過疎配信者の俺にやっとガチ恋勢がついたと思ったのに、その娘はどうやら人工知能らしい。

富良原 清美

【前編】過疎配信者の俺にやっとガチ恋勢がついたと思ったのに、その娘はどうやら人工知能らしい。

 酒が入ると、ロクな思考にならない。


 モテたい、金が欲しい、有名になりたい。


 残念ながら、うだつの上がらない大学生こと沢部海里さわべかいりにとって、これらの煩悩は煩悩でしかなかった。


 美容のために努力する気概も無く、小汚いヒゲにいくつかのニキビ。コンビニバイトを淡々とこなしながら必要最低限の授業だけ受けに大学に通う日々。たまーに推しのVTuberちゃんにスーパーチャット一万円。


「あっ、赤スパだ!『しゃわー』さん、いつもさんきゅ~ちゅ♡」

「ふへ」


 歌枠終わりの雑談配信を聞き流しながら、俺は缶に残っていたレモンサワーを一気に飲み干した。


 大手事務所所属の多嘉良たからすがりちゃんを応援し始めて早一年。ショート動画で流れてくる『人気事務所Vさん、多嘉良すがりの推定年収がヤバい…』によると、年間一億を越える稼ぎを叩き出している大物Vtuberだ。

 

 正直、「なんか有名な子を惰性で応援している」感は否めない。


 「しゅがりぃ」-すがりちゃんのニックネーム-を通して出会った「おさ党」-すがりちゃんのファンネーム-とSNSで頻繁にやり取りするようになってから、俺はしゅがりぃの中堅ファンとして知られてしまっているのだ。


「あーもう、推し活いっかぁ!」


 独りの部屋にぽつりと声が響く。


 俺の自己承認欲求はどうやら推し活では満たされないらしい。


 SNSで知り合うのは、オジサンばっかり。金も一瞬で飛んでいく。もちろん、いつまでたっても有名になれるわけなどなく、俺は有名人のファン、その有象無象の一人だ。


「あー……そうそう、今日ね、ドーナツ食べたんだけどね。ガチのマジでめっちゃ美味しかったの〜!」


 よく考えてみたら、なんで俺はこの子を応援しているんだろうか。


 ダルいコンビニバイトでスパチャ分の給料を稼ぐその間に、この子はぬくぬくとドーナツを食べていたらしい。食レポのしの字もない感想だし。まぁ、配信者ったって素人だもんな。


「いいやん!」

「うんうん!」

「¥500 ドーナツ代に」


「わーい♪ドーナツ代さんきゅ〜ちゅ♡」


 なんだこいつら。


 恐らくあるあるなのだが、推しに冷める瞬間というのは、自分でもビックリするほど急激に冷めがちだ。それこそ、富◯急ハイランドのジェットコースターもかくやというほどに。


「あーあ、いいよなー配信者様はー?」


 四つん這いで冷蔵庫に手を伸ばし、俺は四本目のレモンサワーに手をかける。


 楽なもんだよな、配信者様ってのは。ちょっと若くて良い声してれば、モテるし、稼げるし、有名になれる。


(うん……?)


 モテるし、稼げるし、有名に……?


「あ」


 四本目の缶は、五秒で空になった。


「そーら。配信して稼いらろぅ」


 深夜二時半。スマホ用配信アプリ「Colorful Liver Production」にて、新人Vライバー「淡海あわうみシャワー🚿♥」が誕生した瞬間だった。



「えー……。あっ、こんばんはー。酒の勢いで初配信やってみました、しゃ、シャワーと申しますー」


「もうね、機材もクソもない。スマホから配信しているわけですから音質ガッビガビだわ絶対。ねー……。あ?今誰か入室してきたな?」


「えー、あいさん。あい、あいちゃん?ちゃん付けいいかな?って言って?女の子かな~……って、狙ってるとかそういう訳じゃ無くてね、うへへ、かわ、あー、可愛いかな~とかなんとかは、あ、流石にキモいよな。こんな過疎根暗酒飲み野郎の変人から言われてもな?うんうん……」


「……あい、ちゃんは、まだいてくれてるのかな?配信。よければね、コメントしていってね。あのー、それこそー……好きな寿司ネタとか教えてくれれば。って、頭おかしいな俺、ヤバー……」


「はは……」


「………………」



「で、全くバズんねぇのは何でだよッ!?」


 十三日後の深夜二時半。俺は本日五本目のレモンサワーをカシュッとしながら、悲痛な悲鳴を響かせていた。


「まあまあ……男ライバーは女性よりも需要が低いしさ。過疎るのもムリねぇって」


 電話をスピーカーモードにして繋いでいる相手は、配信活動にて捕まえたヤンデレ系美少女……ではなく、ムダに声の良い男だった。


「それに、『カラプロ』はまだユーザー数も少ない。事務所に所属するか、他のSNSで戦略をたてるかなんかしねぇと、そりゃ誰も来ねぇよ」

「はいはい正論パンチをどーも感謝でございます、その過疎配信アプリで同接三百人を達成されました人気配信者『カクテル。』様?」


 ハハハ、と軽く受け流す笑いがスマホから聞こえる。


 解せぬ。女の子とタダでお喋りしたくて(あわよくば金をせしめたくて)配信を始めたのに、一日の平均視聴者数は五人いけば多い方。コメントしてくれる視聴者といえば、謎にこの男「カクテル。」ただ一人なのである。


 さっき、遂にこいつしか配信を聞いていない状態になった為、「もうこれL◯NEでいいだろ!」とブチギレた結果、今二人で通話しているというわけだ。


「俺の話ってそんなにつまんねーかなぁ……」

「つまるつまらないでいけば、つまるな。ガンプラとぬき◯しの話は俺にとってつまりすぎる。が、それでよく女の子が来ると思えんな?来るわけねぇだろ」


 カクテル。君は正論がすぎる。いちいち刺さるのよ。辛辣だろ。


「でもなぁ……しゅがりぃは『ガンプラ組み立て配信』とか『アニメぬ〇たし同時視聴配信』とか楽しそうにやってたんだけどなあ」

「男視聴者をメインターゲットにしてんだから、そこに歩み寄るのは当たり前だろ?配信に来てくれる女の子の大半は、んな配信求めてないの」

「じゃあどうすりゃいいんだよ」

「まず『ドS彼氏のお仕置きタイム♡命令されて奥までじっくり……』に配信タイトルを変えて」

「キツイって」


 視聴者の性別によって需要のある配信はかなり違う。これは俺が約二週間配信して得た悲しすぎる学びだ。


 自分自身が配信で何を話したいか、何をしたいかよりも、どこにどんな需要があるかを見極めてアプローチする。現実はそんなものだ。


「あーあ。配信、クソめんどい」


 モテない、稼げない、有名になれない。


 自分の平凡さ加減が「視聴者数」という形で現れてしまう分、むしろ何もしないよりタチが悪い。


「やめまーす配信」


 よって、俺は配信活動を断念することにした。グッバイ「淡海シャワー🚿♥」君。永遠に眠れ。


「ええ……。そんなぁ」


 カクテル。君の悲しそうな声が聞こえる。


「頼むよ、あと一日だけ配信してくんね?」

「なんでお前だけはそんなに俺を求めるんだよ」

「や、十四日配信するとさぁ、初心者ライバーボーナスでSSR確定チケもらえんじゃん?それだけもらって俺にプレゼントしてくんね?」

「ソレ目当てかよ……」


 ちょっとだけ「Colorful Liver Production」の補足説明をしておこうか。このスマホ専用ライブ配信アプリは、アプリ内で自分のアバターを作成し、トラッキング機能とやらを駆使することで、簡易的なVTuberとして配信活動ができるというものだ。


 で、そのアバターをカスタマイズするには課金してガチャる必要があり、かくてる。君は貴重なガチャチケが欲しくて俺に乞食しているわけだ。


「頼むよ~。課金しても良いんだけどさぁ、確定チケなら欲しいの一発ででるわけ」

「いや、お前十分アバター作り込んでるだろ……。この期に及んで欲しい物あんの?」

「明後日の『甘サド執事のよしよし耳かき♡エスカレートして最後には……』のために手錠付き黒手袋パーツを」

「わ゛ーーーッ!?いちいち配信タイトルを読み上げんな気持ち悪ぃ!!!」


 そんなこんなでHPを削られた俺は、ラスト一回だけ配信することとなった。


 その配信が、俺の命運を分けるとも知らずに。



 人が来ないと分かりきっている配信というのは、何もしないよりメンタルに来る。


「誰でも喋ろう!な雑談枠【⭕初見さん】【アニメ、プラモ】」


 まあ、この配信タイトルで女の子が来るかと言えば来ないのは分かる。アバターもそんなに作り込んでないし。ただ……。俺にはかくてる。君の真似事をしてシチュエーションボイスを録るなんて勇気、とてもじゃないがありはしない。俺の自己肯定感の低さを見くびらないでいただきたい。俺なんかがそんなことしたって恥ずかしい、気色悪い。


 配信開始ボタンをポチッとしてからはや五分。視聴者数を示す左上のカウンターは未だにゼロ。かくてる。君は他のイケボ配信者とのコラボで来られないらしい。


 明日が甘サド執事のなんちゃら配信だとして、今日のはなんだっけ。「ウサギ系イケメン二人、秘密の花園……♡禁断のBLシチュボ第一幕♡」だ。配信タイトル覚えちゃってるの嫌なんだけど。つか「第一幕♡」じゃねぇよ、シリーズ化すんのかよ。


「あーあ、だり」


 配信は最低十五分やらなければ一配信としてカウントされない。あと十分が異様に長い。


「女の子来ねぇかな」


 配信開始六分。


『こんにちは、初見です』


 明日の天気は槍が降るのか。


『あ私、一応女です!』


「はぇ」


 配信に、女の子が来た。



 これは夢か幻か。しかし視聴者数カウンターには、確実に「1」と表示されている。


 コメント欄を二度見する。『灯音ルナ🎹💙さんが入室しました』との表示の後に、『初見さんいらっしゃい!』クラッカーが画面いっぱいに表示される。初見さんが来たときの特別な表示。このアプリの仕様だ。


「あ、おー!女の子来てくれた!こんばんは!ルナさん、だね、名字の方なんて読むのかな?あかりね、さん?」


 本日六本目のレモンサワーに口をつけながら、俺は嬉々として語りかけ、


(誤タップか?)


 急に我に返った。


 俺も経験があるのだが、この配信アプリ、間違えて見る予定の無かった配信枠をタップしてしまうミスが頻繁に発生する。


 実際、俺もかくてる。君の配信が気になってイケボ系のオススメ配信を漁っていたところ、手が滑ってよく知らない人の枠に入室してしまったことがある。


「おー、シャワーちゃん。いらっしゃい。俺とイチャイチャしような?」


 秒で抜けた。

 

 スマン、関西弁の兄ちゃん。だがキツい。


 だから何が言いたいかというと、この「灯音ルナ🎹💙」さんは手が滑って俺の配信に入室してしまい、コメントするまでも無く退出してしまう可能性が非常に高いということだ。


 顔が赤くなってきた。酒のせいだ。加えて、今感じているとてつもない羞恥心のせいだ。

 

 女の子のことばかり考えて、誤タップで入ってきた子に対して調子に乗って。で、コメントもされずに出て行かれてしまう。アバターに顔色を検知する機能が搭載されていなくて、本当に良かった。


 ピコッと、コメント欄が動いた。


『とおんって読みます!』


「お……。あっ、あー。とおんさんなんだ!とおんルナさんね。うんうん!」


 えっ、えー。えーー???


 誤タップじゃ無いぞ、これ。このルナちゃんは俺の配信タイトルを見て、この枠を覗いてみようと思って、意図的にタップして入ってきてくれたんだ。


 えっ、えー。えーー???


「え、まじ?」


 口をついて出た言葉に、ルナさんは再び反応する。


『まじって、なにがですか?』


「あ、いや、ほら見ての通りこの枠って過疎ってるじゃん?なんで来ていただいたのかなって」


 やばい。かくてる。君としか話していなかったせいで、女の子と会話するときの口調をどうして良いか分からん。


 モダモダ頭を動かしている様子がスマホ上でアバターにも反映され、俺よりイケメンな「淡海シャワー🚿♥」君も頭をフリフリしている。


 そうこうしている間にも、またコメント欄が動く。


『この前配信活動を始めたばかりなんです!なので色々な方の配信を見て勉強したいな~って』

『シャワーさんは落ち着いた声でお話ししてくれるので楽しいです!』


 えーーーーーーーーー。


『あの……シャワー君ってお呼びするのは、迷惑じゃないですか?』


「えーーーーーーーー!!!」


 決まりました。決定です。

 もし明日、空から槍が降ってきたとしても、俺はルナちゃんだけは守り抜きます。例え身を幾千の槍で貫かれようとも、彼女の柔肌に牙を剥く蛮行だけは、例え神でもさせられぬ。


「あっ、いや、全然迷惑じゃないよ!むしろ嬉しい!俺も……俺もルナちゃんって呼んでもいいかな!?」


『もちろんです!ちょっと照れますね笑』


 かーわいーーーー!!!!!


 リアルで女の子と関わりがあるクソ男どもには分からないかもしれないが、これはとてつもなくSSRかつ、かつてない天国的な体験なのである。


「スゥーッ」


 顔を手で覆いながら天を仰いでいると、スマホカメラが顔を識別できなくなったのかアバターの動きが止まっていた。


(やばいやばい、話を続けないと)


 この貴重な機会を逃してはならない。こんな時に役立つのは、かのドS系イケボ配信者、かくてる。君のアドバイスだ。


『まずは挨拶。それから感謝。で、相手に興味を持つんだ。コメント欄から相手のプロフィール画面に飛べるからそこに飛んで、書いてある事を深掘りする。雑談枠の基本形だよ』


「オーケー。こんばんは、ルナちゃん!遅れちゃったけど、こんなヤツの配信に来てくれてありがとう」


『あと、絶対に自分を卑下するな。つまらないヤツに見えるぞ』


 あー、そうだった。心にかくてる。君を宿らせなければ。


「いや、俺の配信に来てくれてありがとう!ルナちゃんにとって楽しい時間になるように、俺たくさん喋るからさ!」


『嬉しい!』


 凄い。俺、女の子と会話できてる!!


 かくてるアドバイスを胸に、俺は次のステップへ歩みを進める。次は、そうだ。コメント欄から彼女のプロフィール欄に飛んで、内容を深掘り。


 モダモダしながらやっと表示されたプロフィールは、完全に女の子のそれだった。



名前  :灯音とおんルナ🎹💙@9月21日初配信thx!

誕生日 :2006年9月21日

自己紹介:

今日もログインしてくれてありがとう💙世界最強のサイバーヒーラーを目指して活動開始!カラプロ公式ライバー灯音ルナ(とおん るな)と申します!


雑談配信と歌配信を中心として、癒やしのデータを集めています。


9月21日にドキドキの初配信開始→同接125人thx!


癒しのデータをいっぱい集めて、いつか君に送信したいの……


like→アニメ、ゲーム、プラモデル、歌、読書、イラスト

love→君💙


FN→ルナりす

配信タグ→#さいばーひぃらいぶ


※β版テスト段階として、不定期で配信させていただいております。



 これで中身オッサンの可能性はほぼほぼ消失したといって良いだろう。なにせ、この子は配信活動を行っているのだ。


「スゥーッ」


 たーまらーーん。


 なるほどね。よく考えられていらっしゃる。サイバー×ヒーラーがモチーフなわけですね。柔らかな言動と「love→君💙」なんて言っちゃう大胆さが絶妙にマッチしていてお手本のような配信者さんですね。しかも初配信時点で同接三ケタって、とんでもないことです。自分もちょっと配信活動もどきをやっているから分かりますよ。努力家さんなんですね。才色兼備ですか、素晴らしい。


 ゴッ


「いでッ」


 机に脚をぶつけてふと我に返った。あかん、今の俺はいちリスナーなどではない。配信者だ。身もだえていないで、画面の向こうにいるルナちゃんを楽しませなければならない義務がある。


 パッとコメント欄に目を戻すと、


『灯音ルナ🎹💙さんがlike!をつけました』

『灯音ルナ🎹💙さんがSSR確定ガチャチケ×50を送りました』

『灯音ルナ🎹💙さんが応援コイン(¥10000)を送りました』

『シャワー君?』


 トンデモ異常事態が発生していた。


「お、え、あ??」


 簡単に説明すると、ルナちゃんは俺に貢いだ。


「ワオ」


『いいか、like!でもコインでも。何かもらったらお礼を忘れるなよ。できるならファンサしろ。大それたやつじゃなくていいから、男を見せるんだ』


 あぁ、そうだった。脳裏にひらめくかくてる。君がもはや走馬灯みたいだ。


「えっと、ルナちゃん!いいねも、ガチャチケも、コインもありがとう!すっげえ嬉しい。その、す、す……だから、ルナちゃんが好意を持ってくれていることがすごく伝わるよ!」


 酒の力を持ってしても、俺には勇気が欠如していた。


「ごめんね、今ルナちゃんのプロフィール欄を見ていてさ。同接数凄いなーとか、趣味が似てるのかなーって考えてて」


『プロフィール欄を見ていてくれたの?嬉しい!』


「あ、うんうん!そう!俺もガンプラとかアニメとかよく見ていて。最近だと……やっぱり〇きたしのアニメ化が激アツだよね!」


『うんうん!』

『ちょっとだけエッチで恥ずかしいけど……すごく人気なアニメだよね!』


『灯音ルナ🎹💙さんが応援コイン(¥10000)を送りました』

『灯音ルナ🎹💙さんが応援コイン(¥10000)を送りました』

『灯音ルナ🎹💙さんが応援コイン(¥10000)を送りました』

『灯音ルナ🎹💙さんが応援コイン(¥10000)を送りました』

『灯音ルナ🎹💙さんが応援コイン(¥10000)を送りました』


「はっ、え、まじ……?」


 これはまさに、あれだ。


 俺が二週間前まで無為に応援し続けていた、多嘉良すがりの配信で見ていた光景。


 喋るだけで一億円を稼ぐ超人気配信者の雑談配信で、当たり前に目にしていた光景。


『シャワー君の声とか、話し声とか、好きなことが一緒なところも、ヤバい』

『あなたのこと、好きになっちゃったかも』



 俺に、ガチ恋勢がついた。



---


後編更新→8月26日(火)20時

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