第20話 近未来の究極医療
一
ジョン・F・ケネディ
ロイは、空港ロビーの人の流れに乗り、実感する。
――帰って来たんやな。
日本では超異質な自分の風貌が、ここでは全く視線を集めない。胸がすっと軽くなる。
「あんたぁ、急に黙り込んだのぅ。何を考えとるんじゃ?」
紫乃が振り向き、不安げにロイを見上げる。心を読まれたようで、慌てて
「英語脳と日本語脳がバグってただけや。お前こそ、初めてのニュー・ヨークで緊張してるやろ?」
「空港の中じゃと、現実感が
ガラス窓から差し込む
ターミナル7から、レンタカー・オフィスのあるフェデラル・サークル駅まで、エア・トレインで移動する。朝十一時半の空港は、人の数がさほど多くは無い。
複数のスーツケースをカートで運ぶ客の後を追えば、車椅子の紫乃もバリア・フリーで移動ができる。たとえ人がつっかえていても、「Excuse me !」と声を掛ければ、笑顔で道を空けてくれる。
全てがEASYだ。気を
「空港周辺は渋滞してるやろけど、レンタカーで郊外へ出たらランチにしよか」
紫乃が、目を真ん丸に見開いた。
「ええんか? そぎゃぁに自由に行動して? あんたぁ、日本じゃと『自分の置かれた立場を考えろ!』っちゅうて、
「俺らが
「あんたの判断なら間違い
紫乃が、
「コネチカット州に入ってすぐI-95を下りたら、グリニッチっちゅう街や。US-1沿いに、雰囲気の良さげなレストランが、
ロイは、レストランの並びを
グリニッチは、全米で住みたい街№1に挙げられるほどの高級住宅街だ。
「さすが元・
「俺が知ってるんは、二十二年前までや。並んでる店は随分と変わってるやろから、車を流しながら
レンタカー大手の《バジェット》で借りたのは、フォードのフォーカス、5ドアハッチバックの小型車だ。
レンタカー・オフィスを出ると、
「あんたぁ、いきなり左ハンドルの車で、ニュー・ヨークみたぁな大都会を運転できるんね?」
不安げな紫乃をお姫様抱っこで助手席へ放り込み、折り畳んだ車椅子をリア・ゲートから積み込む。
「JFKからニュー・ヘイヴンまで、ニュー・ヨークの市街地は通らへん。田舎のフツーの高速道路を運転するだけや」
ロイは運転席に乗り込み、フロントガラス越しに視界を確認する。ハンドルは、車の左側。走る車線は、右側。
衝撃を受けた。
――しっくり
日本の右ハンドル・左側通行よりも、妙に自分に合う。二十二年前に日本へ渡ったとき、左右をそっくり入れ替えたはずの通行感覚。
ぐっ、とアクセルを踏み込みたい衝動に駆られる。右車線を突っ走りたい。ニュー・ヨーク郊外に出れば、むしろ福山よりも渋滞は少ない。どこまでも、自由に行けそうな気がする。
――比嘉の言う通り、医師免許を
全身の血が熱く沸騰する。
きっと容貌は、風土との相性にも密接に関連するのだ。父親とそっくりの自分には、
「どぅしたんじゃ? あんたぁ、
紫乃の声で、我に返った。ハンドルを握る手が、じっとりと汗ばんでいる。
「バレたか。ちょうど今、涙が出そぅになってたトコや」
紫乃から見える右頬だけにどうにか笑顔を作り、ロイは車を発進させた。
二
I-95は樹々とコンクリートに囲まれ、景色があまり見えない。
ロイは、グリニッチでI-95を下りた。視界が一気に開ける。石や
パトカーの回転灯のごとく頭を
「日本よりも
「そう、や、なぁ」
曖昧な返事になった。とうの昔に、捨てた故郷だ。「せやろ!」と自慢げに
本心では、
話題を変えた。
「良さそぅなレストランを見付けたら、
「あんたの本場仕込みの嗅覚に、任せるわい。うちは、初めて
「ありがとぅ……のぅ。うちに、観光させてくれちょるんじゃろぅが」
目を伏せた紫乃の睫毛は、マスカラ無しでも十分に黒く濃い。
「どないしてん? しおらしいやんけ」
少しだけ、気持ちを日本へ引き戻された。
右手前方に、「リトル・グリニッチ」という看板を
「ここで
店の前に車を
「
「うちは、さっきから変な気分になっちょる」
「車に
紫乃が、力無くかぶりを振った。
「日本とは全然違う、映画みたぁな景色の中で車に揺られちょると、これまでの出来事が嘘のようじゃ。悪い夢を見ちょっただけのように思えるんじゃ。
「親父とのアポイントなんか、ドタキャンしても構わんで? こんな機会でも無ければ、どうせ二度と会わへんかった奴や。明日のフライトまでは、お前の好きなように時間を
「なんちゅうアホを言い出すんじゃ! この変態講師が!」
紫乃の
「乙女には、
左手だけで両目を覆い、しゃくり上げて紫乃が泣き始めた。
「お前、俺の親父に答えを聞きに来たんやろが? 人のためになるはずの新薬を、人に
「そぎゃぁに壮大な疑問なんか、持ちとぅも無かったわい! うちは、海と山と坂しか
――自分から望んで不幸に巻き込まれる人間なんて、
左頬のケロイドが、熱く火を噴いた。
「
一番の卑怯者は、
「平和に暮らしてた過去をいくら振り返っても、
本当は、自分への叱咤だった。
紫乃の肩から、
「あんたぁ、乙女に厳し過ぎるんじゃ。前へ、前へ、とはのぅ。せっかちな、あんたらしいわい」
伏せた睫毛が涙で黒く濡れ、まるで適量のマスカラを塗ったように見える。
「お前のオトンかて、『うちだけ、なんで
「説教臭いんじゃ、このクサレ不良講師が。口から出る言葉が全部、昭和の匂いをプンプンと
「俺は、平成元年生まれや! ……昭和最後の年でもあるけどな」
「ほれ見ぃ! 昭和の熱血スポ
「遺物扱いされるんは漢方医の本望や! 機嫌が直ったんなら、さっさとメシを
「こっちのセリフじゃ!
勢い良く言い放った割に、もじもじして紫乃が動かない。
――せやった! 興奮して、頭からぶっ飛んでたわ!
助手席のドアは、右側にある。今の紫乃には、開けられない。食事も、あらかじめ切り分けてあげないと、左手一本では食べられない。
現実から、逃れたくもなるだろう。
エアコンを
――今週末には、生薬として使えるやんけ。
紫乃の父の言葉通り、漢方を熟知しているなら「トキモドシ」を扱えるのだろうか。自分以上に熟練した漢方医は、何人も
――脈から心身を
万願寺の教え通り、脈の変化に応じて漢方を調合すれば、なんとかなるのか。
――
紫乃に投げ付けた言葉が、重く、自分へ跳ね返っていた。
三
アスタリスク製薬の本社は、ニュー・ヘイヴンの中心部、イェール大学のすぐ
アスタリスク流の新薬の開発は、事実上、研究の
ロイは、午後三時五十五分に本社脇の来客用駐車スペースに車を
紫乃を乗せた車椅子を押し、エントランスへ入る。脇に立つガードマンに、とびきりの笑顔で「Hi !」と声を掛け、レセプション・カウンターへ進む。
カウンターでは、金髪をボブに切り揃えた三十前後の女性が、
「何をお手伝いしましょうか?」
「
「伺っております。こちらへどうぞ」
女性が先導し、駅の自動改札のようなセキュリティ・ゲートへ進む。ゲート脇のカードリーダーに女性がカードをかざすと、腰の高さほどの扉が左右に開いた。通路は、車椅子が楽に通れる広さだ。
「左手のエレベーターから、八階へお
「おおきに! 素敵な一日を過ごしてや!」
礼を言って片目を
エレベーターは、古いビルと不釣り合いな最新型で、挙動が素早い。ロイよりもせっかちなアクセルが、いかにも好みそうだ。
八階でエレベーターの扉が開くと、黒いスーツを着た白髪の大男が立っていた。ロイと瓜二つの背格好、アクセルだ。
ロイは、自分と同じ
「随分と
アクセルが差し出した手を軽く握り、すぐに離す。
「
ハッハッハッと、さも
「ジョークのセンスは大阪で身に着けたのか? お前の母――ミヨコは、ホームシックになると大阪の
「大阪で語学学校の講師をしとる。まだまだ、俺よりも口が達者や」
「元気そうで良かった。ところで、そちらのお嬢さんを紹介して
ロイが口を開く前に、紫乃が喋り出した。
「会えて嬉しいわい。私は、シノ・ミサカ。ロイの
広島弁と変わらないくらい、流暢な英語だ。
――飛行機でもレストランでも、ずっと俺に「おんぶに抱っこ」やった
涼しい顔のまま、紫乃はロイを振り返りもしない。
「私はロイの父、アクセル・トルシュだ。会えて、とても嬉しい」
ひと通りの自己紹介をし、アクセルが
「OK、あとは私のオフィスで話そう」
先導して、アクセルが歩き始めた。他に人の気配は無く、八階フロアは静まり返っている。広めの廊下に、アクセルとロイの靴音が響く。
「ここ一年、八階へ立ち入れるのは、執行役員と執行役員が招いた客人のみに限定している。呼んだときしか秘書たちは来ないし、八階で彼女らがPCやスマホを扱うのも禁じている」
「なんぞ、物騒な事件でもあったんか?」
「『timeless』の単離を発表して以来、会社のWi‐Fiが頻繁にハッキングされる。五百ドルも渡せば、喜んでWi‐Fiのパスワードを喋る秘書だって
アクセルが、
「表向きでは平和でも、水面下は物騒っちゅうわけか」
「奴らは、使える手段を全て使う。ハッキング対策を厳重にしたら、次は清掃や電気設備や水道や、あらゆる業者に
「今どき、盗聴器なんて前時代的な物を
「奴らは、とても
エレベーター左手の廊下の突き当りで、アクセルが立ち止まった。年季の入った、木製の重厚なドアだ。首からストラップでぶら下げた
コトン、と
ドアの向こうに、三百㎡はありそうな部屋が広がっていた。奥の窓際に巨大な執務机があり、左右の壁の本棚には天井高くまで、研究雑誌が無数に陳列されている。
「どうぞ、中へ《Come on in》。スター・バックスからケータリングを取り寄せてある。好きなように、自分で取ってくれ《Please help yourself》」
部屋の中央の、十名は座れそうな応接セットの一角で、ロイは紫乃の車椅子を
「うちの一番のお気に入りのコーヒーとクッキーじゃ。
左手のみの
――コイツ、上手いやんけ!
相手の国の文化を
ロイは、柔らかい笑みを頬に刻みつつ、紫乃の前に紙ナプキンを広げ、コーヒーとクッキーを置いてやった。紫乃のすぐ隣のソファで、体を沈める。
アクセルが、テーブルを挟んで向かい側のソファに座った。
「やっぱり、
左手を伸ばして紙コップからコーヒーをひと
「で……ロイ。十五年ぶりに連絡して来た理由は、私に
スケジュールが詰まっているのか、生来のせっかちさゆえか、アクセルが本題へ入った。
答えようとするロイを、紫乃が紙コップを持った左手で制した。
「残念ながら、後者じゃ。うちは、ロイ先生の婚約者じゃ
「アホか! なんでバラすねん!」
ロイは思わず、日本語で紫乃へ怒鳴った。
紫乃がロイへ微笑み、ゆっくりとした英語で
「嘘をついても、無駄じゃ。あんたの婚約者であろうが
「OK、私にも分かるように説明してくれ。シノの命を、なぜ私が狙うんだ?」
「『timeless』の臨床試験が
紫乃が左手で、だらんと垂れた右手を
通りすがりの人に突然の言い掛かりを付けられたように、アクセルが両手を広げて困惑した表情を浮かべた。
「それは、非常に気の毒だ。但し、新薬の
伊豫から情報を得ていなければ、アクセルに言いくるめられていただろう。
紫乃に加勢すべく、ロイは一気に斬り込んだ。
「『timeless』の臨床試験は、アスタリスクにとって歴史的大敗や。若返りの後に悲惨な老化を生じて、被験者から集団訴訟を起こされかけてるんやろ? 俺が、とある信用筋から得た情報や。株価暴落は、不可避やで」
株価暴落、という単語にアレルギーを持っているかのように、アクセルの首筋の血管がぶわっと真っ赤に怒張した。
ドスの利いた声が、
「喋ったのは、誰だ?」
紳士然とした態度が一変し、今にも
ロイは、素早く立てるよう
「情報源は、言えん。俺と紫乃は、このことを絶対に
アクセルが、目を閉じた。巨躯を膨らませて息を吸い、大きく吐く。二度、三度、自分を
カッ、と目を見開いた。
「よく聞け!」
声に、
「『timeless』の臨床試験は、失敗では無い。どんな結末であろうが、研究結果は貴重なものだ。『失敗』と表現するのは、真理を探求する者への
マーブル・クッキーを優雅に口へ運びつつ、紫乃が落ち着いた笑顔で問う。
「『失敗』以外の、どの英単語を
アクセルが、長い足を
「『timeless』のお
ロイは、即座に
「遺伝子解析か! マイクロ・アレイでもやるんか?」
マイクロ・アレイとは、数万種類以上の遺伝子の発現量の増減を、一気にスクリーニングできる解析ツールだ。
「お前も、やりたくなっただろう?」
ロイと同じ
「若返りと老化が、それぞれ急激に起きる時点で活性化する遺伝子を突き止めるんだ。人類が若返りと老化を操り、人生を自在にデザインできる未来が、すぐそこまで来ている」
熱く語るアクセルへ涼しい笑みを投げつつ、紫乃が次のクッキーへ手を伸ばす。
「そりゃぁ偉大な研究じゃのぅ。その成果を
両手を額に当て、アクセルが天を仰いだ。クックッと喉元から込み上げる笑いを、
「OK、シノ。君の視野を、もっとグローバルに広げてみよう。国家レベルで加齢現象をコントロールしたら、何が起こる? 生産年齢や出産可能年齢が、もし二十年も延びたら、
ロイは、はたと思い当たった。
「若返り薬は経口薬じゃなくて、最初からワクチンにするつもりやったんか!」
アスタリスクは、遺伝子組換えワクチンの開発で急成長した会社だ。
「その通りだ。経口薬だと、
クッキーをポリポリと
アクセルが顔を紅潮させたまま、車椅子の紫乃を
「そうか、ピンと
「若返りの限界が来て働けんようになった人は、どうするんじゃ」
我が意を得たりとばかりに、アクセルが大きく頷いた。
「今度は、『老化』のコントロールが必要になるんだ。『若返り』を促進しても、いつまで有能に働けるかは個人差が大きい。働けなくなったら、
「あんた流に『とてもシンプルに表現』するなら、それは殺人じゃのぅ」
「
紫乃が車椅子の上で
「車椅子に乗らんと外出できんようになったら、
まだ貧血気味な肌の青さが、ロイの目を突き刺す。
「話を
アクセルの血色の良い頬が、皮脂でてらてらと光る。健康そうだ。六十半ばになっても、毎日ジムに通っているに違いない。自分が車椅子に乗る日など、遠く想像も及ばないだろう。
諦念と共に、ロイは
「親父らしい考え方や。老後の
人間とは、
ロイの
「その通りだ、ロイ。加齢現象のコントロールには、無限の価値がある」
「最後の数年を除けば、人類はあらゆる加齢性の病気や不調から解放されるわけやな。しかも、たった数年の老後は手厚い年金付きで、それが気に入らんならどんどん人生を早送りすれば
「古来、優秀な薬の価値は、病気を治すだけに
「コロナ・ワクチンのときみたいに、か。薬を高値で世界じゅうに売り
「そんな
「人を殺す才能に
「軍隊では、特に戦闘機のパイロットは、貴重な人材だ。熟練に時間とコストを要する割に、過酷さゆえ、パイロットとしての寿命は短い。もし、パイロット寿命が倍に延びたら、航空戦力は歴戦の
「もし、
はっ、と紫乃が振り返った。
すぐ、ロイは間違いに気付いた。
「米国の航空戦力、やな」
議論に熱中し過ぎた。左頬のケロイドに、紫乃の視線がザクリと鋭く刺さる。
アクセルも口を半開きのまま、呼吸を忘れたかのようにロイを
「ほんの言い間違いやがな……二人とも、
しばらくして、フーッ、とアクセルが長く息を吐くと、大きな体がひと回り小さくなった。
「十五年前にお前から
「
初めて前へ、アクセルが身を乗り出した。膝の上で両手を組み、細めた目を
「ロイ……帰って来ないか? 日本の医療事情を熟知するお前の経験は、
思い
アクセルの英語を聞き取った紫乃が、ちらり、とロイへ寂しげな視線を投げる。
「あんたぁ、父親と二人きりで話したぁじゃろ? うちは外へ
「ええ
心が揺れたのは、ほんの一瞬だった。隣の黒い髪へ、怒声を叩き付ける。
「クソ研修医の
紫乃の表情が、ぱっと明るくなった。
「セクハラとモラハラじゃな?」
「アホンダラ!
「知らん。私の目の前には、遺伝子の宝の山が転がっている。日本の田舎のお父ちゃんが創った怪しげな薬などに、興味は無い」
アクセルが再びソファに深く背を預け、
紫乃の目が、マスカラを厚く
「喧嘩上等じゃ! お父ちゃんの薬の効能は、単なる若返りだけじゃ
わざとらしく片眉を吊り上げ、アクセルが短く拍手した。
「Good! 幸運を祈る。日本と
ロイが腕時計を見ると、午後五時近くを指していた。
「うちも、いっぱい話ができて満足じゃ。はるばる
アクセルが、大きな左手を差し出す。
「シノなら、左手だけでも、人の倍以上の仕事ができそうだ」
ハッハッと笑いながら手を離したアクセルの指先に、ロイは
「どないしてん、その爪は? ボロボロやんけ」
アクセルが、肩を
「さぁな。ニュー・イングランドの冬は、空気が乾燥してるからな。ここ数年、冬季だけ割れていた爪が、今年は春を過ぎても
「普通に栄養を摂ってるなら、爪が
「私も、もう六十六歳だ。老化現象の一つや二つ、出て来るさ。まだ歯や髪は抜けていないし、
「そんなにあちこちが一度に老化せぇへんがな。少なくとも歯が抜けるんは、随分先やろ」
「あちこちが一度に老化するのを、私は
――「timeless」を長期投与したマウスは、全身の毛が抜け落ち、餌に
伊豫が語った動物実験の結果だ。
――マウスと同じ有害事象を、人間も起こしとったんか!
漢方では、とある方向性を持った、特異的な老化現象だ。
「妙に口が渇いたり、手足が火照ったりする被験者は、
「冷たい飲み物を大量に欲しがる患者が多かったとは、聞いている。糖尿病を発症したせいだと思っていたが」
――「陰液」の枯渇を起こしたんや。間違い無い。
アクセルは意図的にロイに教えてくれたのだろうか。いや、そんなはずは無い。漢方の
――「timeless」の有害事象は、強烈に「腎」の「陽気」を
漢方の概念上、「腎」は老化現象を司る臓器だ。「腎」が宿す「陰液」は髪・爪や生殖器の潤いを生み、「陽気」は意欲・活力や熱エネルギーを生む。「腎」の「陰液」と「陽気」の両者が潤沢にあり
「腎」の「陽気」を強力に
――恐らく「timeless」は、あっという間に「陰液」を蒸発させてしまうんやろ。漢方で大量に「陰液」を
紫乃の父親の日誌と伊豫から得た情報を比較しても、「timeless」や「時騙し」よりも「トキモドシ」のほうが、有害事象が軽い。紫乃の父は高脂血症や糖尿病を発症してはいなかった。
「ありがとぅな……Dad」
ロイは両手を広げ、ハグを求めた。ぎこちなく手を広げつつ、アクセルの頬がはにかんだように
二つの巨体が、がっちりと重なった。
「いつでも帰って来い、ロイ。いつかまた、一緒にニューイングランド・ペイトリオッツの試合を観に行こう」
昔、ロイが大ファンだったアメフトのチームだ。
ロイの
「婚約のお祝いに、と思ったんだが」
ロイが紙袋から中身を取り出すと、ニューイングランド・ペイトリオッツのヘルメット型をした、二つのマグカップが出て来た。カップの取っ手は、赤いフェイス・ガードだ。銀色の丸いボディに、「フライング・エルビス」と呼ばれるロゴ――
「ぶち可愛いのぅ! 取っ手がオシャレじゃわい!」
ロイより先に紫乃が嬌声を上げ、一つを
――親父らしい選択やな。
仕事以外は、アメフトにしか興味を示さない男だ。お得意の確率論と合理性では、息子との十五年間の空白を埋めるツールを見付けられなかったろう。考え抜いた末、結局、アメフト関連グッズに落ち着いたのか。
「俺も、めっちゃ気に入ったで。……また、日本から連絡するわ。今度は、次の返事を書くまでに十五年も掛からへん。約束する」
ロイが、乾杯するようにマグカップを
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