第9話 脈診の奥義

 一

 医局の壁に貼られた鏡の前で、紫乃はニンマリと笑った。

「さすがは、うちじゃ」

《酔心》と《賀茂鶴》の四合瓶を空けても、三時間しか寝なくても、目の下にクマは無く肌の色艶いろつやも良い。どんなに重くマスカラを塗っても睫毛はパッチリと跳ね上がり、緑のカラコンがきらりんと光る。

「おはよぅさん!」

 ふわぁ~っと大きな欠伸あくびをしながら、ロイが入って来た。いつも通り、きっかり七時五十分だ。後頭部の金髪がボサッと寝乱れ、灰青色スカイグレーの目は半分ほどしか開いていない。

「おはよぅございまぁーす!」

 深々とお辞儀じぎをした紫乃の前を素通すどおりし、スンスンとロイが鼻を鳴らす。

「どこぞの喫茶店サテンに迷い込んだみたいや。ええ匂いがするやん」

「ロイ先生に、コーヒーをれときましたけぇ」

 紫乃は、ササッと医局の隅へ走った。小さな調理台の端に置かれたコーヒー・メーカーから、ガラス・ケトルを持ち上げる。

「食器棚にあったカップを、勝手に使わせて頂きました」

 テーブルの上に用意した白いコーヒーカップ&ソーサーへ、コポコポと湯気を立ててちゃの液体を注ぐ。コーヒーのかんばしい焙煎香が、朝の医局いっぱいに広がった。

「昨日の救急当番、お疲れ様でございました」

 紫乃がぺこりと頭を下げると、半開きだったロイの目が一・五倍へ見開かれた。

「お前、誰やねん! 中身だけ、別の淑女レディと入れ替わったんか?」

「そのおとしで、物忘れでいらっしゃいますか?」

「いくら丁寧に言うても、人を侮辱してるねん!」

「おはよぅぅ!」

 地の底から湧き上がるような野太い濁声だみごえと共に、行木教授が入って来た。滑舌は明瞭で、右足も引きっていない。黒々とした髪をオールバックに撫で付け、全身に覇気が戻っている。

 ロイを見て、行木が眉をひそめた。

「お前、その顔は、どないしたんやぁ?」

 ロイの右上眼瞼みぎじょうがんけんの腫れは引き、代わりに青黒い皮下出血が眉間から右目をかこう。

「昨日、福山医大病院の開院以来、最悪の災難がありましてん」

 ロイが、昨夜の事件の概要を説明した。三阪家の「若返り薬」の話は省いている。

「けったいやなぁ。救急患者が三阪くんの当直室に隠れてて、鍵を確認しに来たロイを殴って逃げたんかぁ。それ、三阪くんが狙われた可能性もあるやろ? 三阪くんの周りばっかり、えらい物騒やん。VIP病棟のセキュリティまで破るなんて、タダもんいでぇ」

「昨日の寝しなに、妙案を思い付きましてん。紫乃ちゃんは、当面、救急・集中治療科で研修したらどうか、と」

 紫乃は、ばん、とテーブルを叩いた。コーヒー・カップが跳ね上がり、ガチャリと耳障りな音を立てる。

「あんたぁ、つい数時間前にほざいたセリフが、百八十度変わっちょるわ!」

「お前は、態度が百八十度変わってるねん!」

「今日からあんたに漢方の教えを乞うために、しおらしゅうしちょったのに!」

「まぁ、聞けや。研修医宿舎にもVIP病棟にも侵入されてるねん。他に、病院内で一番セキュリティが利くんは、集中治療室ICUだけや」

面白オモロいアイデアやでぇ。ええかも知れんなぁ」

 行木が深く頷いた。病院は、一日に数千人の外来患者がセキュリティ・チェック無しに自由に出入りする、超・無防備地帯だ。一般病棟への立ち入りも、さほど大きな制限は設けられていない。唯一、集中治療室ICUだけは、出入り可能な人員が限られる。

「救急・集中治療科の比嘉教授は、俺の同期ですねん。席順が隣やし、学生時代からの親友ですわ」 

「成績順は、離れてたやろぉ?」

「やかましいですわ」

 ロイが、紫乃へ向き直る。

「比嘉は学生時代から優秀で、義に厚い奴や。沖縄の米海軍病院で初期研修をしている間に米国アメリカの医師免許を取って、米国アメリカへ渡って、救急専門医の資格を取った。去年、せっかく米国アメリカで取った資格を全部捨てて、米国アメリカ流の救急医療を教えるために母校へ戻って来たんや」

 説得調になった金髪ガイジンヅラへ、紫乃は噛み付いた。

米国アメリカ流が、どれほどのもんじゃい! あんたぁ、専門が漢方のくせに、米国アメリカにかぶれ過ぎじゃ!」

「かぶれては、無いで。米国アメリカの血が、半分ほどかぶってるだけや」

 外見がほぼ米国アメリカ人のロイに飄々ひょうひょうと答えられると、余計に腹が立つ。

「あんたのダジャレは小学生レベルじゃ! うちは、とにかくはよぅ漢方を身に着けたいんじゃわ!」

「犯人の目星めぼしが付いて、身の安全が保証されるまでの辛抱や」

「犯人が見付からんまま一年が過ぎたら、どうするんなら?」

 紫乃は、二年間の初期研修を終えると、来年から総合内科へ所属する予定だ。内科専門医の資格を取得するためだ。内科や外科など主要領域の専門医を先に取らないと、漢方専門医を取得できない仕組みになっている。

「今回の研修がぅなったら、次に漢方診療科で漢方を学べるのは、最短でも三年後じゃろぅが! 乙女にとって、三年がどんだけなぎゃぁか、分からんのか!」

 一気にまくし立てると、息がピンポン玉のように硬く喉に詰まった。何とか吐き出そうとしても、吐けない。無理矢理むりやり呑み込もうとしたら喉がヒックヒックと痙攣して、涙が込み上げた。

「三阪くんの言う通りやでぇ。そこまで本気で漢方専門医を目指してくれる心意気に、なんとか応えてあげたいなぁ」

 行木の濁声に押されたように、ロイが難しい顔で黙り込む。しばらく沈黙が流れた。

「……ずっとロイにくっ付いてたら、病院内では大丈夫やろぉ?」

 行木が、おもむろに口を開いた。

「めっちゃ目立ちますやん!」

 金髪で大男のロイは、病院内外の有名人だ。

「逆にそれで、ええやろがぁ?」

 ロイが一瞬、考え込んでから、ほぅ、と紫乃へ納得顔を向けた。

「常に衆人環視にさらされるんも、ぇやな。ただし、人気ひとけが無くなる夜間が問題や。紫乃ちゃん、泊まるとこは、どうするねん? ずっと医局のソファに寝るんも、しんどいで」

 既に、考えてあった。

「研修医フロアの当直室を、ランダムに使おぅかと思ぅちょります」

「そらぁ名案や。夜でも、意外と他人目ひとめがあるしな」

 ロイも行木も、満足そうに頷いている。

 地下一階は研修医専用フロアで、若く熱心な研修医たちが入れ代わり立ち代わりたむろする、不夜城だ。研修医が自由に使える、五つの当直室も用意されている。

「うち、このまま漢方診療科で研修させてもろぅて、ええんじゃろか」

「ロイに付いて、一年間、思いっ切り漢方を学んだらええでぇ」

 行木の濁声だみごえが、医局のコンクリート壁に優しく染み入る。

「ホンマ、何から何まで、申し訳無ぁです」

「うちの科で研修中に事件に遭うのも、何かの縁やでぇ。困ったことがあったら、相談しぃやぁ」

「ありがとうございます!」

 勢い良く頭を下げたら、額をテーブルにぶつけそうになった。

「ほな、今日も一日、頑張ろなぁ」

 行木が颯爽さっそうと医局を出て行った。身長は一七〇㎝そこそこだが、肩幅が広く、がっちりしている。

 ――わきゃぁ頃は、モテたじゃろぅのぅ。

 行木はプライベートについて一切喋らないが、福山に〝プライベート〟は無い。広島県で二番目に大きな都市とは言え、人が集まる所には必ず誰か病院関係者の目があり、すぐに院内で噂が広まる。

 行木の場合は、二十歳ほどとしが離れた奥さんらしき女性と、十歳くらいの娘と一緒にいる姿を、度々たびたび目撃されている。

 ロイが、椅子を蹴り飛ばすように席を立った。

「朝回診へ行こか。その後は俺の外来に付いて、漢方診療を見とけや」

「あんたぁ、外来見学の覚悟はできちょるんか」

「俺のセリフや。お前、体調は大丈夫か? 一昨日おとといは救急当番やったし、昨日も、ほとんど寝てへんやろが」

「うちはわきゃぁし、元々三時間も寝りゃぁ、酒も疲れも抜ける性質たちじゃ」

 ロイが、口に含んだコーヒーを吹き出しそうになり、慌てて飲み込んでいる。

「お前、短時間睡眠者ショート・スリーパーかいな! ……めっちゃ羨ましいわ」

 人口の一%未満に存在するとされる、特異体質だ。毎日、短時間の睡眠しか取らなくても、しっかりと疲労が回復する。

 あっかんべ、と舌を出してやった。

「あんたぁ、もうわこぁんじゃけぇ、自分の心配をしちょれ」

「すっかり『あんた』呼ばわりに戻っとるがな。あーぁ、態度だけでええから、時間を三十分前に戻して欲しいわ」

 首を振りつつ歩き出したロイの背がズンと大きく、紫乃はしばらく圧倒されていた。


  二

 一人目の外来患者が、診察室を出て行った。直後に、紫乃はブチ切れた。

「あんたぁ、背中がデカ過ぎるけぇ、よぅ見えんかったわい!」

 紫乃は、ロイの背後で丸椅子に座らされている。大きな背中が邪魔で、診察の仕方が見えない。ロイと患者の間へ廻り込むには、診察室がせま過ぎる。

「見えんなら、立てばええやろが」

 ロイの声は静かだが、ドスがいている。

 ――こわっ!

 プルルッと、紫乃は身震いした。

 脈診をしている間、ロイは無言で目を閉じつつ、周囲へバチバチと殺気さっきを発している。「俺は集中してるねん、絶対に声を掛けんなよ、このボケカス!」

 と言わんばかりだ。

 澄ました顔で、ロイが次の患者を呼んだ。背後で、すっくと紫乃は立ち上がる。

 ――見ちょれ、この出来損できそこないガイジンめ。

 患者が、診察室へ入って来た。二言三言、問診をした後、ロイが患者の手を取って脈診を始める。

「まだまだ胃腸の力が弱いやん。胃もたれするやろ?」

 ロイが脈診を終え、電子カルテのキーボードを打ち始めた隙に、

「私も脈を拝見しますね~」

 と、ロイの背後から手を伸ばした。患者も、反射的に紫乃へ両手を差し出す。なんとか、患者の両手首をつかめた。

 ギロリと横目でにらむロイを無視し、紫乃は目を閉じる。

「なんの真似やねん? ……お前、まさか」

 ――脈診中に、うるさぁわ! 

 心でロイを一喝し、紫乃は左右の指先に全神経を集中した。それぞれの指先に、トクン、トクン、と触れる脈動は、紫乃の脳裏で、暗闇に浮かぶ小さな炎へ変わる。脈動が来るたび、ポッ、ポッ、と炎が浮かんでは消える。

 紫乃の左中指の先から伝わる炎は、指に少し力を入れただけで、弱々しく消えた。

「あんたの見立て通りじゃ。きょじゃのぅ」

 目を開けると、すぐそば灰青色スカイグレーの瞳がギラギラと光っていた。怒っているのか、驚いているのか、ロイの表情からは読めない。

 左中指に触れる脈は、「脾」の状態を表す。「脾」は、漢方の概念上、胃腸機能を司る架空の臓器だ。「虚」は、エネルギー不足を指す。つまり、「脾虚」とは、胃腸を働かせるエネルギーの不足を意味する。

 処方を終えて患者を送り出し、おもむろにロイが口を開いた。

「たまげたわ。脈診ができるっちゅうわけか」

「あんただけの専売特許じゃぁけぇのぅ」

 行木教授を始め、ほとんどの漢方医は、ふくしん、次いでぜっしんを重視して、漢方薬を選ぶ。紫乃やロイのように、患者の両手首の脈を同時に取り、脈診を最重要視する漢方医は、ごくまれだ。

「どこでなろたんや」

「決まっちょろぅが。うちじゃわ」

 紫乃は、パパっ子だ。朝から晩まで父のそばで過ごし、ままごとわりに生薬の調合を真似した。物心ものごころが付く頃には、薬局を訪れる客の脈を、父と一緒に診た。

「オトンは脈診をしよったんか」

「法的にはギリギリのラインじゃが、のぅ。薬局を開業してから、独学と経験で脈診を会得したようじゃ」

 薬剤師の資格では、診察行為を許可されていない。薬剤師が客の体に触れるのは違法であり、衣服をめくって腹診を行うのは不可能だ。ただし、脈診はグレー・ゾーンにある。握手などの生活習慣でも、手には触れるからだ。

 ロイが、紫乃のふとももくらいの太さの両腕を差し出した。

「俺の脈を診て、体調を当ててみぃ」

 紫乃は、余裕たっぷりにロイをにらみ付けた。手首をつかみ、目を閉じる。指先に触れる脈動が、脳裏で小さな炎へ変わる。両人差し指、両中指、両薬指の順に、指先に力を込める。右薬指に触れる脈の炎は、指に力を込める前に、消えた。

「ひどい腎虚じゃ!」

「デカい声で叫ぶな! 待合室まで聞こえてまうやろ! ずいわ!」

 右薬指に触れる脈は、「腎」の状態を表す。「腎」は老化現象を司る臓器であり、「腎虚」とは過労による老化現象の一時的な進行や、精力の減退を意味する。

「あんたぁ、随分とお疲れじゃのぅ。トシかのぅ」

 わざとらしく手で口を押さえ、プププと笑ってやった。

「昨日はトラブル続きの上に殴られて、警察の相手もして、二時間しか寝てないねん。お前と違って、俺は七時間以上の睡眠を取りたい性質たちや。そらぁ疲労困憊するがな」

「ガタイは、見掛みかだおしじゃのぅ」

「お前、シバくぞ!」

 動揺するロイを見ると、尾道水道のエメラルド・ブルーをのぞむように心が清々すがすがしい。脈診が、図星ずぼしいた証拠だ。

 ロイが、次の外来患者を呼んだ。神経質そうな中年の女性患者が、せかせかと診察室へ入って来る。

「羽立先生、この薬を見てもらえんじゃろか」

 女性がバッグから取り出したのは、ビニールの小袋に入った茶褐色や黄土色の生薬の混合物――漢方煎かんぽうせんやくだ。

「健康にええっちゅうて、親戚が送って来たんじゃ。飲んで大丈夫か、不安でのぅ」

 ビニール袋を受け取って開封し、ロイが中身を少量だけペーパー・タオルへけた。

 まるで躊躇ちゅうちょなく生薬を検分するロイに、紫乃は衝撃を受けた。

 ――そぎゃぁな木屑きくず葉屑はくずを見ても、生薬を判別できるわけがぁわい!

 漢方生薬特有の香りが、ふんわりと診察室に広がる。紫乃にとっては、懐かしい実家の匂いだ。

 ロイが、スンスンと鼻を鳴らし始めた。紫乃も、負けじと鼻をあちこちへ向け、スンスン、スンスン、匂いを嗅ぎ回る。

「匂いからして、桂皮けいひは確実に入ってるやろ」

「うちも、そぅ思うちょったとこじゃ!」

 ギロリ、とロイが紫乃をにらんだ。桂皮はシナモンの近縁種で、かっこんとうなど様々な漢方薬に含まれている。

 灰青色スカイグレーの目をにらみ返し、紫乃は一つ、大きく息を吸った。

「シナモンのかおりとほこりっぽい匂いからして、桂枝茯苓けいしぶくりょう丸料がんりょうじゃ!」

 高らかに宣言した。

「ええ加減なことを、抜かすな!」

 患者の手前、抑えた声音こわねだが、ロイの左頬のケロイドがブワッと赤くなった。かなりイラついている。

 白く巨大なロイの手が、ペーパー・タオルの上の茶色や緑色の混ざり物を、細かく選り分け始める。

「これ、とうにんやな」

 ひときわ薄い茶色の、アーモンドを砕いたような欠片かけらを、ロイがつまみ上げた。桃の種だ。

茯苓ぶくりょうもあるわ」

 干乾ひからびた豆腐を細かいかくりにしたみたいな、サルノコシカケ科マツホドの菌核きんかく

牡丹皮ぼたんぴや」

 文字通り、牡丹の根皮こんぴだ。ほどけた伊達だてまきの、ミニチュア版のごとき形をしている。

「もうええわ! 処方は、桂枝茯苓丸料で正解やんけ!」

 真っ赤になった左頬のケロイドを、ロイがカリカリと引っ掻いた。

「ノリツッコミじゃのぅ」

「ノッてもツッコんでもいねん! お前、なんで生薬の匂いだけで処方が分かるんや? どんな漢方医にも、できへん芸当やんけ!」

 大多数の漢方医には、生薬を直接見たり嗅いだりする機会が無い。昨今の主流は、「エキス剤」と呼ばれる既製の粉末漢方薬であり、生薬を扱うのは製薬会社だ。漢方医が「エキス剤」ではなく「漢方煎かんぽうせんやく」を処方した場合も、生薬をずから調合するのは薬剤師だ。

 紫乃は紫乃で、ロイのめ言葉も耳に入らないほど、心を鷲掴わしづかみにされていた。

「あんたぁ、噂にたがわん、スーパーマンじゃ。十年経っても、あんたにゃ勝てんわい」

 幼少から生薬と遊び、生薬にまみれて育った自分だ。脈診はともかく、実地でしか得られない生薬の知識では、誰にも負けないつもりだった。ロイは、匂いでは漢方処方を判別できなかったものの、生薬をり分け、最終的には処方名を当てた。脈診にひいで、生薬にも造詣ぞうけいが深い漢方医など、日本に何人もいない。

「なんで急にしおらしゅうなってるねん。匂いだけで処方を当てた、お前の勝ちやろが?」

 ロイが軽く笑い、中年女性患者へ向き直った。

「このせんやくは、血の巡りを良くする『桂枝茯苓丸料』っちゅう処方や。俺が見たところ、桃仁っちゅう生薬の配合が多い。桃仁は、桃の種や。植物の種子やから油分ゆぶんを含んでて、人にってはツルンと便が出てしまう場合がある。せやから、薬を飲んで軟便になるなら、量を減らして飲みぃや」

「お手間を取らせて、んませんでした」

 安心したようにお辞儀じぎをし、中年女性患者が診察室を出て行った。

 ロイの背後で、紫乃は震えが止まらなくなり、両手で膝を押さえた。心で、絶叫した。

 ――コイツ、スゲェわい! 宇宙から飛んで来たんか?

 田舎いなかみちき集めたような木屑きくず葉屑はくずを見て、各生薬を判別しただけでは無い。ロイは、生薬の配合比まで見抜いていた。桃仁の割合が多いと気付いたからこそ、軟便に注意を促したのだ。

 ロイには、間違いなく、ずから漢方薬を調合してきた数多あまたの経験がある。これほど生薬を知り尽くした漢方医は、現代では間違いなくロイ一人だろう。

「決めたわい。うち、あんたを師匠にしちゃる」

「なんで上から目線やねん。言われんでも、お前の指導医は俺や」

 何事なにごとも無かったように、ロイが次の外来患者を呼んだ。

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