第4話



 郭嘉かくかがうろつくので部屋まで送って、賈詡かくは自分の部屋に戻って来た。

 さて厄介な奴が去ったので安心して眠ろうかと思い寝台に潜り込むと、


『私を近くに捉えてる』


 郭嘉の最後に言っていた言葉が妙に気になった。

 

 賈詡は同じ軍師でも、自分と郭嘉が近しいと思ったことは一度も無い。

 無論自分もそこそこ知恵は回る自覚はあるが、郭奉孝かくほうこうの才は異質だ。


 あいつは誰にも似ていない。

 ましてや、郭嘉自身がそんな風に誰かを捉えるのは極めて珍しいことだった。


 確かに、美しい姉に最初は意識が行っていたのだろうが、

 今は弟の方にちゃんと興味を持ってるようだ。


 郭嘉は賢い人間を愛するので、新兵や並の人間は使いにくいといって好まない。

 陸伯言りくはくげんはまだ二十歳だったはずだ。


(あいつが年下の男に興味を示すなんて珍しいな)


 最初は女を巡って司馬仲達しばちゅうたつと本当に殺し合いそうで嫌だったが、


(今はどっちかというと、郭嘉は陸伯言の方に興味が逸れてる気がする)


 部屋まで送る途上でも、陸伯言りくはくげんを一度、曹操に会わせてみたいなどと言っていた。



『どんな反応するかな。

 私をあんなキラキラした目で見るのなら、

 曹操殿の素晴らしさも彼はきっと分かると思うよ』



 新しい遊びを思いついたようにそんな風に笑っていたのだ。

 

『【剄門山けいもんさん】の報告をありがとう、賈詡。色々考えたよ。

 一度司馬懿しばい殿と話すつもりだ』


 別れる時、郭嘉がそう言っていた。

 徐元直じょげんちょくのことなどもう気持ちよく忘れてる感じだ。


 実際、郭嘉は「黄巌こうがん馬岱ばたいである」と分かったからといって、何か一計を案じているわけではないのである。

 手元に馬超の血縁者を置いておく。

 それが何かの折りに役に立てば幸運だし、別に何の役に立たずとも構わないのだ。

 持っているだけでも別に損はない手札なのだから。


 郭嘉はそういうところはあまり拘らない。

 あの感じでは馬岱ばたいのことは司馬懿しばいや曹丕に処遇を委ねればいいと考えてそうだ。



(馬岱)



 確かに馬超ばちょうの従弟の話は、それまで聞いたことがなかった。

 一族は総じて勇猛なのは分かっていたし、

 馬騰ばとうや、馬超の弟なども父と共に戦うことで知られていたが、そういう中に馬岱はいなかったのだろうか?


 戦を嫌って、涼州騎馬隊とも距離を置いていたと言っていた。


(……まあ気持ちは分からんでもない)


 涼州の人間がみんな勇猛果敢で戦いに特化しているなどと思われて大層な迷惑な人間もいるからだ。

 賈詡は涼州の厳しい気候や、涼州の男に決まり事のように課せられる使命に辟易して、東に出て来た人間である。


 一度、俺が黄風雅こうふうがと話してみるか。


 そんな風にも思った。

 その上であまりに涼州への想いが強い男と見れば、籠絡するのも面倒なので司馬懿や曹丕に丸投げすればいい。

 賈詡のようにさして涼州に拘りがないのなら、徐庶じょしょの話では商隊の護衛などはやっていたらしいから、それなりに使えるかもしれない。

 使えそうなら側で使ってやってもいい気はする。


 黄巌こうがんはともかく、賈詡からすると目障りなのは徐庶だ。

 

 徐庶は確かに、何かで強く繋いでおかないと局面で余計なことをすることがある。

 黄巌が賈詡や曹魏に忠義を誓えるような人間ならば、側で使えばそれはいざという時に逆に徐庶を手懐ける手段になるかもしれない。


 今回の涼州遠征でよく分かったが、徐庶は言葉で手懐けるのは無理だ。

 郭嘉が、根は激しい所を持っている男だと言っていたが、何となく今は賈詡もそれが分かるようになった。

 だが確かにあいつを長安ちょうあんに置いて役人仕事をやらせるのは、どうも勿体ない。

 かといって戦場に置いておくと、凡庸だともやはり思えないのが厄介なのだ。

 

 郭嘉も賈詡からすると手に余る男だったが、郭嘉は圧倒的に曹操の腹心で、曹魏への忠誠心という信頼がある。


 何があっても曹魏を裏切らない。


 それが分かるから、多少好き勝手な行動をされても許せる。

 

 徐庶は違う。


 曹魏への忠義が絶対的ではないから、最終的に何をするか分からないところがあった。

 そこが忌々しいところなのだ。


 何かで強く徐庶を縛っておきたいのだが、

 今や母親を人質にしても効果は大してなさそうだ。


 涼州騎馬隊が成都に合流した以上、徐庶が肩入れする涼州に置いておくことが、魏軍の利になるとは賈詡はどうしても思えなかった。


 郭嘉が近いうちに江陵こうりょうに向かう。


 郭嘉なら徐庶を使いこなせるかもしれない。

 尤も気乗りがしない場合、郭嘉は徐庶など、容易く投げ出す可能性もあった。


 多分荀彧じゅんいくが徐庶を気に入っていないように、

 郭嘉も潜在的に徐庶の人となりを信頼していないし気に入ってないのだと思う。

 曹操の招聘を素直に受けなかった徐庶は、曹操の腹心に反感を抱かれている。



 ふと――、



 陸伯言りくはくげんを郭嘉が割と気に入ってるようだったのを思い出した。

 今まで何も考えずに何となく組ませていたが、

 魏軍にはあまり馴染まない徐庶も、陸伯言とは上手く協調してやっているようだった。

 今も謹慎しろと言って、陸伯言と司馬孚しばふのいる部屋に適当に放り込んでいるが問題は何も起きていない。


 郭嘉と徐庶だけでは、

 放任の郭嘉に、主張しない徐庶で最悪全く機能しない可能性があるが、陸議を伴うことで郭嘉と徐庶の関係性を緩和出来るかもしれない。

 

 あの曲者二人の補佐などは、許都を出る時はただひたすら礼儀正しい副官としか思っていなかった陸伯言に任せるのは荷が重い気がするが、今は少し見方は異なる。


 郭嘉と徐庶の二人を補佐し、上手く緩和させて機能させられるとしたら、確かに相当使える副官だ。


(試してみるか)


 そのためには司馬懿に許可を取らねばならない。

 郭嘉も司馬懿と近いうち話すと言っていたため、近い方がいいだろう。


 明日にでも……とやるべきことが決まると、ようやく落ち着いて眠くなって来た。


 雪が降っている。

 音はなくても、涼州の人間には雪の気配が分かるのだ。



【終】

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花天月地【第82話 銀麗の夜】 七海ポルカ @reeeeeen13

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