第2話

『終点・時の駅でございます。ご乗車ありがとうございました』


 左手にトランク、右手に師匠を抱えた俺はいつも以上に慎重に汽車を降りた。軽く息をついたところで斜めすぐ下から視線を感じ、ゆっくり眼だけを動かす。そこには、まぁ想像通り師匠の意地悪い笑みが。


「……アルク、緊張して」

「それ以上言わないでください」


 耳元でクスクス笑う姿は、本当に俺の扱いをわかっている感じがして少々複雑だ。


「しょ、しょうがないじゃないですか。汽車とか初めてなんですから」

「そうだね。乗る時に一歩ずつ確かめながら乗ってたのもなかなか」

「それ以上言わないでください」

「ふふっ」


 くぅ……、主導権がガッツリ握られてる自覚がある。見た目でいえば、年の離れた兄妹くらいに見えるはずなのに。


「さて、アルク。駅から一旦出るわよ」

「え、あ、承知しました」


 構内じゃないのか。まぁ、外の方が話しやすい、のか?


 ここはだと割り切り、駅員さんに切符を見せて駅を出る。


 ここ・時の駅は、今ある汽車全ての終点地。人の往来や災害により集まった濃い魔力溜まりの影響で未来と現在と過去が交わる場所。今いるのは駅構外の西側で、移動手段の殆どが汽車だ。街中、いや見上げればのあちこちを走る小さい汽車達が名物となっている。所謂路面電車の空中版だ。


「で、どこに行くんですか?」

「オーブっていうカフェよ。少し道が複雑だけど」

「へー」


 そして、ここからが死ぬ程面倒だった。例えば、とある歩道橋に差し掛かった時。


「アルク、ここの道は15歩で歩いて」

「はい?」


 街中の商店街に入った時。


「あ、ここのランプ交互に進んで」

「え??」


 また、住宅街の中へ続く階段の手前に戻って来た時。


「そこは曲がって頂戴」

「いや、ここ真っ直ぐ行けば」

「曲がって」

「はい」


 ——と、そりゃもう複雑とかいうレベルではなかった。


 え、これ徒歩である必要あるんか??名物の空中汽車乗れると思ってワクワクしてたんですけど??


「も、もうよくないです、かね」


 軽く1時間弱歩いた足はそれなりに重い。少しでいいから休憩が欲しい。


 思わずしゃがむと、呆れ顔をした師匠が一言。


「もうちょっとなんだから頑張りなさい。体力ないわね」

「師匠は一歩も歩いてないでしょうが!!」


 思わず一発ツッコミを入れると、あははっと明るく笑った。滅多に見ない屈託ない笑みに押し黙る。


 ったく本当にこの人はぁ……。


「カフェってあとどれくらいなんですか」

「もうちょっとよ」

「さっきからそれしか言ってないじゃないですか……」


 ブツブツ言いながらもどうにか立ち上がり、腕を上げ腰を延ばす。


「そこを右。あ、そこの角左」


 そうして歩くこと3分ちょっと。


「はい、ここよ」

「…………???」


 そこにあったのは、裏路地定番のレンガの壁。当然カフェの扉らしきものは見当たらない。


「……失礼ながら正気ですか?」

「本当に失礼ね。全くこれも見抜けないんだから」


 そんな伝説の魔女様と比べられてもねぇ。


 俺の心を読んだのか、師匠はグルッと首を回してこちらを睨んで来る――前に視線を逸らしておく。我ながらナイス回避。何となーく視線を感じるが、気の所為だろうな。うん。


"カララン、コロンッ"


 突然、何もなかったはずの俺達の真後ろでドアベルの音が響いた。


 ————その瞬間、背筋にゾクッと嫌なものが走った。。後ろにいるのは、化物だ。ここ一体、いや時の駅を中心に周辺諸国までも覆う程の膨大な魔力。こんなに近付かれるまで気付かなかった。こんなのどうやって……。何にせよ、1人で保持出来て良い量じゃないな。


 辺りの音が止む。喘鳴し始めた。自分の動悸だけを感じる。この異様な状況に全身鳥肌が立った。それでもどうにか自分の腕を持ち上げ、自分の首に掛かっているネックレスチェーンに触れた。力をグッと入れ、引き千切ろうとしたその時。


「お久し振りでございます。命の魔女様」

「お出迎えご苦労様、坊や」


 優しげな、品のあるテノール声が耳に届いた。師匠も親しみの滲む声で返す。


「いえいえ。こんな辺鄙な所までお呼び立てしてしまい申し訳ございません。それにそのような呼び名で呼ばれる年齢はとうに過ぎました」

「貴方の勤め上しょうがないし、私から見れば貴方はまだまだお子様よ。その証拠に……」


 師匠は俺を一瞥すると『やれやれ』とも言いたげに息をついた。


「はぁ……。貴方もまだまだね、魔力が隠しきれてないわ。私の弟子を怯えさせないで」

「あ、これはこれは……失礼致しました」


 押し潰されそうな気配が消え、五感が正常に動き出した。


「おっと」


 安堵か、はたまた魔力酔いか。もしくはその両方なのか。俺は足から一気に力が抜け、膝から崩れ落ちた。大きな腕に支えられる感覚を覚えた直後、静かに意識を手放した。

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