最終話 ちょっとグッときた

 初めから分かっていたことではあるが、結局あの冒険はあたしたちの生活に大きな影響は及ぼさなかった。

 少年の見合いの話が流れ、あたしの懐が特別ボーナスでちょっとだけうるおった。

 ただ、それだけである。


 あれからしばらく経つが、あたしは何も変わらずコーンウォール家の館で女中メイドの仕事を続けている。




「失礼しまーす。朝のお掃除に来ましたー」


 お決まりのセリフを言って、エドワード老の執務室に入る。部屋にいるのは執務机の椅子に座ったエドワード老だけ。二人が口論している場面はあれ以来見ていない。


 少年はあれから、より一層鍛錬に身を入れるようになり、それ以外でもなにやら頻繁に出かけたりして、忙しそうに生活している。

 老人の方は――ほんの少しだが――少年に甘くなったような気もする。

 そう見えるのはあたしが二人のことを前より知ったからかもしれないし、前よりしっかり見るようになったからかもしれない。そういう意味ではあの冒険は、多少はあたしの生活に影響を及ぼしたと言えなくもない。


 本棚に雑にはたきをかけながら、そんなことを考えてると、珍しくエドワード老から声を掛けられた。


「フィア嬢」


「え、あ、はい!」


 振り返り、軽く会釈をする。

 エドワード老は機嫌よさそうに白いひげをいじって目を細めていた。


「先日のライオネルの試練の付き添い、ご苦労だったな」


「ああ、いえいえ。またいつでもご用命ください。ボーナスいただきましたし、楽しかったですし、いいお仕事でしたよ」


「ふむ。人が悪いと、なじられるかと覚悟していたのだがね」


「あー……あたしをあのダンジョンに派遣したことですか? そりゃびっくりはしましたけどね」


 肩をすくめる。レオ少年はあたしの過去やらなにやら色々気づきはしたが、結局あのこと・・・・には気づかなかった。


「そういえば、ですけど。あの種って結局なんだったんです? 高栄養食って話でしたけど、どうせそれだけじゃあないんですよね?」


「いや、それだけだよ。ただ、魔術師が品種改良を重ねて完成させたものだからね。効果は抜群だ」


 女中メイド服のポケットからあの種を一つ取り出し、かじって食べる。実はあれからしばしばおやつ代わりにしているのだが、特に美味くはない。

 レオ少年の毎朝の朝食に、この種を使った脱穀粥オートミールが出るようになったことには、あたしも気づいていた。


「あそこのダンジョンの主……『ノッポのマクダル』でしたっけ? 誰がつけた二つ名なんですかね。強がって自分で名乗ったのか、誰かが揶揄やゆしてつけたのか。たぶん、たいして・・・・背が高くなかった・・・・・・・・だろうに」


 エドワード老が頬を吊り上げる。さも楽しそうに。


 はたきを女中メイド服の腰のベルトにしまい、腕組みをする。ここしばらく考えてたことをまとめるために。


「一年前――あたしがあのダンジョンに初めて入って・・・・・・取っ捕まった時、エドワード様言いましたよね。『ここに君に必要なものはない』って。あれが妙に引っかかってたんですけど、ようやく謎が解けましたよ。この高栄養の種、成長期を過ぎてから摂取しても効果はないんでしょ?」


「そうだ。よく分かったね」


「『ノッポのマクダル』はがっかりしたでしょうね。せっかくできた夢の食べ物が、自分には効果がないと知って」


 これはマクダルがこの種を開発した時点で大人だったと仮定しての話だ。だが、マクダルはこの辺一帯の領主だったようだし、まぁ大人だろう。

 種をもう一つ取り出し、エドワード老に見せる。


「コーンウォール家の男子は、みんなこれ食ってデカくなったんですか?」


「そのとおりだ。美味くはないし、なぜ食わせられるのかは教えられないがね。私も父が死去する寸前に教えてもらった」


「……年頃になったら、あのダンジョンに行って、いい感じに育ったあのお花を討伐して自分が食べる分を持ち帰るってのが、この家の通過儀礼イニシエーションなわけですね。レオ様の兄君あにぎみ三人も、やっぱりあそこへ行ったんですか?」


「そうだ」


「物理攻撃ほぼ無効の相手は、さぞかし苦戦したでしょうね」


「いや? 上の三人には魔力を帯びた剣を持たせたからな。さして苦労もせずに、種を持ち帰ったよ」


 やはり、そうか。このたぬきジジイめ。


「やっぱり――ええ、エドワード様は人が悪い」


「ふふふ、何のことかね」


「いーえー、別に。一人で・・・見事に試練を成し遂げたレオ様を、もっと褒めてあげてもいいんじゃないかなと思いまして」


 エドワード老は腕組みをすると、肩を揺らして笑う。悪びれることなく。


「あの子は正直すぎる。貴族にはズルをすることも時には必要だ。見合いが嫌なら、意中の相手がいると嘘をつけばよかったのだ。それで私は引き下がるつもりでいた」


「まー、人の上に立つには必要な素質ですよね。バレないようにズルをやるって。エドワード様がまさにそうですもんねぇ。ちょいズル親父というか」


「うむ。ひょっとするとあの子が敬愛しているロイスもそうだったのではないかな」


「あんな回りくどいやり方しないで、日頃からそうなるように教育すればいいのに」


「誰に似たのか分からんが、ホントに真面目な子だからな。口で言って、聞いてくれると思うか?」


「いーえー」


 やれやれ。やはり、あたしはこの親父に、息子の教育のために上手く使われたわけだ。最初に言ったとおり、ボーナスもらったから許すけど。


「ロイスさんと言えばですけど。この女中メイド服のデザイン、ロイスさんの時代から変わってないらしいですね」


「うむ。我が家の伝統の一つだな」


「この館来た時に疑問に思ったんですよ。この服、胸の小さい子は着れないデザインだよなって」


「確かに。だが今のところ問題が起きたという話は聞いてないな」


「まー、別にいいですけどね? 島の平和を命がけで護ってるお貴族様ですから、好みの見た目の女中メイドはべらすくらいバチは当たらないと思いますよ。奥方様と喧嘩しなきゃいいですけど」


「手は出すなと、いつも言われてるよ。怖い顔でね」


 でしょーね。

 そうと分かれば、こんな掃除、真面目にやる必要もない。


 エドワード老は自虐的に笑いながら鷹揚おうように片手を上げた。


「ま、これからもあの子のことをよろしく頼むよ」


「へいへい、かしこまりですよ」


 腰を曲げて頭を下げ、執務室を辞する。


 女中メイド部屋へ帰る途中、歴代当主の肖像画が並ぶ例の廊下を通る。

 そこではこの館の祖であるイケメン双剣士とその奥方が微笑んでいる。言わずもがな、奥方は美人であり、そして豊満な胸をお持ちである。

 二人とも、とても幸せそうだ。


「血は争えないってことかぁ」


 そもそも嗜好しこうの話だし、好きにすればいいとは思う。別にそこだけに惹かれたってわけじゃないだろうし。


 とはいえ双剣士ロイスが故郷に戻って見つけたキラキラとやらの正体は、たぶんあたしの胸のうちにしまっておいた方がいいのだろう。

 胸の話だけに。永遠に。




 昼下がり。仕事が一段落したあたしは、いつものように館の裏庭で花壇のへりに腰かけ、一服していた。

 空を見上げながら紫煙しえんをくゆらし、ぼんやりとする。


 地獄のような幼少期と比較すると、あまりにものんびりとした日々。幸福と言い換えることもできるだろう。この先、何十年もこの館で仕えて一生を終えるのだろうか。それも悪くないかもしれない。

 空に拡散していく煙を見ながら、そんなことを少しばかし考えてると、突然前から声を掛けられた。


「フィアさん、こんにちは」


「おおっと、レオ様。こんにちは」


 びっくりして、危うく花壇のへりから落ちるところだった。吸ってた煙草たばこを背中に隠し、いつの間にやら近くに来ていた少年にニッコリ微笑む。

 あの冒険以来、この少年とは見かければ手を振って挨拶するくらいの仲にはなった。しかし少年がやたら忙しそうにしていたため、今日まで顔を合わせて二人で話す機会はなかった。


「あー、レオ様。女中メイド長にはあたしがここでサボってたことは内緒にしてもらえます? 煙草タバコを吸ってたのも……」


「あはは、いいですよ。でも女中メイド長さんにはバレてると思いますけどね」


 むぅ、やはりそうか。


 何か用事ですかとたずねようとしたところ、少年も背中に何かを隠し持っていることに気が付いた。


「あれれ? ひょっとして、あたしにプレゼントですか?」


「はい。助けてもらったお礼をしてなかったと思って」


 冗談で言ったのに、当たりだったらしい。


 恥じらいながらレオ少年が両手で差し出してきたのは、一本の草だった。くきから分枝したいくつもの茎先には、白くて小さい花がたくさんついている。


「おや、ナズナですね。可愛い。採ってきたんですか?」


「はい。その、花が好きだとダンジョンで話してたから――」


 花を愛でる気持ちがあるとは確かに言った。が、この時期ならどこでにでも咲いている、ありふれた物を渡されるとは思わなかった。

 まぁ、こうして一本だけ持ってきてくれると少し特別に感じる。きっといくつも咲いてる中から、少年が一番きれいだと思ったのを選んで持ってきてくれたのだろうし。




 ……ん? 確かナズナの花言葉って――。




 少年はこちらへ花を差し出したまま、あたしの顔をじっと見ていた。


「実は最近、鍛錬の合間の時間を使って、冒険者のアルバイトをしてたんです。それでけっこうお金が溜まったんで、フィアさんに私服を買ってあげたいなって」


 少年の頬は紅潮し、その瞳にはキラキラとした光が宿っている。

 緊張と、不安と、未来への大きな希望を混ぜ込んだキラキラだ。


 それはダンジョンであたしの胸に押しつぶされてしまった後に見せた、あの瞳と同じだった。


 ほほう、そう来たか。


「でもレオ様、この女中メイド服、お好きですよね?」


「そ、それはそうですけど」


「あはは。でもいいですね。あたしもエドワード様からもらった特別ボーナスにまだ手を付けてませんから、レオ様に何か甘い物でもおごってあげますよ」


「それじゃあ、お礼にならないです」


「まぁまぁ、細かいことはいいじゃないですか。街に繰り出して、ショッピングしながら買い食いしましょうよ。デート、デート」


 “デート”というワードに反応したのか、少年がパァっと顔を輝かせる。

 うーむ、まぶしい。


「それじゃあ、今度の休みの日に!」


 あたしにナズナの花を渡し、少年は心底嬉しそうに走り去っていく。

 途中、振り返って手を振ってきたので、あたしも花を持った手で振り返す。


 まったく、悪い子だ。女中メイドに手を出そうとするとは。

 それともあんな純朴な少年をたぶらかしてしまったあたしが悪いのか。


 ……悪い気はしてないあたり、本当に悪いのはあたしの方だな、うん。


「禁煙するかぁ」


 まだまだ長い煙草タバコを携帯灰皿に押し付けて消す。これも優良物件への先行投資だろう。


 ナズナの花の香りをかぎながら、少年の後ろ姿を見送る。

 あの種の効果がこんな早く出るとは思えないが、少年の背中はやっぱり、少しだけ大きくなった気がした。





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【あとがき】

 お疲れさマッコオオオオオオオオオオイ!!!!(挨拶)


 初めての方は初めまして。そうじゃない方はお久しぶりです。

 作者のティエルです。

 これにてリトル・ローグ完結です。


 若干重めの長編を書いてる時に『軽いラブコメ書きてぇ……』という熱い気持ちが湧いてきて、息抜きとして書いたのがこれです。

 正確には『勇者ラブコメ短編集』のその1として書いていたんですが、それぞれ雰囲気が違ったので、単体で出すことにしました。

 楽しんでいただけたのならよいのですが……いかがだったでしょうか。


 貴族の少年と従者のメイドが二人でダンジョン探索をする短編の構想はずいぶん前からあったんですが、こんなちょい悪メイドにするつもりはありませんでした。おしとやかで従順なメイドにする予定でした。なんでこうなったんでしょうね? 謎ですね? 書いてて楽しかったのでいいんですが。


 この作品は短編ですが、ちょこちょこ伏線らしきものがあるので、ぜひブックマークをして、何度か読み返していただけると嬉しいです。何か新しい発見をしていただけるかもしれません。


 また勇者ラブコメ短編集の残りやら、書いてる途中の長編やらの創作モチベーションになるので評価や感想、お気に入りユーザ登録等をしていただけると、とても嬉しいです。ぜひとも、ぜひとも、お願いします。↓の「★で称える」をしてもらえると作者がとても喜びます!!!!


 というわけで、あとがきも終わりです。

 最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

 今後も応援よろしくお願いいたします。


 作者:ティエル

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リトル・ローグ ~ちょい悪メイド(20)と少年勇者(10)の小さな恋と小さな冒険~ ティエル @n8r5g0q34g3

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