ep.6 [陽翔]俺の真実
最良と最悪は紙一重。運命はちょっとした要素で見せる表情を変えてしまう。
そんなこと分かってたはずなのに俺は迂闊だっただろうか。不可抗力だろうか。こんなこと誰にも分りっこないのだから。
職員室に突撃し遠出の許可をもらおうとするも、即座に却下され廊下に出る。
分かっちゃいたけど、そう簡単に許可はもらえない。なんかピリついてたし、タイミングも悪かった。また今度、理由を捻り出して再挑戦しよう。
気を取り直して、そのまま俺たちはやけに騒がしい食堂へと向かう。俺も喉が渇いていたし、洵にも水を飲ませた方がいいと思ったから。
でも、それが間違いだった。どこまでもタイミングがついてなかった。
◆ ◆ ◆
初めて会ったあの日、寂しそうな顔をした洵が一人で長椅子に座っていた。ふんわりとした髪の毛が耳を隠し、横顔は少女のように見えた。
その場所に着いたのは俺が二番目だったから、他にも人がいることや自分がこれからどうなるのかが怖くて緊張して、表情が強張るのを自覚していた。そんな俺を見るや、ぱぁっと表情を明るくして『こっちおいでよ』と言わんばかりに手招きして、自分の隣にと座面を軽く叩く。
それに流されるように俺は彼の隣に腰掛けると『お名前なあに?』『どこから来たの?』と、自己紹介と共に怒涛の質問攻めをくらった。
隣に座ることで彼の小ささが際立った。
小学生中学年ほどの身長から繰り出される低学年の語彙。思考能力も同程度だと感じられたが、実際は中学二年生だと言う。記憶が曖昧で、気づいたらその年齢。彼の“ちゃんとした記憶”は、小学一年生で止まっていた。
幼子のようにどんどんと言葉を吸収していく姿に、少年の時間がそこで止まっていることを理解させられた。
もしかしたら俺と同じように、トラウマから来る記憶障害かと思うと少なからず親近感が湧いた。
思い出せないことは何も悪いことじゃない。血まみれの両親の姿なんて、忘れたままでいたかった。だから俺は洵の記憶のキーを探りながら、踏まないように面倒を見てやることにした。
ある晩、俺たちが寝ている部屋に誰かが入ってきて目が覚めた。これまでも何度か違和感がある日はあったが、その度に忘れたり、確証もないので言い出せずにいた。でもやっぱり侵入者はいたんだ。
俺は身が
悪い存在でないと分かった瞬間に、体を縛っていた恐怖がふっと消えて、俺はようやく話しかけることができた。それが俺と諒さんの最初の出会いだった。
俺に心を許して、後ろをちょこちょことついてくる少年が可愛くて仕方がなかった。この子を放っている兄の存在に怒りが湧いた。この子を守ってやりたいと思っていた。
でも洵のお兄さんは、別に洵を見放したわけでも見捨てたわけでもなかった。ただ彼には彼の目的があり、それを達成するために戦い続けていることを知った。その目的は家族を守ることだった。
だから、こんなの間違ってるんだ。
だけどそれを洵は知らない。それと同じく、深い悲しみの中で気丈に振る舞おうとしていた洵の内心が、どんなに寂しさで溢れていたのかを俺も洵の兄さんも、ちっとも分かっていなかった。
◇ ◇ ◇
謎に上げられる女子生徒の黄色い悲鳴。『マホウグマホウグ』と興奮する男子生徒。その中央で、背後の“何か”から生徒たちを遠ざけようとする洵の兄さん。
男女の共有スペースである食堂は混沌に満ちていた。そして俺の隣にも、更なる火花が震えていた。
僅かな理性も激情に溶けて、ついに洵が口を開く。
「——なんで、なんでまた! ぼくじゃないのさ!」
空間を裂くような悲痛な叫びがその場にこだました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます