第3話
「——ッ」
目を開けるとそこは木目の天井。上半身を起こせば、そこはカフェらしき店内だった。寝かされていたのは深緑基調の随分肌触りの良いソファ。一目見て上質なものだとわかる。
「あら、思ったより早かったわね」
棚の向こう側から顔を出した師匠は軽く目を開いていた。いや待て、ここどこ。
「ししょっ」
『師匠』と言いかけ、突如襲われた酷い頭痛に額を抑えた。心なしか体もだるい。
「魔力酔いよ。まぁ、あんな真正面から受けたなら当然ね」
頭痛に苦しむ弟子を横目に師匠は呑気に紅茶を嗜んでいた。心配する素振もないな。
「魔力、酔い」
「申し訳なかったね」
聞き覚えのある声に振り返る。後ろの"staff only"と書かれた扉の向こう側から出てきたのは、中年とまではいかない30代前半くらいの男性。クッキー色の柔らかな長髪を後ろで軽くまとめ、堀深い顔に人当たりの良さそうな笑みを浮かべている。小洒落たグリーンスーツを着熟す佇まいは非常に様になっていて、あと数年も経てば確実に"イケおじ"の分類に入りそうな人だ。
「あ、えっと」
「君の話は命の魔女様から聞いているよ。初めまして、アルク君。僕は時の魔女兼時の駅の管理人、タン・ドゥーべ。気軽にタンでよろしくね」
「アルクです。よろしくお願いします、タン、様」
白手袋された手を差し出され、慌てて握った。軽く握り返してから時の魔女様、タン様は口を開いた。
「もっと砕けても構わないよ。それと嫌じゃないんだね」
「……人にはそれぞれ事情があります。必要ない事は深堀しない主義です」
一般的なマナーとして手袋をしたままの握手は失礼にあたる。礼儀基礎に関する教養は人の性格が顕著に現れるとされるからこそ、厳しく指導する家庭も少なくない。しかし、俺はそれをどうこう言って責めるつもりは毛頭ない。
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
「いえ、こちらこそ」
グッと力を込めて握り、すぐ離した。初対面では気絶してしまったけど、悪い人ではなさそうだ。
「挨拶は終わった?」
「ええ、お待たせしました」
「もう魔力漏れしないようにね」
「鋭意努力致します」
「それで」
師匠の目が一瞬で据わった。透き通るような紅瞳も相まってかなり威圧感もあって、はっきり言ってしまうと不気味だ。師匠の視線は気にしないでおく。怖いから。
「ここまで私を呼び出した要項は?」
「ええ、少しトラブルが起きまして」
「トラブル?」
思わず挟んでしまった口を、慌てて塞ぐ。
しかし、言い訳をさせてもらえばこれは無理もない事。時の駅とは、人の往来・人口数共に世界トップレベルでありながら事故件数0を数百年維持し続けてきている。そしていつからか"奇跡の安全国"とまで呼ばれるまでになる程トラブルと言えるようなものがない。警備員も設備も過剰でない塩梅を保っている為、住みやすい場所としても名高いのだ。
「ええ。話題になる程大きなトラブル、という訳でもないのですが」
「街も駅も特におかしな様子はなかったと思うけど」
「はい、既に倉庫にありますので」
「……まさか」
師匠が苦虫を噛み潰したような見た事ない顔をした。両手で顔を覆ってため息をつく。
「問題があるのは街の治安じゃなかったのね」
「えぇ、お察しの通り問題があるのは汽車です」
「はぁぁぁ……、これはまた面倒な」
師匠がここまで頭を抱える理由。それは汽車の重要性にある。
現在研究や試験で使われているものを除き、汽車を実質的に運用出来ているのはこの時の駅のみ。今普及している移動方法と言えば、徒歩・馬車・空中船が主流。その中でも天候に左右されず、汎用性が高く、また大量輸送が出来る汽車を持つのは全ての国において大きなメリットだ。しかし、その分コストもかかりトラブルが発生した場合の対処法・費用については未だ明確にわかっていない。つまり、他国は時の駅の様子見をしている真っ最中。いや、もう既に試験用が作られているなら汽車の普及は目の前だと言っていい。そんな技術革命を起こせる大チャンスの時に、よりにもよって汽車自体にトラブルがあるだなんて知られれば、歩みは止まってしまうだろう。実に良くないタイミングだった。
「それで、具体的には?」
「それが、私にも判断がつかなく」
「どういう事?トラブルがあったから呼び出したんでしょう?というか、汽車自体なら私じゃなくフェクダでしょうに」
「仰る通りですが…‥、創造の魔女様は現在代替わり祭の準備でして」
「本っ当にとことんついてないわね……」
師匠は思わずこめかみを押さえた。怒っている時、不愉快な思いをした時の癖だ。
「アルク、変わって頂戴。こういうのは苦手なの」
「良いんですか、俺で」
一応、国際問題になりかねない事ですけど一弟子如きが口突っ込んじゃっていいんですか?
そんな『?』だらけの俺の心を読んだのか、師匠は軽く笑った。
「大丈夫、何も絶対に出来ない事を押し付けるような鬼畜な指導はしなくてよ。今回は貴方の専門だと思うわ」
「根拠は?」
「"勘"よ」
「ああ、なるほど。承知しました」
師匠の勘は天性のものだ。根拠も論理も全くないが、大体当たるこの上ない完璧な第六感。言い換えれば、確信に近い程の何となくである。まぁ、初見であれば何とも説得力のない会話だった。
「えー、それではタン様。ここからは俺が承ってもよろしいですか?」
俺達の遠慮ない会話に、タン様は何処か懐かしむような遠い目をしてからクスッと笑った。
「ああ、命の魔女様が任せたなら大丈夫だろう。
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