第5話 乙女の隠しごと
一
福山から尾道へ近付くにつれ、国道二号線は尾道水道の海沿いを走る。
紫乃は、同乗する刑事たちに気付かれぬよう、車のサイド・ウィンドウに顔を寄せた。海辺に点在する木目の古びた
口の両端をキュッと上げ、笑ってみた。
――尾道は、やっぱり最高じゃのぅ。
雨の日も、晴れの日も、いつも景色は
車が、尾道署前に滑り込む。電話会社やガソリン・スタンドなどの商業施設に埋もれた、目立たない造りの三階建てだ。これまで
建物に入って見廻すと、白い壁紙があちこち剥がれている。刑事たちに誘導され、すぐに霊安室へ通された。
照明が暗い。二つの安置台に、それぞれ遺体が載せられている。顔に掛かった白い布を順に
胸のど真ん中を、透明な砲弾で撃ち抜かれた。体が頼りなく、空っぽだ。
「うちの両親で、間違い
現実感が
――見た目で分かるじゃろ?――
父は、つい先月、そう言って「若返り薬」の効果を得意げにアピールしたときの
指で、頬を
――大丈夫、大丈夫。
自分に言い聞かせる。絶対に泣きはしないと、心に決めている。冷たく弾力を失った頬に、ただ驚いただけだ。
「ご両親はこれから福山医大病院へ運ばれて、司法解剖を受けます」
刑事の低い声が、コンクリートの壁で
突っ立ったままの紫乃を、刑事が二階へ案内した。雑然とデスクが並ぶオフィスで、二人の刑事に名刺を手渡された。広島県警察刑事部捜査第一課、
デスクの一つに陣取り、事情聴取が始まった。
「お時間を取って申し
主に蓼丸が質問し、ノートパソコンへ向かって小早川が記録を取る。最後に両親と会ったのはいつだの、変わった様子は無かったかだの、事件当夜、紫乃はどこで何をしていたかだの。
ばんっ!
両手で机を叩き、紫乃は一喝した。
「つまらん質問ばぁしても、時間の無駄じゃ! 犯人はうち以外じゃけぇ、ボサッと座っちょらんでサッサと探せぇや!」
「他に何か心当たりがあるかのぅ。
眉ひとつ動かさず、蓼丸が問いを重ねる。
「お父ちゃんの薬が目当てじゃ。他に目ぼしい宝なんか、三阪家には
「薬っちゅうても、色んなのがあるけん。……どんな薬ね?」
優しく微笑みつつ、蓼丸が興味深げに目を細めた。
「飲んだら、何十年も若返る薬じゃ。お父ちゃんが、自分で創ったんよ」
「そぎゃぁに元気になる薬なら、
「ぶちまわしちゃろぅか! このクサレ刑事が!」
紫乃は、椅子を蹴り飛ばして立ち上がった。
「お父ちゃんが創ったんは、違法ドラッグじゃ
苦笑いしつつ、小早川が腰を上げた。椅子を拾い、紫乃の後ろへ戻す。
「そうは、言うちょらん。その薬、ご両親も飲んじょったんか?」
「刑事さんも気付いたじゃろ? あの二人が、まさか八十九歳と八十二歳とは思えんじゃろ? 子宝に恵まれんまま、
蓼丸と小早川が、初めて動揺したように、顔を見合わせた。
「その薬を飲んじょったら、血液には何かの反応が出るんかのぅ?」
「うちは、薬の具体的な中身を知らん。未知の薬なら、血液から検出する方法も
「ドーピングみたぁなもんじゃの」
口に出してから、蓼丸は「しまった」という顔をした。
「じゃーけぇーえ! 違法なもんと一緒にするなーとぉー、うちはぁー、言うとルゥー」
何とか暴発を抑えると、怒りは甲高い歌声へ昇華した。声が震え、ピクピクと頬が引き攣る。
慌てて小早川が
「分かっちょる、分かっちょるけん。……お父ちゃん、その薬を誰かに分けたり売ったりしちょらんかったか?」
「そぎゃぁなもんを世に出すとどうなるか怖いけぇ、秘密にして家族のためだけに
「あんたぁ、その薬を作る方法を知っちょるんか」
「半月ほど前に実家に帰ったとき、お父ちゃんがPDFファイルで、薬の開発日誌をくれたんよ。最低十年は漢方の修業をして、よぅよぅ日誌を読んでから薬を使えっちゅう話じゃった。日誌を見ても、難しい英語と中国語と専門用語だらけで、うちにはとても理解できんかった」
「その日誌は、どうしたんなら?」
「今朝、パソコンもUSBも
今、バッグに入っているスマホの中に日誌があるとは、明かさなかった。
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