第2話 沈降しないもの

午後の実習が始まった。

リオは沈砂分離機の操作盤の前に立ち、カイの指示を受けながら魔力波の調整を試みていた。


「魔力波フィルターは周波数と位相の両方を見ます。比重制御と連動してるので、数値だけじゃなく挙動を見て判断するんです」


カイの言葉にリオは頷きながら操作盤の魔導スライダーを慎重に動かした。

沈砂槽の表面に淡く光る魔力性油脂が浮いている。

通常なら魔力波の干渉でゆっくりと沈降していくはずだった。


だが――沈まない。


「……あれ、沈降が始まりません」

リオがつぶやくとカイがすぐに視線を向けた。


「魔力波、もう少し下げてみて」

リオが指示通りに操作する。

だが、油脂は揺れるだけで沈降しない。

むしろわずかに膨張しているように見えた。


「……これは、魔力凝集体じゃない。魔力残滓が過飽和状態になってる」

カイの声が低くなった。


「過飽和?」

「魔力性油脂に通常以上の魔力残滓が混入してる。

 比重制御が効かない。沈砂槽じゃ分離できない可能性がある」


リオは沈砂槽の端に目を向けた。

そこには淡く青白い光を放つ凝集体が、ゆっくりと回転しながら浮いていた。

魔力波に反応して微かに震えている。


「これ、危険ですか?」

「……まだ暴走はしてない。

 でも、魔力遮断膜が焼ける可能性がある。遮断壁の再展開を申請する」


カイは魔導通信端末を取り出し、沈砂池棟の管理局へ連絡を始めた。

リオはその背中を見つめながら沈砂槽の表面に浮かぶ異物を見つめ続けた。


(沈まない。沈められない。これは、何かが違う)


彼女の胸の奥に、初めて「技術では届かないもの」があることを感じた。


その日の実習は沈砂槽の一部を封鎖する形で終了した。

リオは記録端末に、異常挙動の詳細を記録しながらふとカイに尋ねた。


「こういうこと、よくあるんですか?」

「……月に一度くらい。

 でも、今日のはちょっと異質だな。魔力残滓の構成が通常と違う気がする」


「違うって、どういう……」

「魔力波に対する反応が遅い。まるで、何かを隠してるみたいな」


リオは記録端末を閉じ、沈砂槽の方を振り返った。

そこには、まだ沈まずに漂う魔力凝集体が静かに光を放っていた。


(沈まないもの。それは、ただの異物じゃない)


彼女の中で、技師としての感覚が少しだけ目を覚ました。


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