底辺ダンジョン配信者の俺、ゴミスキル『地図化(マッピング)』しかないと馬鹿にされてたけど、実は世界で唯一の『神眼(ゴッド・アイ)』でした~隠しボスも隠し財宝も全部俺のもの!~

境界セン

第1話 視聴者ゼロの配信者

「はい、どうも皆さんこんにちは! 底辺ダンジョン配信者のヒビキです! 今日も元気にダンジョン潜っていきたいと思いまーす……なんて、誰も見てないんだけどな」


 薄暗い洞窟の中、俺――相葉響あいばひびきは、スマホを固定した自撮り棒を片手に、乾いた独り言を呟いた。

 画面の右上には、無慈悲な数字が映し出されている。


【視聴者数:0】


 はは、知ってた。知ってたよ。

 俺がこのダンジョン配信を始めて、もう三ヶ月。平日の放課後も、休日も、ほとんどの時間をダンジョンに費やしてきたけど、いまだにリアルタイムの視聴者が一人でもいたことはない。


「ま、まあ気を取り直して! 現在地は『始まりの洞窟』第一階層。特に見どころもない、スライムとゴブリンしか出ないフロアですねー。俺のスキルじゃ、こんなとこしか来れないっていう……」


 情けない自己紹介に、自分でも嫌気がさす。

 この世界では、十五歳になると誰もが神から『スキル』を授かる。戦闘に特化したもの、生産に役立つもの、その種類は千差万別だ。そして、スキルの優劣が、人生の優劣に直結する。


 そんな中、俺が授かったスキルは『地図化マッピング』。

 効果は、ただ一つ。自分が歩いた場所を、頭の中に地図として記録するだけ。

 剣も振れない。魔法も使えない。ただの、人間GPS。

 ダンジョン攻略がエンターテイメントとして確立されたこの時代において、それはあまりにも地味で、役に立たないスキルだった。


「っと、ゴブリン発見。まあ、俺は戦えないんで……逃げます!」


 壁の向こうから聞こえてくる下卑た笑い声に、俺は全力で踵を返した。情けないけど仕方ない。ゴブリン一体倒せないのが、スキルなしの現実だ。

 息を切らしながら岩陰に隠れ、そっとスマホの画面を確認する。


【視聴者数:0】


 分かってる。分かってるんだ。

 こんな地味な絵面、誰が見たいと思う? トップ配信者たちは、派手な魔法でモンスターを薙ぎ払い、巨大なドラゴンの首を刎ねて大歓声を浴びている。それに比べて俺はなんだ。ゴブリンから逃げるだけ。


「はは……才能ないのかな、やっぱり……」


 自嘲の笑みがこぼれた、その時だった。


「あれ? 相葉じゃん。こんなとこで何してんの? もしかして、またあのサムい配信ごっこ?」


 最悪だ。一番会いたくない人物に会ってしまった。

 声の主は、クラスメイトの佐藤和也。俺と同じ高校生でありながら、すでにトップ配信者の仲間入りを果たしているエリートだ。彼が授かったスキルは『炎熱魔法(パイロキネシス)』。入学して早々に、学校のスターダムにのし上がった男。


「さ、佐藤……。いや、その……ダンジョンの調査っていうか……」

「調査? ぷっ、お前のスキル『地図化マッピング』だっけ? ゴミスキルで何の調査できんだよ。自分が迷子にならないようにするため?」


 取り巻きたちが下品な笑い声を上げる。悔しくて、唇を噛み締めた。

 何も言い返せない。事実だからだ。俺のスキルは、何の役にも立たない。


「ま、せいぜい頑張れよ、視聴者ゼロの配信者さん? 俺はそろそろ第五階層のボスでも狩りに行くからさ。今日の配信、ゲストにアイドルの子も来るんだわ。お前とは住む世界が違うんだよ」


 和也はこれ見よがしに、最新型のドローンを飛ばしながら、俺の横を通り過ぎていった。取り巻きたちも、憐れむような視線を向けてくる。

 完全に心が折れた。


「……もう、やめようかな」


 ぽつりと、そんな言葉が漏れた。

 誰にも必要とされない。誰にも見てもらえない。こんなこと続けて、何の意味があるんだ?

 俺は、配信を切るためにスマホを手に取った。

 だが、その手が止まる。


 画面に、一件のコメントが流れていた。

 今まで、録画された動画にすら、一度もついたことのないコメントが。


『――見てるよ』


.

..

...


 え?

 見間違いか? 俺は自分の目を疑った。

 ゴシゴシと目をこすり、もう一度画面を見る。


【視聴者数:1】


 ゼロじゃない。確かに「1」と表示されている。

 そして、コメント欄には、新たなメッセージが打ち込まれていた。


『あなたのスキル、面白いね』


 心臓が、ドクンと大きく跳ねた。

 面白い? この、ゴミスキルが?

 誰かのいたずらか? それとも、憐れみか?

 混乱する俺をよそに、コメントは続く。


『普通の人は、壁の向こう側なんて見えない。モンスターの位置も、罠の場所も分からない』

『でも、あなたには視えている。ただ、まだその使い方を分かっていないだけ』


 何を言っているんだ、この人は。

 俺には、ただ通った場所が地図として記録されているだけだ。壁の向こうなんて……。


 ――いや、待て。

 言われてみれば、おかしい。

 さっき俺は、壁の向こうからゴブリンの声が聞こえてきたから逃げた。でも、頭の中の地図には、壁の向こう側に、確かに赤い光点が表示されていた。モンスターの存在を示す光点が。

 今まで、ただの仕様だと思っていた。自分が認識した情報が、地図に反映されているだけだと。


 でも、もし、これが。

 俺が認識する前に、スキルが先に『視て』いるとしたら?


 俺はゴクリと唾を飲み込み、震える指でコメントを打ち返した。


『あ、あなたは、誰なんですか……?』


 数秒の沈黙。

 やがて、返ってきたその名前を見て、俺は息を呑んだ。


『月読雪奈。あなたの、クラスメイトよ』


 月読雪奈。

 誰もが振り返るほどの美貌を持ちながら、誰とも話さず、常に一人で本を読んでいる孤高の美少女。

 そんな彼女が、なぜ俺の配信を? そして、なぜ俺のスキルのことを?


 混乱する俺の頭に、彼女からの最後のメッセージが突き刺さった。


『あなたのスキルは、ただの『地図化』じゃない。それは、まだ誰も知らない世界の真理を見通す眼――神眼ゴッド・アイよ』

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