ep.4 [清次]変革

 迷宮へと勇ましく進む生徒。彼らを見送る微笑みの裏で、胸は焦燥に荒れていた。


 ピンと伸びた背筋、悠々たる歩みは老いを感じさせず、目尻のシワからは温かい人柄が滲みでる。

 学校長木内きうち清次せいじは連絡を受けて肩を落としていた。


 いつかこうなることは決まっていた。それにしても早すぎる。環境が整うのも、死地になり得る場所へ送り出される彼らの年齢も、そのなにもかもが早すぎた。とはいえ、木内に命令を拒否できる力は無い。ただ淡々と教職員を集めるように指示を出すほかなかった。



 周囲を見渡す。教職員の全員が集まったのを確認して、木内はようやく重たい口を開いた。


「先ほど、第一陣の子たちが出発しましたね。彼らが望んだとはいえ、送り出すには心苦しいと思った先生方も多くいらっしゃると思います。

 さて、先ほど良い知らせと悪い知らせが届きました。まずは悪い知らせから……準備ができたそうです」


 部屋がざわつく。その言葉の意味をここにいる全員が正しく認識しているからだろう。


「生徒にはこれから体力増強訓練・武器活用訓練を必修で課し、基礎が出来上がった者から協会職員の同伴を基本として順次迷宮に向かわせます。合わせて、我々教師陣も戦闘訓練と実践を行います。皆さん、体力は付けておきましたね?」


 穏やかな声にピリついた空気がほんの少しだけ和らぐ。


「勿論、始めは協会や願い出れば自衛隊も協力してくださります。ですがそれもじきに終わります。いつまでもここにかけ続けられるリソースはありませんからね。

 いくつかレベルが上がれば基礎魔力訓練を始めます。人の手配は済んでいますので後ほど紹介します。そのような理由で、明日より二番の時間割を元に学校活動を継続します」


 部屋を包むのは諦観だった。自分たちが反発したところで、替えの教師はいくらでもいる。すぐにすげ替えられるだけと分かっている教師陣は、子供たちが戦わされると言われても了解を伝えること以外になにもできなかった。


「もうひとつ、良い知らせがあります。中型に分類されるの空間の魔法具がこちらに届きます」


 聞いたことのない単語に頭の中で『?』が浮かぶ彼らに木内は説明を続ける。


「空間の魔法具とは、異空間を作り維持するマジックアイテム、簡単に言えば快適な部屋を作れる珍しい道具です。新任の魔力基礎・魔力応用のクラスを持つ先生がそれを持ってきてくださいます。百聞は一見に如かずですのでもう少々お待ちください。

 私も少しだけ知っていますがとても快適なものです。中に生徒用の宿舎や浴場を用意してもらっています。いつまでもこのままでは可哀想ですからね。正確な空間の広さを確認次第、教師用の宿舎も検討します」


 空間の魔法具の噂を知る者は顔色を良くし、そうでない者もとりあえず納得の表情を見せる。

 期待しても良いと思いますよ。なんと言っても中型ですからね。


 一呼吸を置いていると、ドアの向こうの騒がしさが高まる。

 彼が来たこと把握して静かに待つこと二分。ノックが三回されて、扉が開かれた。


「失礼します。本日付きで着任しました。魔力基礎・応用クラスを担当します。古枝ふるえりょうと申します。歳は今年17に、得意技能は物質化。種族は半適応種です。よろしくお願い致します」


 “種族──半適応種”その聞き慣れない単語に、一部教師の眉が動く。この場でその言葉の意味を真に理解しているのは木内だけだった。

 言葉を除いても、緊張した彼に教師陣は驚く。原因は彼の年齢に他ならない。まだ子供じゃないかと驚愕したのだ。


 教師たちの視線が彼に吸い寄せられる。瞬間、考えを改めることになった。

 その青年の目は異常だった。どこか遠い視線が一人をかすめるたびに、受けた者の肩がびくりと揺れ、部屋の空気がじわりと重くなる。


 ただ、木内からすればそれは未熟の裏返しだった。彼から溢れるそれに呑まれていないのは自分だけであることを認識し、緊張を和らげようと微笑を向ける。

 意図を理解してか古枝は校長に向き直り、何かを察したのか一瞬不敵な笑みを浮かべる。


「木内校長でお間違いありませんでしょうか?」


 それに木内も笑みを深めた。互いが同格の存在であることを直感的に理解したのだ。


「そうですね。木内清次と言います。よろしくお願いしますね、古枝くん」


「こちら空間の魔道具です。ご活用ください」


 素早い会釈の後に差し出される透明な球体。それに莫大な魔力が内包されていることを感じて固唾を飲んだ。


「あぁ、ありがとう。楽しみに待っていました。これでみんなを暑さに苦しませずに済みます。ちなみにこれはどちらから得られたのでしょうか?」


「下級最上位。そのほぼ最奥の宝箱から発見しました」


 下位の……最上級。耳にしたことはありますが、さすが【パイオニア】といったところですね。

 同列と言っても広い括りでの話。自身と彼の間に大きな差があることを感じた。


「怪我などは無いですか?」


「恥ずかしながら少々。ですが活動に支障はありません」


 魔法具が受け渡される時に触れた彼の手は硬かった。見えた掌はマメだらけ。潰されて、治して、また剣を握る。なにが彼をそれほどまでに駆り立てるのか、興味が湧いた。


「それは良かった。よければ後で話を聞かせてくださいね」


 木内は教師陣に向き直る。


「言った通り彼が魔力基礎、そして魔力応用を持ってくれます。何人か疑問に思ったかもしれませんが、彼は洵くんのお兄さんです。

 常にここに居られるわけではありませんが、これから心強い仲間になってくれるでしょう。拍手」


 木内が促すと、互いに目を合わせる。静けさが一拍、二拍——やがて控えめな拍手が一人から始まり、それが伝播するようにして、音が部屋に広がった。


 学校組が今こうして安全に過ごせるのは、スタンピードで溢れたモンスターを討伐してくれてた冒険者がいるからに他ならない。それを知りながらも戦うことを恐れていた人が多い教師陣は、この会話だけからでも汲み取れる強さの彼にある種の尊敬が生まれていた。


 一段落したところで木内は手の中にあるそれなりの重み、どれほどの価値になるか計り知れない空間の魔法具を設置するための会話を始める。正直に言えば価値を理解している分、ツルツルとした手触りのそれを保ち続けるのは恐怖でしかなかった。


「これの使い方は分かりますか?」


「うちのクランマスターから少し聞いてるんですが、えっと……まず設置場所はどこにしますか?」


 不安の残る回答に内心ひや汗をかく。

 場所は男女校舎が交わる食堂あたりでどうだろうか。

 教師陣に通常業務に戻るように命じ、新任教員と校舎を歩き出す。

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