19.きっとまた明日
その「21日」は、突然訪れた。
朝、目を覚ました時、心の隅から声が聞こえたのだ。
アリシアの店の修復を終え、心ゆくまで食事を楽しんだ後、馬車の中で私はヴァルディスの手をとった。
「22日に行きましょう」
彼は何も言わず、ただ静かに私を見つめている。
「今朝起きた時、思ったの。『こんなに充実させた今日の、次の日がみてみたい』って」
私の言葉に、ヴァルディスは一瞬だけ真顔になったが、すぐに優しく微笑んだ。
「そろそろ、言われるような気がしてた」
「大丈夫よ。私、死なない気がするの。アリシアもそう言って笑ってたし」
その時、横からノインが姿を現した。どこか沈鬱な表情を浮かべている。
「僕もそんな気がします」
「ノインも!?」
「まさか、こんなに元気になられるとは」
ノインは、ヴァルディスに向かって続けた。
「リディア様の最近の死亡時刻は、何時ごろですか?」
「……実は、最近はずっと寝息をたてたまま0時を越している」
「え、そうなの」
「ああ、だが、それ以降は分からないんだ。0時で時間が巻き戻るから。22日の朝までは、確認できていない」
「なるほど」
眉間を押さえながら、ノインは深く息を吐く。
「まあ、万が一生き残ったとしても、僕の番が少し先になるだけですけどね」
「馬鹿なことを言うな! ……リディアは、生きたがってるんだぞ」
ヴァルディスの焦った声に、ノインは静かに頭を下げた。
「失礼しました。では、今回で巻き戻しはしません。よろしいですね?」
私は頷いて、ノインの手を握る。その愛情深い瞳を、見なかったことにはできなかった。
彼が心から、グレイモア家のために、私のために、心を尽くしてくれていたことを知っている。
「ありがとう。ノイン」
じっと見つめてそう言うと、ノインは一瞬はっとしたように目を大きくする。
遠い目になり、どこか泣きだしそうな顔になって、笑みを浮かべた。
*
私たちは、ベッドに横になった。ヴァルディスが私の手を握っている。私は赤ん坊のように丸くなって彼の手を口元に押し付けていた。本当は、怖い。0時を越すのが、怖い。
ヴァルディスは、ずっと微笑みを絶やさなかった顔から、笑みを消した。
「リディア」
静かに私の名を呼ぶ。
「おれは、この先もずっと再婚はしないよ」
「……もしかして、あの時の言葉の返事?」
ずっと考えてくれていたのね。
あまりの想いに涙が出そうになったけれど、なんとか笑顔を作って、私は首を振った。
「21日は、私たちの後悔をなくす日々でもあったね。私、あなたと結婚して良かったと思えたのが、嬉しいの。……あなたにも、そう思ってほしいから」
私の言葉に、ヴァルディスの頬がひくりと動いた。
「どうして……」
彼は、目を抑えるようにして枕に突っ伏した。私は、震えている彼の背中をさすりながら、静かに話しかける。
「ねえ、もう後悔しない、満足って思えるまで、何回21日を過ごしたかしらね?」
たった一日で、宿殿の睡眠を貪り、街中の食事を味わい尽くし、友人と仲直りをし、新しい仕事のスキルを身につけ、友人の店を救い、仕事の依頼をもらい、夫に離婚されて、精霊と深く関わり、夫婦仲を修復し、親と和解し、人生を見つめ直して、もしかしたら宿したかもしれない新しい命を抱えている。
いつ死んでも後悔が残るなら、満足できた21日に死ぬのは最高のタイミングなのかもしれない。
それでも。
「お休みなさい。また明日……きっと明日ね」
―――――――――――
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