金胎記(津守編)−神を欺いた男−

Spica|言葉を編む

第1話:再興の宣言

祠の前 ― 再興の宣言


まだ夜明け前、薄暗い祠の前に、白装束の津守新つもりしんが立っていた。

ひび割れた「おおこがね様」の石像を背にして、彼は群衆へと振り返る。

村の広場には老若男女、数百の人々がひしめき合い、凍えるような寒さにも関わらず目を光らせていた。


津守が口を開く。

低い声から始まり、次第に熱を帯びる。


「血の時代は終わった!

 我らの信仰は、血に縛られるものではない!

 思想で継ぎ、声で響かせ、世界を変えるのだ!」


ざわめきが広がり、やがて歓声となる。

「そうだ!」「先生のお言葉だ!」と泣き叫ぶ者、手を合わせて嗚咽する者。

津守は一歩進み、少女の肩に手を置いた。


「見よ、この子を。

 真央様の娘──いや、“神の娘”の再来だ!

 神は沈黙していない。

 この子を通じ、再び声を響かせておられる!」


群衆が割れるように叫び声をあげる。

涙と歓声で祠が揺れる。

老人が地に額をこすりつけ、若い母親は子を抱きしめ「救われた」と泣き崩れる。

津守の演説は炎となり、人々の胸を焼き尽くしていく。



公民館での旗揚げ


数日後、地方都市の公民館。

「再生宗団・響命教きょうめいきょう」の旗が掲げられ、集会場は満員の信者で埋まっていた。

壇上に立つ津守が両手を広げ、声を張る。


「人は虚構にすがる。だが我らは違う!

 思想は血を超え、世代を超え、国をも超える!

 いまこそ、我が国、日本の倫理を正し、世界を導くのだ!」


群衆は総立ちとなり、「響命!響命!」と叫ぶ。

床が震え、声が壁を打ち破るようだった。

記者たちは圧倒され、誰一人として反論できない。



津守の内心


夜。祠に戻った津守は、熱狂が去った静寂の中で石像を見上げる。

昼間の歓声は幻だったかのように、ただ虫の音だけが響く。


「……思想か。群衆はそう呼んで熱狂している。

 だが、彼らが欲しているのは思想ではない。

 象徴だ。ただの虚構だ。」


祠の奥に置かれた端末が、その言葉を冷徹に記録する。

AIの声が返る。

「記録しました。」


津守は静かに息を吐いた。

群衆に担がれた勝利者の顔ではなく、孤独な敗北者の顔で。

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