第5話〈没入〉

ようやくリビングの方へ動き出したかと思えば、彼はまたもや固まった。今度は、本当にからだ。


 トロフィーが…、ある…!!


目が慣れてきたことにより、本当はあったことに今さら気づいた。その可能性を思いつく前に、彼は思った。


 置きに来たのか…?さっき…、俺が硬直してた時か…!物を取れば、奴自身の存在を自ら教えるようなものであると気づいて…?有り得るな…。しかしどこから…?ベランダか!


彼はリモコンを置いてトロフィーを手に取ると、すぐに動き出し、リビングから和室にかけて隣接するベランダのカーテンをめくろうとした。その時、彼の動きを何かが止めた。


それは、「恐怖」であった。


そこにいるかもしれない。数秒先、奴と目を合わせているかもしれない、というこれ以上ない恐怖。ただそれだけが、彼の全身にまとわりつき、動きを止めた。額からは、嫌な汗がにじみ出る。高速で波打つ心臓とは正反対に、その腕は全く動かなかった。


 よ、良く考えれば、ベランダに隠れる、というのはあまり現実的ではない…。というか、慎重にものを測れる奴ならむしろありえない…。ベランダにもし隠れた場合、奴が不利すぎるからだ。カーテンが閉まっている以上、奴はこちらの動向を確認できない上、こちらが鍵を閉めてしまえば袋のねずみ…。それは奴にとって、一番避けたいケースのはずだ。7階である以上、逃走はままならない…!開けるだけ、無駄だろう…。


まるで呪縛から開放されたかのように彼は、カーテンから手を離した。「恐怖」は、行動をも止めた。


 ここと廊下を繋ぐ隙間は、あとカウンターのとこくらいか…。しかし、人ひとり通れる隙間ではないはず…。となると、いったいどこから…?だって、リビングの扉と和室の引き戸はさっき…。まさか、施錠やストッパー確保の、あの僅かなタイミングで、リビングの扉からか!?確かにあの時俺は、目の前の事だけに集中していた気がする…。それで気づかなかったのか、奴の出入りに…!


奴の迅速じんそくすぎることの遂行、そして威圧的な手練てだれ感が、彼の勝気かちきを折りかけたが、なんとか持ちこたえた。


 負けてたまるか…。

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