ep.3 [結衣]感傷

 あ〜あ、帰っちゃった。

 脳内に流れるのは、隠しきれない震えを抑える先輩の後ろ姿。平和主義で傷つけることを嫌う、それなのにこの社会で誰かのためになりたいという純粋な献身性に突き動かされた男の子が私には眩しかった。


 やっぱり最初は辛いよね。私も最初はそうだった。気づけは傷つけることが当たり前になっていて、そんな自分にどうしようもない気持ちになる。

 そんな下向き気分を消し去ろうと、うーんと伸びをして自分の担当職員に聞いてみる。


「ちょっと見ててもらってもいいですか?」


 私は今日の目的を達成するために、手助けなしの戦闘を望む。そんな希望に返事をしたのは、協会職員のまとめ役である大柄な男性だった。


「おめぇさん、随分自信あるな。何桁だい?」


「レベルは二桁、タグは四桁です。いつもお世話になってる“浄火”のですよ」


 何度かすれ違っただけで直接話すのは今日が初めてではあるけど、確かそれなりに偉いポジションだったので言えば分かると当たりをつけた。


「……あぁ、既視感はそれでか。いつもは白フード被ってるから分からんかったよ。お嬢さんは自由にしてもらって構わない。ポイント稼ぎが目的なら同伴はいらないかい?」


 私の考えは正しかったようで、一般学校組がいる中で多くを語らずに話は進む。


「要らないです。面倒なことに学校組は基本ダンジョンノーって言われてるので仕事で呼び出したりしてもらわないと中に入れないんですよ。そこで! 今回はちゃんとした機会に、ちゃんとした人から口添えしてもらう口実をゲットしに来ました!」


「なら同伴必要だな。じゃなけりゃ実力ってもんを正確に測ることが出来ねぇ」


 唸るような低い声が私を止める。

 危ない、サブ目標に目が眩んでいた。


「それじゃあ……お兄さん、このままお願いします」


 さっきコボルトを弱らせてくれた私の担当職員にそのままお願いする。


「あ、あぁ。分かったよ」


 目を白黒させるのも仕方がないか。こんなこと予想してなかっただろうし。


「にしてもこんなに小さい子だとは思わなかったなぁ」


 リーダー職員の言葉に私は首を傾げた。


「どのくらいだと思ってましたか?」


「そう言われると難しいんだが……ほら、いつもは背伸びした話し方してたろ?

 だからそうだなぁ、高校生ぐらいかと思っていたんだよ」


 背伸びしてると言われたらそれはそうだけど、環境が環境だし誰でもこうなっちゃいそうだけどなぁ〜。

 そんな風に思いながらも実年齢よりも大人に見えると言われて上機嫌になった。


「来年から私もJKジェーケーの仲間入りです!それでは同級生、というのも変ですけどスクールメイトさんのことよろしくお願いします」


 学年はバラバラ、それでも学校の同じ一期生である仲間たちに視線を向けて、改めて護衛を頼んだ。


「おぅ、気ぃつけてな」


 手をぱたぱたと振って一団から離れる。

 ポーチから取り出した“完成した”地図を軽く確認して、奥へ続く通路を辿り始めた。



「お兄さん進化者じゃないですよね? もしよければなんとなくのレベル教えてもらえませんか? ちなみに私は40ぐらいです」


 初見の人にレベルを尋ねるのは失礼なこと。けれど、道中の安全のために質問する。


「50まではまだかな……40ぐらいだよ」


 40もあるなら私が守る必要はないだろう。


「じゃあ大丈夫ですね。行きましょう!」


 このダンジョンの中層までなら二人でも十分進めることを確認できて満足げに頷くと、自分の体に《強化》を施して走り出す。いつもの相棒ではない使いづらい剣でどこまで戦えるか、自分を試そうと思った。



 私たちは、魔物を倒せばレベルが上がり、レベルが上がるとスキルが増える不思議な世界で生きている。

 最初のスキルは《下位自己鑑定ステータス》。ほとんどの人が次に得るのは《交換ディール》。倒した敵に応じてポイントが貯まり、それとアイテムとを交換できる、いわば取引のスキルだ。


 明らかに自分より弱い“ニセモノ”を倒してるだけじゃもらえるポイントは少ないし、だからと言って“ホンモノ”と戦うのはかなり危ない。だからここにはいないけど、丁度いいニセモノが一番なんだよね。


 一戦終わったところでポーチから地図を取り出して一瞥する。

 時間もそんなにないし、これ以上進むのはやめておこう。


「ここら辺で狩ることにします! 警戒しながら休憩してて大丈夫ですよ?」


 小盾を壁に立てかけて身軽になる。


「それじゃあ少し休ませて貰おうかな。あと20分ぐらいしたら出口に戻ろうか」


「了解です。ちょっとポイント稼ぎしてますね」


 そう、この行動は単なるポイント稼ぎ。《交換》に必要な通貨を得るためにする傷害。それなのに私の心が揺れることはない。私はもっと大きな罪を抱えているから。


『一度犯した罪は二度と消えない。私はもう純潔には戻れない』


 大体ここら辺かな。

 私は空いた左手の指先に魔力を集めてコボルトの胸に差し込む。


『私に張り付いた穢れは、いくら自分を罰しても無くなることはない』


 あった。

 抵抗感なしに深く差し込まれた貫手は、モンスターの魔力器官である魔石を引き抜く。


『それでも私は私のやり方で贖罪するんだ』


 《浄火》発動。

 引き抜かれた灰色の魔石からモヤが抜け、透き通るほぼ純粋な魔力の結晶に変わった。


「やっぱり下級中位の一階層じゃあ物足りないなぁ〜」


 振り返り、職員に向かって魔石を放り投げる。


「それは私の証明です! 『今度割引価格でお仕事請け負うのでよろしく』って偉い人に伝言お願いします!」


「……一応伝えさせてもらいますね」


 やっぱり難しいのか感触がよくない。

 しょうがない、自分から交渉を持ちかけるしかないか。先生方も現状が現状だし納得……してくれないだろうなぁ。


 今は黎明期。魔力によって社会が破壊されて、再構成の真っ最中。当然モンスターと戦って命を落とす人も大勢いる。

 まぁ、協会で無理でも校長先生にお願いすればいけるかな。……逆に面倒になるか、最悪占い師さんに頼もっと。


 久しぶりの戦いから切り離されたこの頃。休暇には丁度いいけど、ずっとこうとなるとわたし的な損失が大きくなってしまう。

 かわいい服と小物や人形。ついでにお菓子。もう戦える私にとっては、それらが遠ざかる方が戦わないといけないことよりも嫌だった。ただでさえひどい生活水準なのに、発散方法が無くなったら私が爆発してしまう。


 魔力を脚部と腕部に集中し《身体強化》を施すことで、この戦場では過剰に見えるほどの速度と攻撃力を両立する。

 金属の小剣より木の棒の方が嬉しいまである、出し惜しみしても十分すぎる敵。そんな相手に傷つけられる私ではない。


 そうして戦っていると、やっぱり暴力で解決できるモンスターの方が楽だと考えて自己嫌悪してしまう。この本質は同族嫌悪。結局私もあの人たちと一緒なんだ。


 良心で戦いから切り離そうとする学校の教師陣。だけど、その無責任な言動はもうじき終わる。

 約束の期限ときはすぐそこに。私にとっての自由はきっと——大半の生徒にとって悪夢になる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る