裂く度に紅虎の胴体から電装部品がばらばらと零れ落ちる。


 亜門と宇佐はそれを確認することなく、紅的虎を次々と破壊し続ける


 そして亜門と宇佐は次々と紅的虎を破壊しながら、AIシステムがある貨物船へと向かっていた。


「AIシステムさえ壊せばLAWSは鉄くず同然だ。優先的に片付けるぞ!」


 そう言いながらも亜門と宇佐は近接戦闘で紅的虎を次々と破壊し続けていく。


「三機目!」


 亜門はアドレナリンが体中を包む感覚を覚えていた。


「六機目!」


 気が付けば、残るLAWSは宇佐が片付けた五機を含めれば、あと四機しか残っていなかった。


「全部、片づける!」


 そう言って亜門は日本刀を片手に残り四機の紅的虎に向かって突進した。


 QBZ-19の銃火を避けて、懐へ入ると日本刀で紅的虎の胴体を目掛けて切りつけた。


 宇佐も同様に大型ブレイドで同様の形で紅的虎を切りつける。


 気が付けば、港に紅的虎がいなくなっていた。


〈一場君、宇佐君〉


「何です?」


 亜門はアドレナリンが脳内に充満する中で、小野に対して問い返していた。


〈AIの破壊は必要ないわ〉


「何で?」


〈紅的虎が全部破壊されたからよ〉


 それを聞いた瞬間に亜門は「そうか・・・・・・」と気の抜けた声を出した。


「終わったの?」


「らしいな?」


 いつの間にか、一五体ある紅的虎を全機、破壊していた。


 亜門とメシアがそのような会話をしていると、宇佐が隣に立つ。


「終わったみたいですね?」


 亜門が宇佐にそう言うと、宇佐は黙ってベレッタM92の銃口を亜門に向ける。


「宇佐巡査、何をーー」


 亜門が絶句したと同時に宇佐がベレッタM92の銃口を引いた。


 すんでのところで、メシアによる動きの補正により、日本刀で弾丸を切り裂いた。


 人間の反射神経では出来ない神業だ。


「レイザ、お前が実戦配備されたと聞いて、こうなることは目に見えていた」


「そうね。シュミレーションではなく実戦であなたに引導を渡したいとは思っていたわ?」


 レイザがそう言うと、亜門は「宇佐巡査! 止めてください!」と叫ぶ。


「俺はお前と違って、正当な警察官なんだ!」


 そう言ってレイザを装着した宇佐が亜門を凌ぐスピードで迫ってくる。


「亜門!」


「くっ!」


 そう言って、亜門は日本刀を取り出し、宇佐が振り回す大型ブレイドを避ける。


「何?」


 宇佐が驚きの声音を上げると同時に、亜門は宇佐の間合いから離れ距離を置く。


 そしてFNSCARを宇佐に対して照射するが、驚くべき機動力でそれを避ける。


「銃撃を避ける?」


「亜門、近接戦闘ではレイザには敵わない、距離を取れ!」


「くそ!」


 そう言って宇佐に対して、銃撃を続ける亜門に宇佐は驚くべき機動力で迫り大型ブレイドを振りかざす。


「まずい!」


 コンマ数秒の感覚で亜門よりも宇佐の動きが早かった。


「終わりだぁぁぁぁぁ!」


「うぉぉぉぉ!」


 宇佐が大型ブレイドを亜門に振りかざそうとしたその時に宇佐の動きが止まった。


 宇佐の背後からガーディアン二体が宇佐に抱きついていた。


「バカ野郎!」


「警視庁の恥を堂々と晒しやがって!」


 そう言って、宇佐はガーディアンを装着する高久と島川に蹴られ始めた。


「・・・・・・すみません」


 そう言って、宇佐の装着は解けて、倒れてしまった。

 

 そして、宇佐は高久や島川の手によって、どこかへと連れて行かれた。

 

 それと同時に亜門は通信で小野に対して「装着を解いていいですか?」と聞いた。


〈報道のヘリがいるから、あとでね?〉


「怒っています?」


〈宇佐巡査の暴挙に対してね、レインズ社のメンツも丸つぶれで、警視庁の恥さらしよ〉


 そう言った小野の声音を聞いて、亜門は「僕は怒られていないみたいだね?」とメシアに問いかける。


 メシアは「坊やの嫉妬がまさか、警視庁のいい恥さらしになるとわな?」と言った。


 亜門はそれを黙って聞いてメシアを装着したままトレーラーへと戻って行った。


 宇佐はガーディアンを着た、高久と島川に担がれていた。

 

 辺りではSATの隊員たちがスクラップになった紅的虎を目視した後に貨物船へと向かっていた。


「恐らく、今からSATを使って指揮命令用のAIを制圧するんだろう。兵士たるLAWSがいなくなったんだ。生身でも問題ない」


「宇佐さんとの戦闘が撮られちゃったね?」


 亜門がそう言うと、メシアは「レインズ社もカンカンだろうな・・・・・・警視庁のいい恥さらしだ」と苛立ちを抑えた声音で答えていた。


 そう言って、亜門は装備を解除することなく、トレーラーへと向かって行った。

 

 上空にはヘリが数機飛んでいた。


「警察用のヘリと報道用のヘリかな?」


「ちょっと、待て・・・・・・」


「どうしたんだよ、メシア?」


「飛んでいるヘリの中に川崎重工製のOH-1ニンジャがいる。陸上自衛隊では偵察に使われている代物だ」


「それがどうしたんだよ?」


 亜門は自衛隊という一言を聞いた時に若干の違和感を覚えたが、それがどういうものなのかは具体的な何かがイメージできなかった。


 そしてメシアが何故、それを深刻に捉えるかが分からなかった。


「後で隊長に報告する、カメラに録画させてくれ」


〈こちらで確認したわ〉


 小野が先ほどの怒気を孕んだ声音から一転、落ち着いた様子でメシアと交信する。


「まさか、彼らまで動くとはね?」


 小野がそう言うと「自衛隊がついに動くか?」とメシアが呟く。


「それってどういうーー」


〈自衛隊のヘリが現場にいたことは、あとで上層部に報告してみるわ。防衛省にも警察庁から照会してもらう〉


「つまり、それはーー」


〈あなたは気にしなくていいことよ〉


 小野がそう言うと、亜門は無言を返事にした。


 神奈川県警の機動隊員が青いビニールシートを亜門の上に被せる。


 それと同時に亜門は装着を解いた。


「お疲れ様です」


 神奈川県警の機動隊員が亜門に対して、向けた目はどこか警戒心に包まれていた。


 その後に亜門は整備班の中岸が渡したスポーツドリンクを手に取って、亜門はその場に崩れ落ちた。


「宇佐の愚行と自衛隊機が上空を飛んでいたのは気に入らんが、亜門」


「何だよ?」


「任務完了だ。ゆっくり休め」


 そう言われたと同時に亜門はアスファルトの路上の上に大の字で倒れた。


 ついに緊迫した任務が終わったのだ。

 

 緊張感が解けたと同時に亜門は大きく叫んだ。


 それを見た神奈川県警の機動隊員は怪訝な表情を見せていたが、亜門は充実感に満ち溢れた自分を実感していた。


 未明から夜明けに近づく、上空ではヘリの羽音が響いていた。


 普段は耳障りなその音も今日は歓迎を表す音色に聞こえて仕方なかった。


63


「警視庁のいい恥さらしだな?」


 蓮杖亘がOH-1ニンジャから撮影されていた、警視庁ソルブスユニットのメシアとレイザの二体による内輪もめの録画映像を見ていた村田がだみ声でそう答えた。


「しかし、俺たちからすれば、良いデータが取れる。レインズ社も最新鋭機同士の戦闘を見られて、さぞかし、嬉しいだろう」


 蓮杖が村田にそう言うと、村田は「確かにおんぼろソルブスを着たテロリスト相手の市街地戦が主流の国内でのソルブス戦とは別に大国間同士の紛争を想定した新型機同士の戦いなんて、中々お目にかかれないからな?」と言い出す。


 そう村田がだみ声で答える中で、相川裕紀はただ無言でSATが貨物船を制圧する様子に見入っていた。


「そうさ、テロリスト相手には堂々と殺しが出来るが、大国同士の戦争は誰も望んでいないから実現しない。それだからこそ、新型機同士の戦闘に意味がある」


 蓮杖は双眼鏡で警察の動きを見ながら、そう言い放つ。


「三機目は俺に受領されるんだろう?」


 相川がそう口を開くと、蓮杖は「戦いたいか?」とだけ聞いた。


「戦うのが俺たちの仕事だ。戦争が無くなれば軍隊はその存在意義が無くなる」


「敵味方を作る発言だな?」


 蓮杖がそう言うと、スマートフォンに陸上自衛隊幕僚長の鶴岡伸介からの着信が届いた。


〈俺だ、例の三機目は陸上自衛隊に下ろされることになる〉


「警視庁では無いんですか?」


〈アメリカ政府側からの圧力で、教団の背後にいる犯罪結社の壊滅のためにCIAや米軍を使うそうだ。警視庁にも今まで通り、動いてもらうが、政府からの直轄の案件を扱うために防衛大臣直轄の自衛隊の俺たちを使うようだ〉


 なるほど、一連の教団関連の事件は次のフェイズへと移行して、新たな役者として俺たちが投入されるか?


〈お前らには政府が大金をかけて、装備や教育を施している。現にレインズ社と米軍からソルブスを購入して、お前らに受領させたんだ。結果を残せよ〉


「はっ!」


 蓮杖がそう言うと同時に鶴岡は通話を切った。


「怒られたか?」


 村田がだみ声で笑いながらそう言うと、蓮杖は「ノルマを果たせってさ?」とだけ言った。


「確かに俺たちの運用には警察以上に金がかかっているからな?」


 村田がだみ声でひくひくと笑い続ける一方で、相川はただ無言で現場の様子を眺めていた。


「あいつらとは戦うのか?」


 相川がそう聞く。


「鶴岡陸幕長が判断することだが、レインズ社はデータ収集のためにやってもらいたいようだな? もっとも表面上は警察の顔色を窺っているがな?」


 それを聞いた相川が笑みを浮かべるのを見た、蓮杖のスマートフォンにはレインズ社のマイク・シフォンから通話がかかってきた。


〈シフォンです〉


「警察に顔を立てている宮使いが堂々と自衛隊のソルブスユニットに電話ですか?」


〈上層部はゴウガドライブを相川裕紀三等陸曹に受領させ、米軍が開発したモスファイターを蓮杖二等陸尉と村田陸曹長に与えるそうです〉


「モスファイターか、米国製の最新鋭量産ソルブスで、政府が大枚叩いて買った、金食い虫だろう?」


 そう言った、蓮杖に対してシフォンは〈まぁ、購入の額はこれから跳ね上がるでしょうが?〉とだけ言った。


「いいのか、そんなことを言って?」


〈米国が日本に兵器を売る時の常套手段です。買い物が下手な日本人の目測の下手さには閉口するばかりですが?〉


 それを聞いた蓮杖は苦笑いを浮かべるだけだった。


「まぁ、良いさ。ゴウガは相川三曹に渡して、モスファイターは俺たちが受領する。それはいいが一つ確認したいことがある」


〈何です?〉


「警視庁の連中と戦いたいんだが、あんたたちの意見を聞きたい」


 それを聞いたシフォンはしばしの沈黙を置いた後に〈いいでしょう、我々もソルブス同士の戦闘を見たいですから。しかも、新型機のプロモーションを潰されましたからね。ペナルティは必要でしょう〉と言い出し、事実上の容認をした。


「それを聞いて、安心した。ブツは早めに渡してくれよ?」


〈努力します。警察の連中が近くにいるので、また、後日〉


 そう言って通話を切ると、蓮杖は「喜べ、パーティーがもうすぐ始まる」とだけ言った。


 蓮杖がそう言う中で、夜明けの空にはヘリの羽音が響いていた。


 蓮杖はそれを聞きながら警視庁のソルブスユニットとの交戦を思い描き、高揚感が沸き上がっているのを感じていた。


 続く。

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