この翼はイカロスの翼なのか

ヤスミ

第1話

「このまま勉強の習慣が上手く作れないと進路の幅が狭まるぞ」


 そんな事は分かってる。


 分かってる

 このままだと漠然と思い描いている進路に行けない事だって。


 分かってる

 このままだとみんなと同じ時期に飛び立つ事すらままならないのだって。


 分かってる

 自分がどんなにちっぽけで本気を出したってもう届かない物があるのだって。


 全部分かってるつもりなんだ。


 ピコン♪


『おい、今日はなんのゲームする?』


『もう、FPSは勘弁、飽きたわ』


『なんでも、とりあえず8時に通話集合な』


『りょ』


『おけ』


 先生に忠告され、親に怒られ、頑張ろうとやる気を出してもこの通知が来る度に溜め込んだやる気が穴の空いた風船みたいに萎んでしまう。


 こんな生活を送っているとイカロスの翼を思い出す。

 父の忠告を無視して飛び続けたイカロスは太陽の熱によって蝋の翼を焼かれてしまう。

 この話を聞いた時に俺はイカロスを馬鹿だと思うと同時に少し羨ましいと感じてしまった。


 イカロスは蝋の翼で勇気を持って羽ばたいた。


 俺は友情のようなもので出来た翼を失うことを恐れて飛び立てない。


 だってそうだろ?

 友達を失えば勉強が出来たって意味が無いじゃないか。

 全てを失う覚悟で好きでもない勉強に向き合うなんて狂気の沙汰だ。

 きっと大人達は色んなものを見て、聞いて、知って、後悔したから忠告をしてくれている。

 だからって全幅の信頼を寄せるなんて無理な話だ。


「明日は何時からする?」


「同じで良くね?」


「また明日決めよ、もう眠いわ」


 時計の針は12時を過ぎていて良い子の寝る時間などもうとうの昔に忘れてしまった。

 朝早くに家を出て、寝不足のせいか授業は耳に入らず、帰る頃にはまた元気になってゲームをする。

 そんな悪循環を断ち切りたいのに時間だけが過ぎていく。


「ただいま、まあ誰も居ないけど」


 両親は俺の大学の学費を貯めるために必死に働いているのに俺は家に帰ってはゲームをするだけの単純な日々。

 期待はストレス、叱声もストレス、励ましすらもストレスに感じることだってある。

 いっそ死ねば楽になると思ってもそれは怖いから無理。

 なんもかんもが怖くて動けなくて、動いて失敗した記憶はどこまでも足を引っ張る。


『世の中ワガママなやつが勝つんだよォ!!』


 いつも通りあいつらとゲームするまでの暇つぶしに見ているYouTuberがそんなことを言っているのが耳に残った。

 ゲーム仲間を失わず、両親の期待にも応えて、進路も掴み取る。

 なんの努力もした事の無い俺が出来るはずがないのに感化されやすく冷めやすい俺の心は気づけば通話アプリのチャット欄を開いていた。


『今日は勉強しね?』


『ありあり、最近親がうるさいし』


『おけ、英語? 数学?』


『とりま、英語の小テスト勉強じゃね?』


『うい』


『おけ〜』


 拍子抜けだった。

 たった一言で変わるだなんて思わなかったし、やる気だって文字を打ちながら徐々に薄れていくし。

 これを断れたらまた元の生活に戻るだけだからと思って言った一言だった。



「最近よく頑張ってるみたいだな」


「はは、まあ、ちょっとだけ」


 劇的に変わることは何も無かったけど、もう俺はイカロスを羨ましいとは思わない。



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