Chapter.2 蒼海の岸辺に

ここまでのあらすじ



― セレスティア大陸・交易都市リュミエール ―



北緯十度から四十度、東経七十度から百二十度にかけて広がる広大な大地。

それが《セレスティア大陸》と呼ばれる場所である。


大陸の東側は、どこまでも碧く澄んだ《蒼碧海》に面しており、その海は環界を抱擁するように大地を洗い、数多の文明を外洋の彼方と結びつけてきた。対して西側は、《終端海》と呼ばれる荒れ狂う波濤の海域に接している。その黒き海は、古代より「死の航路」と恐れられ、無数の船がその牙に飲まれて帰らなかったという。北は《氷冠山脈》の雪と氷が世界を隔て、越えがたい障壁となって大陸間の航路を断ち切る。そして南へ進めば、熱帯雨林と群島が複雑に連なり、翠の迷宮と呼ばれる密林帯が広がる。そこは人の踏破を拒む自然の要害であり、同時に未知の資源と伝承の眠る地でもあった。


その大陸の東側、蒼碧海を臨む港に築かれた都市こそ、《リュミエール》。

太陽光を受けて煌めく白壁と赤煉瓦の屋根が連なるその景観は、訪れる者を詩人に変えるとまで言われる。リュミエールは、ただの港湾都市にとどまらず、千年の歴史を紡いできた文化と交易の十字路であり、陸と海と空を結ぶ“環界の要衝”に他ならなかった。


古き時代、この地はただの漁村にすぎなかった。しかし分岐戦争後、航海術と飛空艇の技術が発展すると、蒼碧海を渡る東航路と大陸内を貫く内陸街道の交差点として急速に繁栄を遂げた。今日では飛空艇の影が空を覆い、桟橋には遠方の異国船が列をなし、街の大通りには香辛料と魔導機械の露店がひしめき合う。鐘楼から響く鐘の音は、都市の秩序を告げると同時に、無数の異郷人の鼓動を重ねてゆく。


だが、この街は決して平穏の象徴ではない。

リュミエールは「世界の縮図」であるがゆえに、繁栄と混沌が同居する都市でもある。表の顔は煌めく文明と交易の楽園。しかし裏の顔は、欠片税に反旗を翻す地下組織ストームヴェイルの潜伏地であり、異邦の密輸業者や亡命者が行き交う影の交差点でもある。秩序を維持する《市民統合庁》は、厳格な入国審査と「クリスタル身分符」による管理をもって街を統制しているが、そこに潜む矛盾は市井の人々の暮らしの中に確かに根を下ろしていた。


 

リュミエールの背後に広がるのは《セレスティア大陸》という巨大な舞台である。

この大陸をはじめ、アルケウス環界のすべての大地には、星の血液とも呼ばれる「流(フロー)」が縦横に巡っている。フローは星の内部から湧き出し、結晶を媒介として地表に姿を現す循環網であり、恵みをもたらす生命の源泉である。都市に光を灯し、飛空艇を蒼空へと押し上げる力を与えるその存在は、同時に国家の繁栄と衰退を左右する不均衡の源でもあった。分岐戦争以降、セレスティアを含む幾多の大陸で、この星の命を巡る覇権争いが繰り返され、血と炎の時代が幾度となく呼び起こされてきたのである。


東に広がる蒼碧海の潮風は、今もなお新たな航路を夢見る者たちを呼び寄せる。西の終端海の荒波は、未知なる脅威と伝説を人々に語り継ぐ。北の氷冠山脈は、大陸の孤立を象徴し、南の熱帯雨林はまだ見ぬ秘宝と災厄の可能性を抱いている。そしてその中心に立つリュミエールは、あらゆる希望と欲望、陰謀と夢想が行き交う「時代の鏡」なのだ。


かつて原界は一つであった。

だが千年前の分岐戦争によって、世界は《ホームワールド》と《アナザーワールド》という二つの相似世界に割かれた。地形は同じでも、文明の歩みは異なる。どちらが真実の道であり、どちらが滅びの先を辿るのかは、誰にも分からない。ただ確かなのは、いずれ両世界の矛盾が一点に収束するだろうということだ。


リュミエールの大通りを歩くとき、旅人はただの観光者ではいられない。

石畳のひび割れに染み込んだ歴史の重さが、空を翔ける飛空艇の影が、そして港に打ち寄せる潮騒の音が、すべてを物語っているからだ。ここは物語が始まる場所であり、世界の矛盾が交差する舞台。そして、若き降臨者と女神が最初の一歩を踏み出す地である。


 ——セレスティア大陸。

 ——交易都市リュミエール。

 ——そして蒼環洋を抱く環界世界ノルヴァ=ディヴィザ


その全てが織りなす叙情の旋律が、今、語り始められる。




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纐纈五月(はなぶさ・さつき)は、ごく普通の青年だった。だが、不慮の事故で命を落とした彼は、死後の白い虚空でSS級美女の女神イリスと邂逅する。彼女は世界を救う「降臨者」として選ばれたと告げるが、あまりの美貌に気を取られた五月は話をまともに聞かず、「めんどくさいから嫌だ」と即答。女神は説得を試みるも難航し、最終的に「願いを一つ叶える」と切り札を切る。五月が出した願いは——「童貞を捨てさせてほしい!」であった。


絶句したイリスは「……は?」と困惑し、説得を試みるも、五月は「じゃあ成仏します」と駄々をこねる始末。女神は呆れながらも、人間の欲望の不可解さに逆に興味を持ち、“ある提案”をすることに決める。それは、自らの「化身」を彼の転生先へ同行させ、旅の中で童貞を卒業させる——という建前のものだった(内心では「転生させてしまえばこちらの管理下、どうせ卒業などさせる気はない」と考えていた)。


五月はその口約束を「わかってるって!」と軽く承諾し、転生の儀が執行される。目覚めたのは、美しい草原と青空の広がるファンタジー世界。そこに現れたのは黒銀の軽鎧を纏うイリスの化身であり、彼女との奇妙な二人旅が始まった。


しかし、開口一番「宿屋に行こう」と迫る五月に、イリスは烈火の如くツッコミを入れる。「真昼間から宿屋に行くバカがいるか!」と怒鳴ったのち、「私を口説いてみせろ」と条件を突きつけるのだった。五月は絶望しつつも、ぎこちない口説きを試みるが爆死。しかし「笑顔が可愛い」と勇気を出して告げた一言に、女神はまさかの赤面を見せる。こうして「女神を攻略せよ」という新たな修羅道が開かれるのだった。


その後、二人は巨大都市リュミエールに到着する。飛行船や鉄道が交差し、魔導技術と産業が融合する交易都市に圧倒される五月は、すっかり観光気分。しかしイリスは「ここが世界の縮図であり、最初の試練の場」と説明する。街には多種族が共存し、政治的緊張も渦巻いていた。


リュミエールでは「市民統合庁」と呼ばれる行政機関が入国・滞在を管理し、生活には「クリスタル身分符」が必要だった。行列に絶句する五月だが、イリスが「裏ルート」で既に手配済みと告げて安堵。ただし実態は「偽造に近い」もので、女神の保証印があるから通用する代物だった。


やがてイリスは五月を街の裏路地へと導く。そこには「欠片税撤廃」「流の独占に抗え」と殴り書きされたスローガンが貼られ、錆びと油の匂いが充満していた。薄暗い運河沿いを抜け、たどり着いた古びた倉庫群——それこそが反体制組織ストームヴェイルの拠点だった。表向きは古文書商館だが、実態は「流」を巡る利権独占に抗う地下組織。イリスは「これはお前に必要な縁だ」と告げ、五月は否応なく運命の渦へと引き込まれていくのだった。




【関連設定項目まとめ】



■ 世界観


・世界名:アルケウス環界(Arkheos Ring)

・五大陸を中心に構成される、機械文明と魔法が共存する世界。

・エネルギー源は「クリスタルの欠片」。国家・宗教・科学の根幹に関わる資源。

・「流(フロー)」と呼ばれるクリスタルの循環システムを巡り、国家間で対立や独占が発生している。



■ 歴史設定


・原界(オリジン):かつて唯一存在した世界。

・分岐:ある時代に発生し、複数の平行世界を誕生させた事象。

・二界暦(ND: Nexus Divisio):分岐を元年とする暦。現在はND1000年前後。

・原界期:伝承されるが実証困難な時代。宗教・科学双方が言及する。



■ 主要舞台


・リュミエール:交易都市。飛行船や鉄道が交差し、多種族が共存。

・市民統合庁:都市を統制する行政機関。入国・滞在を厳格に管理。

・クリスタル身分符:身分証明。生活に必須。女神の保証印で五月は入手。

・ストームヴェイル:地下組織。欠片税撤廃と流の独占反対を掲げる反体制勢力。



■ 登場人物 (ここまで)


・纐纈五月(はなぶさ・さつき):事故死した凡人青年。転生者。童貞。女神攻略を迫られる。

・女神イリス:SS級美貌の女神。五月を降臨者に選ぶ。化身として同行し、彼を導く。

(※実際は「童貞を卒業させる気などない」が、口約束で誘導した)

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ドラグーン戦記 I 〜モブ高生が異世界で女神さんと旅してるけど、スキル『コンティニュー』が便利すぎて逆にやる気が出ない件〜 じゃがマヨ @4963251

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