<第一章:無辜の剣聖> 【09】


【09】


 翌朝目覚めると、テントにロブの姿はなかった。

 忙しいのだろう。特に気にしない。僕は1人が性に合ってる。

 テントを出ると、体調が完璧になっていることに気付く。

 傷の痛みは欠片もなく、関節は驚くほど柔らかい。素足で踏み締める地面の感触は心地よく、視界は広くて、耳も鋭敏になっていた。

 ロブの力のおかげだろう。

 こんな爽やかな気分は、初めて外を見た時以来。

 杖なしでも歩ける。

「………は?」

 僕は、両脚で問題なく立っていた。

 軽く跳ぶも、左足の痛みがない。肉を剥いだ古傷が心なしか薄くなっていた。

「おいおいおいおい言えよ」

 言ったら感謝してやったのに。

 後で謝礼を渡した方がいいか? ロブみたいな人間が喜ぶものってなんだ? 金や女は間に合ってそうだし、僕が用意できるものと言ったら、何か名声に繋がる力か?

 でも、明かりになる力が欲しいとか言っていたな。

 思い浮かぶ明かりは火だが、既にロブは使っていた。あれは書庫に収まっている力だろう。それで駄目なら、別の視点が必要だ。

 火以外の明かり。思い付くのは、剣の輝きと月明かりくらい。

 視野が狭い。

 もっと世界を巡り、知識を得たい。丁度、片足が動くようになったのだ。単純に、今までの二倍の速度で回れる。

 楽しくなってきた。

 テントに戻り、荷物をまとめる。

 テントには物資がかなり残されていた。古びた鞄が膨れ上がるまで食料を詰めた。穴だらけのボロボロのローブを纏い、同じくボロボロのトンガリ帽子を被る。

 外に出た。

「あ」

 このテントどうしよう? 

 僕は持てないぞ。まだ金目の物もあるし、ここに置いていくのは惜しい。まあ、ロブの持ち物だ。回収する手間までは知らん。

 旅立つ前に、爺の墓の前に行った。

 奇跡的に、或いは本当に奇跡の力で、爺の墓は無事だった。周囲は、炭の欠片しか残っていないのに墓は剣ごと無事だった。

 ふとした疑問が浮かぶ。

 こういう力同士がぶつかたらどうなるんだ? 反発するのか、吸収されるのか、変質するのか、性質によりけりなのか。

 考え出したらきりがない。

 色々試してみたくなる。

 爺の墓前だ。最後に見せてやるか。

 本を手に、【切断のヴァッサー】のページを開く。

 思い浮かべるのは光。

「白刃、剣閃、ただ在るだけであり、ただ斬るだけの無辜のもの」

 祈る言葉は自然と浮かんだ。

 輝きに胸を焦がす。

 右手を突き出し、指を重ねる。

 狙うのは、遠くの森の木々。

 ロブは、この業を亜流と言った。間違いない。今、集まりつつある力は、爺の剣の百分の一もない。

 だが、当たれば必ず殺せる。

「切断の――――――」

「どうした?」

「あっっっぶねぇぇ!」

 ロブが、目の前に急に現れた。

 危うく真っ二つにするところだった。

「まだ寝てないと駄目じゃないか」

「完全に治った。あ! てか、足を治しやがったな! ありがとうな! 言えよ、この野郎!」

「足? いや、足は治してないぞ」

「謙遜するよ。嫌味だぞ」

 僕と違って、何でもできるくせに。

「本当だ。俺は切り傷を治すつもりで力を使った。しかし、生命の流れを変えると古傷も治るのか。これは発見。いや、俺の思い違いなのか? 別の効果を違えて使っているとなると後々。いいや、当面の問題はやはり激痛だな。暗示か、睡魔を合わせて、しかしそれでは………」

 ロブは、ブツブツと考え込む。

 こういうところは、僕と変わりない。放置していたら日が暮れるまでやっていそうだ。

「で、どこ行っていたんだ?」

「ああ、ほら」

 ロブは、手にしていた杖を投げてよこした。

「こいつを取りに戻っていた。ちなみにガルヴィング。虫は平気か?」

「虫? あんまり好きじゃないな。美味くない」

「ロブ、こやつ吾輩を食うつもりだぞ」

 杖が喋った。

 しかも、杖には小さな目が現れていた。

 思わず投げ捨てる。

 地面に突き刺さった杖は、隠していた6本の足を現し、しゃかしゃかと僕に向かって駆けてくる。

 見た目は、細長い葉虫の類だ。人よりも長いサイズは初めて見たが。

 嫌悪感の塊が迫る。

 危機的状況に、思考が圧縮された。

「【切断のヴァッサー】」

 指を鳴らす。

 輝く斬撃が虫を切断した。

「ぐはああああああ!」

 虫は悲鳴を上げるも、

「痛いではないか!」

「馬鹿な」

 ほぼ無傷だった。

 僕の力が弱い? いいや、もう一度だ。

「止め止め。ガルヴィング、落ち着いてくれ」

 ロブが、間に入ってきた。

「なんだ、この虫? 魔物か?」

「魔物とは失礼な! 吾輩はもっと格上の高貴な生き物である!」

「ガンメリー。ちょっと静かにな。今、説明するから」

 ロブは、虫を黙らせ俺に話しかけてくる。

「ガルヴィング。この虫は、ガンメリー。我が家の宝物庫で埃を被っていた杖だ。借金取りも素通りした杖なのだが、うちのメイドが暖を取るのに使おうとしたら、この通り虫の形態になって喋り出した」

「危うく薪にされるところだったのだ」

「話してみたら中々面白いやつだったよ。物知りだし。ガルヴィングの杖代わりになればと思って持ってきた」

「いらん、気持ち悪い」

「吾輩に、そんなこと言ってもよいのか? こう見えても大変な知恵者なのだ。女の一人旅では色々と入り用な知恵も」

「僕は男だぞ」

 どこ見て言っているんだか。

「男ぉぉ!? ロブ! 貴様、顔が良いと言ったではないか!」

「女とは言ってないが」

「あれは美女を紹介する言葉だった! はかったな!」

「勘違いだよ」

 何こいつら。

「まあ、ガルヴィング。面白いやつなんだ。よろしく頼む」

「嫌だ。自分で面倒みろ」

「俺の友人や身内は、虫嫌いが多くて。何とか貰ってくれないか?」

 友達、僕以外にもいるじゃねぇか。当たり前だろうが。

 虫が叫ぶ。

「ロブ! 吾輩を捨てるつもりか!」

「すまない。うちでは飼えない」

「吾輩、食費はかからぬが!?」

「いや、食費の問題じゃなくて、生理的な問題だ。うちの大事なメイドが、君を家に置くなら暇をくれと言ってきた」

「ロブよ。もう、家に置けとは言わぬ。共に旅をしようではないか」

「俺は今後、立場的に色んな人間と会わないといけない。王国の重要施設にも出入りしなきゃいけない。その、悪いけど。君を連れているとバレたら………」

「虫差別であるか!?」

 区別だろ、害虫。

「誰が害虫か! 怪獣である!」

「あ、声に出ていた」

 怪獣ってなんだ?

 ロブは、にこやかに笑う。

「気が合うようで良かった」

『冗談』

 僕と虫の声が重なる。

 ロブが手招きして、虫から僕を離す。

「実のところ、本当に困っているんだ。見ての通り悪い奴ではないのだけど、どうみても虫だし動きが少し………その」

「大変、気持ち悪いな」

 魔物も、虫系は大変嫌悪されている。

「人によっては受け付けない感じだね」

「万人が受け付けないと思う」

「残念ながら、そう感じる人は多い。その難しいか?」

「難しいって」

 改まって頼まれると、色々してもらった手前断り辛い。

 と、体勢を変えた瞬間、左足が慣れた痛みを発する。こけそうになり、ロブに支えられた。

「どうした!?」

「足が痛い。どうやら、一時的だったようだ」

 元通り、左足は引きつって動かなくなった。

 まあ、当然だな。

 僕の人生、そう上手く行くわけない。

 仕方ない。

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