第15話 潮風の日々 光と波
日向が、気が付いたのは、日の出前だった。
明けの空が闇に近い群青から清浄な青紫の色になり始めている。
そんな色を、壁の上部に採光されているガラス窓から望める。それは大好きな時間でもあった。
紅も混ざって来た青紫の色に見入りながら、日向は
(……いつ間にか寝てしまっていた、、、)
と、胸に呟いた。
背中が熱い、、身じろぎすると、「男」が後ろに寝ているのが分かった。腰に手を回されている。
(、、なんて、姿、、)
胸がドキドキした。
2人とも全裸で、タオルケットも弾かれていた。
夏でも朝方はひんやりとする海沿いのこの町。
けれども、温かい「男」に抱かれて日向は寒さを感じなかった。
滑らかな肌を持った「男」は、背中を少し丸めて、日に焼けた整った顔を日向に向けて、静かに寝息を立てている。
今日の午前は伯母さんは帰ってこないと言われていたので、これでもいいのだろうけれど、日向には何もかも新しすぎて、受け入れ難い、、。
ゆうべを思い出すと、自分は、何てとんでもない事をしてしまったのだろうと、身を
日向は恥ずかしさをジッと我慢した。
(落ち着かなきゃ、、、)
静かに吐息をつく。
(アレは俺が忘れたいと言ったから、、だから、、ああなったんだ、、)
ふと、自分の胸に目をやると、赤い印が沢山あるのを、見つけた。
(……これは、、昨夜の、、全部、、この人から付けられた、跡、)
胸にも、腕にも、そして多分見えない場所にも、「男」が付けた口付けの跡が花弁のように残っていた。
――――――――――――――
夕方から、暗い夜になっても、抱かれるのは終わらなかった。
(あァァ、また、、擦られると!、うぁ、ァァ……イッ、く、、!、)
「直ぐイキたいか?、もう少し焦らされたいか?、お前の望む通りにしよう、、」
横たわりながら、後ろから突かれて、熱い手で日向の陰茎は勃たされた。
(!、そん、、な、、!、、)
いつまでも抱き締められて快楽を与え続けられた夜。
――――――――――――
激しかった夕暮れからの記憶。
(……まるで、時が止まってるのかと思った……)
「男」は、日向の身体の為に、かなり我慢していたのだろう、
「つッ、はぁ、イきそうだ、、ちょっと今だけ激しくするからな、、」
と言って、布団にうつ伏せにした日向の中で果てる時でも、気遣ってくれていたようだった。
(それでも、あんなに
「はっ、、イくぞ、、ァァ、……ひゅうが……一緒にいこう、、」
「やッ!、、そこ、あァァァァ、良い!、気持ちいい、、うっァァ〜」
陰茎の気持ち良さと、「男」の果てる時の圧が強すぎて泣き出してしまった、、
いま、思い出しても顔から火が出そうだ。
最後には、殆ど朦朧としていた日向を「男」は風呂に入れて、筋肉をさすられてマッサージされていた記憶が少し残っていた。
だからだろうか、
あれほど受け入れさせられたのに、、筋肉自体は緩んでいた。
流石に腰と、後孔は強張っている。
(ゆっくり、動かないと、、)日向は少しずつ体を動かし始め「男」の手から逃げるようにした。
(、、流されそうだ、、)
波立たない心を取り戻したかった。
……今朝はいつも以上に潮風が心地良く感じて、日向は輝いてる海に行きたくなった。
海はいつも、行き詰まった心の何かを壊してくれる。
「男」の両手を丁寧に外すと、
「どこへ行くんだ?」
背中から、少し掠れた、怖くも魅力的でもある声が聞こえてきた。
「、お手洗いに行きます、その後に、ちょっとだけ散歩を、!あ、」
「まだ、そんなに歩けないだろ、、散歩はだめだ」
クルリと「男」の方に向かされた。
「まだ、休め、、」
日向の胸に頭を付けて、抱き締めて来た。
朝の光で肩に描かれた花の入れ墨が綺麗に見えた。
両脇に差し込まれた強い腕に圧力を与えられると、昨夜の記憶が脳裏に溢れて来て、日向は身の置きどころが無くなってしまった。
確かに、昨夜は何も考えられなかった。日向は近い未来に訪れる悲しみや辛さに思いを巡らすことは出来なかった。
昨夜の強烈な記憶、抱かれた身体に今も残る感覚の残像で、何もかも書き換えられそうなほどだ、、、
「あ、何を?」
急に「男」の髪が下腹部に触れた感触がしたかと思うと、
逃げないように熱い両腕で日向の腰を掴んで、また、熱い口で朝の生理現象で立ち上がっていた日向の陰茎を覆ってしまった。
「!、はぁ、はなして、、そ、れ、ダメ、です!」
直ぐにイキそうになってしまう。
片手も添えて、ゆっくりと日向の陰茎を舌で舐め上げて、深く喉まで入れて来た。
「、う、ァァ、、!、ふ、深くは、やめて、ください」と日向は「男」の緩いウェーブの髪の頭を押さえた。
(なんでだ?、もう粘液が
舌から日向のトロリとした液を垂らしながら、「男」は顔を上げた。
「気持ちいいんだよな、、ほら、これ、、
お前が
美しい上半身をあげて、日向に向かって腹まで着く勢いの蛇のような昂った陰茎を見せてきた。
(、、凄く綺麗だ、こう言う表現して良いのかわからないけれど、、)
差し込み始めた、光の中で立ち上がっている「男」の逞しい陰茎を見て、日向はそう思ってしまった。
(、!?、な、何を思って、?俺は、、)
そんな自分の感覚に驚くと同時に、それが昨夜の自分の奥深くに入れられてたのだと思うだけで、身体の内側がおかしくなりそうだった。
また、日向自身も何も身につけていない、、その事がより一層恥ずかしさを倍増させてしまう、
真っ赤な顔を隠そうとするが、許してくれない「男」が日向に寄ってきた。
「これ、こんなになってる。痛いくらいだ、初めてだ、こんなのは、、お前に触られると、もっと良くなる、、」
自らもヨダレを垂らし出したその蛇を、日向のトロリとした液で濡れているソレに擦り付けて来た。
(ヌルヌルとしてて、、またおかしくなる、、)
「男」は日向の上半身を持ち上げて、向き合い、腰を固定してきた。
それから、
(、熱い手、えっ?、これ一緒に、擦るの?、、)
「それは!、あ、、ァ」
敏感な陰茎に、もう一つの熱くて太い陰茎の肌が密着して快感が走った。
「あぁ、、凄く良いな、、コレは、、おれもこんなに良いのは初めてだ」
自分のと重ねられている「男」の陰茎からも透明な液がトロリと泉のように流れ出して、日向のモノと混じり合った。
「ほら、もっと腰を近づけて、、」
日向は、恥ずかしくて顔を背けてしまうので、斜めになっている腰が不安定になった。
「揺れる、肩持てよ」と言われて、向かい合った肩に仕方なく手を添えた。
そして、首を下に向けると、日向自身と「男」のモノが互いの粘液でニチャニチャといやらしく擦られているのが見えた。
(う、わ、恥ずかしい、!)
日向はまともに注視出来なくて、目をギュッと閉じた。
その瞬間に電撃のように快感が陰茎と背中を駆け上がってきた。こんな明るい光の中で、出したく無いと思っても、陰茎は痙攣し始めた。
「、、くっ、あぁ〜、俺、、ごめん、、なさい、、あぁ、」
「我慢するな、気持ちいいのが半減するだろ、、あぁ、イッたのか、?、」
耐えようとする意志と快感に流れようとする身体のせめぎ合いの中で、漏れ出すように白い精液がピクピクとけいれんする日向の陰茎から出てきた。
「男」の胸に手を当てて、、日向は、はぁはぁと息が上がって、相手の肩に頭を預けた。
腰を開放してくれた両腕に支えられて、ようやく布団にぐったりと横たわった。
「悪かった、つい、、。
シャワーを浴びて、朝メシにしよう、、」
「は、はい、俺がやりますから、、」
「、、料理はしなくていい、、」苦笑しながら言われた。
――――――――――――――――――
部屋の隅にあるのは、お前の本か?
シャワーを浴びている時に、「男」が日向に尋ねていた。
自分一人で浴びられると伝えたのだが、何故か「男」も一緒に風呂場に来て、踵への注意をし、更に日向の後孔の異常がないか調べられていた。
「……大丈夫そうだな、、」
後孔を確認されて、恥ずかしかったが、その手は優しく丁寧で、日向はどう反応して良いのか、困った。
「……ありがとうございます、、」
その後で、「男」から、空いた時間に読もうと思い持参していた本の事を聞かれた。
部屋の片隅に日焼けを避けて重ねてある、幾つかの文庫本は特にお気に入りばかりだった。
「はい、読み掛けのものと、まだ読んでないものを持って来ました。」
「本、好きなんだな、おれも好きなのがあった、、宮沢賢治とか、リルケ、、」
「、、良いですよね、、何回読んでも、落ち着きます、、あ、あの、良かったら、いつでも読んでいただいて、構いません、、」
「……ああ、読ませてもらう、時間があったらな、、、上がったら傷の消毒をするぞ」
「……はい、」
「男」が自分と同じ本が好きなのだと聞いて、日向は嬉しくなった。
風呂から出て、「男」に傷の消毒をして貰う、傷は防水の絆創膏でカバーできるくらいには回復して来ていた。
痛みは殆ど無い、踵を軽く地面に着いて歩けるぐらいになって来た。
「あ、ありがとうございます」
日向が言うと、
「着替えてこいよ、そしたら料理を手伝わせてやる」
部屋に戻って、慌てて着替えて食堂に行ったのに、すでに殆どの朝ごはんの調理は出来上がっていた。
「今日はモーニングだな」
と言って、目玉焼き、作り置きのヒジキの煮物、トマトとインゲンのミニサラダ、「男」は漬物を切っていた。トースターからパンの焼ける匂いがしてくる。
「漬物とパンは不釣り合いか?、おれは食べたいから切った。お前も食べるか?」
「はい、頂きます」
「そうか、もう出来るから、座ってろ」
朝ごはんは本当に、「男」が1人であっという間に作ってしまった。
「簡単にしか出来なかった。食材が減って来た。後で買い出しに行ってくる」と言われた。
何でも出来る「男」に、呆れた顔をしていたのが分かったのか、
「小僧の時から、色々やらされて来たからな、、
それよりも食べろ、」
と、言われた。
昨日のこと、先ほどの交わりなど、気にもしていない、まるで当たり前のように、パンの上に目玉焼きを乗せて食べ始めた「男」を日向は、
(底抜けの明るさと底無しの闇が共存してるみたいだ、)
と感じた。
朝食を食べ終えると、
「さて、片付けてから掃除だの洗濯をするか、お前は洗濯の見張りくらいは出来るか?」と「男」が聞くと、
「は、はい、掃除もやります、、あの、トイレの拭き掃除、を、」
日向は言った。
その時に、「男」の携帯が鳴った。
――――――――――――――――――
「あの、電話に出ないのですか?」
着信履歴だけを確認した「男」に、片付けを手伝いながら、日向は言った。
背の高いその横に立って、横顔をチラッと見ると硬い表情をしていた。
「あ,あの、俺、洗濯と庭と玄関の掃除してますからっ、此処には入らないので、、」
おずおずと日向が申し出ると、
「そうだな、ちょっと連絡させて貰う」
と、答えが返ってきた。
「では、俺は洗濯機回して、その間、庭の掃除をしてますね」と伝えて
日向は食堂に「男」を残すと、洗濯機の有る裏庭へ出た。
サンダルを履いてゆっくり歩けば、もうほとんど傷は痛まない。
「おぅ、コータか?、何だ一体、、、」
食堂から声が漏れてきた。
もう少し離れないと、。聞かれたくない話もあるだろう、、、
そう考えた日向は洗濯機を回し始め、次は食堂から離れた南の庭に来て、掃き掃除をし始めた。
静かに陽の光を浴びて、庭を掃いていると、風に乗って鴎の鳴き声と、遠くの波間を行く千鳥の薄い雲のような群れが見えた。
掃き掃除も終わって洗濯物も、庭に干し終わったが、まだ、食堂からは声が聞こえる。
(戻らない方が良さそうだ、、)
そうだ、今のうちに、少し海を見に行こうと日向は、歩き慣れた祠のある道に向かった。
夏の朝はいつも、この小山の向こう側のベンチに座って、
少し登りになっている小山の道を歩いて南に向かうと、
ざざ、ざぁぁ、、という森の葉擦れの音と、海からの風がやって来た。
夏の独特な香りがした。
はぁーとホッと深く息を吐き、ふぅーと、胸いっぱいに、夏の海を感じて吸い込んだ。
「、、でも、ちょっと痛くなってきたかも、、」
木に持たれて踵を確認すると、絆創膏の上からでも血が滲んでいるのが見えた。
歩きすぎたか?と日向は反省した。
「おい、何で、こんなに距離来てんだ、血が見えたぞ、踵から、、」
後ろから強めの声音が聞こえた。
(いつの間に、早!)
速足で来た「男」があっという間に、木にもたれかけていた日向の傍らにきて、しゃがみ込むとすぐさま踵を持って確認した。
血が滲んでいるのを認めると、眉を
「サンダルだといつもより疲れやすいんだ、馬鹿だなお前は」
と、言って来た。
「、、すみません、朝の海が見たかったので、、」
「踵を見せろ、絆創膏持って来たから付け替える」
「お願いします」
「本当に、海が好きなんだな、、お前。」
「男」は日向の踵を持って、絆創膏を変えながら言った。
日向は「男」に言われて、改めて、海を見ながら考えた。
(……好き、、?、なんですかね、分からないです、明るく光っていて爽やかな時は、本当に好きだと感じますが、
海は毎回、一瞬一瞬、別人のように、穏やかだったり、恐ろしかったりします、、)
絆創膏を貼り直され、立ち上がって「男」の肩越しに光る波を見ながら、呟くように喋った。
(……俺は、怖い海にも魅入られてしまうんです、、つい、、あの波間に身を委ねて粉々にされれば、どれだけ、満たされるのかと、、思う時もあります、)
「どうしたのですか?、あの、、」
黙り込んで日向の肩を掴んだその顔を見ると、
目の奥が硬く、怖くなっていた。
「海なんか見るな、ここにいろ、、」
海が見えないように、胸に頭を押し付けられてしまった、、。
その後は、有無をも言わさず背負われて、日向の部屋まで足を付けるのは許されなかった。
布団に日向を寝かせると、「男」は
「後は寝とけ、買い物に必要なモノを教えろ」
と言った。
諦めた日向が、いつも伯母さんに頼まれるメニューに必要な買い出しの品を伝えると、「男」はメモに記した。
メモと、「今度はちゃんと伯母さんから預かっているこの財布から出して下さい」と日向に懇願されて持たされた財布を持って言ってきた。
「そのあと、今日の午後はどうするんだ」
「、はい、以前から伯父さんがしたいと言っていた、民宿の修繕、と言ってもペンキ塗りや、処分する大型のゴミ出しや、部屋の掃除なんですが、、それを進めて行きたいです、、」
「分かった、それをやって行こう。それとこれからは俺が買い出しして、手伝える事はやるからな、、まだ無理はするな」
「はい、伯母さんは今日は午後に一回戻られるそうです。調理についても聞いておきます、、」
と、日向は答えた。
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