回っているのは僕じゃない。世界のほうだ

彼が生まれた瞬間、誰かが先に勝利宣言をした。

分娩室の外では、父の秘書がすでにプレスリリースの草稿を整えている。母は新生児を抱き、カメラの前でちょうどいい笑みをつくった。「この子は天才になります」

彼はまだ泣き方も知らないのに、世界の拍手だけは先に鳴った。



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幼いころ、彼には自分だけのゲーム室が丸ごと与えられた。壁には限定版のキャラクターのポスターがびっしり、ゲーム機は塔のように積み上がり、床にはケーブルがぜんまいみたいに絡み合う。中央の本革のリクライニングに腰を沈めれば、回転台の上に置かれた宝石になった気分だ。

一時間ごとに執事がドアを開け、搾りたてのオレンジジュースと温かいおやつを置いていく。廊下の向こうで母がやさしく囁く。「覚えておいて、あなたは天才。凡人に付き合って時間を浪費しちゃだめよ」


学校では成績は人並み、知能検査の数値も真ん中あたりだった。彼にはわからない。これほど優秀な自分を、なぜ誰も担ぎ上げないのか。

同級生がランドセルを背負って歩いて登校するあいだ、彼は黒いセダンで校門に横付けされる。昼休み、列に並んで弁当を温める子たちを横目に、白手袋の使用人が保温弁当を彼の席に置く。

彼は自分に言い聞かせる。「彼らは僕を理解できないだけだ」


夜になると、枕の下に手を差し入れ、卒業アルバムから切り抜いた何枚かの笑顔をそっと掌に広げる。どの瞳も航路標識の灯のように明るい。母の足音が近づくと、彼は慌てて紙片を枕の下へ押し戻す。隠すのは、光を守るためだ。



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中学二年のある日、廊下で彼は言った。

「本当は、もっと上の学校に行くべきなんだ」

事実を述べただけ――彼の声は自分でも驚くほど誠実だった。だがその「事実」は、コンクリートに叩きつけられたガラスのコップのように、まわりの表情を粉々にした。

「何様のつもりだ」

「坊ちゃんは黙ってろ」

鞄、拳、侮辱が一度に飛んできて、彼は初めて世界が回るのを感じた――崇められて回るのではなく、天井が歪んで回るほうの回転を。


母は呼び出しに応じて学校へ来た。タイトスカートには糸くずひとつない。壇上に立つ姿はまるで記者会見だった。

「うちの子は何も悪くありません。あなた方が嫉妬しているだけです」

拡声器を通したみたいに言葉は膨らみ、見出しのような鋭さで突き刺さる。こうして「誤り」は彼から遠ざかり、彼はますます確信する。世界が彼に冷たいのは、世界が愚鈍だからだ。


数日後、母は退学手続きを進め、自宅の書斎で彼の初めてのプロモーション動画を撮った。

「硬直した体制は天才にふさわしくないの」

動画が公開されると、キャプションには『IQ200の子に自学を――教育の鉄の檻を壊せ』。

彼は編集された自分の映像を見つめ、目の奥で光が走るのを感じた。それは承認の光だった。知能検査の、あの高くも低くもない数字はテープで封じられ、引き出しの底に沈んだ。



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みなが進学の準備を始めるころ、父はついに毎日ゲーム室から聞こえるクリア音に堪えかねた。一本の電話で会社を買い、息子に真新しい肩書きと使い古された呼び名を与える。CEO。

十五歳の彼は、学校の演台よりも高い椅子に座った。背後は全面ガラス張り、都市が足元でゆっくり滑っていく。

会社の運転は順調だった。一線級のエンジニア十五人が、それぞれ蜂の巣のように緻密な成果を携えてくる。会議室で彼は携帯ゲーム機をいじり、ときどき顔を上げて「いいね」「続けて」と言う。成功のたびに、その成果には彼のイニシャルが貼られた。


母の本は次々と売れ、表紙には彼の横顔。見出しは天才のイメージを更新し続ける。

『少年社長の脳内地図』『十五歳で世界をひっくり返す』――ページをめくれば、成功の方程式が箇条書きで並ぶ。慧眼、胆力、スケール感。そうした言葉のフィルターは、彼の身に残る普通という粒子をことごとく磨き落とした。


食はますます豪勢になり、体は外側へと膨らんだ。髪は脂と時間でへたり、肩へと流れ落ちる。彼は切らない。これが「ヒップホップ」の個性だと主張する。鏡の中の人物は、世界に育てられた王のようだった。

晩餐会に顔を出すようになり、水晶のグラスを掲げながら酒ではなく自分の影を見る。若い女性と短く付き合っては、スマホケースを替えるみたいにきっぱり終わらせた。

「あなた、愛ってわかる?」とある女性が尋ねる。

「もちろん。世界が君のほうへ回ってくる、それが愛だよ」

彼は自分でもうまいことを言ったと笑った。



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「若き起業伝説」の肩書きで、彼はオープンソースのコミュニティに参加した。初めてミートアップの会場に入ったとき、灯りのない夜へ流星が飛び込むような気分だった。

彼は聞き上手だった――理解のためではなく、ふるい分けのために。どのコードが宝で、どれが練習かを嗅ぎ分ける。そして小切手を切って成果を買い取り、パッケージしてリリースし、自分の名義を貼る。

「僕は舞台を提供している。作品が見つかるんだ。持ちつ持たれつだよ」

夜になると、家で新鮮な熱量とダウンロードの数値を机に積む。トランプのように。どのカードにも、彼の顔が印刷されていた。


ネットは彼を「逸材を見抜く目」と呼んだ。彼はその四文字を信じた。もう四文字――「礼は要らない」もまた、信じた。

彼の世界では、原作者は鉱脈であり、自分は採掘権だ。権利は鉱石よりも重い――それが彼の脳内黒板に書かれた第一条だった。



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ある年、両親の政界の友人が大統領になった。

まもなく、彼は国家レベルの開発機構のトップに収まる。見出しは賞賛を新たな高みへ押し上げた。「百年に一度の頭脳」「地上で最も賢い男」。テレビ番組に出演し、カメラの前で人生哲学を語る。

「食って寝る。寝ては食う。これがいちばん効率がいい」

司会者は一瞬固まり、気まずく笑って言う。「原点回帰、ですね」

ライトの熱の下で彼は思う。反応が鈍い。凡人の頭は回転数が低いのだ。


彼はまた本を出した。内容の多くはコミュニティで聞いた誰かの見解を語順だけ入れ替えたものだが、どの段落もハイライトされ、引用され、スクリーンショットに向いている。

EC書店の一等地は会社が買い取り、四季を通して彼の笑顔が並んだ。消えない街灯のように。


だが街灯の直下では、影が口を開き始める。実績がない、剽窃だ、親の金で舞台を積み上げた、提唱するシステム設計はおとぎ話――そんな指摘が出た。

可笑しくて仕方がない。夜、彼のもっとも勤勉な仕事は検索エンジンに自分の名前を打ち込むことだ。鏡の前で身なりを整えるように。誰が罵っているかを見つけては、メッセージを送る。「あなた、僕のことをよくわかっていないようだ」

罵倒語はない。あるのは説教だけ。ほどなく相手は黙るか、消える。

「俗物だ」彼は言い、噛み飽きたガムを吐き捨てるみたいに忘れた。


ときに辛抱を失い、酒の勢いのまま近くのものへ怒りを投げつけた――恋人の腕、野良猫の背中。

「僕に教えられるなんて、幸運だよ」

それが権力へのもっとも正直な表現だった。誰も訂正しない。訂正する者は、すでに片づけてきた。



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八年が過ぎ、大統領は交代した。同じ与党でも派閥は異なり、新政権は両親と袂を分かつ系統だった。


そのころもなお、「天才、再び動く」「わが国にも天才IT大臣がほしい」と、国内外の新聞は彼の武勇伝を大きく取り上げた。凡人に対しては札束を顔に投げつけ、さらに自分から札束を集めさせる循環をつくればいい――成功とは、つまるところそんな無骨で退屈なものだ。


小さな火は、取るに足らない出来事から上がった。いや、長く覆い隠されてきたものが、ようやく空気に触れたのだろう。

彼が名義上「開発した」とされる〈防疫マスク地図〉は、地方のエンジニアから買い取ったものだと暴かれた。彼は気にも留めない。食物連鎖だ。表に出られない下層の作り手に舞台を与えているのに責められる筋合いはない――俗物はどこまでも俗物だ。


かつて胸を張って「二週間でオンライン詐欺を一掃する」と宣言した白紙小切手は、不渡りが明らかになる。「口先だけ」「実績は?」

「公衆衛生のQRスキャンアプリは、実は端末メーカーに金を払って民間に開発と運用を押しつけただけ」「八年間でやったことは出前アプリを押すこと、しかも民間の既存アプリに新しいラベルを貼っただけ」「分散型ウェブの構想は机上の空論」「“絶対に漏れない遠隔勤務クラウド”は、結局有名クラウドの購入では?」

挙げ句の果てに「“民主メタバース”とは何か。流行語を継ぎはぎした見せ球は、ホームセンターの“3Dナノ便器ブラシ”の売り文句と何が違う?」と嗤われる。


ある批判は、本人も覚えていない朝の思いつきの発言が出どころだった。だが相手は公開動画という証拠を握っている。出席したイベントは数知れず、どこで何を言ったか、彼に記憶の義務はない。


以前なら、いつものように個人特定とダイレクトメッセージで片がついた騒音が、だんだん効かなくなっていく。むしろ相手は強い言葉を返してきた。「張り子の門外漢」「親の七光りのぼんぼん」。

押し込められていた情報は、長く塞がれていた蒸気のように、熱と音を立てて吹き上がる。オープンソースの無署名利用、部署予算の行方不明、海外視察の観光化、会議の遅刻欠席、パートナー企業への嘲りと怒号。

ニュースは少年期から中年までの写真を横一列に並べた。滑らかだった肌は、やがて油を帯びて光る。カメラの前で笑うその一コマごとが、にわかに証拠品へと変わった。


世論に押されてまず辞任。連なるのは罰金と損害賠償。

銀行の前で立ち尽くし、スマホの数字がみるみる減っていくのを眺める。

最後に残ったのは「500」。

最初に浮かんだのは――五百じゃ鉄板焼きは無理だ。

次に浮かんだのは――どうして僕が。


両親の結婚も、この荒波で砕けた。家族会議で父は、彼との縁を切ると宣言した。取締役会で議案を否決するみたいに、乾いた声で。

母は泣かなかった。化粧はむしろ寸分違わず整っていた。『天才の母の誤読』という新刊を出し、物語を「遺憾」に仕立て直す――自分が天才を見誤ったのではない、世界が天才を扱い損ねたのだ、と。母はいつだって現実に手を入れ、画面に載るまで磨くのが得意だった。


家を追い出された夜、彼は安いビールと、絶版になった自著を何冊か抱えて出た。表紙に印刷されたのは見慣れた自分の顔。だが紙の光沢は夜霧のなかで鈍く、携えるそれらは、止まった戦果の記章のようだった。



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異国の海辺をさまよい、海風が髪を細い油の川みたいに流す。防波堤に腰を下ろし、潮が遠くの灯台を呑み吐きするのを眺める。

彼は数々の回転を思い出す。会社の回転扉。式典の舞台でゆっくりせり上がるターンテーブル。レンズの中心で、いつも画面の真ん中にいた人間――自分自身。

つい癖でスマホを開き、自分の名を打つ。電波は強まったり弱まったり、検索結果は海面のうねりのように変わる。見出しはまだ「伝説」を謳うが、その下に灰色の注記がついた。「このリンクは無効です」。

いくつかの古い記事をタップすると、エラーページが跳ねる。世界が、光を引きあげていったみたいだ。


ビールをひと口。苦みが舌の根を占領する。風に向かって弁明しようとする。

「回っているのは僕じゃない。世界のほうが僕の周りを回っている」

風は答えない。彼の手の中の本だけをめくり、薄い頁の角を白い鱗のようにめくらせる。

彼はふいに、枕の下の笑顔を思い出す。何年も取り出す勇気がなかったことを。自分に他人の視線が必要だと認める勇気もなかったことを。崇拝は影のように自動でついてくるものだと、ずっと思い込んでいたことを。


立ち上がる。足元の石は波に舐められて濡れ光る。もう一歩だけ前へ出て、泡の縁を見届けたくなった。

世界はまた彼の目の中で回りだす――万人注目のためではなく、アルコールと失調のために。天と地が入れ替わり、海岸線がこちらへ突進してくる。

何かに掴まろうとして、空気と塩しか掴めない。


踏み外した瞬間、なおも彼は信じていた。自分を支える力が現れるはずだと。父の手、母の言葉、ネットの声量、財布の厚み、金色のラベル。

しかし、何も来なかった。


冷たい海水が押し寄せる。感情のない観客の群れのように、黙って彼を取り囲む。

水中で彼は回転し、耳の音は遠のいて、テレビの音量をミュートにしたみたいになる。

最後のひと呼吸で心の中に呟く。「回っているのは——」

語尾は泡に切られた。水面はすぐに平らを取り戻し、月の光が冷たい銀粉のように撒かれる。文字のない証書みたいに。



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何年か後、古いニュースのコメント欄に誰かが書き込む。「結局、この人は何をしたの?」

ぼやけた一枚の写真が貼られる。少年がゲーム室の真ん中に座り、周囲は未開封の新品と、目に刺さるほど明るい画面。

スレッドに答えはない。あるのは憶測と、互いの確証だけだ。


物語は回転をやめても、世界は止まらない。

波は岸へ打ち寄せ、引き、また打ち寄せる。

岸辺の風のなか、名前のない声が言う。

――君が世界が自分のまわりを回っていると思えたのは、自分の中心しか見ないからだ。

世界が君を押しのけたとき、初めて気づく。世界にはもともと、君という軸など要らなかったのだと。

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